移動方法を確保したら
MD215年 5/31日 07:41
「くっ、うぅん……」
私は窓から差し込む朝日に体を捩ると、右手で目を覆った。
しかし続けて聞こえる小鳥の囀りは防げず、私はゆっくりと手をどけると目を開き上体を起こす。
窓に目を向けると、既に4つの太陽が昇っており朝であることを私に告げていた。
「……此処での生活に慣れてきた自分が恨めしく思えてきましたわ」
私は独り言を呟くと布団から立ち上がり、寝巻きから私用に用意された服へと着替えていく。
その服は所々が透けている外套であり、それを見た男性の扇情を煽る物だった。
私はその服を下着の上から着用すると、部屋に用意されていた姿見で自身の格好を確認する。
「やはり何度着てもこの服は慣れませんわね……」
姿見に映った私の姿は、全身を覆う半透明の外套の下に薄っすらと赤い下着が見えており、思わず恥ずかしくなって私は頬を染めてしまう。
長々と見るのが恥ずかしくなった私は窓へと近づいていき、外を眺める。
空には白、青、緑、そして無色の太陽が爛々と輝いており、眼下には緑に覆われた庭園と舗装された道、そして大きな濠が見えた。
濠の近くや庭園、道の周囲には武装した女性の兵士が多数居り、私はそれを見て溜息を付く。
「はぁ……いつ見ても厳重な警戒ですのねここは、これでは脱出することも──」
「失礼いたします」
私が脱出について発言しかけていた時、左側にある襖が聞こえてきた声から一拍子遅れて開いた。
其処には廊下に正座をしている女中が居り、丁寧に私に頭を下げた。
「ベル様、本日の朝食をお持ちいたしました」
その女中は頭を下げたまま私へ告げると、上体を起こし襖の影になっていた場所から盆に載った食事を自らの前に差し出した。
「えぇありがとう、テーブルに置いておいてくださいます?」
私はその女中へとお礼を言うと、無意識に笑顔を向けていた。
その笑顔の返礼かは私には分かりませんでしたが、彼女もまた笑顔を返してくれる。
私はそんな彼女の純朴な笑みは見ていて好ましいものだと思いました。
「はい、畏まりました」
彼女はそう言って笑顔を私に向けた後、盆を持って立ち上がりテーブルへと盆を置く。
私はその彼女の動作や格好を凝視していた、武器を持っているか、身のこなしは武術を修めているのか等を見極める為に。
そんな私の視線に気づいたのか、彼女は頬を赤らめる。
「あの、ベル様……そんなに見つめられると私」
私はハッとして、慌てて目線を逸らして誤魔化す。
「ご、ごめんなさいね、その、私あまり和服と言うものを見たことが無かったのでつい、お、おほほほ!」
「い、いえすみません! 天照様のお客様だというのに私如きに視線を戴いて……」
女中は私の誤魔化しを真実と受け取ったのか、顔を赤らめながら盆を置くとそそくさと部屋の入り口まで下がっていく。
そしてそのまま部屋を出て行ってしまおうとするのを、私は引き止めた。
「あ、ちょっと待ってくださいませんこと?」
私の呼びかけに女中は振り返る。
「その……ここに連れてこられてそろそろ4日目だと思うのですけれど、そろそろここが何処で私が何の為に連れてこられたのか教えてもらえません事?」
私の問いに、女中は困ったような顔をする。
そして逡巡した後、正座をすると頭を下げる。
「申し訳ありません、私にはそれを告げる権利は持ち合わせていません。 ですので今しばらくお待ちください」
そして頭を上げると、彼女は襖を閉じて立ち去ってしまう。
私は頬を指で掻くとぽつりと呟いた。
「やれやれですわね……待遇が良くても何の目的の為に此処に連れてこられたのかもわからないとは」
そして私は食事が置かれたテーブルへと窓から歩いて移動すると、座布団の上に腰を下ろす。
食事の前で両手を合わせると、食事へと手を伸ばした。
盆の上には白米と呼ばれる白い粒の集まり、ケサと呼ばれる魚を焼いた物、味噌汁と呼ばれるスープ、野菜を萎びさせた漬物という食べ物、と言ったサツホロとは違う食物が用意されていた。
