01-02 ミグ
扉を開けると、柔らかな風が頬を撫ぜた。久しく嗅いでいなかった緑の匂いを胸いっぱいに吸い込む。ここはもう惑星ミグのはずだが、まるで田舎の裏山に探検をするときのように、年甲斐もなくワクワクしていた。
柔らかな緑の絨毯へ一歩踏み出す。扉は木々の切れ目の少し開けた空間につながっていて、そこだけは地面に陽があたり、足首までの長さにも満たない下生えが地面を覆っていた。
足の裏を柔らかな草がくすぐる。まるで芝生を歩いているかのような感覚だ。...あれ?
「いや、俺裸足じゃん。」
森に裸足で踏み込むとか自殺行為だろ。小枝君と毒虫君に足をボコボコにつぶされてゲームオーバーじゃん。服も短パンは舐めている。長ズボンをくれ。
「お~い。ソラスさ~ん?」
ひとまず靴とまともな服をもらおうとソラスに呼びかける。そういや、外に出ても会話はできるんだろうか。いや、あの話ぶりだとできるか。お~い、ソラスさ~ん?
「はい、呼びましたか」
「うえっ、誰!?ソラスさん!?」
突然、目の前に少女が舞い降りた。
涼しげな純白の髪がふわりと広がる。身長は160cmに満たないくらいだろうか。華奢な少女だ。
「はい、これがソラスのコミュニケーションインターフェイスです。」
ソラスさんが薄く微笑む。怖気が走るほどのが美少女だった。
その特徴を一言で表すと、『白い』だ。肩にかからない長さの白い髪に、白い肌。瞳まで白い。身に着けている服も白かった。白を基調に金のラインがアクセントとして入ったホットパンツにブラウス、ケープ。サイハイソックスに膝上まであるロングブーツにも同様の意匠が施されている。
「すごいな。人間離れしてる...。」
「それは誉め言葉として受け取ってよろしいのでしょうか?」
「え、、ああ、もちろん。もしかして嫌だった?」
思ったことをそのまま口に出してしまったが、AIにとって人間離れしているというのはどう聞こえるのだろうか。
「いえ、嬉しいです。ですが、高レベルの方には人間離れした容姿の方も結構多いですよ。私の外見はそう特異なものでもありません。」
「そういうものなのか。確かに俺なんてもう既に人間離れしてるもんな。」
「ジン様も高レベルになればもっと人間離れすることも可能ですよ。あるいは、人間に戻ることも可能です。」
戻ることもできるのか。折角新しい体を手に入れたのだから人外を突き詰めるのも手だが、まあそこらへんはレベルが上がってから考えればいいか。
「さて、ジン様チュートリアルを開始してもよろしいでしょうか」
「あー、その前に服と靴をどうにかして欲しいんだけど。もしかしてこのまま?」
「いえ、ちゃんとしたものを用意していますよ。では最初は、≪展開≫を覚えてしまいましょうか。これを手に持って、展開と念じてみてください。」
ソラスはカードを5枚差し出してきた。
服装をどうにかするという話のはずだったのにと思いつつ、カードを手に取る。カードはポイントカードなどでよく見る規格と同じ大きさで、革鎧、ブーツ、長ズボン、長剣、リュックの絵がそれぞれ描かれていた。なるほど、そういうことか。カードに展開とやらをすればそのカードに描かれたものが出てくるということだな。
「これって4枚まとめてできるもの?」
「ええ、できます。複数展開する際は座標が重ならないようにばらけて展開されますので、割れ物を展開する際は気を付けてください。今回は割れ物は含まれていないので気にしなくても大丈夫ですが。」
ソラスの言葉を聞き、カードを持ったまま展開と心の中で念じる。すると、手に持ったカードは光となって消え、革鎧、ブーツ、長ズボン、長剣、リュックが宙に突如現れた。
「これが展開か。すごい便利だな」
とっさに、長剣だけは掴めたが、あとの4つは地面に落ちてしまった。どれも随分かさばるものだ。それらをカードで持ち運べるのは非常に便利だ。
「ええ、ですがカード化は自由自在に行えるものではないので、ジン様がモンスターを狩りに行ったりする際はリュックなりなんなりを用意する必要がありますよ。」
「便利だけど万能ではないってわけね。」
もしカードに戻すことができれば荷物という概念がなくなるが、そう都合がよくはないらしい。
地面に落ちた革鎧を確認する。革鎧というものは初めて見たが、意外と重量がある。これは胸部だけだがそれでも軽いとは言えない重量だ。もし全身揃えたら5分走ってられないくらいの重さになりそう。いや、この人間離れした体ならいけるのか?
