管理者の一人が消えたら
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harvest dance ~Piano Version~/mozell
MD215年 7/20日 19:30
室内にキーボードを叩く音が響く。
西暦3400年を迎えた今になってもこの男──山坂はこの古臭い金属を叩くのが好きだった。
それは一種の懐古趣味であるのかもしれない。
この室内には一台のデスクトップ型のパソコンを載せた机と椅子と布団、そしてその向こう側に山坂を監視する為、あるいは面会する為のガラスが一枚張られているのみだった。
だが山坂はそれをさして気にする様子も見せず、黙々とパソコンに向かい合いながらデータとにらめっこを続けていた。
「ったく、使えない検体が多いな……常在型能力や基本サイズがでかいのは居るが霊力容量に関しては及第点以下ばかりだな」
そして、男は今見ていたデータのリストから別のリストへと目を移す。
そこに映されたのは一人の女性だった。
アレーラ・クシス、管理者達が始めて襲った村に住んでいた何の取り得も無い女。
精々料理が少し上手くてスタイルが少し良くて顔も少し良い……そんな中の中、あるいは中の下といった女である。
「こいつか、この女のデータなんて見るだけ無駄無──あん?」
山坂はアレーラやアデルと過ごした数日間を思い出し、首を横に振った。
戦闘においては足手まといで精々が初級の魔術を使える程度の女、というのがアレーラへの印象だった。
リストに映されたアレーラの能力もそう記されている。
『霊力容量、赤青白黒緑、所持能力無し、戦闘における値、1/1』と。
だが男はある一点に非情に興味を惹かれる。
「霊力容量が5色だと? おいおい、測定器のミスか?」
目を腕で何度も擦り、食い入るように画面を見ると男はデータを何度も検証し始める。
測定時期やデータの正確さ……あらゆる要素、角度からデータを検証した後、山坂は額に手を当て笑い始める。
「ふっ……ははは! 中々面白いじゃないか、あんな冴えない女にこんな珍しい力が宿ってるなんてな」
霊力容量……霊力を浴びて変異した生命体が体の内に秘める己の力量の限界であり、自己の在り方の方向性を示す物である。
黒は力を、青は知識を、赤は感情を、緑は調和を、白は平和を求める傾向がある。
そしてこの容量が大きいほど強大な魔術や魔法を行使する事が可能であり、この素養は長期間霊力を吸収し鍛錬し続けた者にのみ成長が可能である。
だが一般的にこの容量は多くて3色を持っている者が普通であり、アレーラの様に5色すべてを持つ存在は稀だった。
「ん……? 何だ、空か」
山坂はそんな稀有な存在を見つけた嬉しさからか長い間笑っていた。
そして、額に置いた手を除けると机の上にあるカップへと手を伸ばし口をつける。
だがカップに入っていた極甘コーヒーは彼の口へと入っていかず、彼は空のカップを見て落胆する。
そしてカップを机に置きなおすと、椅子へもたれかかり両手を軽く二、三度打ち鳴らす。
「お~いペス、コーヒーおかわり」
「…………」
だがペスからの返事は無い。
山坂は部屋の天上を仰ぎ見ながら、もう一度両手を軽く鳴らした。
「………………」
やはり反応は無い、山坂は軽く眉間に青筋を立てると椅子から立ち上がり外界と唯一繋がるガラス窓へと歩み寄っていく。
そしてガラスにべったりと張り付くと視線を左右に往復させる。
その視線の先には暗い通路が左右に続いているだけで誰も居ない。
「な~が~むぅ~らぁ~! コーヒーがねえぞオラァン! ペスも反応しねえってのはどういうことだおらぁ!」
だが山坂は叫ばずにはいられなかった。
極度の甘党である彼にとって、糖分の摂取は必要不可欠なのである。
彼は恨み節全開で口汚く外界へと叫んでいた。
「大体なんでこの僕がこんな場所に幽閉されなきゃならんのだ、元はといえば永村が勝手に人の過去を話したからいけないんじゃねーか」
恨み節を呟きながら、山坂は先ほどの事を思い出す。
東京湾での会合に参加しない、という旨を伝えようと通信回線を開いた最中に聞こえてきた永村からの言葉。
かつて山坂が勤め、そして彼の思い人と出会った会社、リープリヒ兵器産業。
