第六章 再生のための苦難−4−
移転暦二一年一一月
戦艦『日向』『伊勢』の改装は一年を経ずして完了し、一二月初旬には再就役することとなった。排水量が増え、三万九○○○トン、一三万馬力の機関により、最大速力三一ktを出す高速戦艦となっていた。電装関係も一新、統合防衛軍配備艦艇最強の打撃艦艇といえるようになっていた。大きな特徴は主砲を四基に、副砲および対空機関砲の全廃とVLS(六四セル)、長射程CIWSファランクス二基、二一式多用途水上機四機の搭載であった。
主砲が減った分対艦攻撃力が弱まっているのでは、と思われがちであるが、その分は対艦ミサイルが埋めているため、逆なのである。もっとも、ミサイルが通用しないなどの場合は砲雷撃戦になるが、三六cm主砲は十分であると思われていた。かのインペル国やエンリア帝国ですら戦艦の主砲は三〇cmであった。今のところ対艦砲撃は三〇cmが主流であると思われていた。
そんなわけで統合防衛軍海軍では対艦砲撃可能な戦艦七隻が揃うこととなる。後に友好国ではこれら七隻を七海神と呼ぶことになる。『大和』以外はすべて三六cm砲装備となるが、これは砲弾製造の面からも歓迎されることとなった。多種少量生産よりも少種多量生産のほうがコストが安くなるからである。三六cm砲は後に改良され、六○口径というとんでもない代物になり、有効射程距離は強薬で五五kmにも及び(普段は強薬を使うことはなく、四五kmほどである)、後に登場する他国の三六cm砲より強威力になっていた。
統合防衛軍艦艇は六○パーセントが刷新され、混乱を避けるため艦名はそのままとされた。「くまの」型一○隻は重巡洋艦の名を、「たかなみ」型二四隻は駆逐艦の名をを引き継ぐことになった。ちなみに「たかなみ」型はヘリコプターを搭載しない(ヘリコプター甲板は残されている)ため、ヘリコプター格納庫は撤去されている。水上艦は以上であるが、潜水艦部隊も「はるしお」型五隻に加えて「おやしお」型一○隻が配備され、第六艦隊旗艦『香取』(154あまぎり)潜水艦母艦『香椎』(405ちよだ)が配備された。
原子力空母『扶桑』『山城』はすでに第一航空戦隊として配備され、習熟訓練を始めていた。『長門』『陸奥』の改装は進捗率九○パーセントで明年三月には完成の予定であり、完成後は第二航空戦隊として配備されることになっていた。機関が原子力で第一級機密事項であることから、航空艦隊運用実績のある山口および草鹿両少将指揮下に置かれ、参謀長には本国海軍から前田龍二および山田勇二両准将がつくこととなった。艦長は『扶桑』には加来留男大佐が、『山城』には柳本柳作大佐がそれぞれ就任していた。『長門』に青木泰二郎大佐が、『陸奥』に岡田次作大佐がそれぞれ艤装委員としてついていた。『赤城』には古川保大佐、『加賀』には原田覚大佐、『飛龍』には駒沢克己大佐、『蒼龍』には大林末雄大佐と『瑞鳳』『千代田』『千歳』『日進』で経験を積んだ艦長がそのまま移動する形で配属された。
ここで秋津島統合防衛軍人事および二二年度戦力(一部予定)を見てみよう。これ以外の配備予定は今のところない。主要人物も挙げておくことにする。
秋津島統合防衛軍司令官 山本五十六海軍大将(海軍長官兼任)
秋津島統合防衛軍副司令官 今村均陸軍中将(陸軍長官兼任)
秋津島統合防衛軍主席参謀 大井保海軍中佐
秋津島統合防衛軍司令部参謀 土田巌陸軍少佐
海軍次官 近藤信竹中将
海軍作戦本部長 宇垣纏中将
聯合艦隊司令長官 高須四郎中将
機動艦隊群司令官 塚原二四三中将
航空集団司令官 南雲忠一中将
第六艦隊司令官 小松輝久中将
重巡艦隊司令官 阿部弘毅中将
16軍司令官 土橋勇逸陸軍中将
第一航空戦隊司令官 山口多門少将
第二航空戦隊司令官 草鹿龍之介少将
第三航空戦隊司令官 藤田類太郎少将
第四航空戦隊司令官 木村進少将
水雷部隊司令官 栗田健男少将
駆逐艦部隊司令官 田中頼三少将
第48師団師団長 三好浩二少将(元日本陸軍少将)
