第六章 再生のための苦難−1−
移転暦二○年一二月
インペル国ではエンリア帝国の侵略を撃退し、国内政情も安定化に向かっていた。移転後の混乱はいまだに続いていたが、日本の存在が国内の早期安定化に繋がっていた。エンリア帝国戦終結後の実務レベル協議において、日本は自国の情報およびこの地でこれまで得た情報(インペル国にとって必要と思われる)を提供していた。そしてここでよい方向に向かったのが、相手国内政に干渉しないという日本の外交姿勢であった。
当初、国民(人口は移転前で一億八○○○万人)は新しい世界に戸惑っていたようであったが、政情が安定するにつれて日常的な生活を行っていた。エネルギー事情については、移転前から輸入に頼っており、自国内資源は鉄鉱石やボーキサイト鉱脈が豊富にあったが、移転後はその資源もなくなっており、政府は途方にくれていた。しかし、ここで共同作戦前の大井の言葉が同国を救うこととなった。
終戦後一週間を経て、グレイブ・マッキンリー大佐とエングルス・グルームに再接触を果たした大井中佐は、彼らに一人の人物を紹介する。統合防衛軍軍属の地球(日本では便宜上この星をそう呼んでいた)調査班の三村武雄博士である。彼は秋津島工科大学で資源調査研究をしており、これまでイエツ王国の鉄鉱石鉱脈やボーキサイト鉱脈をはじめ多くの資源を発見していたのであった。
その三日後、バーレント南方三○kmの砂漠地点で試掘の結果、石油が産出することが判ったのである。三村武雄博士によれば膨大な石油が埋蔵されており、秋津島油田が枯渇してもこの地では産出するだろうとのことであった。インペル国は秋津島石油公社と共同開発する事を決定する。自国だけでは採掘技術がなかったからである。これ以降、インペルは石油輸出による経済発展を遂げるようになる。後年、この発展は「奇跡の発展」と称されるようになる。
国境でのエンリア帝国とのにらみ合いが続く中、インペル国は日本の軍事技術の導入に踏み切る。中でもレーダー、ミサイル、艦艇技術の導入を図ることとなる。既にE2Dホークアイ六機および偵察車両六両はインペル国に売却され、習熟訓練をしながら任務についていた。さらに艦対空ミサイルおよび空対空ミサイル、統合防衛軍が装備する重巡洋艦および駆逐艦の導入の動きを見せていた。
売却したE2Dホークアイに代わって秋津島統合防衛軍で採用されたのはE−MRJ70AWACSであると述べた。既に本国空軍で採用されているE−MRJ70AWACSは移転後日本が開発したAWACS(早期警戒管制機)で、MRJ70旅客機をベースに開発されたもので、航空索敵はE767より若干劣るものの対海上索敵は優れていた。日本ではボーイング767の製造ができないため、E−767は製造できなかったのである。
ミサイルについては当初、インペル側は自国生産を望んでいたが、精密技術で遅れていたため、当面は日本からの輸入を行うこととなった。艦艇について日本は新造艦を提案したが、インペル側は秋津島統合防衛軍が装備する重巡洋艦一○隻のうち六〜八隻の売却を、駆逐艦については同じく二四隻のうち一二〜一八隻の売却を打診してきた。これは対エンリア帝国防備を早く固めたいがためのものであっただろうが、これでは秋津島統合防衛軍の戦力が大幅に落ちる事を意味していた。艦隊は主力艦だけでは運用できないのである。この話を聞いた秋津島統合防衛軍海軍高官は誰もが怒りを表したものであった。
しかし、統合幕僚本部の考えは違っていた。この機会に装備艦艇の刷新を考えていたようである。友好国への売却は戦力の向上になり、ひいては自国の安全確立に繋がる、そう考えていたふしがある。それが今回の統合幕僚本部本部長大田信吾大将および防衛大臣田中長一郎の来島であったのかもしれない。統合防衛軍ビル会議室において行われた会議では、大田信吾と田中長一郎以外の人間は苦虫を噛み潰したような表情を見せている。
「本部長、これではあんまりじゃないでしょうか。統合防衛軍将兵は今日まで戦ってきました。犠牲も出ています。本国海軍は、いえ陸海空軍とも一七年前のゴリアス戦以来戦場に出ていません!」
「大井中佐、判っている。だからこそ装備艦艇刷新を考えている。それがいけないのかね」
