北東アジア情勢(その2)(短期の視点)
北朝鮮は、朝鮮半島周辺で行われる韓米合同軍事演習に反応する形で、核・ミサイル発射実験を繰り返し、2017年9月、6回目の核実験を行い、米国本土はともかく、周辺諸国の脅威となるような核能力を手に入れたと見られる。同11月には長距離弾道ミサイルをロフト軌道で発射し、米国本土への攻撃能力の獲得を目指してきた。他方、これに伴い累次の国連安保理決議により、強力な経済制裁を課されている。
ついては2回の米朝首脳会談を経て、次の様に議論可能と思われる。
(1)米国の立場
(ア)北朝鮮に対し、国連安保理決議による経済制裁を維持しつつ4回目の米朝首脳会談の実現を目指すとの2正面作戦で、目標は次の通りだろう。
(a)短期:北朝鮮の米国本土への核攻撃能力を未完成と見做し、核・ミサイル開発計画を凍結させる事。
(b)中長期:核を放棄させる事、あるいは経済制裁等による北朝鮮の政権崩壊。
(イ)先制攻撃は休戦協定違反
(a)通常、武力による先制攻撃に関しては、国際法上、これを容認する国連安保理決議が必要であり、北朝鮮の場合、中国、ロシアが賛成せず、成立しないだろう。しかし在韓米軍に限り、未だに国連軍との二面性があるので、国連安保理決議の要・不要に関し、更に下記の議論が出来よう。
〇在韓米軍は、朝鮮戦争発生当時、国連安保理決議に基づいて成立し、韓国の応援に派遣された国連軍から、韓国防衛の任務を引き継いでおり、在韓米軍司令官は、国連軍司令官を兼ねている。また技術的に戦争状態は解消されていないので、必要に応じ何らかの武力攻撃を行ったとしても、それは朝鮮戦争の延長上にあり、決して新たな戦争ではない。
〇そもそも先制攻撃は、1950年の北朝鮮による韓国侵攻により成立しており、例えば2009年から2010年にかけて黄海で、南北艦船の間で発砲事件があり、2010年には北朝鮮がヨンピョン島を砲撃したのも、朝鮮戦争の延長上にあり、その一環と位置付けられよう。
〇他方、在韓米軍が国連軍を兼ねているとすれば、1953年7月に国連軍代表としてハリソン米陸軍中将が署名した休戦協定に束縛されるだろう。(この協定に基づき、休戦状態が現在まで続いているので、明らかに今でも有効である)
第12条にて「The commanders of both sides shall order and enforce a complete cessation of all hostilities in Korea by armed forces under their control……」と規定しているので、先制攻撃は、明らかに休戦協定違反。
〇従って在韓米軍として、戦闘状態が戻る様な攻撃を行うべきでない。また国連安保理において、中国・ロシアを含め多数の国が平和的解決を主張する以上、国連軍を兼ねる在韓米軍としてその意向に反する挙に出るべきではない。そして必要に応じ、新たなる国連安保理決議を求めるべきだろう。
なお休戦協定は、中国義勇軍代表も署名しているので、先制攻撃により休戦協定違反を犯した場合、中国との関係において最悪の事態に発展しかねない。
(b)いずれにせよ米国は、北朝鮮の韓国ソウル等への報復攻撃能力、周辺諸国の脅威たる核兵器を既に保有している可能性、また中国による軍事支援の可能性もあり、先制攻撃を避けるだろう。
〇仮りに武力衝突の発生を想定した場合、米国・韓国は地上攻撃の標的に関し、ジュネーブ条約の精神に則り、人道的観点から軍事施設に絞るだろうが、北朝鮮は制空権、制海権の劣勢をカバーするため、民間の標的を敢えて忌避しない可能性があり、韓国は被害甚大となる惧れがあろう。
〇因みに1994年にクリントン米大統領が北朝鮮への武力攻撃の是非につき検討した際、100万人もの犠牲者が出ると試算され、思いとどまる際の判断材料だったと観測されている。