そして山坂が今も心を痛め、払拭したいと思っている過去の出来事。
あの男はそれについて話そうとしたのだ、本人の同意も得ず。
「だから口封じしただけだってのに、太陽の無断使用やカムサの発進措置で謹慎処分とは…おかしいだルルォ!?」
その後、赤の太陽と呼ばれる衛星兵器で地上に居た永村の素体を焼き払った山坂はエクィロー内部に居る警備ロボットに拘束され。
このエクィロー内部にある隔離施設へと入れられたのであった。
皮肉にもこの隔離施設は先日山坂が捕まえた日本に君臨していた天照が入っていた場所でもある。
それを思い出し、山坂は余計にむかっ腹が立ったのかガラスへ拳を叩き付ける。
「いってぇ! あーくそ! これも何もかも全部永村のせいだろうが! ファック!!」
ガラスへ叩きつけられた拳に痛みが走り、山坂は手を押さえながらガラスから距離を取るとガラスの向こう側。
居ないはずの永村へと憎しみを向けた。
山坂にとって見れば、永村が余計な事を口走らなければ今頃は天照を使った実験をしていたはずなのに……と思考を巡らせながら。
そんな折に、ふとその憎しみの対象である永村の声が部屋に響く。
「まあまあ、そんなに怒らないで山坂君」
「誰のせいだと思ってやがるバーカ!」
「半々?」
「どう考えても10:0だろうが!!」
永村の言葉に、山坂は天上を睨みつける。
「私が悪いのは分かったけどさぁ、カムサの起動をしようとしたのはやりすぎ。 あれのせいでエクィローの4割が今も稼動を停止してるんだよ?」
「そんなもん僕を挑発したお前が悪いに決まってるだろ」
と、真顔で言う山坂に対して永村はマイク越しに呆れた表情を取る。
「あー、分かった、私が全面的に悪かったよ、ごめんね山坂君」
「分かればいいんだよ分かれば! んで僕の呼びかけに即座に答えずに何やってたの君ら」
「いやーその件なんだけど……実は──」
永村は言いにくそうに口を開くと、現在の状況について説明を始めた。
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「はっはっはっはっは! えぇー、うっそー! 新型素体に意識を封じ込めてたせいでこっちの肉体が植物人間状態とかありえないよね~!」
真っ白な部屋に、山坂の笑い声が響く。
山坂は腹を抱えて笑い、布団の上を転げ回る。
「間抜けすぎる! はっはっはっはっは!!」
「山坂君笑いすぎ、っていうかあまり笑ってられる状況でも無いよ」
「だって流石にお笑い過ぎるだろ、こんなん笑うわ」
「はいはいそこまでね、今そういう態度取ってると田崎君と会った時にもそういうの出ちゃうよ? そしたらまた殴られちゃうでしょ山坂君」
「むっ……それは確かに、しょうがない笑うのはここまでにしておくか」
腹を抱えて笑っていた山坂を永村が諌めると、田崎に殴られた時の痛みを思い出したのか少し思い悩んだ様な表情を取る。
そして真顔になると立ち上がり、机の前にある椅子へともたれかかりながら座った。
「んで、僕に何をしろって?」
「山坂君には東京湾に現れて田崎君を飲み込んだ生き物についての解析をお願いしたい」
「解析ぃ? んなもんペスに任せればいいじゃねーか」
「任せてるんだけど……どうも田崎君が飲み込まれてから調子が悪いんだよね」
永村の言葉に、山坂は疑問を口にしながら両足を机の上に乗せる。
山坂の疑問も当然ではある、エクィローを統括し管理者補助の為に作られた人類の技術を結集して作られたスーパーコンピューターに内蔵されたAIがペスである。
そのペスに任せれば大抵の仕事はクリアされる為、管理者達は自身で働くという行為を殆どしていなかった。
だが今回永村の口から出た言葉は山坂の想定の外だった。
調子が悪い。
「おいおい調子が悪いって……数世代も前のテレビじゃねーんだぞ」
「けどそう表現するしかないんだよねぇ、何処かからクラッキングでも食らってるのかな?」
「ありえねーって、最終戦争で地上の電子機器は使用不能になってるんだぜ? 60発以上の核ミサイルによるEMPに耐えられる施設が地上に存在するわけがねえ」
山坂はそう言って、首を横に振って否定する。
「でも東京湾では君の会社が作ってたロボットがまだ稼動してたけど?」
