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01-01 始まり

みなさん初めまして。

頑張って書いていきます。

 朝日が眩しい。カーテンの薄い隙間から差し込んだ光が俺をまどろみから引き揚げる。壁に掛けられた時計を見ると、時刻は7時を少し過ぎたところだった。部活を辞めてしまったので、以前のように早起きをする必要はなくなってしまった。


 手だけを使いベッドから車椅子に移る。3ヶ月前に俺の足は動かなくなってしまった。原因は階段から落ちて腰を強く打ったから。打ち所が悪かったらしく、大した外傷もなかったのに俺の足はあっさりとだめになってしまった。


 部屋からリビングへ車椅子をこぐ。部屋を出てすぐの壁には車いすが擦れた汚れがついてしまっている。一軒家ではなくマンションなので廊下もあまり広くなく、車椅子に慣れていない頃はよくぶつかってしまっていた。


 リビングでは母が朝食を用意していた。トーストにゆで卵とサラダ。大きく変わった日常の中で、数少ない変わらなかったものだ。


「おはよう。いただきます。」

「あら、おはよう」


 母が調理器具を洗う音を聞きながら朝食を食べる。事故以来、母との関係は少しぎこちなくなった。悲しみを誰にも見せたくなかった俺が、気遣う母を避けてしまったからだろう。母の背中を見ていられなくなりテレビに視線を逸らす。テレビでは芸能人のゴシップ、今年の流行、かわいい動物たちが流れている。世間ではいつも通りの日常が流れていた。





 学校へ続く坂道を車椅子で登る。もう10月なので汗はかかない。この一か月と少しで車椅子で坂道を上るのにもすっかり慣れてしまった。校庭では朝練を終えた生徒たちが急いで後片付けをしている。俺も夏休みに入る前までは彼らと同じように朝練に励んでいたはずだが、それももう遠い昔のように感じられる。

 校庭の横を通る俺に気づいた後輩が手を振ってきたので手を振り返す。望まぬ形で部活を引退した俺だが、腫れもの扱いはされていない。入院中も、夏休みが明けてからも努めて明るく振舞ったおかげだろう。部活は先輩も後輩も関係なく皆仲が良かったのでそれを自分のことでそれを崩したくなかったのだ。


 下駄箱で靴を履き替え教室に入る。まだ授業の始まりまで時間があるので登校している人は少ない。おはようと2、3人から声を掛けられるので明るく返事をする。部活の皆の前だけでなく学校でも明るく振舞っている。少ししんどいと思う時もあるがしょうがないと思う。





 時刻は夜8時。夜ご飯を食べて自室に戻ってきている。授業が終わってからは追い出されるまで学校の図書館で過ごした。学校が始まってからはそうして家にいる時間を極力減らすようになってしまった。夕飯を食べた後もすぐ部屋に戻りたいが、避けていますとあからさまに言っているようなものなので8時までは興味もないテレビを見て居間で過ごすようにしている。食卓を共にしていると母がまばらに話を振ってくるが気の利いた返事もできず会話は盛り上がらない。申し訳ないと思うが、どうにもできなかった。


 車椅子からベッドに移る。母はこんな自分のことをどう思っているのだろう。よく考えるが答えは出ない。おそらくは家でも明るく振舞うべきなのだろう、だがそうしないのは家族に甘えているのだろうか。

どうせ堂々巡りに行き着く思考を打ち切り、鞄から図書館で借りてきた本を取り出す。自室にはパソコンもテレビもないので、図書館で借りた本を読んで過ごすようになるのはバイトもしていない高校生の身には当然の帰結だった。


 今日借りてきた本はSF小説の名作と、宗教学の入門書だ。昔から外で遊ぶのが好きで本をあまり読んでこなかったが入院生活をしている内に本を読むのがすっかり好きになってしまった。読むジャンルは様々でなるべく手広く読むようにしている。入院している間はとにかく時間ばかりあって、そんな中で考え事をしていると思考がどんどん偏ってしまうのでそれを避けるためだ。ちなみに、これは病院の先生の受け売りだ。