〇当時と違う点として、北朝鮮の核・ミサイル開発計画の飛躍的発展が指摘される。例えばミサイルについては、潜水艦から発射するSLBM能力を開発しつつあり、仮に北朝鮮の軍事施設を全て即座に破壊出来たとしても、北朝鮮には、潜水艦から攻撃する能力が残る可能性があろう。
(c)但し核・ミサイル実験が、米国や同盟国に(偶然を含め)実害をもたらした場合等、これを先制攻撃と見做し報復せざるを得ないかも知れず、正当防衛のための武力使用の準備も一応せざるを得ない。
因みに昨年は、米朝首脳によりメディアを通じ、相互的に挑発し、威嚇し合う言葉のやり取りも背景に、様々な展開の可能性が取りざたされ、俄かに緊張が高まったのだろう。
(ウ)既存の政治・軍事問題をきっかけに、周辺諸国に兵器など軍事関連物資の輸出増進を図る性向が見られ、北朝鮮の問題についても例外ではなかろう。
(エ)現在の(米中貿易戦争を軸とする)対中強硬路線に関しては、米国内世論が概ね支持し同情的と見られるので、2020年の米大統領選挙を控え、基本姿勢を維持する公算が高いと見られる。その場合の問題は、中国が北朝鮮に対する非核化圧力や経済制裁を「手加減」する状態が続く事であり、北朝鮮もこの様な中国やロシアを頼みとし、大きく譲歩する事は見込まれない。
然らば北朝鮮の非核化は、すぐには実現せず、中長期的問題と位置付けられよう。そして北朝鮮がこれ以上、長距離弾道ミサイルの発射や核実験を実施しない限り「仮に北朝鮮が核兵器を保有しているとしても、米国本土への攻撃能力は未だ持たない。従って米国は安全である」と国内的に説明するだろう。
(2)北朝鮮
(ア)朝鮮戦争後、休戦協定が締結されているものの、技術的には戦争状態が続いていることから、核・ミサイル開発は、国防能力(抑止力)、韓米両国との交渉能力、また体制の維持と関係が深いだろう。基本的には戦争状態を終了させる平和条約の締結が望ましいと考えていよう。
(イ)2017年には、韓米合同演習等が行われる度に、核・ミサイル実験を実施してきた。そしてその度に長足の技術進歩を見せている。(韓米合同軍事演習のストレスは、並大抵でない。従って核・ミサイル発射実験を実施しないと、軍の士気に影響するとの配慮さえあっただろう。
他方、米国との軍事力格差を認識し、自らの先制攻撃による「真珠湾シナリオ」を回避すべく、米国の挑発には決して乗らない様にしてきた。
(ウ)今後、米国本土に届くICBM能力獲得を目的とするミサイル発射を控えれば、東アジア地域を北朝鮮の「核の傘」に入れ、米国本土は、その中に入れない「decoupling」が実現する、すなわち地域的な核抑止力を獲得しながら、米国の脅威ではない現状維持が、国の安全保障上、賢明だとの計算が働いていよう。
(注)北朝鮮のSLBM能力次第でもあり、潜水艦からのミサイル発射実験は既に行っているものの、核搭載弾道ミサイルの発射技術や、潜水したまま遠距離航海可能な潜水艦が、未完成な事が前提。
(エ)2018年に入り、平昌五輪をきっかけとして緊張緩和と対話の定着を目標とするようになった。その背景には、経済制裁が、時間と共に累積的に重荷である事が指摘される。結果的に当面、ほぼ毎月、首脳会談が予定され、対話の相手国として、朝鮮戦争の当事国だった中国、韓国、米国に加え、6か国協議のメンバーだったロシアと日本が想定されていよう。
(オ)昨年3月26日、金正恩委員長は、中朝首脳会談の際、非核化の条件として現体制の保証、経済制裁の解除、経済的支援に言及した由。北朝鮮の体制の保証については、中国やロシアによる安全保障にも考えが及ぶだろう。
(カ)北朝鮮ではウランを産出するので、原子力エネルギーは国土の恵みであり、また核武装は、自然な帰結とも捉えられていよう。すると核・ミサイル開発が招いたとは言え、国連安保理の経済制裁により、化石燃料の輸入を大幅に制約された今日、代替手段(fallback)のエネルギー源はやはり原子力、との見方が自然かも知れない。
