01-13 フラグ
「ジンー、朝だぞー。」
体を揺すられて目が覚める。目を開けるとアキラがこちらを覗き込んでいた。
「あ、起きた。」
そう言うとアキラはフーリンを起こしにかかる。
まだ日の出直後くらいだろう、藍色の空が見える。行動可能な時間を極力伸ばすため日の出直後から行動を開始すると昨日決めていたのだった。
ユリシーズの姿が見えない。アキラに聞くと、池へ顔を洗いに行ったらしい。女の子の寝起きを見るなと俺もツリーハウスを下ろされてしまった。フーリンは寝起きが悪いようで、アキラにどれだけ揺すられても起きる気配はなかった。
地面に降りて体を伸ばす。早朝の森は日が差さず肌寒い。早く日が差さないものか。
30分後、朝ごはんを済ませた俺たちはまた森を歩き始めた。
ツリーハウスは手早く解体を済ませた。後日ここらで野営をする人のために残す場合もあるが、今回は補強材をフーリンに返さなければいけないため解体する必要があったのだ。
昨日とは打って変わって俺たちの歩みには少し緊張感がある。そろそろ4人で全力でかかっても楽には倒せなさそうなモンスターが現れる頃らしく、奇襲を回避し、逆にこちらから奇襲を仕掛けるためにもモンスターは必ず先に見つけたいから皆気を張っている。
太陽が真上に差し掛かる頃、平らだった森にだんだん勾配がついてきた。
ここまでモンスターとの戦闘は2回だけ。モンスターを見かける機会はもう少しあったが、奇襲をしにくいモンスターだったり、戦いにくい地形だったりで戦闘しない選択を採ることが多かった。
俺としてはすべてのモンスターと戦いたかったが、今回の主目的はユリシーズの森の調査だ。仕方ない...。
ミスタリアの街の周りは平坦な土地が続いていたが、はっきり見える山が一つだけあったはずだ。どうやら今はその山に差し掛かってきているらしい。
「そろそろ本格的に調査を開始しよう。勾配が付いた道を歩く上、寄り道が多くなるから疲労が溜まりやすくなる。こまめに休息はとるが、それでもという場合は素直に申告するように。」
「は~い、了解です!」
アキラが小声で元気よく返事をして、俺とフーリンは頷く。
「ところで、今回の調査の目的ってなに?」
アキラの言葉にユリシーズが目を丸くする。言っていなかったっけ?という顔だ。
俺たちの表情から話していないことに気付いたらしいユリシーズは一つ咳をすると、歩きながら話そう、と言い歩き始めた。
俺も普通に聞きそびれていた。なんだかんだ他の会話が盛り上がっていたから仕方ないさ。
「お三方はスタンピードを知っているか?」
フーリンは頷き、俺とアキラは首を振った。どこかで聞いたことがあるような気もするがすぐには出てこない。
「スタンピードというのはモンスターが氾濫を起こして森からわらわらと出てくることだ。田畑は荒れ、家屋は崩れ、人が血を流す...とはならない。街から森の入り口の間に防衛線を引くから畑が荒れるだけで済む。しかしそれは事前にしっかり対策ができたらの話で、油断すれば街にモンスターが流れ込む事態になりかねない。そんなスタンピードが発生する兆候があるとの報告が軍に寄せられてな、その兆候が真実かどうかこうして調査に来たわけだ。」
ユリシーズは一端口を閉じて俺たちに身を隠すようジェスチャーをした。
木々の奥に腕が4本あるゴリラのようなモンスターが歩いているのが見える。見た目から強さが伝わってくるような強敵だが、なにかに怯えるように落ち着きなく周囲に視線を向けている。
「アイツは本来はこのあたりの生態系の頂点にいるモンスターなのに何に怯えている。スタンピード本当に起こってしまうかもしれんな...。」
「スタンピードの兆候ってどういうのがあるんだ?」
「そうだな、主だったものはモンスターの生息地帯の変化だ。普段は森の奥に住むモンスターが浅い方で見かけるようになる。あとは、モンスターの気性が荒くなる。」
「今まで森を歩いてきてそういった兆候はあったの?」
「あるにはあったが...何とも言えんな。スタンピードが発生する確率は半々と言ったところだ。兆候はいくつも見られるが、これまでの周期と大きくずれている。本来ならあと1年は余裕があるはずなのに...。」
4本腕ゴリラを大きく迂回してさらに山を登る。
ゴリラは街がある方角へ歩いて行った。一体だけなら俺たち4人で戦えば倒せるだろうが、あんなのが大挙して街を襲ったらと考えるとぞっとするな。
「この山の裏側に鉄鎖竜の巣がある。そこの様子を確認できれば調査は終了だ。」
「テッサ竜!おいしそうなモンスターだね。私たちでも倒せるの?」
「うむ、さすがに無理だろうな。100レベルオーバーのシェバズが徒党を組んで相手にするようなモンスターだ。」