 どちらを読むか少し迷って、宗教学の本を手に取る。昨日呼んだ小説に宗教学の教授とやらが出てきて、ずいぶんと社交的で陽気な人物だったのが印象的で宗教学に興味が湧いたのだ。宗教というやつはいまいちわからない。特定の神を信仰することになじみの薄い日本人としては一般的な感覚だろう。



 あとがきも終わり、ページをめくると奥付に行き当たる。気が付けば夜の11時になっていた。小説じゃない本はしっかり読んでいたらとても3時間では読み切れない。適当に端折りつつ読んで無理やり読み終えた形になったが結構面白かった。この本を読んで初めて知ったが、宗教学に似て非なる学問に神学というものがあるらしく、それにも興味をひかれたので次に読むものリストに追加しておくことにする。


 もう一時間くらい起きててもいいが、何をするにしても中途半端だ。もう寝るべきだろう。

 宗教学の本をベッドそばに置かれた背の低いテーブルに置いて、その隣のリモコンで部屋の電気を消す。昔から眠りにつくのが得意だった。それを話すと、のび太みたいだねとよく笑われるのでちょうどいい話のネタの一つだ。


 俺にはあまりわからない感覚だが、夜寝付けない人がいるらしい。そういう人に眠りにつくコツを聞かれることがたまにあるが、そう難しいことではない。目を閉じて暗闇に()()()()()だけだ。太陽を見ると目を閉じても光が目に焼きつくあれを見る感覚に近いと思う。暗闇に目を凝らすだけだ。そうすればほら...





 日の光が眩しい。もう朝なのだろうか、よく寝たという感覚もまだ寝ていたいという感覚もなく目が覚めた。


「...は?」


 思わず声が出た。

 部屋が違う。妙に狭苦しい部屋だ。物が多い。元々俺の部屋は物が少なかったが車椅子の邪魔になるからともっと少なくしたはずで、殺風景とも称されるものだったはずだ。それが今は、洗面台に小さいキッチンに鉢植えに植えられた観葉植物なんてものまである。物が多すぎて実際の間取りよりも狭く感じる。


「いや、これ部屋の間取りからして違うぞ」


 扉の位置が明らかに違う。窓とベッドの位置こそ同じであとはまるっきり別物の部屋だった。ていうかこれ4畳くらいしかなくないか?元の部屋も6畳しかなくて狭かったが輪をかけて狭い。


「なんなんだ一体...。ッッはぁっ!?」


 とりあえず部屋を出ようと、ベッドから立ち上がったところで気づいた。()()()()()()

 心臓がドクンと跳ねる。しかと床を踏みしめる足に触れようと手を伸ばした――――ところでふと気づく。手も足も自分のものじゃない。太い。筋肉質。緑色。鱗で覆われている。


 ......。............。..................。


「スゥーーーーッ」


 ゆっくりと息を吸い上体を伸ばす。洗面台の鏡の前までゆっくりと踏みしめるように歩く。歩けることは嬉しいが、それどころじゃない。


「うわぁ...」


 鏡に映っていたのはリザードマンだった。端的に言ってしまえばトカゲ男だ。頭がトカゲで体は人間、ファンタジーものの小説で時々出てくる種族で、これまで読んだ小説にも2回くらい出てきたことがある。ただ、小説で読んだイメージと鏡に映る姿は少し違う。俺の知っているトカゲは細長いから、リザードマンももっとスリムなものを想像していたが、この体は明らかにゴツい。2mはありそうな長身に、鎧のように全身を覆う筋肉が合わさって、明らかに体重120kgはあるよね?という見た目だ。服装は、ザ部屋着みたいな無地のTシャツにひざ丈の短パン。腕の筋肉が発達しすぎてシャツの袖が上腕三頭筋と二頭筋の境目でパツパツになっている。


 ファンタジーな生き物がTシャツ短パン姿でいるギャップのせいか、不思議とその見た目に拒否感はなく、鏡に顔を近づけてみる。琥珀色の瞳に深緑色の鱗。眉はなく鼻は切れ込みみたいに細い。顔をぐるりと回してみると大きく飛び出たのどぼとけが確認でき、耳は小さな穴がぽっかり開いているだけだった。


