1話 始まりは別れから
冒険者ギルドの一角にある休憩スペースで、一人の少年の人生が左右される事態が起きていた。
一つのテーブルを囲むように四人の人間がいる。二人の男性に二人の女性という内訳だ。ここが冒険者ギルドということから考えても彼らは冒険者パーティーで間違いないだろう。男女二人ずつというバランスの取れた構成といえる。
神妙な面持ちの四人。雰囲気はピリピリとしていて他者を寄せ付けないような空間が出来上がっている。
そんな空気の中、燃えるような赤色の髪をした少年が口を開いた。
「バレル、悪いけどパーティー抜けてくれ」
「ええええぇぇえ!?」
赤髪の少年からの言葉を受けて、黒髪の少年が絶叫した。その絶叫っぷりは周囲にいる他の冒険者や職員が一斉に視線を向けるほどのものだ。
周囲からの冷ややかな視線に耐え兼ねた青髪の少女がバレルに対して口を開く。
「うるさいわよ、バレル! 黙りなさい!」
「そんなこと言われても、だって、えっと、どういうこと!?」
バレルは未だ状況が理解できていない様子で、頭を掻きながらかなり焦った表情をしている。
「グレン、どうすんのよコレ。あんたの説明が下手なせいよ」
「なんだと! じゃあ、お前がやればよかっただろ、アサギ!」
「はぁ!? あんたがやるって言ったんじゃないの!」
バレルのことなどお構いなしに、赤髪の少年と青髪の少女が、睨み合いののしり合いの喧嘩を始めた。言い合いの内容から、赤髪の少年がグレン、青髪の少女がアサギという名前らしい。
「グレンはパーティーを抜けろって言ったのか? ボクの何がダメだったんだ……? 土下座でもすれば考え直してくれるのか……?」
バレルは頭を抱えてぶつぶつと呟き、グレンとアサギは喧嘩を繰り広げる。冒険者ギルドの一角は修羅場と化していた。周囲の冒険者たちは関わり合いになりたくないとばかりにあからさまにその周辺を避けて行動している。
そんな修羅場と化した空間にパンパンと手を鳴らす音が響いた。
「もう、落ち着いて話そ! ねっ?」
その声はおっとりとした話し口調ながら、透き通った声をしていて、騒いでいた三人は声の主の方へと視線を動かした。声の主はテーブルを囲んでいる四人の中の最後の人物だ。
「アーちゃんとグレンくんは喧嘩しちゃダメだよ! バレルくんもいきなりのことで驚いたと思うけど、落ち着いて話しを聞いて欲しいの!」
バレル、グレン、アサギの三人は姿勢を正し、椅子にしっかりと座りなおした。
「悪かったな……」
「ゴメンね、ヒスイ」
「話し、聞くよ……」
緑色の髪をしたヒスイと呼ばれた少女は、その一言でその場の出来事を丸く収め、話し合いの場に持って行った。まるで母親のような包容力と説得力を持っている。
「ありがとう、みんな! じゃあ、後はグレンくんに任せるね! ちゃんと説明しなきゃダメだよ?」
「分かってるよ」
グレンは改めてバレルへと向き直る。その目つきは先ほどとは打って変わって、真剣に物事へと取り組もうとしているものだ。
そんなグレンの態度にバレルも自然と背筋が伸び、話しを聞く態勢を整える。
「もう一度言うけど……。バレル、お前にはパーティーを抜けて欲しいと思ってる」
改めて告げられた言葉。それを聞いたバレルはピクッと表情を動かし、体を硬直させているが先ほどのように騒ぐことはしない。今一度、自分の中でその言葉を咀嚼し考えているようだ。
そんなバレルの仕草を見ながらグレンは次の言葉を紡いでいく。
「こんなこと急に言って悪いとは思ってる。だけど、どうしようもないんだよ」
「……理由を聞いてもいい?」
バレルは涙目になりながら自分が追放される理由を聞き出そうとする。
「俺とヒスイとアサギに王都からお呼びがかかったんだ」
「それって……」
「ああ。イクシード学院への推薦入学だ」
グレンの言葉にバレルはごくりと唾を飲み込んだ。
イクシード学院――それは世界トップクラスの職業養成機関である。
世界には、様々な職業が存在する。職業への適性は生まれつき決まっており、神から授かる恩恵のようなものだ。例えばこの場にいるグレン、ヒスイ、アサギ、バレルも何かしらの職業に就いているの。
グレンは戦士の職業だ。戦士とは、剣や槍、斧やハンマーなど近接戦闘を一手に引き受けるプロフェッショナルである。ただ、器用貧乏というやつで、一つの武器を極めることができない。
