01-10 訓練と飯
再び最後尾に並び直して、順番を待つ間にさっきの講評を聞く。
「どうすればいいのだろうか。」
正座をして背筋を伸ばす。完敗に心折られた俺は生徒モードだ。
「正直何とも言えん。ジンはちゃんと動けているんだが、いかんせん身体能力の差が大きいから目で追えてしまうんだよな。こりゃ目隠ししたほうがいいのか?」
「目隠しはちょっと待ってくれ。...形式を変えよう。」
アルタイルが目隠しを採用しそうになるのを慌てて止める。
何か良い案を出さなければ。
「さっきやってみて思ったが、アルタイルが動かないというのはあまり良くない。距離感という大事なファクターの経験を積めないんじゃないか?」
「それはあるな。じゃあハンデはどうするんだ。目隠し?」
「目隠しはヤメロ!」
それから離れろバカ!どれだけ屈辱的な光景になるのか想像できるか!?
「いいか、そもそも俺にも勝てる目を作ろうとしたのが...間違いだった。」
「ジン...!?お前、泣いているのか...?」
別に少しも泣いていないが、涙をぬぐう仕草をする。おい、小芝居を挟ませるな。
「もう今日のところは俺の勉強だと割り切ろう。それだとアルタイルの訓練にならないから回数はあと3回だ。あと3回付き合ってくれるか?」
「おいおい、兄弟。3回とは言わずジンが剣を振れなくなるまで付き合うが、具体的にはどうするんだ?」
「自分から攻めるには俺の戦闘の引き出しが少ない。だからアルタイルにはそれを教えてもらいたいんだ。アルタイルの攻めを受けて勉強をする。それから今度は学んだことを俺が試す。そういう流れだ。」
インプットとアウトプットを交互に繰り返すわけだ。なかなかいい案ではないか?
アルタイルもふむふむと頷いている。
「打ち込み稽古を型を決めずにやる感じか、良いじゃないか。」
「そうだろう。アルタイルに得るものが無いのが心苦しいんだがな。まあ、ほどほどで切り上げるから付き合ってくれ。」
「気にしなくてもいいって。ジンも言ってたが、両方の練習になるってのが土台無理だった感はあるんだ。ほら、もう立てよ。」
俺の訓練に付き合ってくれるアルタイルを一度拝んでから立ち上がる。
改めて隣に並ぶアルタイルの細い体を眺める。アルタイルと俺では倍以上の体格差があるのにここまで差があるとは...。レベル差って強烈だな。
「さすがに4倍近くのレベル差ではまともに戦えないか。」
「ん?ジンは30前後なのか。...あれ?ジン、お前魔力で体を強化してるか?」
アルタイルがこちらを訝しげに見てくる。
魔力で体を強化?なんだそれは初耳だぞ。正直にそう伝えるとアルタイルは顔をしかめた。さらにレベルは34だというともっと顔をしかめた。
「あー、だからか。その体格で34レベルならもうちょっと筋力あるはずだ。シェバズ同士情報交換しないとだめだぞ。」
「ちょっと待ったアルタイル、お前は勘違いをしている。俺はこっち来てからまだ2日目で、仲良くなったシェバズもアルタイルで2人目だ。」
「...へ?2日目?マジで言ってんのか!?」
人見知りをする子供をたしなめるような口調で話すアルタイルに慌てて弁解すると、アルタイルは目を丸くした。
なんかこの反応役場で見たぞ。
昨日の出来事をアルタイルに話す。...いやあ、ひどい出来事だったんだ。
「ははあ、だからこっちに慣れていない感じがしたんだな。やけにキョロキョロしてる見たことないでかいやつがいると思ってたんだ。」
「そんなこと思ってたのか...。心のうちに秘めてないでちゃんと聞いてくれたらよかったのに。」
人に話しかけられないから全部独学でやってきたやつだと俺のことを誤解したままここまで話が進んじゃったじゃねーか。恥ずかしい。
「いやあ、すまんな。ちゃんと魔力強化のことを教えてやるから勘弁してくれ。ええと、まず魔力制御と魔力放出のレベルを教えてくれるか?」
「あ、そういやチュートリアルから見てねえや。」
ドラゴンを倒した後はレベルしか見ていなかったのだった。
ステータス画面を出し、スキルのタブを開く。
【魔力制御】Lv3
【魔力放出】Lv3
【壮健】Lv2
この3つはレベルが上がっている。特に上の2つは2レベルもあがったぞ。
ドラゴンとの戦闘で新しく習得したスキルもちゃんと記載されている。全て1レベルだ。...いや、≪雷光一条≫が載っていない。魔法はまた別のところに載っているのか?
