01-14 深淵書庫
触手を一本斬り落としたことで鉄鎖竜は本気になったようだ。触手の速度が目に見えて上がり、避けきれない場面が増えてきた。
未だに直撃を受けずにいられるのはフーリンが的確な援護をしてくれているからだ。
戦況は膠着状態に陥っているように見えるがこちらのリソースは確実に目減りしていっている。鉄鎖竜もそれは同じはずだが、あちらが先に息切れを起こすと楽観視はできない。
「アキラ殿!交代だ!」
フーリンに助けられる場面が増えてきたところでユリシーズアキラへ交代の指示を飛ばす。
交代はアキラが先らしい。レディファーストってやつだ。
「ええ、私が先!?もうちょっと!」
「今のうちじゃないとジン殿の交代のタイミングがなくなる!」
アキラも現状に余裕がないことは分かっているのでやり取りは長くは続かない。ユリシーズとアキラが入れ替わった。
ずっと中衛としてフーリンの傍に控えていたユリシーズは元気が有り余っている様子でハルバードを軽々と振り回して触手を捌いている。アキラもそうだが、絶え間なく襲ってくる触手をあんな長柄武器でさばくなんて到底俺にはまねできない技術だ。
遠心力が乗ったハルバードは触手を少しずつ傷つけていく。先ほどまで俺に4本、アキラに3本向かってきていた触手も今はユリシーズに4本向かっている。このままではもう一本ユリシーズに向けられそうな勢いだが、俺にも意地がある。3本は絶対に引き付けつつも息を整える。
「魔法行きます!」
フーリンが声を張り、再び魔法が鉄鎖竜に直撃する。
余力のあるユリシーズが触手を引き付けてくれるおかげで俺も触手の回避に余裕ができ、フーリンが鉄鎖竜への攻撃に魔法を回せるようになったのだ。
魔法は触手で形作られた前脚に当たり、鉄鎖竜が姿勢を崩す。
鉄鎖竜がつい俺たちから意識をそらしてしまったのだろう。触手の攻撃の精度がわずかに落ちる。
攻勢に移るチャンスだ。
ユリシーズと俺は同時に剣を振りかぶった。すぐ傍をかすめていこうとする触手に狙いを定める。ここで2本触手を減らせれば戦闘は大分楽になるはずだ。
「≪白刃一閃≫」
「≪一閃≫」
俺の剣は触手の半ばで止まり、ユリシーズは音を立て切断した。
くそ、また中途半端だ。
≪白刃一閃≫って絶対≪一閃≫の上位互換だろ、うらやましい。俺も強いスキルがあれば一息に触手なんてぶった切ってやれるのに...。
「もう一発いきます!」
狙いも荒く振るわれた触手を避けると同時にフーリンの声が響き、またも魔法が鉄鎖竜の姿勢を崩す。
さっき傷をつけた触手は離れた位置にあり、狙えるのは無傷の触手だけだ。
これではまた切断しきれずに終わるだろう。
地を蹴り、触手に狙いを定めながら脳を回す。ここまでの戦闘で体も良い感じにあったまってきた。
レッサードラゴン戦を思い出しながら体内へ意識を向ける。
あの時は≪雷光一条≫を獲得できたが今回はどうだ?