ヒスイは治癒士としての力を持っている。回復魔法のプロフェッショナルで、傷ついた人々を癒すことができる力を持っている。その代わり、戦う力は皆無といっても過言ではない。そのため、一人で冒険することは不可能といえる。ただ、治癒士を極めたものは死者をも蘇らせるらしい。そのため、治癒士は冒険などせず医療機関に従事していた方が実入りは良いのだ。
アサギは精霊使いの力がある。精霊使いとは精霊の力を行使できるものだ。呼び寄せる対象によって様々な力を使えるため、とても重宝される存在であり、世界を探しても精霊使いの素養を持つものは少ない。ただ、精霊使いはかなり打たれ弱いため、一人で行動するには心もとないというのが実情だ。
そして、バレルは魔導士である。魔導士とは強力な魔法を扱える者。魔法自体は他の職業の者でも扱える。しかし、それは低級な魔法に限られたことだ。魔導士が使う魔法はそのような次元のものではない。大地を抉り地形を変えるような一撃を放つこともできるのだ。
「スゴイじゃないか、みんな!」
バレルは心の底から歓喜の言葉を述べた。先ほどまでの弱気な少年はもうここにはいない。仲間の門出を祝福しようとする心優しい少年の姿がここにはあった。
「お前、喜んでくれるのか?」
「当たり前だろ! イクシード学院は世界の中でもトップクラスの者しか入れないんだよ!? そんな凄いところに三人が選ばれるなんて! それも推薦なんて!」
大声で喜びを表現するバレル。その喜びっぷりは周囲からの視線を集めるものだ。再びの大声に周囲の人たちは「何だあいつら?」と冷ややかな視線を送っている。
「喜んでくれるのは嬉しいんだけど、静かにしてよ……。恥ずかしいから……」
アサギが頬を真っ赤に染めながらバレルを諭す。周りからの視線がよほど恥ずかしいのだろうか。
「ご、ゴメンね、アサギ。でも凄いよ!」
少しトーンダウンしたものの未だ喜び冷めやらぬ様子のバレル。なんとも仲間思いの良いやつである。
「ねっ! バレルくんは優しいからちゃんと伝えるべきだったんだよ!」
ヒスイが優しい笑顔をグレンとアサギに向ける。グレンとアサギは複雑そうな表情をしながらもヒスイに同意するように首を縦に振った。
「なあ、グレン。そんなおめでたいことなのに、なんであんな言い方したんだよ? いきなりパーティー抜けろとか言うしさ……」
バレルの問いにグレンは唇をわなわなと振るわせて言葉を紡ぐ。
「俺たちずっと一緒にやってきたじゃねえか! 一緒にイクシードに入学しようって! 俺たちだけ行くって言ったらお前を傷つけると思ったんだ! だから、ああいう風に酷い別れ方したら、お前は俺たちのことなんて切り捨てて次に進めると思ったんだよ! ゴメンよ、バレル……」
グレンが胸につかえていたものを吐き出した。涙と共に吐き出される思いはバレルとの楽しい日々のことばかりだ。それほどまでに彼らの仲は深いものだったのだろう。
「ボクからすれば、みんなと友達でいられなくなることの方がヤダよ。確かにボクだけ取り残されたことは悔しいよ? でも、必ずみんなに追い付いてやるってヤル気が漲ってきたよ!」
「バレル……」
「グレン、ヒスイ、アサギ。ボク、絶対イクシードに入学するから向こうで待っててよ! 絶対に行くから! そのときはまたパーティー組んでくれないかな?」
「当たり前だろ!」
「待ってるからね!」
「必ず来てね、バレルくん!」
四人は手を重ねてお互いの気持ちを確認し合った。一時は追放騒ぎで崩れかけた友情も、今や結束が深まったようにも見える。雨降って地固まるという諺を体現しているかのようだ。
きっとこの四人なら再び素晴らしいパーティーを組むことができるだろう。こんなにもお互いのことを思い合えるのだから。
それから数日後、グレン、ヒスイ、アサギを乗せた馬車がこの街を去って行った。バレルただ一人を残して。
ただ、バレルの顔に哀しみは無かった。走り去る馬車に向けていつまでも手を振り続けるその顔は晴れやかなものだった。
この別れから最強の魔導士は生まれたのだ。魔導士を超越し、賢者と呼ばれるその日まではまだしばらく先のことである。
出だしは追放もののようなそうでないようなスタートにしました!
この物語にざまぁ要素はありませんが、同じメンバーでパーティーを再び組むという目的をもって主人公は奮闘しますのでよろしくお願いします!
物語のタイトルにあるサキュバスは四話から登場しますので今しばらくお待ちください。
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