「ユリシーズ、それはフラグじゃないか?」
「ん、フラグとは?」
ユリシーズにはフラグの意味が伝わっていない。
しまった、ミグにはまだフラグといったメタ読みの文化が浸透していないのか。
鉄鎖竜...。断じてフグのお刺身ではなく、きっと強敵に違いない。またチュートリアルのときみたく身の丈に合わない敵と戦いたくなんて...いや戦いたいな。
「さすがに2度もドラゴンと遭遇戦なんてアリエナイダロ。」
「な、なぜ急にカタコトに...?」
フラグを立てようとする俺をフーリンが不思議そうな目で見てくる。
俺の意図に気付いたアキラも、「出会うわけないヨネ~」とフラグを立て始めた。
壊れたラジオのようにフラグを立てる俺たちを理解するのを諦めてユリシーズは歩き始めた。
その後ろでは、アキラに唆されたフーリンも「タタカイタクナイデス」とつぶやいていた。
▼
太陽も真上に差し掛かる頃、俺たちは目的の場所にたどり着いていた。
木々の隙間から山頂のあたりにある鉄鎖竜の巣が確認できる。山頂付近の切り立った崖が途中でえぐられるようにへこんでおり、そこを巣にしているらしい。残念ながらここからの角度では巣の中までは見えない。
ユリシーズは木に登って巣の様子を双眼鏡で確認している。それを俺たちは下で待っている状態だ。
「鉄鎖竜と戦いたいなー。」
「俺も戦いたいなー。」
「どうして、そんなに好戦的なんですか...。」
戦闘を所望する俺たちにフーリンは引き気味だ。
どうしてって言われても、戦えば戦うほど強くなれるって素敵じゃないか?
「レベルを上げればできることも増えるしね~。フーリンちゃんも使える魔法増えたら嬉しいでしょ?」
「そりゃ嬉しいですけど、無理して強敵と戦わなくてもレベルは上がりますよ?」
「いやいや、早くレベルを上げようとすれば強敵と戦うのが近道だぞ。レベルだけでなく、限界突破的な感じで新たな能力に目覚めたりするし。」
道中の戦闘は楽勝すぎて自分が成長するようには思えなかった。肌がヒリつくような戦闘がしたいぜ。まだこっちに来てから一週間も経ってないのに何を偉そうに、とでも言いたげなアキラの視線は無視する。お前だって俺より1週間早いくらいだろ。
「限界突破...。確かに私も今のクラスに目覚めたのは苦しい戦いの最中でした...。」
「へえ、フーリンもそんな激闘を経験しているか。」
フーリンは何かを思い出そうとするかのように視線を足元に向けたかと思うと、おもむろに杖の手入れをしだした。
身の丈を超えるような長さのネジくれた枝に様々な装飾が施されてできた杖に、なにやら液体をかけて布で拭いている。アキラもそれにつられたのか、携帯用の砥石で軽く刃を研いでいる。
フーリンも鉄鎖竜と戦う気満々じゃないか。俺もライルさんに教えてもらった手入れをしてみようか。
「何をやっているんだ...」
巣の観察を終え、木から降りてきたユリシーズが見たのは柔軟体操をして戦う気まんまんの俺たちだった。
「ユリシーズ、いつでもいけるぜ。」
「お刺身にしてやろうぜ!」
「あっ、いや、私は別に...。」
我に返ったのかフーリンは戦う気を見せないが、さっきまで真剣に体をほぐしていたのはもうばれている。ユリシーズは呆れ顔だ。
「やる気十分のところ悪いが、鉄鎖竜を相手にするのは本当に無茶だ!スタンピードの気配につられてかなり気性が荒くなったヤツを倒せるのはミスタリアの街を探してもそうはいない。」
「スタンピードが起こるのはもう決定なの?」
「ああ、決定だ。ヤツは巣に餌を貯めこんでた。スタンピード前に見られる行動だ。さあ、このことを街に伝えなければいけない。帰ろう。」
そう言うが早いがユリシーズは山を下り始めた。俺たちのブーイングも相手にもしてくれない。
「ちぇっ、戦いたかったな。」
「ユリシーズさんがあそこまで言うなんてよっぽどなのでしょう...。冷静になれて良かったです...。」
「狂ったままの方が楽しいのに...。」
山頂を振り返ると、ドラゴンらしきシルエットの生き物が空を旋回していた。口に何か咥えているようだが、またどこかで餌をとってきたのだろうか。
さらば鉄鎖竜、また逢う日まで...。
▼
日も暮れた頃、俺たちは昨夜野営した場所に戻ってきていた。
距離的にもちょうどいいし、水場も近い。野営にはうってつけの場所だ。
「もう一本送るぞ~。」
「ばっちこ~い。」
ユリシーズが地面から放り投げる太い枝を樹上でキャッチする。昨日もやった作業なので怖さはもう感じない。
同じく樹上にいるフーリンが指示する場所に枝を並べて、ユリシーズへ新しい枝を要求する。フーリンは高いところが怖いのか樹に抱き着いている。命綱もぐるぐる巻きにしているし大丈夫じゃないか?