体内へ意識を向ければ、そこには可能性が転がっていた。手を伸ばせば届くものから、遠くでかすかに
光るものまで。折角だから、一番輝いているやつを取ろうか。
『≪魔断ノ凶刃・二連≫を習得しました。』
思わず笑みが零れる。なかなか凶悪そうなのが来たじゃないか。
どれ、早速使ってみよう。
「≪魔断ノ凶刃・二連≫」
スキルの使い方は習得した段階で頭に流れ込んできている。
このスキルは≪一閃≫の逸脱派生の先にあるものだ。効果は基本の斬撃の強化に加えて、魔力殺しと再生阻害がのっている。特殊効果がのった上で純粋派生にも負けない斬撃強化の係数を持つこれは≪白刃一閃≫すら霞むようなスキルだ。
右手の一刀で目の前の触手を斬り落とす。
豆腐を斬るような手ごたえ。抵抗は無いに等しかった。
まだ意識が現実に戻り切っていない中、夢現を彷徨うような意識で周囲を見渡す。
二連と名のついたこのスキルは左手の剣でもう一撃放つことができるが――
うなじが総毛だつような感覚。
咄嗟に目の前の地面に目を落とした瞬間、地面を突き破って触手が槍のように伸びてきた。
まずい――とは思えなかった。
こんな状況になってもまだ現実感がない。それなのにかつてない集中力のせいで主観時間が伸びる。
「ははは」
ちぐはぐな精神状態に思わず笑ってしまう。
≪魔断ノ凶刃・二連≫が残る側の剣を胸の中心を狙って突き進んでくる触手に合わせる。
しかしこのスキルは防御に適したスキルでは全くない。触手を景気よく真っ二つに切り裂いてくれるが、ちっとも進路をそらしてはくれなかった。
せめてもの抵抗に≪竜の鱗鎧≫を全力で発動するが果たして効果はあったのか。二手に分かれた触手が俺の胸に直撃し、巨大な鉄塊で殴りつけられたような衝撃が襲う。
「ジン!?」
アキラの声が聞こえた気がしたが、確信は無い。
意識が半分どこかへ飛び去っているような状態で重い一撃をくらってしまったからだろうか、境界を越えたと感じた。
景色が一瞬で前方へ流れたと思ったら、背中に強い衝撃を受けて強制的に止まらされる。視界が明滅して、頭が割れるように痛い。
どうやら樹にぶつかって止まったようだ。
鈍い痛みを感じて胸を見遣れば、穴が開いていてそこから血が溢れている。ポットボトルを倒してしまった時のような勢いで零れる血というのはなかなかゾッとする光景だ。
――視界が流転する。
俺の意識はどこか遠い所へ来てしまったようだ。
上下へ無限に伸びる塔の内側は壁が全て本棚になっており、人の才能、人の可能性が本の形で収められていた。
望めばどれでも手に入るが相性というものはある。俺に向いているのは...。
――視界が流転する。
腰に巻いたポシェットから包帯と回復ポーションを取り出す。包帯を穴に詰め、ポーションを傷口の近くへ打ち込む。
「ハハハ!」
自分がおかしな扉を開いたのを感じる。だが、一番の近道を歩いていると感じている自分もいる。
肉が焼けるような感覚に数秒耐えれば、肉が盛り上がり包帯を押し出した。まだまだ止血が済んだだけの状態だが、いつまでも座ってられない。鉄鎖竜との戦いはちょうど陣形を変えようとしているところだった。フーリンの傍に控えていたアキラが前に出るようだ。
――視界が流転する。
無数に存在する本のなかでも自分に適したものは光っているように感じる。
この無限に続く深淵書庫は本当に無限に続いているので、まばらに存在する俺に適した可能性もまた無数に存在する。これらは自然と頭の中に流れ込んできた知識で知ったことだ。
無数に存在するものを確認するのは不可能なので光の強いものを順に眺めているといいものが見つかった、これをもらおうか。
――視界が流転する。
『クラス≪終ノ戦魔≫に就きました。』
新たなクラスに就いた途端、世界が違って見えた。世界を漂う魔力が色づいている。誰がその魔力に意志を通しているかによって色分けされているようだ。現状、鉄鎖竜とフーリンが戦場を二分しているような状態か。その中でユリシーズとアキラの支配圏が虫食いのように見える。
このクラスは戦士職の中でも魔力の扱いに長けたもので、戦士職から派生したものではあるが比重は魔力の扱いにかなり寄っている。しかし魔力は適切に扱えば万能だ。ある意味バランスの取れた職業と言ってもいいだろう。
正直、クラスを一足飛びに取得してしまった感じだ。実際は、一足どころか四足飛びくらいだが。