すると非核化に関し、北朝鮮が段階的な手法に拘る理由も理解しやすい。ウラン濃縮施設等、(核兵器生産目的のみならず)原子力発電を可能ならしめる施設の閉鎖を受け入れる場合には、その見返りとして経済制裁を解除し、石油や天然ガスの輸入を認めてもらう必要があるし、それが実現しない限り、原子力発電関連施設の閉鎖に応じる事は困難と考えていよう。
米国等から見れば、北朝鮮が既存の核兵器に手をつけぬまま、ウラン濃縮施設閉鎖の見返りとして、化石燃料輸入の解禁等の経済制裁緩和を要求するのは、バランスが如何にも悪いのだろうが、北朝鮮から見れば、エネルギーの安全保障を確保する上で、当然の要求なのだろう。
その意味では、核開発を放棄する見返りに、発電用の原子炉提供を約束した1994年の枠組み合意は、北朝鮮のニーズに十分配慮した内容であり、それを北朝鮮が破った事に問題の根源が求められる。
(3)韓国
(ア)ソウルの地理的な脆弱性、また北朝鮮が既に核兵器を保有している可能性に鑑み、冬季五輪終了後も緊張緩和を旨とし、対話路線を追求しよう。
(イ)韓米合同軍事演習については、本来、韓国側の士気を保つために重要だろうが、核・ミサイル発射実験に結び付く事を認識し、また対話継続のムードを損なわないためにも、必要に応じ、更なる延期や縮小に前向き足り得よう。
(ウ)2018年3月30日、韓国外交部が公開した外交文書の中に、1987年12月に米国で開催された米ソ首脳会談で、ソ連のゴルバチョフ書記長が北朝鮮の依頼を受けて、レーガン大統領に手渡した文書が含まれているが、その中で次の点を含む提案が行われた模様。(レーガン大統領は、この提案を拒否)
(a)外国軍隊の撤退。
(b)休戦協定を平和協定で代替。
(c)中立的な連邦共和国の創設。
韓国外交部として、この外交文書の公開に至った背景には、当時の北朝鮮の提案は、現下の局面でも北朝鮮の主張に基本的に反映されており、場合により応用可能、との見方があるに違いない。
(エ)朝鮮半島の非核化に関しては、1991年12月、ソウルで第5回南北首相級会談が開催された際、「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」が署名され、1992年2月に「南北基本合意書」と共に発効しているが、北朝鮮の核開発により有名無実化している。
(オ)昨年4月3日、韓国政府高官が、次の様に述べたと伝えられている。
「先に核を完全に廃棄させ、後で(制裁緩和などの)補償措置を行うのは困難。成功例とされるリビアの場合も、段階ごとに米国の補償があった。核廃棄終了後に補償した訳ではない」
(カ)リビアの場合、次のとおりであり、3年かかっている。(報道による)
(2003年)
12月 米大統領がリビアが大量破壊兵器放棄を確約したと発表/IAEAの査察団がリビア入り。
(2004年)
2月 米国、リビアへの渡航制限を撤廃。
3月 米国、リビアの核・ミサイル開発関連機器が
国外に搬出された旨発表。
4月 米国、対リビア経済制裁を緩和し、米企業のビジネスを認める。
9月 IAEA、ウラン濃縮等に関するリビアの説明につき、検証結果と矛盾しない旨報告/
米政府、主要な経済制裁を解除。
(2006年)
5月 米国、リビアのテロ支援国家指定を解除し、国交を完全に正常化する旨発表。
(キ)韓国の当面(非核化以前)の目標は、終戦宣言乃至平和協定の締結により、朝鮮戦争を終結させる事だろう。もって南北の国交正常化、そして離散家族の自由な南北往来実現を目指すのだろう。
これは離散家族の存命中に実現させる必要があり、1953年の朝鮮戦争停戦から76年も経過し、急ぐ事から(例えば停戦時に10歳なら今年で86歳に)、少なくとも終戦宣言に関しては、文在寅大統領の任期中(2022年春まで)を目指すものと見込まれ、核を保有したと見られる北朝鮮に対する宥和政策の背景には、この思惑があろう。
