第七章 新たな戦い−1−
移転暦二二年六月
本国海軍の中でもっとも稼動していた艦は何かというと、潜水艦部隊であった。現在、5個潜水戦隊三○隻が配備されており、そのすべてが「改そうりゅう」型原子力潜水艦であった。常に二○隻が稼動、うち二隻は西中海方面の監視任務、残る一八隻で海底調査や海水調査、音響観測などであらゆる海域にあった。友好国の港湾沖では艦艇の音紋調査なども行っていた。出力は小さいとはいえ、原子力であるから浮上することはまずなかった。
これに関連することであるが、秋津島統合防衛軍の第六艦隊の潜水戦隊でも、「おやしお」型を装備する2個潜水戦隊は南西海域で同様の任務についていた。が、こちらは通常動力潜水艦のため、燃料の問題は生じることとなる。「改そうりゅう」型では燃料の問題はなくても食料などの補給は欠かせない。それがため、南西海域では第6艦隊潜水母艦『香椎』(405ちよだ)からの補給はどちらも欠かせず、その稼働率は秋津島統合防衛軍艦艇の中でももっとも高かったのである。
これらの調査によって明らかになったことのひとつに、第三国の潜水艦の存在があった。現在、潜水艦を装備しているのは日本とインペル、プロイデン、エンリアだけと思われていたため、秋津島統合防衛軍や本国海軍に衝撃が走ることとなる。もっとも、それら潜水艦は静粛性がそれほど高くなく、伊100潜(SS600もちしお)の追跡により、インペル海西方の大陸にその基地があることが判明する。その地域はエンリア帝国の侵略により、その影響下にあるものと考えられていた。第六艦隊では伊100潜(SS600もちしお)および伊99潜(SS599せとしお)の二隻を交代で張りつけさせ、詳細な調査を開始した。また、本国統合幕僚本部では偵察衛星での偵察も行っていた。
さらに、六月になって新たに判明したのが、オーロラリア大陸東方、移転前で言えばニュージーランドに相当する地域に存在し、オーロラリア大陸の一/一〇の広さに相当する巨大な島周辺においても潜水艦と思しき艦艇が探知されていた。こちらはオーロラリア国東部での定期哨戒任務に付いていた、第六艦隊「はるしお」型装備の第1潜水隊所属の伊85(SS585はやしお)がナミル共和国沖で接触、追尾するも見失ったものであった。じつはこちらのほうが秋津島統合防衛軍や本国海軍に与えた衝撃は大きかった。というのは、潜航航続距離の影響で追尾できなかったのが見失った原因であったからである。また、この方面には文明国はオーロラリア国以外には存在しないと思われていたためである。
ために、本国海軍では「改そうりゅう」型四番艦『しょうりゅう』を急遽派遣した。幸いにして、伊85は音紋など件の潜水艦の発していたデータを秋津島経由で報告していたため、同じ潜水艦が現れた場合は補足できると思われた。そのデータは統合幕僚本部でも分析され、ある結果が導き出されていた。非大気依存動力あるいは原子力動力、である。この情報は当然ながら秋津島統合防衛軍司令部にも知らされることとなった。
マレーギニア海峡、ナミルラリア海峡、ギニアラリア海峡等主要な海峡にはSOSUS網が設置されていたが、それらのSOSUS網には件の潜水艦のデータは記録されておらず、そのためにインデリア海方面から現れたのではなく、南太平洋か東南太平洋方面にその根拠地があると考えられた。そこで、第六艦隊司令部では、第1潜水戦隊に加え、「おやしお」型を装備する第2潜水戦隊を南西海域から南太平洋海域に移動、情報収集に当てることを上申、採用され、直ちに実行された。
その結果、オーロラリア国東方の大きな島の東南部において、膨大な量の電波が発生していることを確認する。残念ながら、偵察衛星の故障による破棄(一一月に打ち上げ予定であった)でこの方面の偵察能力に穴があり、衛星での確認方法は今のところなかった。
電波傍受による情報では、フレンス皇国、軍事国家で膨張政策を国是としていると推定された。秋津島統合防衛軍司令部は統合幕僚本部と図りオーロラリア国に陸軍部隊4個師団の同国東部への展開(合計8個師団)、海軍艦艇の半数(といっても軽巡洋艦や駆逐艦合わせて二○隻)を東部第一の都市ブランベンへの移動を要請する。
ナミル共和国にはP4A対潜哨戒機装備の1個飛行隊四機、E-MRJ70AWACS装備の1個管制隊二機、FG−4戦闘機装備の2個小隊八機を配備する。対潜哨戒機部隊の進出に伴い、第2潜水戦隊を秋津島に引き上げさせ、同海域には第1潜水戦隊のみの配備となった。水上艦艇は第一戦隊戦艦『日向』『伊勢』、第一二水雷戦隊軽巡『北上』(104きりさめ)『夕風』(156せとぎり)『三日月』(155はまぎり)をオーロラリア海経由で向かわせた。
オーロラリアは同国西部に主要都市が集中、東部は人口密度が少なく、侵略を受けた場合、簡単に上陸を許してしまうと思われたからである。また、ナミル共和国は敵に落ちた場合、狭く浅い海峡があるとはいえ、ギニア三国、ひいては秋津島が危機にさらされるため、部隊の派遣となった。
秋津島統合防衛軍司令部は都羅玖島への部隊配備も検討していた。というのも、フレンス皇国と名乗る国の軍艦が北北西に進路を取れば、都羅玖島東部へ至るからである。しかし、これは結局断念することになる。なぜなら、民間の施設ばかりであり、一○隻もの軍艦を長期間受け入れる施設がなかったからである。当地に配備されている海上保安庁の施設は大きくなく、五○○○トン級巡視船八隻を支えるのがやっとだったのである。そこで、第1潜水戦隊五隻のうちの二隻をナミル共和国沖に展開、北上する艦艇の監視に当たらせ、残る三隻をフレンス皇国東部に展開、情報収集に当たらせることとしたのである。
その後、立て続けに二つの出来事が起こる。オーロラリアのブランベン郊外の急造空軍基地に派遣されていた、独立第一飛行隊司令部より、高度一万二○○○mを南西に向けて高速で飛行する国籍不明機を確認した、との報告があったのである。独立飛行隊とは、マレーリア国およびパリエル国、ゴリアス共和国の空軍からの派遣部隊で編成され、一九式戦闘機五四型三二機、二○式電子偵察機八機、二一式対潜哨戒機四機、二一式輸送機六機からなる部隊であり、司令部要員に秋津島から源田実中佐他数名を派遣していた。
一九式戦闘機五四型は最高速度七二○kmを出すレシプロ戦闘機であり、マレーリア、パリエル、サウロギニア、エリプト、ゴリアスなどで配備されていた。二○式電子偵察機は一九式攻撃機を元に作られ、レーダーポッドを装備する三座のレシプロ偵察専用機であり、マレーリア、パリエル、サウロギニア、エリプト、ゴリアスなどで配備されていた。二一式対潜哨戒機は二一式輸送機を元に磁気探知システムとレーダーを装備した対潜哨戒機であり、パリエル、サウロギニア、ゴリアスなどで配備されていた。二一式輸送機は双発の中型輸送機で最大二トンの物資を輸送できる双発機であり、日本以外の空軍を持つ国すべてで配備されていた。
さらに、オーロラリア海軍東部方面軍司令部より、タフマン沖にて潜水艦らしきもの探知するも失探、との連絡が入る。これら情報により、秋津島統合防衛軍司令部では、フレンス皇国の偵察が頻繁になったのは近いうちに侵略戦争が起きるのではないかと判断していた。