第49師団師団長 斉藤辰夫少将(元日本陸軍少将)
第50師団師団長 岡崎清三郎少将
第51師団師団長 原田義和少将
海軍
戦艦部隊:レーダー射撃可能
統合防衛軍旗艦『大和』
第一戦隊戦艦『伊勢』『日向』
第二戦隊戦艦『金剛』『比叡』
第三戦隊戦艦『榛名』『霧島』
重巡洋艦部隊:(「くまの」型イージス護衛艦)
第四戦隊重巡『愛宕』『鳥海』
第五戦隊重巡『妙高』『羽黒』
第七戦隊重巡『熊野』『鈴谷』
第八戦隊重巡『利根』『筑摩』
第九戦隊重巡『三隈』『最上』
空母部隊;(全艦ジェット化)
第一航空戦隊空母『扶桑』『山城』
第二航空戦隊空母『長門』『陸奥』
第三航空戦隊空母『赤城』『加賀』
第四航空戦隊空母『飛龍』『蒼龍』
水雷戦部隊:(駆逐艦は対艦ミサイル装備、対潜装備更新)
第二水雷戦隊軽巡『神通』(109ありあけ)駆逐艦『嵐』『雪風』『天津風』『時津風』『秋雲』『磯風』
第三水雷戦隊軽巡『川内』(108あけぼの)駆逐艦『舞風』『浦風』『初風』『浜風』『谷風』『萩風』
第四水雷戦隊軽巡『由良』(107いかづち)駆逐艦『朝雲』『峯雲』『夏雲』『朝潮』『荒潮』
第六水雷戦隊軽巡『大井』(106さみだれ)『風雲』『夕雲』『巻雲』『霰』『霞』
第一○水雷戦隊軽巡『長良』(105いなづま)駆逐艦『陽炎』『不知火』『野分』『早潮』『親潮』『黒潮』
第一二水雷戦隊軽巡『北上』(104きりさめ)『夕風』(156せとぎり)『三日月』(155はまぎり)
駆逐艦部隊:(「たかなみ」型護衛艦)
第二○駆逐隊駆逐艦『吹雪』『白雪』『初雪』『叢雲』『磯波』『浦波』
第二四駆逐隊駆逐艦『敷波』『綾波』『朝霧』『夕霧』『白雲』『天霧』
第二六駆逐隊駆逐艦『海風』『山風』『江風』『涼風』『時雨』『有明』
第二八駆逐隊駆逐艦『白露』『村雨』『五月雨』『春雨』『夕立』『夕暮』
潜水艦部隊:旗艦一、母艦一、潜水艦一五
第六艦隊旗艦『香取』(154あまぎり)
母艦『香椎』(405ちよだ)
「はるしお」型五隻(SS585〜589)
「おやしお」型一○隻(SS591〜600)
補助艦
工作艦『明石』(5000トン級、一九年新造)
掃海母艦一(464ぶんご)
掃海艇一○「すがしま」型
補給艦一○「ましゅう」型
輸送艦一○「改おおすみ」型
揚陸艦一『鳳翔』
ミサイル艇一○「はやぶさ(2代)」型
航空部隊
基地航空隊
FG−4戦闘機三六機
FG−5戦闘攻撃機一二機
P4A対潜哨戒機一六機
E-MRJ70AWACS八機
C−3輸送機八機(うち二機は空中給油パック装着可能タイプ)
艦載機四○○機
海軍陸戦隊(二二○○人)
四個大隊+一個中隊(一個中隊は特殊部隊)
陸軍(第16軍)
第48師団(司令部、3個連隊、1個戦車大隊、1個特科大隊その他)
第49師団(司令部、3個連隊、1個戦車大隊、1個特科大隊その他)
第50師団(司令部、3個連隊、1個戦車大隊、1個特科大隊その他)
第51師団(司令部、3個連隊、1個戦車大隊、1個特科大隊その他)
第52師団16軍司令部直属(司令部、3個連隊、1個戦車大隊、1個特科大隊その他)
陸軍兵力五万五〇〇〇人
という編成であった。
基本的には昭和の軍人たちからなるが、第48師団師団長、第49師団師団長が本国軍からの移籍組であった。現在も適正試験実施後の兵員の整備、航空、機関、経理など各兵科で転換訓練が行われている。特に陸軍の場合、微兵で軍人となったものが多く、徹底して適性検査を行い、配属部署が移動している。中には陸軍兵学校の仕官教育課程に進み、下士官への昇進を果たした者もいたのである。
移転後の経済不調の折、軍への志願兵が激増した時期もあったが、今ではそれほどでもない。が、現在でも募集人員に対しての応募は多い。ちなみに、本国軍と秋津島統合防衛軍の間では司令部要員以外は異動がなく、先に挙げた二人は本国軍では予備役に編入され、仮に戻っても原隊復帰は適わないものであり、唯一例外は司令部参謀および原子力空母部隊に付く参謀長であった。