第五章 戦いは終わりても−1−
移転暦二○年三月
淵田美津夫海軍中佐が、統合防衛軍司令部主席参謀の大井保海軍少佐と面会できたのは三月二○日だった。面会室とされた空港ビル会議室で淵田と会うなり、ご苦労様でした、と大井に言われた。大井の後ろには背広を着た男が一人いた。大井は外務省東亞局次長大浪康太郎だと紹介した。淵田は最も気になっていたこと、戦局はどうなっているのかを知りたがっていた。あの戦闘以後、戦闘はないといわれ、ほっとしたようだった。
「淵田中佐、明日の昼にはC−3輸送機がここに来ます。怪我をされた人たちも運びます。動けない人はいますか」
「大丈夫だよ。全員動ける。というか、動かせる」
「それはよかった。では明日一三時にここで待っていてください。私たちはこれからインペル側の担当官と会議がありますので明日は同行できませんが」
「申し訳ない。迷惑をかけた」
「いいえ、ではこれで」
空港から少し離れたホテルにおいてインペル国と日本国と第一回協議が行われた。日本側は大井保と大浪康太郎、インペル側は軍令部参謀グレイブ・マッキンリー大佐と首相補佐官エングルス・グルームという顔ぶれだった。すでに自己紹介は終わっていた。
「まず最初にお詫びを申し上げます。過去二度の領空侵犯および強行着陸など国同士としてやってはいけないことでした。ただ、二度目は人の命を救うためのやむをえない行動との面もあります。われわれとしては調査の上然るべき処罰を考えております」と大井保少佐。
「確かに事故であったと考えるべきでしょう」とグレイブ・マッキンリー大佐。
「ところで貴国でも同じ経験をされたと言われるが」とエングルス・グルーム。
「はい、今から二○年前、我々は本来所属していた世界からこちらの世界に跳ばされたようです。現在、我々は移転したと考えております」と大浪康太郎。
「ふむ、それで資料を読ませていただきましたが、たしかに驚くべきことですな。ただ我々と違って貴国は戦争にならなかった」とマッキンリー。
「その通りです。移転後時がたつにつれて戦争に巻き込まれたということになります。大佐」と大井。
「移転などこれから先に渡って考えていかなければならないことになるでしょう。今すぐ結論が出るものではありますまい。わが国としては可能な限り交易により、国民の生活が守られ、相手国が発展すればよいという考え方です。エンリア帝国やプロイデンのような武力による占領政策はとることはありません」と大浪。
「なるほど。それで我々に何を望まれるのかな、日本としては」とグルーム。
「わが国としては一三名の軍人の返還、それに対する対価としての石油二○万klの提供および外交チャンネルの開設です」と大浪。
「なぜ石油なのですかな」とマッキンリー。その顔には驚きの表情があった。
「航空機や艦艇がある。ですが、ほとんど動いていない。その原因はなんだろうかと考えると燃料、すなわち石油しか思い浮かびませんでした」と大井。
「なるほど。確かに燃料さえあればエンリアなど蹴散らせる、しかし武器弾薬にも底がある」とマッキンリー。
「石油に関しては有償である程度供給できるでしょう。武器弾薬については我々が使っているものでよろしければ同じく有償で提供できるでしょう」と大浪。
「ふむ、まず撃退してからの話になるか」とグルーム。
「付け加えさせていただければ北部海岸の共同開発ということになるでしょうか」と大井。
「共同開発?」とグルーム。
「ええ、このあたりの海岸では北も西も石油が出ています。ないとはいえないでしょう」と大井。
「よろしい、エンリア帝国とやらに対する共同戦線、日本は考えられているかな」とマッキンリー。
「可能性として西部より海上航空攻撃ぐらいですか。ただし、補給を受けられる、あるいは補給基地が必要になるでしょう。検討させていただきます」と大井。
この時調印された条約は後にブルーハンズ条約と言われるようになる。調印された都市名から取られた名称である。内容はエンリア帝国なる侵略者の撃退においての共同戦線および武器燃料の供給。その後の両国将来に向けての実務レベルでの協議、というものであった。
この年四月、エリプト連合共和国から第48師団が秋津島に引き上げることとなった。治安もよく、国政が安定しており、軍においても規律が守られており、他国からの軍隊を必要としない、駐エリプト大使がそう判断したためであった。
統合防衛軍司令部としてはインペル国との共同戦線について話が出たことから自軍の勢力が戻るのは歓迎された。後はオーロラリア帝国に駐屯中の聯合艦隊艦艇、第50師団についても協議されることとなる。が、未だ国政が安定しておらず、軍部も統制が取れていないこともあり、駐オーロラリア大使としては予定通りの滞在が望ましいとされ、引き上げについては見送られていた。
統合防衛軍司令部としては派遣軍艦艇の変更など協議したいのであるが、統合防衛軍司令官および主席参謀がイエツ基地にあっては協議ができない状況であった。第50師団についてはともかく、聯合艦隊主力である戦艦部隊がインペル国との共同戦線に有力な戦力であると考えられていたからである。
やっと半分まできました。有名なパイロットとかたくさんいたと思うのですが、現在調査中です。それが終わり次第外伝に手をつけようと考えています。もうしばらくかかりそうです。