再び枝を受け取ったところで、俺の耳が何かを捉えた。
うなじのあたりがピリピリしてくる。
「...どうしたんですか?」
「何か聞こえた。」
耳を澄ませる。風切り音のような音が頭上のあたりから聞こえてくる。
「何が聞こえたんですか...?」
フーリンが不安そうにこちらを見てくる。
大丈夫、そんな顔しなくても大丈夫だ。楽しいことが近づいてきてるぞ。
口角が釣りあがってきたのを感じる。
フラグ回収だ。音はもういよいよ近い。そら、現れるぞ。
木々の折れる音がしたかと思うと、褐色の影が轟音を立てて池に飛び込んだ。水しぶきが木々の高さを超えて天高く噴きあがり、突風で森が揺れる。
「うえああああ!?」
揺れる樹に怯え、幹に必死でしがみついているフーリンを命綱ごと引っぺがして地面へ降りる。
さあ、準備を始めなくては!
「フラグ回収だー!」
「なんでこんなところまで...。」
はしゃぐアキラと呆然とするユリシーズは2人とももう武器を構えていた。
なんだ、ユリシーズ。お前も戦う気満々じゃないか。
膝を震わせているフーリンに杖を手渡し、俺も双剣を構える。
噴きあがった池の水に隠されていた姿が露わになる。
太い足に、細長い胴体、細く伸びた翼。全身を覆う鱗は体にぴったりと張り付いていて、その細長いシルエットと相まって蛇を連想させる姿だ。
その全身の中で一番の特徴は奇妙な前腕だ。硬質なのに柔らかさを伴った触手のようなものが何本かより合わされて前足を形成している。
なるほど、あの前腕が"鎖"なわけだな。確かに質感も鉄っぽい、ミグに鉄は無いだろうから名付け親はシェバズだな。
「ゆ、ユリシーズさん!?逃げないんですか!?」
「ヤツはもう俺たちに気付いている。スタンピードの気配で気が立った鉄鎖竜はいくら逃げても追ってくるぞ」
「そ、そんなあ...」
「ほら、フーリンちゃんもハラ括って!ぶっ倒してやろう!」
顔を青くしているフーリンに対して、アキラはテンションが高い。
「それじゃあ今度はユリシーズさんが中衛ね。私とジンで前衛、適宜ポジションは交代って感じで
。」
「承知した。2人とも、鉄鎖竜の鞭腕は背後からも襲ってくる。正面に気を取られすぎないように。」
ユリシーズはフーリンを連れて後ろへ下がる。
フーリンはまだ不安そうな顔をしている。どうすれば、お昼のときのようにやる気になってくれるだろうか。
考えたがいい言葉は浮かばない。いつまでも鉄鎖竜から目を離すことは出来ず、正面を向く。
口下手なのが悔しい。こういうときにさらっと人を勇気づける言葉が出ればかっこいいのに。
「GYAAAAAAA!」
鉄鎖竜が吠える。腹の底が震える音量だが恐怖心は喚起されない。むしろ心が奮えてくる。
魔力を全身に回す。体が熱を持ったような錯覚。
これまでの戦闘で少しレベルが上がったおかげもあっていい感じだ。これまでになく体が軽い。
鉄鎖竜の体がゆらりと動き、前脚が解ける。前脚のようにふるまっていた触手が宙をたゆたい、空間を埋める。
なるほど...これはなかなかきつそうだ。
触手の数は片脚につき5本。2本の触手がバネのように螺旋を描き前脚の役割を果たしているので余った計8本が自由な状態だ。あれらが縦横無尽に暴れまわれば安全な空間など存在しなくなる。
「くるぞ。」
アキラに声をかける。
触手の根元が動き、その動きは瞬く間に先端に伝播する。
根本の挙動から触手の動きを予測して、上体を下げながら右へ踏み出す。