「すごい...。完璧なリザードマンだ」


 ともすれば醜くなりそうなリザードマンが、ヒトとトカゲの合いの子として調和を保っている。これも7日間で作ったのだろうか。神様ってすごい。


 口をガバリと空けて口の中を確認する。やけに鋭い歯がぎっしりと生えている。舌は二股に分かれていない。のどちんこもしっかり生えていた。


「ッッッ!!!!!」


 そのとき脳に電流が走った。周りを見渡し、日の光を存分に取り込んでいる窓に気づき、そのカーテンを閉める。もう一度周囲をぐるりと見渡す。息を吸う。吐く。吸う。吐く。


 そっとパンツごと短パンを引っ張り中を覗き込む――――――


「よかった...」


 ちゃんと人間のモノがついていた。2本生えていたらどうしようかと思ったが杞憂だったようだ。


『こんにちは。気分はいかがでしょう?』


 肩がビクリと跳ねる。なんなら本当に少し飛び上がった。とっさ振り返るが誰もいない。


「誰だ!?」


 自分以外誰も部屋にいなかったのはさっき確認したはずだった。もしかしてさっきのちんちん確認タイムを見られた?背中を汗が伝う。


『私はこの世界の管理人代行が一人、個体識別名はソラスです』


 先の問いかけに律儀にも答えが返ってくる。少女のような声だ。声は自分から見て正面、部屋の中心から聞こえたように思えたがそこには何もない。


「...ソラスさん、自己紹介ありがとうございます。俺は鈴原仁吾といいます。」


 声が少女のものだったこともあり、動揺がいくらか収まったのでこちらも自己紹介を返す。少女という存在は赤子の次に警戒心を持たれにくい人種だ。しかし、それを狙ってあの声を選んだ可能性もあるので決して油断はできない。


『仁吾様、こちらこそありがとうございます。私に敬語は結構ですよ。管理人の代行を拝命しておりますが偉いわけではないので。』

「そう言われても、初対面の人に敬語ってのも、なかなか慣れないんですが...」


 俺は常識的な人間なので初対面の人には敬語で話すのだ。大体の人はそうだろう。


『これを言うと混乱させてしまうかもしれませんが、私はAIなので気づかいは不要ですよ。ここの管理のために作られたのです。それにしても、仁吾様はずいぶんと落ち着いていらっしゃいますね。』

「え、AI?それを言われてさらに動揺しているんだが...」


 実際、心臓が胸の内を強く打ち付けているし、心なしか呼吸も浅い。体を動かしたわけでもないのにこの状態だ。しかし、AIって...。ここまで人間と柔軟に言葉を交わせるAIなんて作れるものなのか。


『私を質問攻めにしないだけでも随分と落ち着いているというものですよ。さて、話を進めましょうか。通常はこちらが一方的に概要を説明する形で皆様の置かれます現状を大まかに理解してもらうのですが、仁吾様なら会話の形でも問題なさそうですね。いかがいたしますか?』


 ソラスさんから選択肢を提示される。俺の身に何が起こったか教えてくれるようだ。

 置かれた状況が訳わからな過ぎて質問攻めにしてしまうのも理解できる。この世界ってなんだよ。俺の体どうなったの。元の世界に戻れないの。聞きたいことは山ほどあるが、その前に大事なことがある。


「説明にしろ会話にしろ、互いの顔を見てやりたいんだが、姿をみせてくれるか?」


 俺だけちんちん見られたのはフェアじゃねえよなあ?

 いや、ちんちんを見てる姿を見られただけでそのものは見られてないんだがね。さらに言えば、見ている姿を見られたかも確定ではないが。


『ああ、申し訳ありません...。この部屋はパーソナルルームですので私は音声を繋ぐことしか許可されていません。音声の接続でさえも今回限りになります。』

「映像を繋いだりは代行の権限じゃできないってことか?」

『いいえ、それは管理人でも同じです。パーソナルスペースへのコミュニケーションインターフェイスの接続は管理人でも第3級以上の非常事態でないと許可されておりません。』


