平和憲法を護れと訴えている議員を見ると、戦中の思想統制はこんなんだったんかなぁと思ってしまう
憲法9条を絶対死守せよとか、そういう論調がありますね。
安倍首相の独裁を許すな、とか。
最近思うのですが、彼らこそ、彼らが想定している仮想敵と同じ思考なのではないでしょうか。
彼らが独裁思考だから、安倍首相を独裁と叫ぶ。
そして彼らが危惧している、日本が戦争出来る国になるという考え方も、彼らのやり方こそが、先の大戦で日本が戦争に至った理由ではないかと。
彼らとは議論が成り立たない様に見えます。
自分の意見を絶対正義と見なし、それに反対する意見は封殺する。
これって、戦争に反対する冷静な意見の者を、非国民として糾弾した戦中と同じ姿勢なのではありませんか?
向きが違うだけで、同じ様な思考回路だと思うのです。
まあ、戦中の社会の雰囲気なんて知らないんですけどね。
彼らを見ていると、日本が戦争に突き進んだ理由が分かる気がします。
彼らは反対意見の者を、論理を以て説得する気配が見えません。
ご立派な事を言っても腹は膨れませんが、彼らが利を口にした事がありましたっけ?
彼らが言っている事、やっている事って、戦前戦中の国民を抑圧した側と同じではないでしょうか。
先の大戦に反対する者には社会主義者とか共産主義者とかレッテルを貼って特高が拷問しましたが、彼らは安倍首相のマスクとか車に轢かせたりしてましたから、彼らが権力を持ったら特高と同じ事をする気がします。
第一、左翼と言えば内ゲバですからね。
彼らって、言論とか思想の自由って認めていないんですよ。
自分こそ正しくて、内心では他を馬鹿にしているのです。
だから他の人の意見を聞かないし、間違いを認める事も無い。
なんか、一部の官僚とも似ている気がしますね。
実は左右、保守革新に関わらないのかもしれない。
学校の勉強とかだけで出世する場では、そういう人が上に行きやすい面もあるのかも。
自分こそが正しいと思い込めるなら、やる事に迷いが無さそうですから。
普通は、自分が間違っているのかもしれないと迷い、相手の言う事も一理あると共感もします。
相手の立場もあるしなぁと思いやり、言い過ぎれば反省もする。
そんなやり取りの中で落し処を見つけていきます。
相手にだけ非がある場合でも、追い詰め過ぎない。
ですが、いわゆるリベラルと呼ばれる人にはそれが見えません。
保守の方にも言えるのでしょうけど。
どちらにせよ、どこまでも己の主張を押し通し、議論する相手の立場を考えもしない。
世間には様々な意見があるとは考えず、現実の落し処を見つけようともしない。
まあ、こう言っている自分もそういう面があるのは認めますが、それでも、と思います。
日本人って、一度決まった事に文句を言うなと、そういう同調圧力が強すぎる気がします。
リベラル側の、平和や人権が絶対という思考停止。
軍部の、国体に異論を挟む者は許さないという独裁。
どちらも同じなのではないでしょうか?