世界は壊れた
世界は壊れた。
その文字の意味通りに。
ピピピ
規則正しい電子音。
それを布団から片手だけ出して止める。なぜなら私は知っているから。もう規則正しい生活は要らないってことを。
その後たっぷり二度寝して起きたら結構良い時間だった。たっぷり寝れるって幸せだ。それが本当に良いことかどうかを別にして。
一度大きく背伸びしてベットから飛び降りる。陽の光を部屋に入れているカーテンを手に取って一気に引く。外の世界は今日も相変わらず。
相変わらず、壊れたまま。
何故こうなったのかは私は知らない。多分世界中の誰ひとりとして知らないんじゃないかな。そもそも何人生きているかでさえ、定かじゃないけど。
まぁ、とにかく。世界は壊れたのだ。その意味のまんまに。ある日突然。
突然地面が割れて、砕けてバラバラになってしまった。まるで玩具を地面に叩きつけたのように。
バラバラになった欠片は今日も空を漂っている。向こう側から見れば、多分こちらが浮いて見えるんだろうな。
何となく制服に着替える。別にもう学校なんか行かないから、私服でもいいのだけれど。それでも私は何となく制服に袖を通す。世界がこうなってしまってから毎日。
お腹が空いたから冷蔵庫を覗いたけれど、何も無かった。いつの間にか底をついていたみたい。しょうがない、買い物に行くか。面倒臭いけど。
リュックサックを背負って玄関の鍵を閉める。あ、やば。居間の窓全開だ。けどまぁいいか。どうせ大事なものは全部このリュックの中なんだし。
世界が壊れてしまってからも、世界はまだ壊れ続ける。ある日突然ポロッと。消しゴムが欠けた、みたい気軽さで。
だからこうして外出する時は生活に必要な物は出来るだけ持つようにしている。おかげで結構お腹周りの脂肪が取れたのはここだけの話。
何にもおかしいことはないみたいに今日も空は青い。相変わらず地面が宙に浮かんでる。偉い人たちが重力が何とかとか言ってたけれど、よく知らない。私が分かるのは結局大人達が考えていた『重力の仕組み』なんて言うものはトンチンカンな答えだったってこと。
だってこんなになってまで地球はまだ、こうして私たちを乗せているんだから。
それにしても暑い。ちょっとした異常気象だ。異常気象なんて言ったって、空がこうなってしまっている以上、何が異常で何が正常なのか分かったもんじゃないけど。
汗をダラダラ流しながら入ったスーパーはやっぱりクーラーなんて効いてない。それどころか電気付いてないし、店員さんもいない。と言うよりもはや人が居ない。物音もしない。いつか皆で廃病院を探検した時みたいだ。今は一人だけど。
もう野菜なんかはとっくに萎びてしまってる。野菜でこんななのだ。鮮魚コーナーなんか目も当てられない状態になっているだろうな。近づきたくもないから全力で遠まりして行く。
何とかとか残っていた缶詰めとインスタント食品をいくらかゲットして、スーパーを立ち去る。さぁ、家に帰ろう。電気がないからクーラーはダメだけど、扇風機ぐらいなら、ウチの太陽光発電でどうにかなる範囲だし。
そう、思ってたのに。
結論だけ言おう。家が無かった。
いや、それだと語弊があるか。正しくは、家とスーパーの間の土地が割れてしまいました、帰れません。
割れてからしばらく立つのかもう一方の土地はどこにも見えない。ちょっと泣いてもいいかな?良いよね、まっ泣かないけど。
けどまぁよかった、せめてリュックだけでも持って来てて。
それに家に帰る必要ってあんまり無いんだよね。だって誰もいないんだもん。いつの間にか、みんな帰ってこなくなっちゃった。
雨風を凌ぐなら同じく人の帰ってこなくなった場所でいい。もっとスーパーに近くて、もっと大きな家は沢山ある。だから、何となくいただけ。未練たらしく。
これからどうしよかな。とりあえず誰もいなそうな家でも探そうかな。それでもいいけど少し歩きたい。暑いし、重いし、だるいけど。何だか妙に体が軽くて落ち着かないから。
と、思ったけど辞めときゃ良かった。やっぱり暑いし、汗かくし。それとリュックの中身。要らないもの、全部置いてくればよかった。何だか無駄なものをいっぱい入れてきてしまってた。冬服とかサブのリュックとか写真、とか。
休憩しようと公園に入ってみる。水道は壊れてた。ちくしょう。水筒から一口分だけ取って飲む。ベンチに座ればどうしたって空が見える。まるで作り物みたいにぷかぷか地球のカケラが浮かぶ空が。