但し2020年11月の米大統領選を控え、トランプ大統領は対中強硬路線が、キャンペーンを張る上で有用と考えている模様。ついては米中貿易協議が纏まるまで米中関係の改善は困難であり、中国も参加すべき終戦宣言の実現は難しく、このままでは大統領選以降にならざるを得ないだろう。
(4)中国
(ア)中国は、朝鮮半島において米軍がこれ以上中国国境に近づく形で展開するのを嫌うため、国境線の現状維持、また北朝鮮の体制維持を基本方針としていよう。
(イ)昨年2月~3月の平昌五輪及びパラリンピック期間中は、韓国・北朝鮮・米国・日本から政府要人が韓国を訪問し、交流・接触あるいは会談を行い、それが南北首脳会談や米朝首脳会談の提案に繋がったのに対し、中国は比較的ローキーで、目立つ動きを見せなかった。
(ウ)3月9日、習近平主席はトランプ大統領と電話会談し、その中で、中国、北朝鮮、韓国、米国の4か国による枠組で朝鮮半島の平和を確保する事、また具体的には4か国で平和条約を締結する事を提案したと伝えられている。(これに対しトランプ大統領は、明確な反応を示さなかった模様)
(エ)3月18日にパラリンピックが終了し、また3月5日から開催されていた全国人民代表大会(全人代)も同21日に終了。(その中で憲法改正により、国家主席の任期の制限が撤廃された)
その直後の3月25~28日、北朝鮮の金正恩最高指導者が北京を訪問する展開となり、その後も北朝鮮との間で急速な関係改善の動きが見られる。
(オ)4月5日、中国外相がモスクワでロシア外相との会談後に記者会見。その中で中朝首脳会談の際、金正恩委員長が主張したとされる「段階的解決」に関し、「段階的で歩調を合わせた包括的解決を進める考えを堅持すべきだ」と支持した。
(カ)中国は、2018夏以降、米中貿易戦争の激化と共に、米国と共同歩調だった北朝鮮に対する非核化圧力を弱め、経済制裁の緩和等、北朝鮮寄りに政策をシフト。2019年1月には、金正恩が4回目の訪中を行う等、露骨な中朝接近が見られる。
北朝鮮の核・ミサイル開発政策について、中国が暫く「北朝鮮有事でも、原因が北朝鮮にある場合、その安全保障にコミットしない」姿勢をとった事に由来するものと理解し、北朝鮮の安全保障上の懸念払拭に努めている模様。
(キ)この様に北朝鮮は、安全保障面で再び中国依存姿勢を示しており、中国の影響力は増々大きいと見られる。ついては米中間の貿易協議で成果が得られ、米中関係が改善すれば、中国が再び北朝鮮の非核化に向け、協力姿勢を示すものと期待される。
(5)米朝対話について
(ア)米側は、北朝鮮との対話成立には、北朝鮮が朝鮮半島の非核化にコミットする事が条件とし、南北首脳会談でこれが得られたとして2018年6月に第1回米朝首脳会談が実現した。
(イ)第2回米朝首脳会談
2019年2月下旬の第2回米朝首脳会談では、(核・ミサイル実験場の破壊はともかく)既存の核を放棄せぬまま経済制裁の完全撤廃を求める北朝鮮と、完全なる非核化が優先とする米国との意見が一致せず、物別れに終わった。大きな要因として米中貿易戦争があげられる。
(a)トランプ大統領は、就任以来、中国との貿易不均衡是正を課題としていたが、2017年11月の米大統領訪中にも拘わらず、2018年に入りこれが激化した。3月には中国の鉄鋼・アルミ製品への追加関税措置が発動され、中国が報復関税措置を導入し、夏以降、事態は一段と悪化し、6月に中国の自動車、情報技術製品、ロボット等に追加関税措置が執られ、中国が対抗措置を発表する等、「貿易戦争」と称される事態にまで発展した。
(b)米中関係の悪化に伴い、中国は、北朝鮮の非核化に関し、米国に対する昨年9月の核実験以降の協力的姿勢を再検討し、反転させている模様である。その一つの表れが、北朝鮮首脳の数次にわたる訪中であり、また経済制裁緩和への呼びかけだろう。
