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ゴシップ  作者: 灰崎幽
3/6




ジェットコースターの前に到着した私たちは、少々困っていた。

だって同じグループの直樹くんと、良成くんの姿が、どこにも見あたらなかったから。


「あの2人、まさか観覧車の方に行ったのかしら」

「どうだろう。けど、はぐれたら入場門に集合って言われたし」

「あいつ等が黙ってそこにいると思う?どうせ、園内のどこかで遊んでいるに決まってるわ」


憎々しげに言葉を吐き捨てた百合が、眼前のジェットコースターを睨みつける。

けれど、そんな事をしたところで2人が現れるわけなくて。


「もしかしたら、私たちを驚かせるために隠れてるのかもしれないよ?」

「それは、まぁ、そうね」

「トイレとかも、まだ確認してないし」


だからちゃんとさがしてみようよ、と提案すると、百合は渋々了承してくれた。


「じゃあ手分けして捜そう。僕はトイレを、美月ちゃんと百合ちゃんはジェットコースターをお願いね」

「うん!」

「分かったわ」


誠くんを見送って、百合と一緒にジェットコースターへ近寄る。

案外、まだ綺麗で、古びていないようだ。


「私、ジェットコースター初めてなんだよね」

「あら、そうなの?けど、動かないモノが初めてだなんて」

「変だよね。修学旅行とかならまだしもさ」


初体験がまさか迷子の捜索と肝試しで...なんて想像すらしてなかったよ、と苦笑する。

百合は形容しがたい表情で言いよどみ、足元に視線を落とすと、長い髪をかき上げた。

あっ、考え事をしている時の癖だ。

やっちゃった。

慌てて、彼女の顔を覗き込む。


「百合!そういえば、誠くん遅いね!!」


もうジェットコースターの席、ぜんぶ確認し終えたのに、どうしたのかな。

トイレ、遠いところにあるのかな。

矢継ぎ早に言葉をつむいで、百合の思考を途中でさえぎる。

ちょっと不自然過ぎただろうか。

内心ヒヤヒヤしながら次の言葉を待っていると、百合は特に違和感を覚えなかったのか、私たちもトイレに向かおう、と言ってきた。

とりあえず、百合の気をそらせたことに安堵。


「でもすれ違いになったら、誠くんも迷子確定だよ?私たちが行っても役に立てないし」

「そうね」


けど何もしないで待機なんて、とそわそわする百合に、安堵から一転、呆れ果ててしまう。

まぁ、そんなところが百合らしい、と言えばまさにその通りなのだが。

せっかく気分転換のために誘ったのに、全く意味をなしていないではないか。

毎日毎日、百合は、勉強やら部活やらで多忙なうえ、他人に気をつかってばかりいる。

だからたまには、何も考えずに楽しんでもらおうと思って連れてきたのに。


あの問題児2人が、その邪魔をする。


一緒にいても、いなくても、邪魔だなんて救いようのないバカだ。

苛立ちがふつふつと湧き上がり、手に爪が食い込む。

正直、良成くんと直樹くんは、そこら辺に捨て置けばいい。

どうせ合流できなくとも、各々(おのおの)好き勝手に帰るだろうし、彼らだって高校生だ。

自分のことは自分でどうにかするだろう。

けど百合の性格上、彼らを放置することが出来ないのは分かりきっていて。

自分の中にうまれた怒りの感情と、大好きな百合を優先したいという感情。

両者がせめぎ合い、そうして圧倒的なまでに打ち勝ったのは、後者だった。

怒りの感情は、心の奥底に隠れて、ひっそりと静寂をつらぬいている。

私は、百合の手をするりとさらって、彼女の両手をやさしく包んだ。


「百合はカワユイのぉ」

「急にどうしたのよ。もう、おかしな子ね」


クスクスと微笑む百合に、こちらもつられて頬をゆるめる。


「百合が笑ってくれるなら、どうでも良いかぁ」

「え?なに?」

「なんでもな~い!」


ずっと佇んだままでいるのも疲れるので、ジェットコースターの席に彼女を座らせて、その隣に腰をおろす。

あと10分だけココで待ってみよう。

そして時間内に、誠くんや迷子2人組が戻ってこなかった時は、百合と一緒に帰ろうかな。

そう思案していると、


「...へ?」

「なに?」


急に安全バーが下がってきた。

状況が理解できずに混乱していると、ガタゴトとひそかに揺れて、ジェットコースターが動き出す。


「えっ?えっ?」

「どうして動くの?コレ、どうなってるの?」


近づく空と遠のく地上に、どうすればいいのかまるで分からず、ただただ慌てふためくばかりで。

私たちの乗ったジェットコースターは、とうとう一番上までのぼりきった。

あとはもう、くだるだけ。

わずかな恐怖心にられ、キュッと唇をかみしめる。

しかし想像とは裏腹に、ジェットコースターはピタリと動きを止めた。


「えっ?どうしてココで止まったの?これじゃあ降りられないよ。百合、どうする?」

「どうするって言われても、どうしようもないわ。助けを呼ぼうにも」

「呼べない、よね」