 ソラスさんの声色は悲しそうだ。

 ソラスさんの言葉を信じるなら、非常時以外はプライバシーが確保されているってことか。第3級がどれくらいの非常事態かは分からないが。


「とりあえず顔を見ることは出来ないってわけね。」

『そうです、ご理解いただきありがとうございます。』


 見れないとなるとやけに姿が気になってしまうが、見れないものは仕方ない。ソラスさんの外見はいったん置いておいて、現状を教えてもらおう。


「それじゃあ俺の置かれた状況を教えてもらえるか。会話だと話が脱線しそうだから、ソラスさんが一通り教えてくれると助かる。」

『かしこまりました。では壁の黒板を見ていただいてよろしいでしょうか。』

「黒板...?ああ、これか。確かに黒板だ」


 黒板と言われて周囲を見渡すと、ドアの反対側の壁に巨大な黒板が掛けられていた。ご丁寧にチョークと黒板消しまである。

 俺が黒板を見つけるのを待っていたかのように、黒板の左上に、『ソラスの初心者講習』との文字がやたらキレイな明朝体で書かれていく。部屋にチョークのカツカツという音が響く。急に学校の授業みたいになった。


「この演出いる?」

『絶対いります。ではまず、この世界についてお話ししましょうか。この世界はシミュレータ上に築かれた一つの恒星系で、皆さんが活動するのはそこの第2惑星ミグです。あなたにはそのミグで魂の研鑽に励んでいただきます』


 ・星系一つ分の仮想世界!

 ・魂を磨いてオンリーワンのキミを目指そう!


 黒板に箇条書きが書き足される。

 恒星系一つ分の仮想空間とはまた常識外れだが、あんな高度なAIを作った文明ならば可能かもしれない。しかし、皆にこの演出で教えているのだろうか。混乱の極致にいる人だったら逆上するんじゃないか?


『今いるこの部屋はパーソナルルームという名で、皆さまは一つずつ所有しております。この部屋は恒星系のある空間とは独立しており、皆さまの現実世界からミグへの行き来はこの部屋を中継して行ってもらいます。ちなみに、この部屋は魂を成長に合わせて広げることが可能ですので是非頑張ってください。』


 ・君だけの部屋。移動はこの部屋を通して!

 ・君だけの部屋。魂とともにおっきく!


『先ほど行き来と言いましたが、この世界に体ごと移動していただいたではありません。意識だけを移している状態になります。仁吾様のように体が全くの別物に代わってしまう方は珍しいのですが、一部が変化する方なら多くいらっしゃいますからね、そんな方でも安心なわけです。行き来の方法ですが、非常に簡単で眠るだけです。現実世界で眠る、もしくはパーソナルルームで眠ることで意識の移動が発生します。』


 ・行き来するのは意識だけ!(幽体離脱にあらず)

 ・寝れば別世界(楽しい)


 黒板にさらに2行書き足される。

 自分の思い通りに動く足に目を落とす。そうか、足が動くってのはこの世界だけなのか。元の体を捨てたいわけではないが、現実に戻ればまた動かない足が待っているのかと思うと気分が落ち込む。いや、たとえ一時だろうと動く足が手に入るのだ。幸せなことだと思うべきだろう。


『皆さんにはミグで魂の研鑽に励んでいただくのですが、簡単に言えばレベル上げをしてもらいます。あちらの世界にはレベル、クラス、スキルがあり、モンスターとの戦闘、特定の行動を通じてそれらがレベルアップします。』


 ・魂の研鑽=レベルアップ

 ・(基本的に)戦ってレベルアップ!


 さらに2行。

 AIやらシミュレータやらSFっぽい雰囲気が漂っていたが、急にゲームチックになったぞ。モンスターっていうとファンタジー系なのか?確かに俺の種族はもろファンタジー系だが。

 しかし、急に戦えと言われても困る。俺は喧嘩すらまともにしたことないし、格闘技経験もない。熊サイズは間違いなく殺されるし、犬でも中型犬なら怪しい。


『仁吾様は戦闘に慣れていないでしょうから、他の人よりも苦労することが多いと思われます。仁吾様が最初に訪れるエリアは出現するモンスターも弱く設定されていますので、そこで戦闘に慣れることをお勧めします。』


 ・戦いは難しい!簡単なところで慣れよう!