その結果、北朝鮮は、米中関係の悪化が露わになった2018年夏以降、中国からもはや、強い非核化圧力を感じないものと見られる。最近では、ロシアも同様の立場を明らかにしている状況。
(c)米中の貿易戦争の背景には、中国との覇権争いがあり、今世紀半ばまでに、米中両国の経済力が逆転するとの大方の予想を意識しながら、トランプ大統領は、中国の「一帯一路」戦略も睨み、経済力の逆転を少しでも延期し、出来れば趨勢を反転させたい思惑だろう。その後、米国が中国に対し、今年の3月以降も続く猶予期間を設けたので、米中間で同期限までに折り合いをつけるべく、鋭意交渉中と見られる。
(6)ロシア
(ア)ロシアのグローバルな戦略から見れば、中国と同様、朝鮮半島の現状維持が基本方針であり、金正恩の率いる北朝鮮に関し、在韓米軍と対峙する「前線国家」と見做していよう。
北朝鮮の核・ミサイル開発も、韓国における米軍のプレゼンスを嫌う上、米国の注意をウクライナや中東から引き付ける効果があるので、決して厭でない側面があるに違いない。
(イ)他方、次の配慮から問題の紛糾を嫌い、国連安保理決議による制裁強化に反対せず、対話復活に賛成の姿勢である。
(a)ロシアは日本の統治時代、祖父の金日成を指導者に育て、また第2次大戦後、ソ連が38度線以北を暫く占領した結果、北朝鮮が生まれたとの歴史的因果関係から、親近感や責任感を抱き、庇護しようとするだろう。
(b)2014年のクリミア侵攻・併合で始まったウクライナ危機以降、ロシアは、G7やEUから経済制裁の対象となり、理由は異なるも、北朝鮮と同様の立場に立たされている。
そして北朝鮮の抱く経済的閉塞感、被害者意識、心理的疎外感や米国やその同盟国に対する「恨みつらみ」をそれなりに共有し、一種の仲間意識を抱くだろう。
(c)問題が紛糾する結果、米軍のプレゼンスが拡大し、また韓国や日本でミサイル防衛システムの拡販につながるのを嫌う。特にイージス・アショア等、固定されたミサイル基地については、例え地対空ミサイルの設備であっても、徐々に配備されるミサイルの射程が延び、また中長期的に地上攻撃型ミサイルの基地に変貌を遂げる事を怖れるのだろう。
(d)問題が紛糾し、極東ロシアの経済開発の妨げになる事を嫌っている。朝鮮半島の平和と安定を回復した上で、パイプラインによるLNG供給等を通じ、ロシアのプレゼンス向上を図りたいに違いない。
(ウ)北朝鮮との関係が良好である事を生かし、対話と平和的解決の仲介役としての役割、あるいは良好な関係を保つ中国との連携を視野に入れていよう。
(7)日本
(ア)「前線国家」としての日本
北朝鮮は2016年(2回)、17年の核実験に成功し、弾頭の小型化にも成功しつつあると見られるが、それに伴い朝鮮半島における南北の軍事面・政治面の力関係に変化が生じ、韓国は文大統領の下に、現実的な観点から対朝宥和政策を追求し、経済政策緩和、体制の保障等、北朝鮮の主張を踏まえ、米朝間の仲介を試みている。
米国のトランプ政権も韓国の仲介を受けながら、2018年から3回にわたる米朝首脳会談に応じる等、対話路線に転じており、北朝鮮の核保有を取り敢えずの与件として、一貫して対話による平和解決路線を追求している。この様な展開により、北朝鮮主導で朝鮮半島の精神的統一が進行中とも見られる。
この中で文大統領は、2045年までの南北統一に言及しているが、当面、核保有国としての北朝鮮を受容して平和共存を実現させ、非核化の実現した将来、経済的結びつきを重視した連邦制を想定するのだろうか。
従来、日本から見て北朝鮮に対する精神的な防波堤は、38度線近くを通る南北の国境線であり、従って韓国が「前線国家」(frontline state)だったと考えられる。しかし北朝鮮の核保有によりこの構図は崩れてしまい、韓国は予想外に北朝鮮の強い影響力に晒される様になった。この結果、北朝鮮に対する「防波堤」は日本海まで大幅に後退し、日本が「前線国家」になってしまった感がある。
