廻
「直樹、メリーゴーラウンド行こうぜ!俺、立ち乗りしてみたかったんだ!!」
小学生のように浮かれ騒ぐヨシナリに手をひかれ、走り出す。
「ちょっとアンタら、グループ行動でしょ!勝手にいなくならないでよね!!」
耳をつんざくユリの叫声が背後から飛んできて、思わず顔をしかめる。
あぁ、なんて耳障りな。
折角の楽しい気分が台無しである。
少しばかり不平不満をぶつけてやろうと、首を回せば、グンと更に腕を引っぱられた。
ヨシナリを見やると、視線で訴えかけられる。
肝試しに来てまでお説教なんて、まっぴらゴメンだ、と。
それには俺も同感で。
「じゃあアイツ、撒くか」
距離を大分あけさえすれば、おそらく追ってこなくなるだろうと踏んで、スピードを上げる。
途中、ふり返ってみれば、ユリが膝に手をついていて。
作戦成功。
あとは逃げきるだけだと、俺たちは園内を突き進み、いくらか走った所でフゥと息をついた。
「ユリってさ、ヒステリックだよなぁ。一緒にいると疲れてくる」
「どうしてアイツ、あんなに怒ってばっかりなんだろうな。そのうち、眉間にシワ出来るぜ。きっと」
「言えてる」
2人でゲラゲラと笑って取り留めのない話をしていると、いつの間にか目的地であるメリーゴーラウンドまで辿り着いた。
「おぉ、明かりついてる!!」
「けど、廻ってないな」
ウワサだと、勝手に廻っていると聞いたが。
所詮、ウワサか。
「そういえば、あのウワサってどこから来たんだろうな」
「ん~、俺はバスケ部の奴が話しているのを聞いただけ。ほら、猫屋敷っていう双子の」
「あぁ、アオイとリュウか。俺はクラスの女子に教えてもらったな。なんでも青江高校、今そのウワサで持ちきりなんだろ?」
「確か、どこかに拷問部屋があるとか、バケモノがいるとかで」
俺、ミラーハウスにも行きたかったな、とぼやくヨシナリに苦笑する。
こいつがミラーハウスに入ったら、鏡に衝突して、永遠にそこから出られなさそうだ。
それだとウワサの真偽が確認できない。
「ミラーハウスは亮太たちが行くから、俺たちは行けないけど、その分ジェットコースターは見られるだろ」
「乗れるかな?」
「その前に、こっちな」
メリーゴーラウンドの傍らにある階段を見つけ、そこを上がる。
白馬によじ登り、棒に掴まって馬上に立ったヨシナリは、先程とは打って変わって上機嫌だ。
もしかすると、ミラーハウスの事なんてもう頭にないのかもしれない。
いや、もしかしなくともそうだろう。
「直樹も!!」
「はいはい、分かったって」
急かされて、すぐ隣の栗毛色の馬にまたがると、ヨシノリが大層ご満悦な様子で飛びはねた。
「おい、危ないぞ」
「大丈夫、大丈夫......って、わっ!!」
「ヨシナリ!!」
がこん、という音とともにメリーゴーラウンドが突然動き出して、ヨシナリが体勢を崩す。
「わぁ、危なかった」
「だから言っただろ」
「ごめんごめん」
平謝りするヨシナリを軽く睨んで、周囲に目を向ける。
なぜ急に動き出したのだろうか。
「メリーゴーラウンドって、人が乗れば勝手に動くモノなのか?」
「俺てっきり、スイッチ入れなきゃ動かないと思ってた」
「だよな」
煌びやかなメロディーとは裏腹に、ほんの少しの不安が背筋をなでる。
それは、この輝かしい照明の内側から、全てを呑み込む常闇を見たせいか。
あるいは脳裏をよぎった、あのウワサたちのせいか。
どちらにせよ一度抱いた恐怖心というのは、なかなか消え去ってはくれなくて。
しかし、自分の胸中にうまれた感情をだれにも悟らせたくはなくて。
わずかに引き攣った顔を、笑みのカタチに歪めた。
「ヨシナリ、もしかして怖いのか」
「こ、こわくないし」
「本当かよ。無理しなくていいんだぜ?」
ヨシナリを冷やかすことで、この恐怖心から逃れようと躍起になる。
その間も、メリーゴーラウンドは、ゆったりと廻って。
2周、3周。
ユリたちは、まだ来ない。
「アイツら、遅くね?」
「そう、だな」
4周、5周。
ゴールドの照明が、じくじくと目の奥を犯す。
美しいメロディーがだんだんと音をかえ、濁って、不協和音となり、脳内を蹂躙していく。
いや、思い過ごしだろうか。
明かりを直視しすぎたので、その所為でそう感じているだけなのかもしれない。
「なあ、なんだか寒くなってないか?」
「うん、鳥肌たってきた」
6周。
暗闇に目を凝らす。
ユリたちはまだか。
はやくこい、はやく来い、早く来い!!
