プロローグ 最強の賢者
新作です!
最強の主人公を取り巻く物語になります。
薄暗い森の中で見つめ合うものたちがいる。
もしこれが一組の男女であるならばロマンティックな場面かもしれない。
『グルルルルッ』
「はぁ……」
残念ながら見つめ合っているのは唸り声をあげる巨大な魔獣と気だるげな一人の男性である。
魔獣は頭に大きな角を二本有しており、赤黒い双眸に、鋭い歯の生えそろった口、四足で地面に立っており、足先には鋭い爪が存在感を示している。鞭のようにしなる尻尾もあるようで、明らかに弱い魔物ではないことは一目瞭然だ。そして大きさは対面する男性よりかなり大きい。
対する男性は、十代か二十代くらいのまだまだ幼い顔立ちをしている。髪は黒髪で短めに整えられていて、背丈はごく平均といったところだろう。体型は痩せ型に見えるが、つくところにはしっかりと筋肉がついている。力とスピードを両立できるような体型といえる。
両者は先ほどから睨み合いを続けている。お互いに相手が動くのを待っているのだろうか? ――ただ、このような状況に置いて男性の立ち振る舞いには少々疑問が浮かぶ。なぜなら彼は、このような魔物に睨まれていてもこわばった表情一つせず、いたって普通の顔色であるからだ。ごく普通の人間なら、こんな場面に出くわせばガクガクと足を震わせ、カタカタと歯を鳴らし、逃走するか腰を抜かすかとう二択を迫られるだろう。立ったまま気を失っているのかと心配になるほどの落ち着きぶりだ。
睨み合いが続く両者に痺れを切らしたのか、静かだった森がカサカサと葉擦れの音を立てだした。音を聞いた魔獣と男性、両者ともがピクッと表情を動かす。
試合開始だ。
『グラァァァ!』
先手を取ったのは魔獣だ。四本の脚で地面を蹴り間合いを詰めたかと思うと、大きな前足で男性を叩きつける。重い一撃だ。当たれば体中の骨は砕けるだろうし、爪が掠るだけでも肉が抉れて致命傷は免れない。
ただ、男性の動きは華麗だった。魔獣の接近にも怯むことなく目でとらえ、攻撃をすんでのところで回避する。これが紙一重というやつだろう。そして驚くべきことに、回避と同時に魔獣の前足へと攻撃を行ったのだ。手に持っていた短剣での横薙ぎ。
「やっぱりこれじゃダメか」
はぁ、と溜息をつきながら素早い動きで魔獣と距離を取る。手に持っている短剣には大きな刃こぼれが見られる。対する魔獣は無傷だ。どうやら魔獣の装甲はかなり硬いことが判明した。
「この短剣も結構値が張るものだったんだけどな……」
男性は恨み節を述べながら、刃こぼれをおこした短剣をポイとその場に投げ捨てる。魔獣と対峙するこの場面で武器を捨てるとは大胆な行動だ。戦意喪失したのだろうか? ――否。短剣を捨てたその手は腰付近へと近づけられ、腰に下げられている袋から何かを掴み上げた。
「あんまりコレに頼りたくないんだけどなぁ」
短剣の代わりに彼が手にしたものは黒い見た目をしたものだ。鈍く輝くそのボディは金属であることを示している。だが、剣のように刃が付いているわけではなく、なんとも不思議な形状だ。先端には穴が開いており、持ち手の部分は片手でも握りやすい形状になっている。彼は持ち手をギュッと握ると、人差し指を伸ばし、引くために作られたであろうパーツへと指をかけた。
『グォォオオ!』
魔獣は不思議な動作をしている男性へと再度突撃していく。巨体には見合わないスピードだ。
そんな魔獣の動きにも男性は動じない。無言で手に持った物の先端を魔獣へ向ける。魔獣を見つめる瞳には力が入り、かなり集中していることが窺える。そして、人差し指に力を込めて、
「じゃあな、魔獣」
バァンという音が森に響き渡る。音と同時に周囲の木々からはバサバサと鳥が飛び立ち、一時森は騒然とした様相を見せた。しかし、それもごくわずかな時間で終わりを告げ、今度は耳鳴りがしそうなほどに静かだ。
男性はスタスタと歩き始めた。向かう先には魔獣がいる。ただ、魔獣からはすでに生命の息吹を感じない。物言わぬ人形のようにその場に立ちすくんでいるのだ。
「立ったまま死ぬとは、恐れ入ったよ」
男性は魔獣の動体をポンポンと叩きながら感慨深げに言葉を発する。そして、腰に取り付けられている袋を手に持つとそれを魔獣へと近づけた。――すると驚くべきことに魔獣の体がみるみるうちに袋へと吸い込まれていったのだ。
「よし、これで依頼完了だ! さっさと帰って飯にしよー」
まるでもともとその場所には男性しかいなかったかのように綺麗に魔獣の姿がなくなった。そして、男性は先ほどまでの戦闘を意に介さないように帰路に着いたのである。
これは人々に圧倒的な力を見せつけて世界最強と言わしめた一人の男の物語。特殊な武器を片手に戦う彼の名前はバレル・オキュラス。人々は彼のことを魔導兵器使い<オーバーテクノロジスト>と呼ぶ!
まずは、彼が最強に至るまでのお話をしていこう。
お読みいただきありがとうございました!
次話からは主人公が最強へ至るまでの人生を描いていきます。
いきなり最強というわけではなく、成り上がりのような物語を書いて行ければと思っております。
ぜひ次話以降もお読みいただけると嬉しいです!
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