『続いて、大事なことの説明をしていきたいのですが、その前に惑星ミグの説明をさせて下さい。惑星ミグは直径約7000kmの岩石惑星で、7つの大陸で構成されています。ミグは、恒星ヨルディンとの距離、地軸の傾き、大気の組成等々で仁吾様の故郷の地球よりも過酷な環境となっているのですが、なによりも魔力と呼ばれるものの影響が大きいんですよね...。魔力は大事かつ厄介なのですよ。魔力と呼ばれる質量を持たず、エネルギーも持たず、けれど確かに存在しているモノの影響で、ただの生き物が凶暴なモンスターになり、人が物理的に説明のつかない現象を引き起こせるようになり、魂が無限の高みへ登れるようになれるのです。』


 ・惑星ミグは過酷!

 ・魔力がすべての根幹!


 魔力。またファンタジー要素の強い単語が出てきたな。今の説明を聞く限り魔力というやつは生き物に力をくれるものなのだろうか。それが悪いように作用してモンスターが生まれてしまうと。人もモンスターになるのかどうかはぜひ聞いておきたいところだ。


『魔力の詳しい説明は、この後のチュートリアルで行うのでひとまずこれで終わらせていただきますね。次で最後の項目になります。最後は惑星ミグで生きる人々です。ミグには様々な人たちが住んでおり、大きく分けて2種類、仁吾様のような外からやってきた人たちシェバズと、シミュレータが用意したミグ人に分かれています。数は1:100ほど。ミグ人の方が多く設定されています。シミュレータで用意したと言っても仁吾様と同じように泣いて笑う生き物ですので、見下したりはしないようにお願いしますね。仁吾様の方が希少で成長も早くなるでしょうが、増長してしまうのもやめてください。ミグ人に嫌われてしまうとミグでの生活は過酷なものになってしまいますよ。』


 ・優しい隣人、ミグ人。

 ・シェバズよ、ゆめゆめ驕るべからず。


 俺のような人をシェバズと言って、おそらくは結構な数いるみたいだ。何人いるのだろうか。ミグは地球よりも少し大きい惑星だが、環境は過酷らしいからミグ人の人口は70億人以下か?いや、文明が地球よりも発展している可能性を考えれば100億人以上いるかもしれない。そうなれば100分の1でも1億人以上いることになる。


『以上で終わりです。ご清聴ありがとうございました。非常に簡単になってしまいましたが、不足は質問への回答で補わせていただきます。なにか質問はございますでしょうか?』


 ・おしまい


 黒板に一行追加される。

 これで説明は終わりらしい。確かに自分の現状は分かったが、これからどうすればいいのかがあまりわからないような...。まあ、それは質問していけばいいか。


「説明ありがとう。いろいろと分かったけど分からないこともまだ多いから質問はたくさんあるよ。最初の質問だけど、ミグでどうやってお金を稼いだらいいんだ?モンスターを倒すことはお金になるのか?」


 先の説明では俺たちを呼んだ目的は、モンスターを倒してレベルアップさせることらしいから、俺たちが週5でアルバイトをしてモンスターを倒すのは週末だけ、なんてのは好ましくないはずだ。


『そうですね、モンスターを倒すことはお金になります。正確には、モンスターを倒せば褒賞が出ますし、モンスターの体内に生成される魔石という魔力の結晶体もお金になります。モンスターの体組織も需要のあるものはお金になりますね。ミグ人達は強い人が少ないので狩りで生計を立てる人は少ないのですが、シェバズの皆さまなら十分稼げるはずです。』

「モンスターを狩っていれば生活はできるということか。ミグ人たちはどういった生活をしているんだ?というか、ミグの文明はどうなっているんだ?」


 大事な点だ。文明がある程度発展していればモンスターというか、生き物は文明の利器で殺せるような気がする。モンスターはミグ人が銃や戦車で武装しても殺せない化け物ってことはないよね?

 それに、文明の発展度はこちらでの生活の質に直結する。ウォシュレットはあるのか?