「ええと、両方とも3レベルだな。」
「よし、なら魔力強化は結構簡単に覚えられるはずだ。魔力を強化したいところに集めるんだ。まずは腕だけに集めてみろ。」
体内に意識を向けると、魔力の存在を感じる。ドラゴンとの戦いで魔力を掴んだ感覚はあったが、一日経ってもその感覚は失われていなかったようだ。
魔力は簡単に俺の思い通りに動いた。言われた通り腕に魔力を集めてみると、腕が少し暖かくなったように感じる。
「なんだか腕があったかくなったが、これで合ってるのか?」
「おっ、早いな。熱を持ったような感じがしたなら魔力強化できているはずだ。試しに武器でも振ってみたらどうだ?」
言われた通り、剣を抜き軽く振ってみる。
うわ、軽い。元から重くは感じていなかった剣だが、今は軽すぎて不安になるくらいだ。魔力強化ってすごいんだな...。
「この剣じゃ軽すぎて逆に扱いづらいな。」
「まあ、ミグ人達はあまり筋力が発達しないからな。俺の武器を持ってみるか?」
「いいのか?...って重いな。こんなのを軽々振り回してたのか。」
受け取ったアルタイルの剣は鉄の塊のように重かった。これを羽のように扱っていたアルタイルはさすが120レベルオーバーだな。
アルタイルに剣を返す。ライルさんに頼んだ剣、もっと重くするべきだった...。
「俺も筋力が高めの方だからそんな重さになってるだけだ。この街でここまで重い剣を使ってるやつはそう多くはないはずだぜ。それじゃあ、次は全身強化だ。できるか?」
「今度は全身に魔力を広げるのか。まあ、とりあえずやってみるか。」
魔力強化のやり方はさっきのでもう掴んだ。今度も大丈夫だろう。
...いけた。腕とは違い、集めるという感覚ではなかったので少し戸惑ってしまったが、魔力は素直に言うことを聞いてくれたのであっさりと出来てしまった。全身がぽかぽかあったかい。
「なあ、アルタイルこれってもしかして厚着いらずなのか?」
「いや、魔力強化で感じる熱は錯覚だから寒いところに行くなら準備は必要だぞ。そのうち熱も感じなくなる。そんなことを話すってことは、全身の強化も成功したのか。なかなかの才能だな。」
「お、俺って才能あるのか。嬉しいねえ、っともう俺たちの番だな。」
もう俺たちが列の先頭で、砂時計が落ち切ろうとしていた。砂が落ち切ると同時にゴングを鳴らす。
汗まみれで剣を交えていたミグ人と入れ替わり、2人向かい合う。
「よし、それじゃあ俺から攻めるからしっかりついて来いよ。それと、動きながらの魔力強化は少し難易度が高いからできなければやらなくてもいいぞ。」
「おっけい、いつでも来い。」
全身に魔力を巡らせ剣を構える。どんな動きにも反応できるように力は入れすぎない。
アルタイルが一歩踏み込み右手の剣を振るってくる。
初撃は様子見ということか、容易く反応できる速さだ。避けることも可能だが強化された身体能力を試すためにもあえて正面から受け止める。
初撃を真正面から受け止めビクともしない俺の剣を見てアルタイルが笑う。続く二撃目は初撃より格段に速くなっていたがまだ反応できる。攻撃を防ぐたびアルタイルの剣は速さを増し、俺の反応速度ギリギリでその上昇は終わった。
もうこの速さでは頭で考えて受けることはできない。半ば反射でアルタイルの攻撃を捌いていく。
アルタイルの攻撃は途切れることがなく全ての動きが次の攻撃につながっていて、まるで剣舞を見ているような気分になる。
「そろそろだな。」
攻撃を続けながら砂時計をちらりと見たアルタイルが呟く。
随分と余裕そうだ、こちらは死に物狂いなのに。
その瞬間攻撃が変わった。速さは変わっていないのに剣を振るってくる場所が絶妙にいやらしい。こちらの関節の可動域を見極めているかのように、剣が届くぎりぎりに剣を振るってくる。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
喉を張りながら剣を振る。
畜生!アルタイルめ、ニヤニヤしやがって!
