第二話 解決への糸口
第二章 解決への糸口
天沢の言ったことに疑問を覚えつつも午前の授業が終わり、昼休みになった。俺は教室で自分の作った弁当を食べていた。
「普通にまずいな」
自分の弁当を作り始めてまだ三か月ぐらいだが、ほんとにうまくならない。どんなに練習したって料理のレパートリーは上がるのに味だけはよくならない。なんというかどういうことなんだ?
「自分の弁当に評価をつけているところ悪いのだけど少しいいかしら?」
普通の男子ならこんなかわいい(外見だけ)奴が話しかけてきたら動揺するんだろうなと思いながら、俺は適当に返事をした。
「人が自分の飯に文句つけて自分でがっかりしているときに声をかけてもいいと教わったのか?」
「いいえ」
「なら呼ぶな」
「そうね」
そう言い残し、天沢は教室を出ていき俺は、静かに食事の時間を取ることになる・・・はずだった。
「なぜに戻ってきた?」
教室を出て行った天沢が売店で買ったらしいパンやらジュースを持って帰ってきたのだ。そして、何と俺の隣の席に座ったのだ。あっ、あいつ隣の席だった。
「別に」
「そっすか」
これ以上会話をしても無駄なような気がしたので、俺は食事に戻った。天沢も黙って食べ始めたので、お互いがお互いに黙々とただ食べることだけに集中した。
「食べ終わったの?」
先に食べ終わって、本を読んでいた天沢から俺が食べ終わるのを待っていたかのようなタイミングで話しかけられた。
「ああ」
特に答えない理由もないので適当に返事をしておく。
「では、行きましょうか」
「はい?」
俺、こいつとどこか行く約束なんてしてましたっけ? まったく覚えが無い。
「いや、行かないんだけど」
「え?」
今度は、天沢が困った顔をしていた。いや、どこに行くかも言われて無いのに突然「行きましょうか」なんて言われて「はい、わかりました」とでもいう奴がいるのだろうか?
「あなた、『手伝うって』言ったわよね?」
「言ってない」
「いや、あなたは確かに言ったわ」
「俺は、やると言っただけで手伝うなんて言ってない」
「ほら、一緒じゃない」
「一緒じゃない」
こいつは、一体なんと無茶苦茶な奴なんだ。記憶力大丈夫か?
すると、さっきまでお互いに前を向いて会話していたのに唐突に天沢が動いたので見てみたら、
「だから、一緒に来て」
強いまなざしを向けられた。
彼女と目が合った。恥ずかしくて今すぐにでも視線をそらしたいのにそれを外すことは許されなかった。
「いや、そもそもなんで――」
俺が、質問する前にそれは遮られた。
「ねえ、あれ見て」
急に立ち上がり指をさす天沢の先を見てみると校庭には――一台の車が止まっていた。
これだけなら別に不思議なことではない。たぶん、誰かの異能力なのだろう。ただ、問題は、周りの空気が緊張に包まれていたことである。
そして、その車はものすごい勢いで校庭の中を走り始めたのだ。
「月城君――行くわよ」
「お、おう」
ほんとに天沢の行動力には驚かされる。今、この状況で動くには、かなり難しい。というのも、周りが誰も動かないで目の前で起きていることの整理を行っているときに動き出すのは、判断力の速さ、自分が動くことによってどうにかなると思える自信、その他もろもろが必要になるからだ。
校庭に出ると、昼をそこで食べていた奴らが校庭の端に固まっていた。そして、校庭の奥の方には一台の車がいた。それは、勢いよく直進したと思ったら、ブレーキランプが光り、止まったと思ったらまた走りだしたりと完全にハチャメチャである。
車は、スポーツカーでエンジンの音はそれなりに大きいので馬力はかなり出ていると思う。
「月城君、あれ、人じゃない?」
天沢の指さした方向、つまり校庭の中央を見ると、人が一人倒れていた。たぶん、あの車を作り出した異能力者だろう。
「そうみたいだな」
「なら、やることは一つよ」
「待った」
倒れている人の方へ近づこうとした天沢を俺は止めた。ものすごい嫌そうな顔をしていたが俺はそれを無視して話を続ける。
「俺が行く、天沢はあそこにいる奴らをどうにかしてくれ」
まずは、人の安全からというのは建前だが、もし俺が近づいてさらに暴れ出したら、けが人が出るかもしれない。
「そうね、分かった。そっちは任せたわよ」
「おう」
そう言い残し、俺たちはお互いにやるべきことをするために俺は、校庭の真ん中に。天沢は、校庭の端に足を運び別れた。
天沢が校庭に残った人を避難させたのを確認し、俺は、倒れている人のところへ行くとそこには、体操着姿の女子生徒が横たわっていた。
「これはまずいな・・・」
正直なところあの車を作り出した異能力者は、
絶対に男だと踏んでいたのだ。
俺は、まず息をしているかを確認し、意識があるかを確認した。
「気絶ってところか・・・」
幸い、息はしていたが、いくら呼んでも反応が返ってこない。
天沢の方を見ると、今さらやってきた教員に状況を説明していた。
「さて、どうするか」
周りには、暴れている車、そして俺の目の前には倒れている女の子――よく見るとかわいいな。天沢と、同じくらい整った顔立ちで、髪は天沢が黒髪のロングに対して、肩までのかかった茶髪で、身長は百六十センチぐらいだろうか。横たわっているのでそこまでは詳しくわからない。
――ってそうじゃねーよ。今は、目の前のことに集中しなければ。たぶん、この子が目を覚ましたら、あの車も止まると思うんだけど・・・。
「おーい。聞こえるかー?」
もう一度意識があるかの確認をする。
「仕方ないか・・・」
俺は、これ以上ここで佇むのもまずいと思ったので、女子生徒を抱きかかえ校庭の中心から校舎の方向へ向かっていく。
「ん・・・」
運んでいる途中、女子生徒が目を覚ました。俺は、これ以上抱きかかえている理由もないので静かにおろし、手は貸しつつもそこに立たせた。
「意識は、しっかりしてるか? 一人で立てるか?」
女子生徒のジャージの色で俺と同じ学年だと確認していたのでため口で質問していく。
「うん。意識もはっきりしてるし、フラフラもしないよ」
まずは、一安心だな。あとは――
「起きたところ悪いんだけど、あの車止めてもらっていい?」
そう言って、俺は動いていた車を指さすと――
その車は俺の方に向かって加速してきた。
「おっ、おい!」
予想外のこと過ぎて考えが混乱しているうちにその少女が話し出した。
「君なら止める・・・いや、どうにかすることはできるだろう?」
しかし、その声は、さっきと違って明らかに低い声だった。
「お前は誰だ?」
俺は、考える前に言葉が出てしまっていた。
「何となくは予想がついているんじゃないのかな?」
「いいや」
「ほんとにそうなのかな?」
「ああ」
俺は、できるだけ返しを遅らせて答えている。とにかく考える時間がほしいのだ。
まず、この少女は操られている。その証拠としてさっきのあの落ち着きようは尋常ではない。
次に、仮に操られているとしてその異能力者はどこにあるのか?