因みに最近の日本の(護衛艦の空母改造を含む)防衛力整備や安全保障政策は、この様な現実を早めに捉え、計算に入れたものと考えられる。
他方、朝鮮半島は1910年から45年まで日本の統治下にあり、第2次大戦における日本の敗戦が、南北分断のきっかけとなった事をも勘案すべきだろう。
この様な歴史的な繋がり、それ故の親近感や責任感に加え、最近までの緊密な貿易や投資を含む経済関係、多数の在留邦人や在日コリアン、更に拉致被害者の御家族にまで考えを及ぼせば、平和的解決を希求する姿勢が必要だろう。
(イ)核・ミサイル
(a)日本は専守防衛政策を堅持し、在日米軍も日本領内から北朝鮮を直接攻撃する爆撃機やミサイル能力を持たないと見られる。ついては北朝鮮とは、相互主義による平和共存を追求すべきであり、その立場を明確にすべきだろう。
(b)他方、南北・米朝の首脳会談の流れの中で、例え北朝鮮が核・ミサイル開発計画を凍結し、米国本土への攻撃能力が未完でも、既に獲得した核能力や中距離ミサイルによる周辺地域への攻撃能力は温存される。そこで朝鮮半島の旧宗主国だった日本は、地理的に近接する旧植民地が核武装した事を特段気にしているだろう。
しかし日本の安全保障上、より重要なのは北朝鮮の政治姿勢である。このまま米朝両国が、対話による平和解決路線を追求し続ける場合には、日本は米国の同盟国であり、日米安保条約上、米国には日本への防衛義務があるので、北朝鮮は、日本とも、やはり平和追求路線で臨むのが整合的だろう。
例え日米間で、北朝鮮のミサイル能力上の「decoupling」が成立しているとしても、北朝鮮が日本を攻撃する意図を持つとは思えない。従って北朝鮮は日本の「潜在的脅威」かも知れないが、米朝関係が特に険悪にならない限り「脅威」ではないと整理可能だろう。
(c)北朝鮮の核実験は、自然現象でない地震波を周辺地域(かつもっと遠方?)に及ぼし、各地の地震計に記録されたが、この様な地震波が原因となり、本当の地震を招いたと主張する事も可能である。
証明は困難であり、憶測の域を出ないが、日本で北朝鮮を恨む事由に加えられても仕方なかろう。その意味では、2017年9月の6回目の核実験(M6.2)以降、核実験が行われていないのは正に幸いである。
〇2016年1月6日に北朝鮮が核実験(4回目。M5.1)を行った直後、北海道で11日に留萌(M6.2)、14日には静内(M6.7)で地震が発生した。また同年4月14日、16日に熊本大地震(M6~7)が起きたが、これは誰も予測しない場所で発生し、発生の確率0.3%だったとする研究もある模様。
同年9月の核実験(5回目。M5.3)の後、同9月中にM6級の地震が韓国、八丈島、千葉、沖縄で、また10月には全く予測されない鳥取(M6.2)で発生した。
〇北朝鮮は、2009年5月に2回目の核実験(M5.3)を実施し、3回目は2013年2月(M5.1)と約4年後だったが、大きな理由は、2011年3月に東北大地震が発生したので、その余波が収まるのを待っていた、とも解釈可能。
(d)北朝鮮は、核能力を中長期的に使えるカードとして重視しており、非核化の見返りとして、経済制裁緩和や朝鮮戦争の終了と共に、体制の保障を求める模様。従って米朝の非核化交渉は、中長期的に見守る必要があろう。
そして日本が北朝鮮の非核化を求める際に重要なのが、核兵器に関する基本的なスタンスだろう。唯一の被爆国なのに核兵器禁止条約に反対し「国際社会の現実ゆえ、抑止の手段として核兵器は当面、不可欠」としているが、米国追随路線だけでは、独自の主張や哲学を持たない政治小国と見られ、日本の発言や見解に重みを付与しにくいだろう。
「だから北朝鮮も核開発を行い、核兵器保有に至った次第。朝鮮戦争は、技術的に継続されており、軽々に手放せない。」との反応が予想される。