俺も限界超えようと力を振り絞ったがすぐに限界が訪れた。
無理のある方へ剣を振らされたせいで関節が固まってしまい、ハエが止まるような速度の剣さえ避けられない。
「はい、終わり。」
俺の額を剣先でコツりと突いてアルタイルが笑う。俺も魔力強化を覚えて身体能力は向上しているはずなのにアルタイルはさらにその上を行く。
荒く息をしながら大の字に倒れる。剣を振っていたのは時間にして1分くらいだろうか。たかが一分だが、そりゃ1分も全力で運動し続けたらしんどいわ。
「良い感じだ。あれだけ動きながら魔力強化できるなんて大したもんだぜ。」
地面に倒れ伏す俺を見下ろしながらアルタイルが言う。
確かに自分でもよく動けたと思う。魔力強化を覚えたおかげでこれまでとは別人のような速さだった。それでもアルタイルには全く及ばなかったけどな。
戦い始めてまだ2日目のやつが生意気言うなって話だが、悔しいものは悔しいのだ。
「大した向上心だぜ、ジンは。まあ良いことだ。」
一組に割り当てられた時間はそう長くない。俺の息が整うまで待っていたらもう残り時間はわずかだった。
深呼吸を繰り返しアルタイルを見据える。
「2連戦は結構きついな。」
「次からはもう少し手加減したほうがいいか?」
「いいや、...気遣い無用ッ!」
今度は俺が攻撃側だ。さきのアルタイルの滑らかな連撃を思い出しながら剣を振るう。残り時間も少ないことだし、出し惜しみは無しの全力だ。
身長差を活かした頭上からの振り下ろし。速度も乗った一撃だがアルタイルは綺麗に受け流す。アルタイルならどんな攻撃だろうと受け流すと確信していたので驚きはない。
俺の攻めはここからだぜっ!
「うえっ!?」
俺の手から剣が飛んでいく。アルタイルは得意げな顔だ。俺の渾身の攻めは10手を少し超えたところでアルタイルにより強制中断されてしまった。しっかりと握っていたはずなのにアルタイル技が巧みすぎる。
俺の手を離れ宙高く飛ばされた双剣は重力に引かれアルタイルの手に収まり、それと同時にゴングが鳴る。
「さあ、交代の時間だ。」
アルタイルが無慈悲に告げる。全ては俺の手のひらの上、とでも言いたげな表情だ。
アルタイルの厚意に甘え、それから日が暮れるまで模擬戦を続けた。
「うわっ!」
「なんでだっ!?」
「チクショー!」
「クソッタレェー!!」
訓練場には俺の悪態が響き渡った。戦績はもちろんボロボロだ。
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「俺も大人げなかったよ。あ、大人げないってのは言葉の綾だぞ。歳は大して変わらんだろ。まあ、とにかくジンは見違えるほど強くなってた。俺も負けたくないからそれに合わせて手加減を抑えたんだ。」
目の前の料理をつつきながらアルタイルが話す。
俺たちがいるのは昨日と同じ【竜の止まり木】。模擬戦でくたくたになった俺たちはお風呂に入った後、飯を食いにここへやってきたのだった。二人並んでカウンターに座っている。
「だからって少しくらい花を持たせてくれてもよかったんじゃないか?」
俺が打たれ弱い子だったらやる気をなくすところだ。
このめちゃうまお通しに免じて許してやるが、アルタイルは良い教官にはなれないな。
「ジンは叩かれれば叩かれるほど伸びる子だって信じてるぞ。にしてもこれうめぇな。材料は何だ?」
「ありがとうございます、御使い様。本日のお通しは『チミとプロップのおひたし』です。隠し味に燦々草を入れたんですよ。」
カウンターの向こうでせっせと料理を作るルカさんが答える。
チミもプロップも燦々草もさっぱり分からないが上手いのでヨシ!
「こっちにきてまだ2日目なのにこんな良い店知ってるなんてやるなぁ、ジン。どうやって見つけたんだ。」
「良い香りに釣られてふらふらと歩いてたらスパイスの香るルカさんを見つけたんだよ。俺は鼻が利くんだ。」
得意げに鼻を鳴らす。カウンター席だけあって調理場の香りがよく届く。うむうむ、今日もスパイスのいい香りがする。
「最初はジンさんのこと不審者かと思っちゃったけどね。はい、お待たせ。ドラゴンステーキ、ベリーレアににゃります」
「待ってました!」
「うわ、でっか!」
俺の目の前に2キロの肉塊がドカンと置かれる。昨日食べきらなかった分を調理してもらったのだ。今回はベリーレア、表面にだけ火を通して中はほぼ生だ。
ナイフを通せばほら、血も滴る真っ赤な断面がお目見えだ。
分厚く切った一切れを頬張る。ああ、噛めば噛むほど肉のうまみが広がる...!
「ルカさん、ありがとう。」
「あたし焼いただけにゃんだけど...。」
「それは違うぞルカさん!この絶妙な焼き加減はもちろんだが、なによりスパイスの配合!最高の肉にふさわしい最高のスパイスだ。」
謙遜するルカさんへ熱弁を振るう。
こんな素晴らしいものを作れる料理人はもっと胸を張っていい。
「えへへ、ありがとね。はい、アルタイルさんお待たせしました。唐揚げ定食特盛になります。」
「おお!うまそう!」
「ばかな!?そんなのもあるのか!?」
アルタイルの前に、一抱えもある大皿に山盛り盛られた唐揚げがドカンと置かれる。キツネ色の衣はその見た目からもサクサク加減が伝わってくる。完全に日本の唐揚げそのものだ。ご丁寧に千切りキャベツまで添えられてある。誰か日本人が伝えたに違いない。クソっ。なんてうまそうなんだ!俺も頼めば良かった...!