「わが社の製品は優秀ですから……ごほん、まあ例外くらいはあるだろ。 何の因果かは知らないが偶然対電磁シールドが張ってある倉庫に居たとか」
「だったらここにクラッキングできる設備が残ってるって可能性もあるんじゃない?」
「何もクラッキングされてるって決まったわけでもないだろ、単にタスクが多すぎるとか何かしてんだろ、気にすることじゃねえさ」
永村の追及に、山坂はめんどくさそうな顔をしながらてきとうな答えを返す。
その顔は本当にめんどくさそうで、どうやら長い間糖分が不足していて一種の禁断症状が出ているらしかった。
「とりあえず、解析についてはやってやるが……さっさと新しいコーヒーを持ってくるんだよ! ピッチャーでなぁ!」
「はいはい、ペスについては気になるけど……現状問題なくエクィローも動いてるしいいか。 カムサ起動の際の不具合を処理してるのかもしれないし」
「そうそう、考えすぎなんだよ。 この人類の英知が作り上げたエクィローに手出しできる奴なんて居やしないさ」
「だといいけど、とりあえずデータはそっちのパソコンに送るよ。 頑張ってね」
両手を震わせる山坂に、永村はやれやれと言った顔をする。
そしてデータとコーヒーを手配すると、そこで通信は切れるのだった。
「あー……ったく、やっと甘い物が飲める、やっぱりコーヒーは練乳砂糖山盛りが最高だぜ!」
そして数分して届けられたコーヒーをカップに注ぐと、山坂は先ほどの永村の言葉を思い出す。
クラッキングを受けているかもしれない。
有り得るかもしれない、確かに今までペスが調子を悪くした事は無かった。
自分達が目覚めるまでの千年間、あれは一切の不調無く稼動し続けていたのだ。
だが本当にクラッキングなのだろうか、単に機材の不調や所謂処理落ちという奴では?
「そもそも地上の電子機器は殆ど壊れて使い物にならねえ……冷蔵庫や電気ケトル、車や飛行機あらゆる物がな」
それを考えるのならばクラッキングの線は限りなく薄くなる。
このエクィローは最終戦争前にありとあらゆる人類の最高の技術を注ぎ込まれて完成した要塞なのだ。
そこにクラッキングを仕掛けられる設備など存在し得ない筈だからだ。
だが同時に違う言葉も思い起こされる。
リープリヒ兵器産業のメンテナンスロボットが稼動していた、という話だ。
「有り得る可能性としては……このエクィローをクラッキングできるような設備が丸ごと地上に残っていて、現状の地球の知識レベルではありえない知識を保有した奴が僕たちにクラッキングをしている、か」
山坂はコーヒーを飲み干すと、カップを勢い良く机に置き笑う。
「ありえねえよなぁ……やっぱ単純に部品の経年劣化だろうな、田崎が帰ってきたらメンテするように言っておくか」
そして再びカップへコーヒーを注ぐと、山坂はパソコンへと向き直る。
「そんじゃあ解析調査と参りますか! あんなアホでも居ないと静か過ぎて寂しいからな!」
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「え!? じゃあタザキとタナカって地上から来たの!? すごいすごい!」
エクィローで残りの管理者達が調査を開始している時、田崎はリヴァイアサンの内部にある街で一人の少女に懐かれていた。
少女は田崎に肩車をせがみ、何故か田崎もそれを了承し、何となく和やかなムードを出していた。
午後一に東京湾で田崎にぼこられた田中と名乗った鬼以外は。
「その通り、この俺は凄いんだ。 空だって飛べる」
「ウッソ!? ほんとぉ!?」
「サジマジバーツ、本気と書いてマジだ」
「凄い凄い! 飛んで見せてー!」
そんなカ=メハメハと名乗った少女と田崎のやり取りを見て田中は……。
「何故こんなことになった……」
と未だに頭を抱えていた。
「きゃー! ほんとに飛んでるー!」
「まあ重力のベクトルを変えて真上に落ちてるだけなんだがな」
「きゃーーーーきゃーーー! すっごいすっごーーーーーい!」
そんな風にはしゃぐ二人を見て、田中はより一層強く頭を抱えるのだった。
「もうやだこの空間……」
その後彼らが落ち着いて話し合うのは明日になってからの話である。
後少しで再就職して働き始めると思うと精神的に辛い無職なので初投稿です
真面目に働けるかこれもうわかんねえな? お前どう?




