第四章 誰がために戦うのか−1−
移転暦一九年一〇月
パリエル王国より発信された一通の無電により、日本はもとより、周辺友好国に衝撃を与える出来事が起こることとなる。その無電とは、「我、国籍不明大型艦より停戦命令受く」に続いての「我、国籍不明大型艦より砲撃を受けつつあり、上空に航空機あり」という、転送電であった。この砲撃により沈んだのは輸送船2隻と護衛艦「パリスタール」(元『神通』)であった。
もちろん、秋津島統合防衛軍および日本は転送電の前にこの無電を傍受していた。その無電傍受後、山本五十六司令官は第三戦隊、第七戦隊、第二水雷戦隊、第二○駆逐隊、第三航空戦隊、第四航空戦隊、第八戦隊、第三水雷戦隊、第二四駆逐隊に出港準備、という命令を発している。それぞれの編成内容は次のとおり。
第三戦隊戦艦『金剛』『比叡』『榛名』『霧島』
第七戦隊重巡『熊野』『鈴谷』
第二水雷戦隊軽巡『神通』(153ゆうぎり)駆逐艦『嵐』『雪風』『天津風』『時津風』『秋雲』『磯風』
第二○駆逐隊駆逐艦『吹雪』『白雪』『初雪』『叢雲』『磯波』『浦波』
第三航空戦隊空母『瑞鳳』『日進』
第四航空戦隊空母『千歳』『千代田』
第八戦隊重巡『利根』『筑摩』
第三水雷戦隊軽巡『川内』(151あさぎり)駆逐艦『舞風』『浦風』『初風』『浜風』『谷風』『萩風』
第二四駆逐隊駆逐艦『敷波』『綾波』『朝霧』『夕霧』『白雲』『天霧』というものであった。
第一戦隊、第四戦隊、第四水雷戦隊、第二八駆逐隊はオーロラリアに駐屯中、第一航空戦隊、第二航空戦隊は改装中で、その護衛として残しておける最低限の部隊を残し、全力出撃ともいえる編成であった。第六艦隊には2隻の潜水艦の出撃を命じている。第六艦隊司令部では伊88(SS588ふゆしお)、伊89(SS589あさしお)を情報収集のため出撃させていた。
この時、統合防衛軍司令部ビル会議室において緊急会議が開かれていた。出席者は次のとおり。司令官山本五十六海軍大将、副司令官今村均陸軍中将、海軍次官近藤信竹中将、海軍作戦本部長宇垣纏中将、聯合艦隊司令長官高須四郎中将、機動艦隊群司令官塚原二四三中将、第一航空戦隊司令官山口多門少将、第二航空戦隊司令官草鹿龍之介少将、第三航空戦隊司令官藤田類太郎少将、第四航空戦隊司令官木村進少将、航空集団司令官南雲忠一中将、第六艦隊司令官小松輝久中将、重巡艦隊群司令官阿部弘毅中将、水雷部隊群司令官栗田健男少将、駆逐艦部隊群司令官田中頼三少将、16軍司令官土橋勇逸陸軍中将、主席参謀大井保海軍少佐、参謀土田巌陸軍少佐であった。
「大井少佐、君はどう思うかね」会議が始まってすぐに山本大将がたずねる。
「入手した情報からしますと、エンリア帝国なる国家と思われます。わが国との接触はこれまでありません」
「ふむ、どんな国かわかるかね」
「衛星情報からしますと、全体主義国家と思われます。簡単にいえば、皆さんの時代のドイツやイタリアに近い国です」それを聞いて海軍軍人たちは顔をしかめる。
「われわれがかの国を始めて認識したのは四年前になります。同地域の衛星偵察によれば、ある日忽然と現れたようです。それまでは存在は確認されておりませんでした。わが国と同様に、移転してきたものと現在では認識されております。このエンリア帝国は四年で支配地域は五倍に広がっております。本国と思われるのは黒海の西方になりますが、これまで西に向かって支配地を広げていました。今回の接触は南進を始めたと思えます」
「工業レベルはどうなんだ」と小松中将。
「日本の1960年代後半と考えられています」それを聞いて皆がうなる。
「戦艦、航空機、潜水艦があると見ていいのだな」と宇垣中将。
「間違いないと思われます。大型艦艇と航空機は確認されておりますが、潜水艦は現在確認されておりません」
「改装前の我々では太刀打ちできないが、今は有利に戦えるだろう」と高須中将。
「当然戦車もあると見ていいんだね」と今村中将。
「確認されております。そちらについては土田少佐のほうが詳しいかと思います」
「偵察衛星の画像などからの推定ですが、九〇mm砲クラスを装備する大型の戦車が確認されております。七四式と同性能かと思われますが、詳細はまだ確認されておりません」それを聞いて土橋中将が顔をしかめる。
「いずれにしても我々の採る作戦は防衛戦になります。その防衛ラインを超えない範囲で十分な索敵、補給の途切れない準備が必要となります。ただ、航空戦力に関しては来年の春まで一航戦と二航戦がそろいません。そこが不安な点でもあります」
「タイミングが悪いな。三航戦と四航戦で一三○機、しかもレシプロ機しか運用できない。錬度はどうなんだ?」と近藤中将。
「一航戦や二航戦に近いほど錬度は上がっています」と藤田少将。
「操艦においても小なりとはいえ艦橋がありますのでやってくれるでしょう」と木村少将。
「とにかく情報収集、出撃準備、補給路の確保などできるだけの準備はしなければなりません。パリエル王国のこともありますし、本国の命令があればいつでも動けるようにしたいと思います。よろしくお願いします」
解散後、山本五十六と大井保は長官室に向かって歩きながら会話をしていた。
「司令官、エンリア帝国との戦いでは有利に持っていく方法があります」
「聞こうじゃないか」
「はっ、実は例のプロイデンと戦わせることにより、こちらの有利な戦いに持ち込めると考えられます」
「西中海の件だな。かの国は西進していると聞くが、黒海には進出していないはずだろう」
「はい。ですが、我々の本国が、西中海の東方にあるとわかれば、何らかの手を打つはずです。電波発信や艦艇の進出などです。そうすれば、必然的にプロイデンと接触するはずです。かの国でもある程度はプロイデンの存在に気づいていると思われますので、方法次第では武力衝突させることが可能だと考えています」
「ふむ、だが電波発信はともかく、艦艇の進出は無理だろう。下手をすればこちらがプロイデンと武力衝突の可能性がある」
「はい、十分その可能性があります。私としてはもっと直接的な方法を考えています。一部部隊を進出させ、橋頭堡なり基地なりを造成、かの国の進出にあわせて撤退、その橋頭堡なり基地なりにしかるべき情報を紛れ込ませる、という方法です」
「ふむ、それもひとつの手だな。もっと煮詰めて作戦案として提出してくれ。海軍だけではなく、陸軍の戦力も必要だろう。統合幕僚本部との折衝は私がやろう」
「了解しました」
その後、三日間をかけて大井保少佐は作戦案を作成、山本に提出する。その作戦案を見た山本は少し驚いた表情を見せながらもその作戦案を了承し、黒島より堅実な作戦を立てるやつだ、と思いながら東京へと向かった。黒島とは旧聯合艦隊司令部先任参謀である黒島亀人大佐のことである。彼は高須四郎聯合艦隊司令長官の下にいて先任参謀をしていた。本来、司令長官が変われば参謀も変わるのであるが、この地ではそうそう替えるわけにもいかず、留任していたのである。