「うまいっ!」
唐揚げを一口で頬張ったアルタイルが声を上げる。
そりゃ旨いだろうよ、その見た目でまずいわけがない...!
俺の視線に気づいたアルタイルが見せびらかすようにさらに一つ頬張る。この野郎、箸も使えない分際で唐揚げ様に触れやがって。
どうやって唐揚げを奪おうか考えていると、アルタイルが何かを目で訴えかけていることに気づいた。...なるほど、物々交換か。俺はステーキを提供する代わりにアルタイルは唐揚げを提供すると。
仕方あるまい、異世界ステーキは二度目だが異世界唐揚げはまだ食べたことがない。...交渉成立だ。
アルタイルの皿にステーキを一切れ置き、代わりに唐揚げを1つもらっていく。
「無言でにゃにやってんの...」
「違うんだこれは。ルカさんの料理がおいしいから...」
あきれ顔で呟くルカさんに弁解をする。
「いやはや、ほんとに今まで食った中で一番うまいかもしれん。もっと繁盛するべきだなこれは。」
ステーキを噛み締めるアルタイルが深く頷きながら言う。
何に頷いているのかは知らんが、アルタイルの言う通りだ。今だって店には俺たちの他にはテーブルが二つ埋まっているだけだ。店主のルカさん一人で回しているみたいだから全席埋まっても手が足りなくなってしまうだろうが、もっと繁盛しても十分なポテンシャルを持っている。
サラダを食べて口をリセットしてから、唐揚げを頬張る。
衣はサクサク、中は肉汁たっぷり。...たまらん。日本でも食べたことないくらいの唐揚げだ。いったい何の肉か気になるところだが、何の肉でもこれだけうまけりゃ構いやしない。
「アルタイルさん、ありがとうございます。そこまで言ってもらえるだけでも十分ですよ。」
ルカさんは血の付いたまな板を洗っている。
伏し目がちに家事をこなすようなその姿はどこか哀愁を感じさせる。昭和のドラマみたいだ。割烹着が似合いそう。
「違うぞアルタイル、繁盛するべき、では甘い。俺たちが繁盛させればいいんだ。」
「どうやって?この店は立地が悪いからなかなか難しいぞ。」
「だが、味は抜群だ。一度店に連れてくればもうこっちのもんよ。」
ここ以外は露店しか知らないがこの店は間違いなくミスタリアで一番だ。確信をもってそう言える。
それからは閉店の時間になるまでいろんな料理をつまみながら取り留めのない会話を続けた。最初はこのお店を繁盛させる方法について話していたはずだったのに、気づけば全く関係のない海水浴の話になっていたから不思議だ。
海にもモンスターは生息しているが、遠洋に出ない限り大したモンスターには遭遇しないらしい。噛みつかれたところをナイフで突き刺せば殺してしまえるようなものしか出現しないのだとか。そのため、海水浴をする際はナイフが必須で、そのまま塩焼き大会と化すのが定番の流れらしい。普通に楽しそうだな。
お会計をしてお店を出る。デカイ大人が二人でダラダラ飲み食いしたせいで結構な金額になってしまったが、それに見合うだけの満足感は得られた。ルカさんも店前まで出てきて見送りをしてくれる。
「ありがとね、2人とも。お店の片づけまで手伝ってもらっちゃって。」
「いやいや、こちらこそありがとう。こんなうまいもん食べたのは久しぶりだったよ。」
「また来るよルカさん。多分明日。じゃあ、おやすみ。」
ルカさんとアルタイルと手を振り合い、邪魔にならないように路地の端に出したドアへ入る。アルタイルもドアに入っていったのが見えた。
ドアを閉めてしまえば一切の物音がしなくなる。さっきの路地も静かだったが、それでも少しは物音がしていたのだろう。やけに静かに感じる。
「あ、そういえば部屋が増えたんだった。」
入り口のドアのすぐそばに、朝にはなかった部屋がぽっかりと口を開けていた。ドアは備え付けではないみたいだ、自分で用意すべきなのだろう。DIYってやつだ。
中を覗いてみると3畳くらいの小さな部屋が広がっていた。いや、この大きさなら”広がっている”という表現は過剰だな。ちんまりとした倉庫にしか使えないような部屋だ。
さっきまで3人で楽しく話していたので部屋に一人でいるのが寂しく感じてしまう。...今日はもう寝てしまおう。
服を脱いでベッドに横になる。寝るのは得意だ。おやすみ。
これからは週一ペースで上げていきます。




