忘れてたくせに。
「あいつ、結婚するんだって」
その言葉で目が覚めた。
「え、そうなの?」
「うん。県外着いてくってさ」
「結婚……結婚ねぇ……。結婚ってなんだったっけ」
有り触れた言葉が、急に聞きなれない言葉になった。
思えば変なやつだった。子供の頃から、一人でずっと過ごしているような、友達なんて必要ないと言わんばかりの堂々とした在り方をしていた。正直、席が隣になると気まずかった。
気まずかったので、頑張って話してみた。そしたら、思いのほか面白いやつだった。思いのほかって上から目線で言っちゃったけど、とにかく気の合うやつだった。
「あー……着いてくってことは、職場も?」
「そりゃあね。もう決まってるって」
何を今更聞いてるんだ。連絡もあまり取らなくなって、短いわけでもないが、長いわけでもない。それでも疎遠になっていたことは確かだったろ。
「正直、結婚しなさそうだったのにな」
「そうかな? 一番最初に結婚するって思ってたよ」
「え、いつから?」
「中学あたり」
「最初からかよ」
「あ、そうだ」
「なに」
「あいつ、あんたのこと好きだったらしいよ。あんたがあいつのこと好きだったの気付いてたらしいし」
「今になってそれ言う?」
「今の今まで気付いてなかったの?」
「まぁ……気付いてるかもって話は聞いたことあるけど」
「残念でしたー。やっぱやらない後悔よりやる後悔だよね」
「まぁ、そういうけど……」
あの変な感じが好きだったのは認める。悔しいが、言っとけば良かったかなぁとも思った。だけど、ちゃんと言っていたらどうなったんだろう。ずっと変なやつでいてくれただろうか。俺はあの変なのが好きだったが、ずっとあのままでいてくれる保証もなかった。そんな女々しい考えと後悔のようなものを俺は抱えているわけだが、実を言うと一度だけ気持ちを伝えられる場面があった。
「それは、告白ってこと?」
……って感じで。
内容は忘れたが、なにかを俺が言ったとき、あいつはそれを告白と受け取ったらしい。もちろん思考停止した。そして、次に思ったのは、このまま「そうだ」と言ってしまおうかということだった。自分としてはそんなつもりは毛頭なかったが、勇気を振り絞って言わずに済むなぁという考えをしてしまったからだ。
色々その瞬間で考えた訳だが、結論としては、「まだ言わないよ」という返事して後悔を抱えることになった。
まだって何だ。言う予定があるのか。あるならさっきの誤解のやつで良かっただろうが。なんで逃げたんだ。馬鹿か。
今そう思うが、言った瞬間もそう思ってた。そのあと結局言わなかったし。いつかきちんと言ってやろうと自分に言い聞かせてたの忘れてないぞ。そのあとすぐに彼氏作られてやんの。ばーか。
あ、思い出したぞ、その前に一度だけ告白しようとして言えなかったことあったな。寸前まで言いかけてビビってたろ。なんだよ。2回もチャンスあったんじゃん。
まぁ結局のところ、あいつと俺の道は交わることはなかった。一瞬だけ近付いてたらしいが。
そして、言えないまま時間が経つにつれ、思い出す頻度が少なくなっていった。気持ちは変わったわけじゃない。変わったわけじゃないんだが、諦めたって言いながら諦めきれてなかった。
中学のあのころ、窓際で放課後にたわいも無い話をしていた彼女は、俺が思い出さなくなったとしてもずっと心の中にいた筈なのだ。
きっと好きで、言えなくて、言えないまま気付いたらお互い恋人ができて。言っとけば良かったかなぁなんて冗談交じりに言ってたけど、ほんとのところは有りもしない"if"を夢想して、上手くは言えないけど、どっちも本気だったのかもしれない。
「なぁんで断ち切れないかね」
きっと、自分はまだ放課後の教室にいる。誰もいなくなった教室で、彼女と話してた自分がまだそこにいる。彼女はそこにいないのに、吹奏楽部の音合わせが聞こえ出す。普段は気にも留めないのに、変に耳を傾けちゃったりして。
また、昔を思い出してる。
きっと自分は何も変わってない。
今も保留にしたままの声を抱えたまま生きてる。机の中のラブレターかよ。
でも、君もそうなんだろ?
なぁ?
そうだってはっきり言ってくれよ。
なんか恥ずかしいだろ。
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