黒の太陽の頂点/Black Sun's Zenith
MD215年 6/16日 17:40
中泊まり町の前方に広がる平野部に澄んだ風が吹く。
その風は軍を率いる徳川の髪を揺らし、通り過ぎていく。
徳川は風によって乱れた長髪を正すと、眼前の光景を改めて見返した。
「相変わらずですね、トウキョウ以外の土地の荒れ方は」
彼女の眼前には、遠方を視察する際常に見られる荒れた道路や建物の残骸が映っていた。
だが今回彼女の目に映った光景は少し違っていた。
いつもなら道端や、道路としての役割を既に終えている道の中ほどに置かれている廃車の姿が無いのだ。
徳川はそれに気づき、後ろに居る伊織へ声を掛ける。
「虎牙、貴方はどう思います?」
徳川に声を掛けられると思っていなかったのか、伊織は少し驚いた顔をした後に不思議そうな顔で返した。
「おぉ、失礼油断しておりました、してどう思うとはどういうことでござろうか」
「……町の配置の事です」
徳川は表情を変えず、しかし声色は呆れたような声で伊織へ返す。
そして徳川の目線を追った伊織は、納得したように頷く。
「なるほど、確かに乱雑さが無い、むしろ整えられているように見受けられるでござるな」
伊織の視線の先には、バリケードの様に横倒しにされた車が町へと入るための区画を封鎖している光景が見えた。
「というかむしろ、あれは……」
「貴方の想定する通り防護柵でしょう、とはいえあの程度では文字通り柵でしかありませんが」
「ならば全軍突撃でさっさと終わらせれば良いのでは? 見たところ相手はこちらの十分の一も無い様に見られるでござるし」
徳川の言葉に、伊織は不思議そうに返す。
「だからこそです、こちらに数で負けているにも関わらずあの場所を守る理由が私には分かりません」
そして徳川は、今日始めて表情を変える。
いつもの能面の様に張り付いた笑顔から、少し眉を吊り上げた顔へ。
「意地や誇り等と言うくだらない理由であれば一笑に伏しますが……貴方の報告によれば相手にはゴーレムを使う男が居たというではありませんか」
「正確にはゴーレムだった男というか、中身がゴーレムで本物は別の場所に居るっぽいというか?」
「この際そんなことは問題ではありません、問題なのは過去の技術に精通している存在が相手かもしれないということです」
「いやぁ拙者戦いばかりで学が無い故そういう難しい話は」
徳川の話が意図するところを察せられず、伊織は申し訳無さそうに頭を掻く。
「そうでしたね、貴方は狂犬ですからこういったやり取りは不得手でしたね」
「いやー若干申し訳ない」
「私が言いたいのは、相手は勝つつもりであそこを守っているのではないかということです」
「なるほど! 確かにそれならあそこに留まる理由も理解できますな」
伊織は徳川の言葉に手を打ち鳴らし納得すると、話題を切り替える事にした。
「ところで、どうして拙者にそんな相談を?」
徳川は溜息を吐くと、自身の真上を指し示した。
彼女の真上には天照、そしてその右側にベル、更には東京側の軍師も務めていた石元が天照の左側に抱かれる形で存在していた。
「ではあのお方から石元を奪還してきていただけますか?」
伊織は天照へ視線を移す。
天照は右手で伊織が攫ってきたベルの腰へ手を伸ばし、左手は石元の胸を覆うように伸ばされていた。
「うーむ……そういう命令であるなら吝かではござらんが、流石にあの方とやりあうのは御免したい」
「ではそういうことです、とはいえ貴方も大して役に立ちませんね」
「いやー若干申し訳ない」
徳川の嫌味に、伊織は再度笑って答える。
「偵察に出した半蔵達も戻ってきていませんが、にらみ合いを続ける理由もこちらとしてはありません」
「では……仕掛けますかな?」
「えぇ、まずは人壁部隊を三つに分け正面と左右から仕掛けるとしましょう」
その言葉に、伊織は笑みを見せる。
「ですが貴方はまだ控えなさい、相手も貴方の戦力は把握していると思うべきでしょう、貴方を潰す為の策も当然織り込み済みと考えるべきです」
「えぇ~、ほんとにござるかぁ?」