『ミグの文明はあまり発展していません。機械の類は全く存在しません。その原因は資源の偏りですね。シミュレータの設定で金属資源の産出量を極限まで下げているのです。』

「鉄もアルミも銅も採れないってことか。確かに文明の発展は無理そうだな...。俺たちシェバズに戦わせるためにそんな設定にしたのか?」


 だとしたら随分ひどい話だ。ミグ人たちはモンスターの脅威に対抗する手段を軒並み取り上げられていることになる。いくらシミュレータ上の話とはいえ、ミグ人が俺たちと同じ情緒を持っているとはソラスが言っていたのに。


『そのあたりの情報は私にも閲覧許可がありませんので確証がなく推測になってしまいますが、おそらくその通りだと思われます。ミグ人のことを気にかけておられるのでしょうか?』

「...ああ、そうだ。このシミュレータの設定をしたのは誰なんだ?その閲覧許可を設定した奴が一番偉いのか?」

『その情報も閲覧許可が下りません...。管理AIの身では一生知ることはないでしょう。シミュレータを作った方々の目的は、皆さまのレベルアップの先にあるはずです。仁吾様がレベルを上げていけば、あるいは彼らからのコンタクトがあるやもしれません。』


 ソラスの声には心なしか悲しみがこもっているように感じられる。管理のために作られたという言葉からの推測だが、シミュレータの制作者とソラスの制作者は同じなのだろう。自らの親ともいうべき存在との隔絶に思うところがあるのかもしれない。容易には触れられない話題だ。


「まあ、とりあえずレベルを上げればいいってことか。」

『そういうことになりますね。仁吾様が呼ばれたのもそのためですから。そう考えていただくのがよろしいかと。』

「次はレベル上げについて聞いてもいいか?...いや、そういやさっきチュートリアルがあるって言ってたよな?なんのチュートリアルなんだ?」

『戦闘及びその他一般事項のチュートリアルになります。ステータス操作などですね。』


 チュートリアルが戦闘関係であるとは予想どおりだ。ステータス操作もRPGを多少かじったことがあるので大体想像がつく。細かい話はチュートリアルを進めながらにしようか...?


「そのチュートリアルって時間はどのくらいかかるんだ?ほかの質問はチュートリアルと同時進行でしていこうと思うんだが」

『チュートリアルの時間は人によって違うので何とも言えませんが、もし早く終わってしまい質問が十分できなかった場合は別途時間をとりますので、同時進行は合理的です。』

「よし。じゃあ、チュートリアルを始めてしまおう。どうすればいい?」


 そろそろ体を動かしたかったのだ。久しぶりに走ってみたい。


『ドアを開ければチュートリアル開始です。初めての接続の際つながるエリアは【始まりの森】の、モンスターの存在しないエリアになりますので安心して踏み出してください。』


 【始まりの森】。いかにも初心者向けな名前だ。

 ドアノブを握る。少し緊張しているのだろうか、ドアノブがやけに冷たく感じた。


『あっ、少し待ってください。』


 意を決してドアを開けようとしたところでアキラから待ったが入る。水を差すような真似はやめてくれよ。


「...どうした?」

『仁吾様には惑星ミグでの名前を決めていただきたいのです。ミグでの仁吾様は、現実世界での仁吾様よりも本質的です。強くなるためには、新しい名前を用いることをお勧めしますよ。』


 本質的とはまたよく分からないことを。しかし、名前を変えろか。SNSやネットゲームのハンドルネームみたいなものとはまた違うのだろうか。名は体を表す。新しい名前、新しい自分ってことかね?


 あいにくと俺は仁吾という名前を気に入っているのだ。だから、極力変えたくない。ならば...。


「俺はジンと名乗ろう。」


 元の名前から一文字取り払っただけだが、口に出してみると中々新鮮な気分だ。意外と悪くない。


『はい、かしこまりましたジン様。良い名前です。それでは、今度こそドアを開けましょう。冒険の開始です。』


 改めてドアノブを握る。

 名前を変えたおかげか、緊張がなくなっていた。俺はジン。リザードマンだ。


 えいやと気合を入れてドアを開ける。もう終わってしまったと思った俺の人生は、予想だにしないところから新たな一歩を刻み始めたのだった。

ちなみに毛は生えていません。

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