地上との距離は大分ある。

これでは、私たちがいくら叫んだところで、誰も気づきはしないだろう。

漠然とした不安が、私たちを襲う。

百合は、ひどく震えていた。


「ゆり」


無遠慮にダイジョウブだよ、とは言えなくて。

彼女の名前を音にすることによって、少しでも、彼女が心を落ち着けられるように。


「ゆり、ゆり...」


優しく、真綿まわたで包み込むみたいに。

何度も何度も、彼女の名前をささやく。

すると、彼女はこちらをむいて...。


「みつき、にげ、て」


懇願と恐怖の入り交じった顔で。

誘導する視線は、足元に。

それを追えば。


「ヒッ!!」


顔面がくずれたオンナが、百合の足を掴んでいた。

絶句。

なに、なに、なんなの。

オンナの乱れた黒髪が、百合の膝を覆う。

彼女の太ももが『 あか 』におかされ、『 しろ 』がグチャグチャと塗り潰されていく。

もう、我慢できなかった。


「百合に、触るな!!」


自由のきく足で、オンナの顔を力任せに蹴りつける。

オンナは、前席の背もたれに後頭部を強打し、床でうごめく。

『 あか 』が辺り一面に飛び散った。


「ゆり!!」


身体をひねって安全バーをすり抜ける。

呆然とオンナを凝視ぎょうしする百合を現実に引き戻し、むりやり立たせると、一心不乱に後ろを目指した。

オンナはいまだ、その場から動かない。

私は乗り物からレールへ。

そして百合を支えて乗り物から降ろすと、先に行くよう促す。


「百合、足もとに注意して...行って」


困惑しつつも、素直に聞き入れてくれる百合に、心の中で感謝する。

オンナは幾度となく転びながらも、着実に近づいていた。

それを確認し、ポケットに手を忍ばせる。

よし、こい。

グチャリと転んだオンナが立ち上がって、私に手を伸ばす。

私は、ポケットからぶりのカッターを取り出し、それを振りかざした。

しかし、それが振り下ろされることはなかった。


「ど、して」


ついさっきまで、しとどに濡れていたオンナは、まばたきの内にすがたを変え、じっと、私を見ていた。

嘘だ、あり得ない。

錯覚だ、これは錯覚だ。

きっとあのけ(ン)が見せた、幻に決まってる。

そうじゃなかったら、こんな、なんで。

酷く動揺して一歩あとずさる。

カッターは手から滑り落ち、身体がふらりと傾いて、レールの上から踏み外した。

そんな私の腕を、誰かが掴む。

刹那、そのあたたかな熱は私の身体を引き寄せ、優しくも力強く抱きしめた。





この熱を、私は知っている。





「おねえちゃん?」


そう言って私を見上げるオンナは、まさしく、あの日、私が失った...。


陽花里ひかり...」


大事な大事な『 いもうと 』だった。

あの日私は風邪をひいて、陽花里は元気で。

私はずっと待っていて、でもずっと帰ってこなくて。

寂しくて、悲しくて。

そしたら、陽花里いもうとに似た、百合オンナが現れて。


「ねぇ、おねえちゃん。ずっと、ずっと、待たせちゃったね。ごめんね」

「うん」

「帰りたかったんだけど、帰れなくてね」

「うん」

「寂しくて。でも、おねえちゃんは風邪だから、我慢してたの」

「うん、私も。ずっとずっと、さびしかった」


一緒だね、って笑いあって、2人して抱きしめ合う。

もう、離れたくない。離したくない。


「陽花里、わたし、ずっと一緒にいたい」


ジェットコースターに乗り込んで、陽花里の髪をなでる。

もう、失いたくない。一人は、いやだ。


「陽花里は、わたしと一緒にいるの、イヤ?」

「え?いやじゃ、ない、けど。でも...」


おねえちゃんと私は違うから、という陽花里を、ギュッと抱きしめる。


「違わないよ。だって陽花里は、こんなに温かい」

「けど...」

「ねぇ、陽花里。じゃあまた、はなばなれになっても良いの?」


優しく問いかけると、陽花里は首をちいさく左右に振る。

あぁ、じゃあ私たちは同じ気持ちなんだ。

嬉しくなって、陽花里の頬にキスをする。

もう、大丈夫。

私たちは、ずっと一緒にいられるんだ。


「陽花里が一緒なら、ニセモノはいらないね」


ガタン。

ジェットコースターが、後ろから落ちていく。

困惑と恐怖、そして絶望にいろどられた顔が、とても滑稽だ。

汚いモノを陽花里に見せたくなくて、胸元に隠す。

さぁ、もう終わりにしよう。

風のきる音に混じって「どうして」と聞こえたような気がしたが、おそらく幻聴だ。

ジェットコースターに『ナニカ』がぶつかり、空を飛ぶ。

赤い飛沫しぶきが、そこかしこに付着した。

陽花里の頭をなでる。

そして視線が絡まり、心が満たされる。

ようやく邪魔者がいなくなった。





「陽花里、大好きだよ」





額に口づけて、微笑む。

陽花里が傍にいてくれるなら、わたしは、百合ナニもいらない。





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