核廃絶は、すぐには困難だろうが、中長期的目標として主張すべきであり、唯一の被爆国として独自の立場があり得るのは、米国でも理解可能なはず。広島・長崎に原爆を落としたのは当時の米国であるが、日本が被害者だった事に変わりなく、核廃絶は遠慮なく主張すべきだろう。
(e)北朝鮮の射程1300キロに及ぶノドン等の中距離ミサイルは、2017年頃まで日本列島へ向けて頻繁に発射実験が行われ、北海道上空を通過する等、大いに恐怖感を煽った。従って北朝鮮に対し、早期の廃棄を求めるべきだろうが、他方、
「この様な射程のミサイルは、日本ではなく韓国を標的にしている」との反応も予想され、切り分け困難かも知れない。
(ウ)拉致問題
(a)日本は、核・ミサイル問題と並列して拉致問題の解決を重視しているが、拉致問題で進展を得るためには、日朝関係の改善が必要。
然るに日本の拉致被害者の家族会が中心となり、日米の首脳に対して拉致問題の早期解決を何回も直訴しながら人権・人道主義を訴えたが、これは従来、北朝鮮の核・ミサイル開発に強硬路線を示していた米国が、平和解決路線に転じる上で、少なからず貢献していよう。北朝鮮は韓国と共に、その反射的利益を享受する結果となったので、これを良く認識し、正しく評価すべきだろう。
(b)拉致問題発生の原因を探れば、朝鮮戦争に関し、1953年に休戦協定が成立したが、平和条約が未成立である事が大きかろう。すなわち日本人を拉致し、工作員の日本語教育に当たらせたのは、(客観的に見れば人道に反する犯罪行為だったとしても)当時の北朝鮮にとり、戦争中のサバイバル・ゲームとも見られる。
然らば今後、二度と同様な悲劇が繰り返されない様にする「再発防止」も重要な政策目標であり、日本として北朝鮮に関し、「衣食足りて礼節を知る」との認識から、朝鮮半島における戦争状態終結に、応分の貢献を行うべきだろう。
(エ)制約要因
(a)日本は、前提条件なしに北朝鮮と対話の用意があるとしており、日朝首脳会談の実現する暁には、関係改善に伴い、2002年の日朝平壌宣言に立ち返り、国交正常化と第2次大戦にまつわる戦後処理、そして経済協力が課題となろう。そして1965年の日韓基本条約が、重要な布石と見做されよう。
(b)近年の災害対策、景気対策、福祉予算の増大等により、毎年の様に補正予算が組まれ、必然的に財政赤字の膨らむ趨勢の中で、財政規律を重んじる発想から言えば、際限のない支出増加を押さえるためにも、北朝鮮との関係改善のペースもそれなりに管理し、不用意に経済協力予算が増えるのを押さえようとの動機づけが働きそうである。
一つの論理としては、核やミサイル実験が停止され、一応平和が保たれていれば、日朝関係が多少対立し、膠着したままでも、財政支出の増加が抑えられるならば、受け入れ可能なバランスと見做されるかも知れない。他方、関係促進派は、北朝鮮を将来の有望な投資先あるいは生産拠点と見做し、中長期的には採算が合うと主張するだろう。
(c)日朝間の対話の早期成立を選択する場合、2020年の東京オリンピックが大きな節目となり、類まれな機会を提供するだろう。その場合、あまり時間的余裕もないので、例えば北朝鮮の友好国と見られるイランとのパイプ等も動員しながら、具体的方法を探るべきだろう。
(8)今後の段取り(案)
(ア)一般論として経済制裁を発動された政権は、意固地になりやすいので、政権交代まで圧力に屈しないケースが多いだろう。(政権交代により国際協調的な政権が成立した場合、初めて効果を発揮する場合が多い)そこで北朝鮮の現政権が当面続くとした場合、非核化の進展を得る為には、少しづつ経済制裁を緩和していく、段階的アプローチが現実的かと思われる。
(a)政権首脳部は特権階級であり、経済制裁にも拘わらず、あまり生活水準を低下させずに過ごせるだろうが、一般国民は大きな打撃を受けるので、早めに「食べ物の恨み」を抱く事になろう。
(b)北朝鮮の首脳部は、この様な国民の怒りに関し、自国の政権に向く事を是非避ける必要があり、常に外国に向けていたいと考えよう。