触手の先端は容易く音速を超えたが、根本はそこまで速くない。そこから見切るのは十分可能だ。
俺を捉えることができなかった触手は衝撃波で破裂音を起こしながら地面を深く穿った。避けることは出来たが、もし当たれば一撃で戦闘不能になってしまう威力だ。
「魔法行きます!」
フーリンの声と共に、ジジ・テルクス戦で見た魔法が鉄鎖竜へ着弾する。
ジジ・テルクスを吹き飛ばした攻撃だが、鉄鎖竜はたたらを踏む程度。だが、それで十分だ。
顔面に魔法をくらった鉄鎖竜の触手は一瞬動きを止めた。触手に節は無く、鱗もない。とりあえず力一杯やるしかないか。
「≪一閃≫」
「≪斬鉄≫」
触手の先端のあたりにいつものをお見舞いだ。
魔力強化も合わさり閃光のような速さで振った剣は触手の半ばまで食い込んだが、斬り落とすまではいかなかった。
アキラも俺と同じ状況だ。薙刀のような刃が半ばで止まっている。
触手を全て斬り落とすには、単純計算で少なくともあと8回攻撃を当てないといけない。ベストな状態での攻撃でこれはなかなかきついな。
暴れる触手から逃れるべく距離をとるが、どこへ移動しても触手は追ってくるし攻撃も絶え間ない。息つく暇もないとはこのことだ。
「ジン、一本ずつ触手を落としていくしかないよ!足を止めてもダメ!」
背後から迫る触手を躱しながらアキラが叫ぶ。長柄武器だから触手が引っかかりそうで見ててヒヤヒヤする。
いや、俺も人の心配をしてられる場合ではない。背後からの攻撃を避けるには風切り音と触手がかすかに放つ魔力の感覚が頼りで、それを捉えるには多大な集中力が必要になる。できるならさっき斬りつけた触手にもう一撃叩き込んで切断しきってやりたいが、狙えるほどの余裕はなさそうだ。
俺を捉えられず地面を抉った触手が土をまき散らし、その土を弾き飛ばしながらさらに触手が迫る。
避けるにしても決して飛んではならない。飛んだら最後、自由落下が始まる前に触手に滅多打ちだ。
3方向から襲い掛かってきた触手を潜り抜けるように躱す。残るは1本。触手の密度が下がる。
残り1本は上だ。
上から俺を叩き潰すように降ってきた触手に、双剣を交差させるように合わせる。これは防御ではない、攻撃だ。そう考えれば一閃が乗る。
「≪一閃≫」
全身に衝撃が走る。あまりの重さに膝が屈しそうになるのを根性で堪える。
「――ぅおおおおオ!」
動きを止めた俺に触手が迫るが、構うものか。
鋏を閉じるように双剣を閉じる。刃が肉に食い込んでいく感覚。
「GIAAAAAAAAAAA!」
血をまき散らしながら短くなった触手が暴れまわる。
どうだ。ぶった切ってやったぞ。
ガッツポーズでもしたいところだが、そんな余裕はない。迫る触手を血を浴びながら確認する。
俺を狙う触手は側面からまっすぐ突っ込んでくる。
攻撃を欲張ったせいでもう避けれない
せめてもの防御として魔力を側面に重点的に回す。果たしてこれでどこまで抑えられるか。
「ジンさん、魔法行きます!」
迫りくる触手が破裂音と共に突然明後日の方向に飛んでいく。
今のはフーリンの魔法か。良い援護だ。
「助かった!」
間髪入れず襲ってきた次の触手を避けながらフーリンへ声をかける。触手の攻撃は決して軽くない。その一撃を回避できたのはかなり大きいぞ。
鉄鎖竜の瞳は怒りに燃えている。
これでようやく触手が一本減った。それにこちらは消耗無しだ。出だしは順調だな。