リュックを開けてみると、あまり物は入っていなかった。液体が入っているらしき革袋に、包帯、携帯食、ナイフ、その程度だ。チュートリアルとして最低限必要なものが入っている感じだろうか。
「なあ、こういうのって他に何を用意するべきなんだ?」
「どうでしょうか、私の業務内容では詳しいことに触れないので正直よく...。火おこしの道具や、泊りがけになることを想定して寝具などですかね?」
確かに、泊りになるならテントのようなものが必要かもしれない。自分で枝を組んで風よけを作るなんてことは可能だろうか?ああ、あとは水も必要か。川はまだしも、池の水を飲むのはこの頑丈そうな体でも躊躇してしまう。
「教えてくれてありがとう、そこらは先達かミグ人にでも聞いてみるよ。着替えたいんだけど、さっきの部屋って戻れる?」
「ええ、戻れますよ。敵対生物と戦闘状態でないときは、『バックゲート』と唱えるか念じるかでプライベートルームへの扉を呼び出すことができます。」
「いつでもとはまた便利だな。...バックゲート」
そう声に出すと同時に、さっきまで内側から見ていたものと同じドアが目の前に現れた。ドアの裏を覗いて見るが何もなかった。プライベートルームはミグとは別の空間にあるという話だったので、奇妙な光景だがそういうものなのだろう。
「それじゃ、ちょっと着替えてくるわ」
▼
「お待たせ~。」
ズボンを履き替え、ブーツと革鎧を身に着けてドアをくぐる。革鎧を身に着けるのに少し苦労したが、剣道の胴と同じような着方だったので無事に着ることができた。反射神経だけで経験者以外には無双することができたので楽しい授業だったという記憶しかないが、まさかあの授業がこのような形で役に立つ日が来るとは...。
剣も腰にばっちり固定してある。背負ったらいいのか腰に差したらいいのか迷ってしまい、どうすんだこれと思わずつぶやくと黒板がカツカツと音を立て、お困りですか?と書かれていたのだ。サポートセンターかよと思いながらも、文字のソラスさんに丁寧に教えてもらいながら剣を腰に吊り下げた。
「ジン様、よくお似合いです。」
「う、おお。ありがとう...」
薄く微笑んだソラスが褒めてくれる。
お世辞と分かっていても、これだけの美人に褒められればつい嬉しくなってしまう。ちょろい自分が憎いぜ。
「で、服装もまともになったし、モンスターと戦うのか?」
「先にステータス画面の操作をお教えしたいのですが、ジン様は早く戦いたいですか?」
「いや、そんな戦闘狂みたいな精神してないが。」
こちとら平和な日本の学生だぞ。
「それはよかったです。ステータス操作の説明が終わればモンスターと戦っていただけますので、もう少々ご辛抱を。では、ステータス展開と唱える、もしくは念じてください。」
言われた通り、ステータス展開、と声に出すと、目の前に半透明の硬質な板が現れた。大きさはB5くらい、手触りはプラスチックに近いだろうか。なんだかこの世界に来てから、宙にモノが現れることに慣れてしまった気がする。
「ステータス画面は3つのページから構成されています。一つ目のページは基本情報。ジン様の、名前、レベル、種族、クラス、MP、状態が表示されます。」
ソラスの言葉に合わせて目を滑らせる。
【名前】ジン
【種族】リザードマン
【レベル】1
【クラス】なし
【MP】20/20
【状態】なし
これが基本情報というやつらしい。名前、レベル、種族は特筆すべきことはないように思える。
「なあ、クラスがなしになっているが普通なのか?」
「ええ、戦闘経験が少ないとそうなるようになっています。チュートリアルでの戦闘の中で適したクラスに就けるはずですよ。」
「それって魔術師とかにもなれるのか?剣を渡されたら魔術師の適正とか見れなくないか?」
この世界の魔術の扱いがまだあまり分かっていないが、しっかりと教育を受けないと扱えなかったり、一子相伝の秘奥といった扱いなのだろうか。海外ファンタジーでよく見かけるタイプだ。一般人にはとっつきにくい連中とか胡散臭い連中と思われているパターン。
「初期の適正が魔術師になる方は、剣を渡されても自然と魔術で戦うことを選択なさるので問題ありません。」
「へえ、魔法を使おうなんて考えもしなかった俺は魔術師には向いてないってことか。MP20ってのは多いのか?」
「少なくはありませんが、魔術師として戦うには足りない値ですね。ですが、魔術を中心に戦えばいずれ魔術師のクラスに就くことができますよ。ジン様は魔術師に興味がおありで?」
「魔術に興味はあるけど、クラスを魔術師にするつもりはないかな。剣で戦うのが楽しそうだ。」
物語の主人公は剣で戦うと相場が決まっているのだ。剣1つで山のように大きな敵を倒すとかかっこいいじゃん。