「……ではこの策で行きましょう」
伊織の軽口を無視し、徳川は傍に控えていた伝令へ指示を伝える。
そして数分後、徳川は自身の家紋が描かれた旗を掲げ、人壁部隊と呼ばれる屈強な男達を突撃させた。
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徳川戦が軍旗を振り上げると、指示を受けていた上半身裸の男達が前へと歩き出る。
東京が有する軍、その第一前線部隊、通称人壁部隊。
彼等について説明するには少し現在の東京について説明しなければならない。
西暦3418年……管理者達が眠りから目覚めた千年後の日本、東京は女性が男性を支配する国である、これは国教として樹立されている天照教。
その本尊であり、現在も存在する神、天照が宣言した言葉である。
男は女に支配されるべきであり、男はこれに従うべし。
天照の言葉は、その力ゆえか、その威光ゆえか、あっという間に日本の八割に広まった。
そうして生まれたのが国防を担う『女に隷属する為に作られた部隊』、通称人壁部隊である。
彼等は魔術の才能に優れなかった落ちこぼれとして、この使い捨ての部隊へと配属されている。
そして、今彼等は罠と知られながらも平然とその罠に掛けられる為に前進しているのだ
「なぁ……」
前進している最中、一人の兵士──稲毛が隣の長身の兵士へと声を掛ける。
長身の兵士は声に気づき、前進しながら首だけを稲毛へ向ける。
「この戦い、ほんとにやる必要あんのかな?」
その言葉に、長身の兵士はぎょっとした顔をすると小声で稲毛を諌める。
「お前……、今の言葉は他の奴に聞かれてたら極刑物だぞ」
「いやそりゃそうなんだが、相手はたかだか百人にも満たないんだぞ? 俺達がこんな総出で潰すような必要なんて……」
「だからよせって! ……お前だって見ただろ、あの気味の悪い化け物どもを、あれを操ってるのが今あそこに居る連中の親玉って話らしい」
「でもよぉ、だからってあそこに居る連中がそれを……」
「そんな事俺に言われたって俺だって知らねえよ、それに俺達が相手の事情を慮ってもしょうがないだろ、どうせ俺達は上の言う事聞く以外に道は無いんだからな」
諌めても尚食い下がってくる稲毛に、長身の兵士は諌めるのを諦め投げやりな言葉を返す。
そして長身の兵士は顔を前へ向け、声を掛けてきた兵士よりも前へと進んでいく。
それを見た稲毛は、少し顔を俯ける。
「そりゃぁ……そうだけどよぉ」
稲毛はそう呟くと俯けた顔を上げ、長身の兵士へ追いつくように歩くペースを上げるのだった。
そうして稲毛が長身の兵士に追いついたとき、人壁部隊は町へと入る道の前に到着していた。
町へと入る道は横倒しになった車が塞いでおり、先に到着していた部隊の男達は車を押しのけようとしていた。
稲毛は先ほど話しかけた長身の兵士を探すが見当たらず、仕方が無いので自身もバリケードとなっている車を押そうと一歩前へ踏み出た。
その時だった。
「うわああああ!」
稲毛の前方から悲鳴が上がった。
悲鳴が上がった方向へ目を向けると、数人の兵士が青い気体に包まれているのが見て取れた。
その気体は包み込んでいる兵士の耳や鼻、口へ入り込んでいき、それを吸った兵士は絶叫した後、仰向けに白目を剥いて倒れこむ。
「ぎゃああああああ!」
そんな悲鳴が、あちこちから上がっていた。
数名が倒れた兵士を助けようとし、更に気体を吸って倒れこむ。
その倒れている兵士の中には先ほどの長身の兵士の姿もあった。
「あいつ!」
倒れている長身の兵士を助けようと、稲毛は走り出す。
だが進もうとした稲毛は、事態が変化した事で足を止める。
倒れていた兵士達が、腹部を吊り上げられるようにゆっくりと浮き上がり始めたのだ。
浮き上がった兵士達は、ゆっくりと状態を吊り上げられるように起こすと、白目を剥いた顔で周りを取り囲む兵士達の方を向いた。
「何だ……?」
浮き上がった兵士達は、突然顔が溶け始める。
溶け始めた顔は上半身の各部へ移動し、腕の節やわき腹に目、背中に鼻や口、といった異形へ変化していく。
