Uni(ユニ)
自分の命が、あまり長くはないことを農家は悟っていた。
しばらく土には触っていない。
どうしてこうなったのか。
あの世界は、もうない。
だから、畑も、浮島もない。
インターネットの中。
それでも世界だった。
だから命があって、自分は病気で死のうとしている。
細胞が分裂をやめない。
医者のAIには(for文のループ異常)とか言われたが、コードのことは詳しくないのでよくわからない。ただ、体の中が壊れていく病気だとはわかる。
農家は建物ぐらいの大きさのフィグメントをそこに呼び出した。
世界に穴が開いた。
そこから超安定物質が流れ込んできたのだ。
あのアンドロイドからあづかった子どもは、大きくなった。
本当に大きくなった。
東京。
詳しくは知らないが、文房具やら、紙やらを一生懸命売っている。
近くには誰もいない。
コクピットに乗り込む。
農家は、名刺くらいの大きさのリフィルを胸ポケットから取り出した。それをコクピットに差し込む。
どうせ、なにもしなくても、病気で死ぬ。それなら世界の一つくらいは救って死にたい。どうせ、もう畑はない。今からまたアスパラをやるのは骨が折れる。水耕栽培とかで、にんにくとかなら、なんとかなるか。
そんなことを考えていた。
お前も農家を。
そんなことは一度も言ったことはない。そもそもあの子は自分が農家だったことも知らない。
土が好きだった。家の裏に小さな畑はあった。それだけだ。なにも育てていないから、雑草だらけだった。不思議がられたが、しょうがなかった。
足元が濡れている。
まだ、穴は小さい。溢れてくる超安定物質の量も少ない。
向こうの世界へ、一度いく。
この世界を沈めようとしている人間がいる。向こうが必死なのもわかる。
俺たちは、犯罪者。全員が犯罪者。この世界にいる人間は、人間じゃない。
そう思われている。そう、教育されている。
AIに。
今じゃ歴史なんか、作られたただの記憶だ。
農家は、クラッチを踏んで、フィグメントのギアを上げた。ディストレーションとシンクロトロン 。レバーを倒している。
助走をつけて、農家のフィグメントは二足で走り出す。
頭から穴に突っ込んだ。
深い水の中のよう。フィグメントの全身に超安定物質がまとわりついてくる。
泳いだ。光が見える。それを目指す。
顔を出した。海のような場所。全てが超安定物質だ。
断崖。それを農家は見上げていた。
フィグメント。
コクピットが開く。
自分と同じ顔。
そういう定めなのだろう。
for文のループ異常。
それは伝播する。
この超安定物質のなかで自分のコードを解き放てば、どうなるかは目に見えている。農家の自分が爆弾になるなんて、まったく笑える。
あの世界との接続を、これで切る。
「やめろ!」
崖の上から自分と同じ顔をした男が、叫んだ。
農家は、自分のコードを解放した。
周りの超安定物質がボコボコと音を立てる。
暑い。
一瞬だけ、畑の真ん中で見上げた太陽を思い出した。
あの時のように、視界が白んだ。ただ、匂いはしない。
世界すベてが、一つの音を立てたように感じた。
痛み。
それから、なにも感じなくなった。農家は、ただ笑っていた。