そこで国民に対し「これは民族に対する不当な弾圧であり、次なる段階は、相手国の軍事攻撃だろう。ついては十分国防の備えを行い(従って当面、非核化には応じぬまま)忍耐強く抵抗べし」として結束を呼びかけるだろう。そして典型的には「時間をかければ相手国の政権が譲歩する、あるいは選挙等のプロセスで交代するだろう」としつつ、友好国の抜け駆け的な協力を募るだろう。
(c)北朝鮮の政権は、非核化プロセスの途中で相手が裏切る可能性を常に考慮に入れるだろう。そして完全なる非核化の見返りとして、取り敢えず在韓米軍の撤退まで想定するだろう。
従って非核化は、中長期的プロセスでしかあり得ず、経済制裁により窮地に至ってもなかなか譲歩しないし、譲歩する場合でも経済制裁の緩和と併行する段階的アプローチを旨とし、相手の出方によっては、いつでも道を引き返せるようにするのだろう。
「苦労して手に入れた民族核であり、米国との交渉に臨む際、唯一にして最強のカードである。それなのに経済制裁圧力に屈し、一度に放棄する訳にはいかない」と考えるに違いない。
(イ)他方、米国等は、段階的アプローチに応じ、経済制裁を少しずつ緩和したならば、その利益は結局、北朝鮮で軍事に振り向けられ、また核・ミサイル開発が促進されるのでは、と懸念するだろう。
(ウ)然るに先ず、関係国で朝鮮戦争の終結宣言を行い、緊張緩和を実現させる事が信頼醸成につながり、具体的な非核化を進める環境造りにも資するので、前向きに検討すべきかと考えられる。
今のところ、北朝鮮の核・ミサイル問題をめぐる交渉は、南北、米朝、中朝等、二国間でしか行われておらず、6か国協議の様な枠組みは実現していないが、朝鮮戦争の関係国は控えめに見積もっても、1953年の休戦協定に署名した米、中、朝に韓国を加えた4か国数えよう。ついては終戦宣言を行う場合、これら複数の国が参加する必要があるものと思われる。
(エ)段階的アプローチとして一案次の通り。
第1段階:standstill(凍結+不拡散)
第2段階:rollback(核関連施設の廃棄・処分+不拡散)
第3段階:transformation(既存の核兵器・核物質の放棄・引き渡し+不拡散)
(a)何れの段階についても、達成と引き換えに経済制裁の段階的緩和に応じ、第3段階達成と共に完全なる非核化を実現する。最終段階を「transformation」と称する理由は、北朝鮮の飛躍的な経済成長に繋がるので、明るい未来実現の為の脱皮を意味するからである。
(b)第3段階以前に、朝鮮戦争の終戦宣言や平和協定の締結が望ましく、それには南北両国と米国に加え、中国の参加が不可欠だろう。北朝鮮は、第3段階で完全なる非核化実現の条件として、在韓米軍の撤退を主張する可能性があろう。
(オ)不拡散優先か?
(a)最終的には北朝鮮の完全なる非核化が必要だろうが、同様に重要なのは、その過程で北朝鮮から他国に核兵器や核関連物質・機材が流れて行かない事、またノウハウが伝播しない事、すなわち不拡散問題だろう。
(b)不拡散については、非核化に多くの時間を要するほど、早めに、重点的に意を用いる必要があろう。従って仮に北朝鮮自身の非核化進展の見通しがつかない場合でも、イランの問題も背景にあるので、不拡散協議は進める必要がある。
(c)他方「不拡散」を前面に出すと、北朝鮮が核保有に至った事を認知してしまう懸念もあろうが、北朝鮮の不安感(insecurity)を癒すので得策な側面があろう。
すなわち北朝鮮にとり、国の安全保障への悪影響を直ちに想起する「非核化」よりも「不拡散」の方が受け入れやすい概念であり、またそれを旗印に、第1段階から第3段階、全ての行程に対応可能であり、とにかく対話の縁になるだろう。
(d)この様な段階的アプローチを取り、不拡散問題を全面に出した方が、早めにIAEAの協力や参画を得やすいだろう。