戦況に視線を向ける。
アキラが前衛に出たことでユリシーズと共に触手を封じることには成功している。しかし、2人も気づいているが、鉄鎖竜は無防備になったフーリンの存在を確かに意識している。何度も魔法を直撃させられたのだ、大分ヘイトを買ってしまったのだろう。
「ジンさん、大丈夫ですか...?」
フーリンはいつの間にか俺の傍へ来ていた。
差し出されるポーションを断って立ち上がる。さっきまで開いていた穴はポーションと新たなクラスのおかげでもう完治していた。クラスの位階が上がったせいか、再生力も格段に上昇していた。継戦能力2
重丸だな。
「フーリン、俺は新世界の扉を開いたんだ...。」
「は、はあ。もしかして頭強く打ちましたか...?」
何気にひどいことを平然と言い放つフーリンだが、今の俺は新たな世界へ意識が向いているので寛容だ。新たなクラスに就いて向上した魔力の扱いを試すべく全身に魔力を回す。
「...!なんですか、それ。」
フーリンは青ざめた顔をして俺の全身を食い入るように見つめる。
全身が燃えるように熱い。しかしその熱さは全身が燃えるように強化されていることの裏返しなのだ。
脳を突き刺す全能感に笑みが零れる。
やっぱり、強敵との戦いはいいなあ。得るものが多い。
「顔がすごいことになっていますよ...。それって笑ってるんですか?」
「すまんな、楽しくてつい笑ってしまった。そら、戦いに戻ろう。」
鉄鎖竜との戦いは徐々にこちらへ近づいてきていた。
そろそろ触手の射程に収まりそうだ、と思っていたらやっぱり来た。フーリンを狙った地面を潜っての突きだ。
「ハハハ、遅いなァ。」
双剣は手元になかったので手で先端を掴む。魔力強化は知覚にも及んでいるので、触手がいかに速かろうと今の俺には余裕をもって掴むことのできる速さでしかない。
「んじゃ、行ってくる。」
「はい。いってらっしゃい...。私もすぐに追いつきます。」
手繰り寄せるように触手を引っ張れば、潜行していた触手が地面を割って姿を現す。気分は芋を収穫する農家だ。まあ、収穫してるのは煮ても焼いても食えないようなゲテモノだが。
引っ張りだした触手を巻きながら鉄鎖竜へ近づいていく。触手も抵抗するが、鉄鎖竜本体ならともかく触手とでは膂力の差は歴然。赤子の手をひねるようなものだ。
道中で取り落とした双剣が回収できたので、巻き取った分の触手を斬り落とし残った触手を思いきり跳ね上げる。
さながらロープワークのようだ。肩と背中に効くあれね。
俺の手元でついた反動で、触手は地面から引きずり出され宙を打ち上げられた。
鉄鎖竜までの距離は今の身体能力なら3歩で詰められる距離だが、折角だから何か良いスキルでも取得しようか。
意識の焦点をずらせばいつでも深淵書庫を覗くことができた。
移動関係のスキルはいくつもある。そうだな、これにしようか。
『≪縮地≫を習得しました。』
「≪縮地≫」
移動経路を脳内で描きながらスキルを発動させれば、まるで瞬間移動のように移動が終わる。
ちなみにこのスキルは厳密には瞬間移動ではないのでそこは注意が必要だ。下手をすれば体がバラバラになったりする。
俺が移動したのは鉄鎖竜の目の前。突然目の前に現れた俺に鉄鎖竜は対応できない。
『≪魔砲:拡散≫を習得しました。』
「≪魔砲:拡散≫」
体内で魔力を練り上げ、魔法を発動させる。
大砲のような一撃が鉄鎖竜の上半身に直撃し、その巨体を吹き飛ばした。
≪魔砲≫は純魔導士が得意とする汎用性の高いスキルだ。≪魔弾≫と同じく拡散型、貫通型、遠距離型など様々な派生があり、状況に応じてて使い分ければかなり戦いやすくなる。
まあ、俺は基本をすっ飛ばして取得してしまったからまだ拡散型しか使えないけどな。フーリンが使ったような≪破砕ノ一撃≫はもっと高レベルの派生だ。
景気よく吹き飛ぶ鉄鎖竜を見ると、笑いが止まらない。戦闘を支配している高揚感が脳に突き刺さる。
「ジン、なんか楽しそうなことになってるね!」
「ああ、なんかどえらいことになってる!」
俺に釣られたのかアキラも笑顔だ。
やっぱり戦いは楽しいな。
「GOAAAAAAAAA!」
吹き飛ばされながらも転ばずに着地して見せた鉄鎖竜が吼える。
鉄鎖竜の支配する魔力圏が広がり色も濃くなる。よほど強い意志で染め上げたようだ。鉄鎖竜も出し惜しみ無しといったところか。
一回り太さを増し、より硬質になった触手が恐ろしいまでの速さで襲い掛かる。