あとは――
「おいおい。そんなに考えていていいのか? 自分の置かれている状況から把握しないといけないんじゃないのかな?」
諭すように、それでいて馬鹿にしているような声音で言われて俺は、ふと我に返る。
幸いにもうちの学校の校庭はかなりでかい。車の方もスピードは大体五十キロぐらいだと思う。
だからこそ、考える猶予はある。
ならば――
俺が異能力を使わなくて済む方法が必ずあるはずだ。
「・・・だめだ」
考えが思いつかない。というよりは、いくつか案はあるがそれが実行できるかって言うと難しい感じなのだ。
迫りくる車により焦る感情、時々ちらつかせるひかれる自分の想像、そんな状況でいくつも考えが浮かぶわけでもなく。
・・・もう、使うしかないのか。
誰か、この状況を外から見ていて何か打開策があって俺に指示できる奴はいないのか? そんなやつがいれば――
そんな奴は・・・いない。
まさか俺から望んでそうなったことがここであだになるとは思わなかった。無理だ。もう無理だ。俺は、また――
「月城君!」
「っ!」
忘れていた。この少女の存在を。
「あっち!」
天沢の指さす方向には、一本の太い木が立っていた。なるほどそういうことか。
まずは、元いた場所から五メートルほどずれてみる。車は、こちらに方向を変えてきた。
――よし。
次は、木との距離は、大体二十メートル。車の
速度はさっきと変わらない。
――よし。問題ない。
俺は、全ての確認が済んで木の方へ向かうために走り出した。
「そんなにうまくいくと思いましたか?」
その声と共に目の前が一瞬光った。
「ウソだろ・・・」
俺は一つ確認し忘れたことがあった。それはーー
車と自分との距離だ。
さっきまで、かなり離れていたはずの車が今はもう十メートル近くにいる。
その瞬間俺は考えることを辞め、その場に立ち尽くした。いや違う、俺は金縛りのようにその場に立たされてしまったのだ。その理由は一つ、俺の頭の中には『死』の一文字だけが浮かび上がったのだ。
もう終わったな。俺はもう――
「・・・翔・・・陽翔!」
その言葉、その声に俺は耳を疑った。もう何年も聞けていなかったから、もう聞けないと思っていたから。
俺はその声の主の方を見る。・・・やはり似ているな。
「逃げて!」
体の縛りが解けた。俺は、体を動かしその場から離れる。でも一つ不思議に思った。それは――
俺と車の距離が変わっていないこと。
その後、車はまっすぐ校舎の方に突っ込んで、止まり、地面にとけるようにその姿を消した。幸い、校舎内の生徒は全員二階より上に上がっていたので、けが人は出なかった。
車を動かしていた異能力者は、車が止まった途端、力が抜けたようにその場に倒れこんで意識を失い、救急車で搬送された。
俺はというと、やってきた警察に事件の内容を話し、念のためということで救急車で運ばれた。
そして、天沢は・・・実を言うとあまり知らないのだ。たぶん、あいつも事件の内容を聞かれてたんだと思うけど。
そんなわけで、俺は今病院のベットにいる。検査をしたが特に目立ったことは無かったが、一応様子見ということで三日間入院となった。
現在、午後の七時、そろそろかな。
「陽翔!」
病室のドアを思いきりあけ、少し涙目で入ってきたこの大柄で少し顔の怖い男こそ、俺の父――月城正樹である。
「なんで、こんな危ないことしたんだ! 俺がどれだけ心配したかわかってるのか! 学校から連絡が来たときは、本当に心臓止まるかと思ったんだぞ!」
そんな、怒りながら泣かなくてもいいだろうに。それほど俺を心配して――
「なんで、お前は・・・天沢の娘を事故に巻き込んだんだ! あの子にけがでもあったら俺はどうなるか分かったものじゃないんだぞ!」
ははは・・・なるほど、そういうことでしたか。
「なあ、親父」
「なんだ?」
俺は、この感情を一言にまとめて表すことにした。
「帰れ」
***