周囲の兵士達はその光景に恐怖し、立ちすくむ。
「あががっがっが……ギギギィィィ」
そんな引き攣った声を上げながら、浮き上がった兵士達は地上へ着地する。
着地する最中も、腕や足はスライムの様に溶け始め、体からはどす黒い粘液が垂れる。
背中に付いた口からは青い気体を吐き出し、腕やわき腹についた目はぎょろりと周りのまだ無事な兵士達を見渡す。
その目はまるで──
「この間の、化け物か……?」
予見者を思わせる目だった。
稲毛は今日戦った、予見者の風貌を思い出していた。
顔の無い頭部、体から伸びた二本の太い触手、腕の節々や胸の中央に付いた巨大な目、ねじれた足。
今変貌した彼等も、何処となくそんな彼等の存在と似ている部分があった。
「───────!!」
稲毛が予見者のことを思い出していると、突然化け物へと変貌した兵士達が一斉に高音の叫び声を上げる。
化け物になった兵士達は叫び、そして周囲で立ちすくんでいた兵士達へと飛び掛る。
飛び掛られた兵士は身動きを取る暇さえ無く押し倒され、両手で首を絞められる。
兵士は振りほどこうとするが、そのまま化け物に首の骨をへし折られてしまう。
「何だこれ……何なんだよ!」
そして化け物は稲毛の方へも飛び掛ってくる、つい先ほど話していた……長身の兵士だったものが。
飛び掛る化け物を稲毛は避けると、手持ちの槍で長身の化け物の頭を突き刺す。
突き刺した槍は確かな手ごたえを稲毛へ与え、化け物はそのまま地面へと倒れこむ。
「はぁ……はぁ……!」
稲毛は槍を引き抜くと、周囲を見渡す。
周囲でも化け物になった兵士達と人壁部隊とで戦いが起きていた。
加勢へ行こうとする稲毛だったが、その首に冷たい指先が触れる。
振り返った稲毛が最後に見たものは、頭部に空いた穴から黒い粘液を垂れ流す化け物の姿だった。
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「──分かりました、では背後に控えている魔術隊へ連絡、人壁部隊諸共なぎ払うように」
その光景を見ていた徳川は、苛立ちに親指の爪を噛んだ。
報告に来た伝令を下がらせると、戦場の様子を改めて見返した。
およそ1000名で構成される人壁部隊、その半数が今や化け物、あるいは死体となっていた。
「……」
徳川にとってこれは初めて体験するものだった。
今まで幾つかの小競り合いで他人の死というものは体感していたが、兵士が化け物へと変ずるという事は彼女にとって本当に驚くべきことだった。
「戦ちゃ~ん?」
「…………」
そんな光景に呆然としていた為、徳川は背後から声を掛ける存在に気づいていなかった。
「戦ちゃんってば~」
声の主は徳川が気づかない事に腹を立てたのか、徳川の左肩を叩く。
「はっ!?」
突然肩を叩かれて驚き、振り向いた徳川の頬に人差し指が突き刺さる。
「あうっ」
「あはは、引っかかった~」
声の主は笑い、徳川は情けない声を上げる。
「……何か御用ですか、天照様」
徳川は驚き顔からいつもの能面のような顔へと戻し、声の主──天照へと問う。
「いいや~? ただ少し呆けてる顔してた戦ちゃんをからかおうかな~って」
「そうですか」
「あ~ん、つれな~い、でもそこが良いのよねぇ」
「はぁ……それで、本当の所は何なのでしょうか」
前線の人壁部隊は正に地獄の様相だろうが、今徳川の前に立っている神はそんな事は露知らずと言った顔である。
そんな天照の顔に徳川は溜息を吐くと、天照へ真意を問う。
徳川の質問に天照は少し真面目な顔をすると、こう答えた。
「う~ん、前線の様子が少し気になってね~」
「人壁部隊の事ですか? それならば今直ぐに魔術隊が砲撃で……」
「あぁ戦況とかじゃなくてぇ、人が化け物に変わるっていう事? それがちょっとね~」
そういう天照は、何処と無く心当たりがあるような顔をする。
まるで、昔見たことがあるとでも言う風な。
「……何か心当たりがおありなのですか?」
「ちょっとね~」
天照は徳川の質問をはぐらかすと、再び浮き上がる。
そしてそのままゆっくりと前線の方へ進み始める。
