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ゴシップ  作者: 灰崎幽
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「あれ、美月ちゃん、どうして一人なんだろう」


百合ちゃんはどこに行ったんだ、と首を傾げる。

美月ちゃんはというと、なにかを捜すように視線を絶えず動かしていて。

そして突然、ピタリと動きを止めたかと思いきや、突如として走り出した。


「待って、美月ちゃん!!」


泡沫のように生まれた疑問をそのまま放置して、彼女を追いかける。

声は、彼女に届かなかったようだ。

もう一度声をあげるべく、口を開くが、虫と衝突しそうになって思わず閉じる。

これだから夏の夜は嫌いだ。

虫が多くて敵わない。


「というか美月ちゃん早すぎ。だんだん引き離されてないか?」


徐々に開いていく距離に、内心焦る。

そういえば美月ちゃんって陸上部だっけ。

俺、中学ではバスケ部だったけど高校では帰宅部だから、体力が落ちてしまったのかもしれない。


「好きな女の子に負けるとは」


もう一度、バスケやってみようかな、としみじみ思う。

でも、今はそんなこと後回しだ。

遠くに見える美月ちゃんをしっかりと視野に入れ、走るスピードを少しずつ上げていく。

長距離走はあまり得意ではないが、それならそれで彼女をさっさと捕まえて、この鬼ごっこを終わらせてしまえばいい。

短距離走なら得意だ。

じわじわと近づく距離に、口角をあげる。

彼女の輪郭がはっきりと分かってきた。

あと少し、あと少し。

ラストスパートをかける。

だが、しかし。


「うぇっ!!」


まっすぐ走り続けていた彼女が急に方向をかえて、木々の生い茂る中を去って行く。

俺はその姿を確認するもすぐさま反応しきれなくて、彼女の曲がった道を、大幅に通り過ぎてしまう。


「俺バカだろ。普通に見送ってどうするんだよ」


ふたたび離れたであろう距離に、歯ぎしりをする。

体力ももう限界だ。

やっぱり現役の陸上部は強いな。

乱れた呼吸を整えながら、彼女の消えた方角をみる。


「あれ?観覧車?」


木々の上からひょっこりと顔をのぞかせている観覧車に、首をひねる。


「なんで美月ちゃんが観覧車に...」


もしかして俺を捜しにトイレまで行ったのではなく、迷子2人組を捜しに観覧車へ来ていたのだろうか。

だとしたら俺はもの凄く彼女たちを待たせていたのでは、という考えにまで及び、とてつもない後悔の波が俺を襲う。


「そうだよなぁ。待たせちゃったよなぁ」


今日何度目かもわからないため息を吐いて、彼女の通った道をたどる。

やはり廃園になってから数年は経っているせいか、木の枝が好き勝手に伸びていて、歩行の邪魔だ。

美月ちゃんの姿が、途切とぎれ途切れにしか見えない。


「ああ、ついに見失った」


無駄にぐねぐねとしている道に加え、蜘蛛の巣やら木の枝をさけながら歩いていたものだから、後れを取ってしまった。

慌てて道なりに進んでいくと、ようやく目的地であろう観覧車にまで到達した。


「やっと着いたぁ」


だらしなくその場に腰をおろして、辺りを確認する。


「あ、あれ、美月ちゃん、いなくね?」


開けた場所だからすぐに分かると思っていたのに、彼女どころか、人っ子一人いない。

これは一体、どういった状況なのだろう。

心境的には不思議の国のアリスの、白うさぎを追いかけるアリスになって、見知らぬ場所に放置されたような気分である。


「うん、全くもって何が何だかよく分からん」


何がどうしてこうなった、と頭を悩ませるのも億劫で、いっその事もう入場門に行こうと思う。

美月ちゃんは絶対、百合ちゃんから離れて行動しないだろうし。

彼女たちはジェットコースターの前にいなかったのだ。

これ以上、俺が下手に動き回って、余計ややこしくするのは嫌だ。

だから黙って大人しく待っていよう。

クルリと身をひるがえして、今来た道を引き返そうと足を踏み出す。

だが、


『 たすけて 』


小さな声がどこからか聞こえてきて、バッと振り返る。

誰もいない。


「気のせいか?」


首の後ろをかいて、前に向き直る。

そして、木々の間を通ろうとした時。


『 だして、ここから出して 』

『 誰もいないの? 』

『 お願い、誰でもいいから 』

『 私をここから出して 』

『 狭いの、苦しいの 』

『 たすけて、たすけて 』


弱々しい女の声が、観覧車から漏れてくる。

今度は、気のせいでは済まされない。

はっきりと、聞こえた。

きっと若い女の声だ。

助けなければ。


「おい、大丈夫か!どこにいるんだ!!」

『 だれ?もしかして、わたしを助けにきてくれたの? 』

「そうだ、だから安心してくれ。声をたよりに捜すから」

『 うん、うん、わかったわ。わたしはココ。ココにいるの 』

「おっ、ココだな」


地面すれすれにある赤いゴンドラの、3つ隣にある緑のゴンドラから女の声が聞こえてくる。

俺の身長が187cmあって良かった。

緑のゴンドラのドアを開けて、勢いをつけて飛び乗る。

中に人はいない。


「えっ、ドコ。いないけど」

『 ここ、ここにいるわ 』


コツコツとイスの中から音がして、俺はしゃがみ込む。


「これどうやって開ければいいんだ?」


上蓋を開けようとするが、びくともしない。

どうにかして開ける方法はないかと、暗いゴンドラの中で携帯電話のライトをつける。


「あっ、釘が錆びて、しかも抜けかけてる」


これならドライバーがなくとも、なんとかなりそうだ。

四隅にある釘をやっとのことで引き抜いて、中にいる人物に声をかけ、上蓋をゆっくりと取り外す。

イスの中身が見えた。

おそらく俺と同い年くらいであろう。

長い髪の女の子が、そこに横たわっていた。


「ええっと」

「あの、ありがとうございました。おかげで助かりました」

「え、あ、いえ、どういたしまして?」


ニコリと微笑む彼女に、俺はしどろもどろな受け答えをする。


「どうして疑問形なんですか?」

「いや、特にこれといった理由はないけど...というか君、なんで敬語なの?」


ついさっきは敬語じゃなかったよね、と訊ねると、どうやら俺は年上に見られていたらしい。

まぁ、身長187cmって大人でもそう滅多にいないし、服装も黒のVネックに黒のジーンズだし。

さらに言うなれば、俺、童顔じゃないし。

体格もそこそこ良いし。

近所のおばさんにも度々、大学生と間違えられるけど。


「俺、高校1年だよ」

「へぇ、じゃあ私と一緒だ。鈴原すずはらユズです。ユズでいいよ」

「あ、どうも。じゃあユズちゃんね。俺は、澤橋さわはしまこと。俺も誠でいいよ」

「うん、誠くんね。ちゃんと覚えたよ」


よろしくお願いします、とまるでお見合いのように挨拶をする。

でも俺たちの間には、俺が外したイスの上蓋があって、とても可笑しな光景である。


「なんだか変だな」

「ふふっ、そうだね」


クスクスと笑いあって、そして、俺たちの間にあるモノに視線をうつす。

すると足元に、不思議な影がおちた。


「えっ、クマ?」


ユズちゃんがそうつぶやくと同時に、俺はその影を目で追って、ゴンドラのドアの方を見る。

そして、静かに目を見開いた。

だってそこにいたのは、月光を背にした、ショッキングピンクのクマの着ぐるみだったのだから。






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