7周目。
『 ボキッ 』
すぐ傍で、ナニカが折れる音がした。
8周目。
隣ヲ見レナイ。
いやだ、コワイ。
四方八方から視線が突き刺さって...。
キュウシュウメ。
恐る恐る、隣を見る。
「え?」
ヨシナリが、イナイ。
どうして、どうしてどうして!!
どこに行った、ふざけているのか、からかうのも大概にしてくれ!!
あたりを見渡す。誰もいない。
今まで感じていた、舐めまわす様な視線は、もう感じない。
馬上から降りて、クルクル廻るメリーゴーラウンドを逆走する。
なんで、どうして居ないんだ!!
もしかして、ユリを探しに行ったのか?
俺に一言も告げずに?
オカシイだろ。
ヨシナリは、そんな奴じゃ...いや、待て。
分かった、脅かすためだな!
メリーゴーラウンド脇の階段が視界にはいって、駆けだす。
ヨシナリの奴、見つけたら一発殴ってやる。
階段を下って、左右を確認する。
......イナイ。
「そうだ、携帯電話」
画面からヨシナリの名前をさがす。
さがして、さがして。
影がふと落ちてきて。
条件反射で、顔をあげる。
...ヨシナリだった。
「お前、急にいなくなったから探したんだぞ!!」
そう叫ぶと、ヨシナリはニコリと笑んで俺の手をひく。
メリーゴーラウンドの中央へ。
「ヨシナリ?」
ニコと深く笑って首を傾げるヨシナリに、ふと違和感。
よくよく観察すると......ズルリ。
生々しい音が、不協和音に混ざる。
いま、なにか、ヨシナリが、あれ。
思考回路が停止して、頭の中が、あれ、あれ、どうして。
意味が分からない、何がどうなって...。
状況を確認したくても、体は動いてくれない。
今起きていることが、見たいのに、見たくなくて。
知らないことはコワイ筈なのに、知って理解してしまうのは、もっとコワくて。
落ちていったモノを目で追う勇気がなくて。
かと言って、ヨシナリの顔を見ることも叶わずに。
あか、あか、あか。
滴るソレをただ眺めて。
ブワリと広がる鉄のニオイに、脳がぐらりと揺れる。
そして俺の足に、コツンと何かが当たって。
コレは、ナニ?
全身から血の気が引いて、ヨシナリの胸元から視線をそらせない。
嘘だ、嘘だ。
俺の身体に、腕が絡む。
ヨシナリの腕。
ヨシナリだったモノの、腕。
俺の身体にしがみついて離れない。
骨が軋む、眼前にある赤、俺を包み込む鉄臭さ。
思考が追い付かない、否、追い付いてくれない。
分からないことが多すぎる。
いま、何が、どうなって。
口元に生温かいナニカが付着する。
唇をつたって、薄く開いた口内へ侵入し、唾液とともに顎から下へ。
「ヨシ、ナリ?」
床に転がっていたヨシナリが、ニタリと笑った。
その淀んだ瞳の中にハ、俺ト、背後でオノを振り下ろす......______
~・~・~・~・~・~
「まったく。直樹と良成はどこに行ったのよ」
「あっ、百合、メリーゴーラウンド」
「あら、本当。でも、あいつ等いないわよ?」
「ん~、先に行っちゃったのかな?それにしても綺麗だね、噂通り」
「そうね。金色と、キレイな『 赤 』ね。でもホラ、美月、誠くん、急ぎましょう」
「早く合流しなきゃいけないもんね。行こう、誠くん」
そう言って、3人は、メリーゴーラウンドの前を通り過ぎる。
深紅の馬の上で涙をながし、怪しく嗤う、2人の首に気付かないまま...。