なんて現実味のない現実。夕焼けの空はまるで燃えているかのように、真っ赤で。足どりがふわふわするのは、きっと運動不足なだけじゃない。
ほんと、これからどうしよう。多分空き家を見つけるのが一番。外で野宿なんてしたくない。あとはまだ食料のあるコンビニとかスーパーを探して……。
太陽が沈んでいく。当然の様に影が長く伸びていく。なぜこんなにも夕日は私を寂しいと思わせるのだろうか。こんなにも綺麗なのに。
暫く誰にもあってない。可笑しいな、一人には慣れてる自信があったのに。あまり社交的な方じゃない。むしろ人付き合いは苦手な方。なのに、一体どうして。長ったらしいスカートが風でめくり上がる。でもそれだけ。相変わらず何も変わらない。相変わらず夕焼けの光がゆらゆらと公園を公園を照らしてるだけ。
いや、違う。ラジオがある。滑り台の下に。さっきまでなかった、というよりはさっきまで目につかなかったのかも。夕日が斜めに差し込んで滑り台の下にも明かりを入れたから今まで日陰で見づらかっただけだ。
それはなかなかに古いタイプのラジオだった。そもそもラジオというものに古い印象を受けるし。ちょっとした好奇心でスイッチを入れると動いた。驚いた。正直動くと思っていなかったから。だって外に放置してあったのだ。さびてとっくに動かなくなっているものだと。
砂嵐が聞こえる。チャンネルを回していく。けれどもいくら回しても聞こえるのは砂嵐だけ。ゆっくりと期待を込めて回してく。こんなところにぽつりと置かれたラジオ。まるで誰かが聞いて欲しいみたいに。きっとそんなことないのにね。だってテレビでさえもうやってないのだ。そのくらい人が居なくなってしまった。なら尚更聞く人が少ないであろうラジオなんて放送されてないはずなのに。
「……こんばんは!」
だから流れた人の言葉に本当に驚いた。流れるはずのない人の声が流れていく。内容はとても取り留めのない話だ。それでも私は今まで聴いたどのラジオよりもほっとした。
私は私が思っていた以上に、人恋しかったみたい。
何日、人に会ってなかったのか分からない。いつの間にか家族は家に帰ってこなくなった。もしかしたら、私を見捨ててどこかへ行ってしまったのかもしれない。外に出ても滅多に人とは会わなかった。会いたくもないと深くフードをかぶり直している内に、本当に誰にも合わなくなってしまった。
私が人恋しいなんて、思う日が来るなんてな。1人の方が好きなのに。
ラジオの内容はとってもつまらないものだった。ただ、彼にとっての今日の出来ことを話す。それだけ。面白い事があれば面白いのだろうけど、何も無いのだ。ただただ一人で一日を過ごしているだけ。彼も必死で話題を探しているようだった。
そんなつまらない内容を、最後まで聞いていた。彼は最後に人に会いたいと行っていた。ラジオ局でいつまでも待つ、らしい。
つまらない、ラジオだった。なのに、最後まで聞いていた。聞いていたかった。いつの間にか私の両方の頬は涙で濡れていた。
寂しかったのだ、この私が。
人見知りで、人との関わりが嫌いで、外歩く時はフードか帽子が手放せなくて、進学したくせにろくに学校にも行ってない、私が。
そんな私が泣いた。
たかが人の声を聞いたぐらいで。
しかも水らしずの全くの他人じゃないか。
なのに、こんなにも、暖かい。
ずっと待ってた。皆が家に帰ってくるのを。
捨てられたと思った。だれも家に帰ってこないから。
そしたら、世界がこんなことになっていて。
学校にいった。あれだけ騒がしかった教室が静かで怖かった。それから毎日未練がましく制服を着て。
スーパーに行った。あれだけ人目が気になったのに、人目があってホッとした。そのうち誰もいなくなったけど。
家に帰った。あれだけ暖かった家が冷たくて。でも離れられなかった。
馬鹿だなぁ。馬鹿だなぁ、私。
皆に会えなくなってから皆に会いたいと思うなんて。
馬鹿なことに嘘つこうとも涙がそれを許してくれない。涙が止まらないのは人恋しい証拠。
慰めて欲しいのに、誰もいやしない。
この際慰めてくれなくてもいい。誰か近くにいて欲しい。それなのに、ただ放送の終わったラジオが私をじっと見ているだけだった。
まるで壊れても回り続ける地球みたいに。