「装備艦艇の刷新は歓迎しますが、艦艇数が減るのは納得行かないのです」
「とはいえ、今まで艦艇に被害は出ていない。政府上層部では過剰装備ではないか、との意見も出ているのだ」
「この艦艇数があればこそ被害が出ていないのです。いくら能力の高い艦艇が配備されるとはいえ、これでは乗員の負担が増すばかりです」
「大井中佐、何が言いたいのだね」
「大臣、統合防衛軍の将兵には失礼になりますが、彼らと我々では時代が違います。子供のころからテレビゲームに慣れ親しんだ我々とは違い、電子機器に慣れていない彼らは最新の電子装備を使いこなすため、どれだけ努力しているかご存知ですか?それこそ血の滲むような努力の末に対応しているのです」
「君には何か考えがあるのか?あるのなら聞こうじゃないか」
「多機能艦艇ではなく、単能で最新の艦艇装備、それが答えになります」
「どういうことかな」
「基本性能は対艦で防空艦、対潜水艦、指揮艦、空母、戦艦とバランスの取れた艦艇装備が望ましいのではないでしょうか。海軍出身の本部長なら判っていただけると思うのですが」
「判っているつもりだ。むろん本国海軍ですら今回の案には誰もが反対している。ただ、政治が絡むとな・・・・」
「戦艦の売却ですが、避ける方法がひとつあります。私個人の腹案としてお聞きください。重巡洋艦の全艦売却に伴う「くまの」型イージス艦一○隻導入はよいでしょう。乗組員に無理を強いるようで心苦しいですが。駆逐艦の売却に伴う「たかなみ」型護衛艦の同数配備もよいと思います。空母『瑞鳳』『日進』についてはさる国から売却の打診を受けております。報告する前に本部長が来島されましたので上には上げていませんが。その売却分の空母の手当てについて『伊勢』『日向』の空母改装あるいは『長門』『陸奥』の空母改装をお願いする所存でした。これで戦艦は七隻、という案はクリアできるはずです」
「いつ売却の打診があったんだね」
「昨日です。既に総司令官を含めて海軍次官以下将官とは協議済みです」その言葉に統合幕僚本部長と防衛大臣は会議室にいる面々を見やる。
「たしかに戦艦については現代では運用が難しいのも事実です。が、これから現れるであろう国に対しては有効な場合もあると小官は考えます。ここ六年でオーロラリア帝国、プロイデン国、エンリア帝国、インペル国が現れております。来年にでも新しい国が現れるかもしれません。そういった事を考えると安易に軍縮、というのは小官は賛成できません」
「売却の打診か。どこの国だね」
「エリプトとパリエルです」
「そうか、エリプトは軍備拡大に走っているように思えるし、パリエルは運用能力があるかどうか疑問だが。それは統合幕僚本部で改めて検討しよう。戦艦売却については同意できないとの総意でいいのかな」
「我々はこの地に現れて以来、政府にはいろいろ世話になっている。それに報いるために今まで命令に殉じてきたが、今回の件には正直賛同しかねる。『扶桑』『山城』の準同型艦たる『伊勢』『日向』の空母改装には同意できても『長門』『陸奥』の売却には同意できない。それは我々の総意である」はじめて山本五十六大将が発言する。
「判りました。山本大将、戦艦の売却については再度検討しよう。『伊勢』『日向』の空母改装化についても検討する。しかし、重巡洋艦および駆逐艦の売却については同意してもらいたい」
「『長門』『陸奥』が残されるなら同意しよう」
こうして会議は終わった。ではあるが、『長門』『陸奥』の売却については永久に不可能となる事態が起きることとなる。結局は一年後には統合防衛軍艦艇は一新されることとなる。大井の提案した単能艦配備、バランスのよい艦隊などといえなくなってしまうのである。結局は多機能艦を配備されることとなってしまう事件が起きる。
連載も半分を超えたところで別サイトにおいてミッドウェー作戦の編成表を発見しました。かなり詳しく、各艦の艦長まで記載されていました。とはいえ、書き直すには時は遅し、というところなのでこのまま連載します。今でさえ無理があると思うのですが、まあ、フィクションということで。構想はあるのですが、外伝は進んでいません。書き直ししていたら半端な終わり方になってしまいそうで第二部の構想もやっております。なんかだんだんと話しがズレていきそうで怖いです。