「天照様、どちらへ?」
「ちょっと観察~、それにほら、まだ無事な人壁部隊の人達に私の加護も与えないといけないし?」
「ですがこれから砲撃を──」
「うん、だから私に当てないようにね? 当てたらお仕置きしちゃうから!」
天照はそう一方的に告げると、両手を真上へあげる。
両手を振り上げると、天照は光に包まれ消え……今度は戦場の中ほどが光に包まれ、上空に天照が現れる。
そして一方的に天照へ言葉を告げられた徳川は、再び溜息を吐きながら伝令を呼ぶのだった。
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戦場へ現れた天照を山坂が確認したのは、戦闘が始まって30分後の事だった。
周囲は陽が傾き始めて折、山坂の背後は真紅に染まっているが天照の周囲は真紅ではなく完全なる白、陽光であった。
山坂はその眩しさに舌打ちをする。
「ちっ……眩しいんだよ、とはいえ良く出てきてくれた、正直もっと時間が掛かると思ってたんだが」
山坂は手元のタブレットを操作し、バリケードとして配置させた廃車から流れる霊力の流れを操作する。
操作によって、廃車から流れる霊気はより前線へと充満し、未だ無事だった人壁部隊の兵士達も徐々に化け物へと変わっていく。
「う~む、流石に千年ものの霊力、澱んでるなぁ」
そういう山坂は笑顔であり、楽しそうだった。
「人間は霊力に触れ続けると変異する……それが魔族、では魔族がより霊力に触れ続けると?」
そして山坂は化け物へと目を向ける、最早彼等は最初の人型の形すら残しておらず、より醜く、より説明しがたい生物へと変異していた。
とある一人は皮膚は格子状の繊維に変貌し、腕と足は一体化し、口は大きく縦に裂け、背中からは別の生命のような物が生えていた。
他にも様々な名状しがたい化け物へと変異している者が居り、それらは死や恐怖を知らずただ目の前の存在を殺す。
「ま、とはいえこれだけで勝てるとは思ってませんよ?」
山坂がそうこぼすと、天照の背後から巨大な火の玉や白い槍の様な物が無数に化け物達へ飛来した。
それらは化け物たちを焼き、浄化し、灰へと返していく。
「おーおー酷いねぇ、元は味方だってのにお構いなしか、いやむしろ味方にもお構いなしか?」
天照の背後から飛んできた魔術は、未だ無事だった人壁部隊の者達も焼き尽くしていく。
だが燃え盛る業火の中から、白く発光した人壁部隊の兵士達が現れ山坂は驚く。
「おぉ!? おぉ……そういや連中は『破壊されない』んだっけか、あの長老級が居る限りは」
山坂は天照の特性を思い出し、驚き顔から憎々しげな顔へ変わる。
「ふん……実に鬱陶しいな、とはいえ良い時間だ、あのクソも前に出てきてくれたしな」
そういって山坂はタブレットを操作する、タブレットの画面には『黒の太陽の頂点/Black Sun's Zenith』と書かれていた。
山坂は躊躇無く起動とかかれた画面をタッチする。
起動ボタンへタッチすると、画面にX=?と書かれた画面が現れる。
「Xはー……まあとりあえず2でいいか」
山坂はタブレットへ2と入力し、笑みを作る。
「さて、それじゃあ黒の力を思う存分味わってもらうとしますか」
そして、戦場は完全な闇へ覆われる。
──────────────────────────────
「……何?」
天照は上空にて、眼下の兵士達へ加護を振りまいていた。
『破壊されない』という概念の付与を。
その加護により、兵士達は無敵の兵士となり化け物を撃ち滅ぼしていくのだが……突如兵士達がうろたえ、西の空を見上げ始める。
天照もつられて西の空を見上げると、夕日は完全に消え去り、ただ黒い太陽のみが存在していた。
「黒の太陽? この時期に日蝕なんて起きないはず──」
太陽の化身として、そして長老級としてあの太陽の軌道については熟知している。
そう思っていた天照は驚き、そして数瞬後に黒の太陽から発せられる呪いに身を包まれていた。
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