「クラスってどんなのがあるんだ?魔術師とか僧侶とか格闘家に戦士?」
「ええ、それ以外にも騎士、射手、狂戦士、召喚士、魔王に勇者もありますよ。レベルが上がるほど独自のクラスが現れるようになりますね。比較的多いのは化身系や、支配者系あたりでしょうか。」
「化身系ってのにも心惹かれるが、勇者と魔王は格別だな。それって主人公が就くようなクラスじゃないのか?」
俺も勇者になれたりするのだろうか。いや、魔王も捨てがたい。ダークヒーロー的な響きがある。
「ここに来た人は皆さん主人公ですよ。実際、勇者も魔王も複数人存在しています。」
「複数人...。もしかしてこの世界って陣取り的な感じになっているのか?魔王側と勇者側に分かれて争うみたいな。」
「いいえ、勇者も魔王も等しく一人のシェバズとして扱われますよ。絶対的な敵はモンスターだけです。」
魔王は悪者、勇者は正義の味方というわけではないらしい。
ハッ!もしかして、俺いきなり魔王のクラスとかもらっちゃうんじゃないの?そういうのありがちだよね。なんだかそわそわしてきたぞ。いや、ないか。俺は普通の人間だ。これまでの人生でそれは知っている。
「この【状態】ってのは、状態異常のことか?麻痺とか毒みたいな」
「そうですね一部正解です。ネガティブなものだけではなくポジティブなものも表示されます。代表的なものは、支援魔法などですね。撃力強化、魔力制御向上なども表示されます。」
「2ページはスキル、ジン様の習得した技能が表示されます。現時点で何か表示されていますか。」
「魔力の下に魔力制御と魔力放出ってのがある。両方レベル1だ。あと、肉体の下に壮健がレベル1、運動の下に疾走がレベル2であるな。」
「魔力制御と魔力放出はこちらに来た皆様に付与される基本スキルですね。皆さまレベル1からのスタートになります。それぞれのスキルに触れると詳しい説明が閲覧可能ですのでご参考ください。」
言われた通り魔力制御に触れてみると、魔力制御に重ならない位置に別の枠がオーバーレイする形で現れた。
【魔力制御】Lv1
魔力をどれだけ正確に扱えるかを表す。
レベルが高いほど魔力を用いてできることが増える。
他の物も順に表示させてみる。
【魔力放出】Lv1
魔力をどれだけ多量に扱えるかを表す。
レベルが高いほど魔力を用いてできることの規模が大きくなる。
【壮健】Lv1
肉体が頑丈さを表す。
レベルが高いほど肉体損傷への耐性が増加する。
【疾走】Lv2
走りの速さを表す。
レベルが高いほど走った時の速さが増加する。
どれも字面から想像できる通りと言える。上の二つが付与されたものということなので下の二つは元から備わっていたものだろう。疾走は陸上部に所属していたからで、壮健はこっちの体のことだろうか。あるいは、現実世界の体も少しは頑丈だったが駄目だったということか。
「次のページは、装備になります。こちらも項目に触れることで詳細が閲覧できますのでご確認下さい。」
3ページ目に移る。3ページ目は装備品のページらしい。
【武具】【防具】【装飾】の3つの欄に分かれている。現在は武具の欄に『鎧狼の爪剣』、防具の欄に『ただの革鎧』、装飾の欄に『なし』と書かれている。早速詳細を見てみる。
【鎧狼の爪剣】
通称鎧狼と呼ばれるイズスヴァンムの爪を剣に仕立てたもの。突き刺すのは得意だが、斬るには向いていない。爪を薄くするには限度があった。
補正:魔術制御 +1
【ただの革鎧】
通称鎧狼と呼ばれるイズスヴァンムの皮を革鎧に仕立てたもの。イズスヴァンムは革鎧に向いていなかったようだ。
補正:なし
武器も防具もイズスヴァンムというものの素材が使われているようだ。どちらにも向いていなかったようだが。鎧狼というくらいだから、鎧を作ればよかったのではないだろうか?毛の模様が鎧を着てるみたい、とかだったら仕方ないが。
「この最後の補正ってのは、この装備を付けていれば魔術制御がしやすくなるってことでいいのか?」
「その通りです。この補正値には使用した材料の特性が大きく反映されますので、装備品製作の際はご注意ください。」
「あー、想像つくよ。火竜の素材で作ったら火の魔術に補正がついたり火に強い防具ができる感じね。」
ゲームとかでおなじみの設定だ。
ソラスが姿勢を改め、こちらを向く。
「それでは、ステータス画面のチュートリアルは終了して、戦闘チュートリアルを開始してもよろしいでしょうか。」
ついに来たかと体が震える。これはたぶん武者震いだ。戦うことへの不安はあるが、それ以上に期待がある。俺に戦いたいという欲求があったとは思いもしなかった。これも名前を変えた効果なのだろうか。
ソラスの両目をしかと見据える。
「ああ、準備完了だ。」




