生きた証
辛かった。
地名はあるけど僕が知らない何処かで、匿名は知っているけど顔も本名も知らないあなたが、ずっと前から苦しんでいた。
手も言葉も届けられるような距離じゃない。
メッセージだって送れる間柄じゃない。
…だけど、あの時少しの勇気で僕が彼に何か言えたなら、
「彼は死ななくて、良かったのかな」
僕が言っても結末は変わらなかったなんてことは簡単に理解できる。
それは、彼自身がもう、決めていた事だろうから。
僕は傍観者だ。気ままな、気楽な、傍観者だった。
彼が載せていた写真とそのコメントに、思わず胸が引き締まった。
自らの過去を振り返って、その写真は、若き頃の彼女と写っていた。
『良い顔してるじゃんかよ』
その言葉を、彼はどんな気持ちで産んだのだろう。
今がいくら辛くても、その人にも必ず楽しかった過去がある。
何も考えずに生きていられた幼少期、学生時代、そして青春。
彼は青春していたのだ、きちんと。
なのにいつから…
…なんて考えても、仕方ない。
僕は、傍観者だった。
彼は、
最期まで僕らに生きた証を伝えていた。
最期まで僕らを諦めはしなかった。
最期まで彼は、精一杯自分を生きた。
それで、良かったのか。
いいや、良くはないのだろうが、そうするしか、方法はなかった。
地名はあるけど僕が知らない何処かで、今日、身元不明の焼死体が見つかったのだと、テレビの中のニュースキャスターが言っていた。
彼は生きました。
確かに生きたんです。