先端は軽く音速を超える速さだが対応できる。体に燃料を注ぎ込み触手を弾き返す。
「ハハハハッハ!」
「アハ、アハハ、アハハハハ!」
アキラも笑いながら触手を弾いている。
俺にヘイトが集中しているのでアキラには2本しか触手が向かっていないが、鉄鎖竜の全力の触手を相手にするのは2本でも苦しいはずだ。一撃を防ぐたびに苦しい息が漏れているが、それでも笑っている。
「≪魔断ノ凶刃・二連≫」
スキルを発動させ触手を2本ぶった切る。硬さが上がっていようが誤差の範囲だ。
これで残りは...あれ?5本残ってるぞ。ああ、そういうことか再生しやがったな。復活してないのは再生阻害の効果を持つ≪魔断ノ凶刃・二連≫で斬られたものだけだ。
「≪魔力超過≫――≪多連≫――≪再生阻害≫――≪魔弾:破砕ノ一撃≫」
フーリンの声が聞こえたと思うと、鉄鎖竜の意志によって広範囲に渡って染め上げられていた魔力がフーリンによって染め返され、幾つもの光弾が鉄鎖竜へ向けて放たれた。
以前は空間のゆがみとして認識できていた魔弾が、魔力が色づいて見えるようになった今はアクアマリンのような淡い水色に見える。
鉄鎖竜は触手を2本回して魔弾を迎撃するが、魔弾は一向に降り止まない。
「ウフ、アハハッ」
フーリンの体から漏れた魔力の余波でローブがはためく。
フードが揺れて露わになったフーリンの表情は凶悪な笑みだった。口角が弧を描いて釣りあがり、目は爛々と輝いている。
もしかしてフーリンってサイコみがあるんじゃないだろうか。
小さく笑いながら心底楽しそうに魔法を放ち続けるフーリンから目を逸らし、触手の相手に集中する。触手が魔弾の迎撃に2本回っているということは俺たちへの圧力が減るということだ。
≪魔断ノ凶刃≫を無声発動し、触手をさらに2本斬り飛ばす。これで俺たちを相手にする触手は4本。そう思った瞬間、残った4本は全て俺に向かってきた。
「アキラ、ユリシーズ!本体を!」
咄嗟にアキラとユリシーズに指示を出す。
触手は連続して突きを放ってくる。
これでは斬り飛ばせても先端の少しだけだ。くそが、学習しやがったな。
しかし、これでアキラとユリシーズの2人はフリーだ。俺だけに構ってて大丈夫か?
触手を躱しながら2人に声を出したが、2人は指示を出す前からもう動き始めていた。
「≪穿孔穿命≫ィ!」
「≪白刃一閃≫!」
鉄鎖竜が身を捩り躱したせいで2人の攻撃は体を掠めただけだった。
鱗を数枚割られながら鉄鎖竜は尻尾を振り回して反撃するが、2人は素早くそれを回避する。
しかし次の瞬間、アキラは宙を飛んだ。
「アキラ殿!」
鉄鎖竜がアキラを翼で打ち付けたのだ。これまで攻撃には一切使わなかった翼による不意打ちは成功したが、その代償は大きい。
『≪天断≫を習得しました。』
深淵書庫から魔力で形作られた刃を伸ばすスキルを引っ張りだし翼の関節を断ち切る。翼の骨は細く、容易く断ち切ることができた。血が噴き出し、翼膜だけで繋がった翼がだらりと地面に垂れる。
これを危惧していたからこれまで翼は攻撃に使わなかったはずなのだ。なのに使ったということはそれだけ追い詰められたということだ。
「≪魔砲:バーニヤ≫」
スキルの発動と共に放物線を描いて吹き飛ばされていたアキラの軌道が変化する。破裂音が響くたび姿勢が安定し、4度目の破裂音で地面に墜落するように軌道が変化した。
事故みたいな速度で地面に降り立ったアキラの姿は巻き上がる土煙で見えない。
だがどうせ大丈夫だろう。だから、ユリシーズもそんなに心配そうにしなくていい。
「アハハハハッハハ!」
笑い声が響き、魔力が吹き荒れ土煙が吹き飛ぶ。
アキラは額が切れて顔を血が伝っていたが、それだけだ。目はギラギラと輝き鉄鎖竜を見つめている。
普段は赤黒い髪が鮮血のような赤に染まっていて普段とは違った雰囲気を纏うアキラは小さく呟く。
「≪縮地≫」
アキラの姿が掻き消え、次の瞬間には鉄鎖竜の足元にいた。
それって俺がさっき取ったスキルじゃん。アキラも今覚えたのだろうか。
「ッ君たちはなぜ笑ってるんだ!?」
ユリシーズは再び鉄鎖竜へ攻撃を加えながら悲痛な叫びをあげる。
「カハハハ!」
「アハハ!」
「…ウフ」
ユリシーズと俺達の落差に笑ってしまった。2人も同じ思いなのだろう、小さく笑っている。
ユリシーズもこっち側に来てくれ。きっと楽しいから。