私は箸と呼ばれる二本の棒を左手で掴むと、女中に教わった持ち方を再現しながら食べる事にした。
「ぬっ、くぅっ……使いづらいですわね、この箸という棒は……どうしてフォークやナイフじゃ駄目なんですの? もう!」
使い慣れない箸に苦戦し、愚痴をこぼしながらも食事を取っていく。
私は焼きケサの身をほぐし、それを箸で掴むだけで5分も掛かってしまったが口に入れたその魚は大変美味であり、程よい塩味が私に未知の味を教えてくれた。
「う~ん! この箸という道具は使いにくいですが、お食事は美味ですわね!」
そして、私は食事に没頭していった。
─────────────────────────────
「そうですか、ご苦労でした、下がりなさい」
江戸城、天守閣にて長髪黒髪の女性が正座をしながら、御簾の向こう側から話しかけてきていた女性を下がらせる。
「総理様、伊織めが攫ってきた女性……そろそろ天照様へと引き渡す頃合かと存じますが」
その声は正座をしている女性の左斜め前、茣蓙の内側から聞こえてきた。
声の主もまた女性であり正座を行っている。
「そうですね、あのお方に機嫌を損ねられて再び日食を起こされては困ります ですがその前にあの女性には一度色々と説明を行った方が良いでしょう」
総理と呼ばれた女性は両目を閉じたまま、声の主には目線を向けずに答えた。
「では、その様に取り計らいましょう」
そして脇に控える女性は「ところで……」と言葉を繋げた
「伊織に関しては如何いたしましょうか、任を達成した事への褒章を?」
その言葉に総理は片眉を吊り上げると、その提案をばっさりと切り捨てる。
「不要です、果たすべき任を果たすのは職務を行ううえで当然の事、それでなくとも男と言うだけで不浄な存在です」
「むしろ、任務を達成して戻ってきた事の方が総理様にとっては問題である、と」
その言葉に総理は頷く。
「伊織の報告によれば攫ってきたあの女性はムツシへ繋がる場所で隊長と呼ばれていたとの事……、組織だって動ける者達がもしこちらへ南下してくるというのであれば国を預かる者としてそれは挫かなければなりません」
そして、総理は片目を開くと脇息へと左肘を置く。
「故に伊織を先頭指揮に置き人壁部隊並びにイガ達には再度の北方遠征を命じます、こちらへ進入してくる者達を撃滅させなさい」
「畏まりました、総理様」
そして、脇に控えていた女性が立ち上がろうとすると総理がその女性を呼び止める。
「……お待ちなさい、石元」
呼び止められた石元という女性は総理へと振り向く。
「今の報告貴方なら一刻もあれば十分でしょう、これから私に供しなさい」
そう言うと総理は立ち上がり、自らが座している場所の後ろにある襖を開く。
其処には大きな布団だけが部屋の中央に横たわっている。
そして声を掛けられた石元は、頬を薄っすら赤く染めると小さく頷き総理と共に部屋へと入っていくのだった。
─────────────────────────────
総理と石元が同衾してから二時間後、世界に掛かる6つの太陽の内、その全てが中天へと掛かる正午。
伊織は自らに与えられた小さな部屋に居た。
そこには伊織と全身を黒づくめの服で身に纏ったイガと呼ばれる者達の頭領が顔を付き合わせていた。
「ハハハ、まさか帰ってきて直ぐにもう一度あの場所へ赴けとの指令とはなぁ、総理様は人使いが荒くて困る」
伊織は豪快に笑うと、ちゃぶ台の上に置かれたお猪口を飲み干す。
「相変わらず嫌われていますな、伊織殿」
その様子を眺めていたイガの頭領は伊織へと話しかける。
頭領は自らも酒が入ったお猪口へと手を伸ばす。
「ワハハ、強すぎるのも考え物よな、御しきれぬ力は早々に片付けたいというのが本音だろうよ」
「それに今のこの国は巫女達の権利が強い、我等男の権利は下の下……強い男と言うのはそれだけで不要な存在とされるが道理ですか」
そして頭領は酒を飲み干すと、伊織と同時にお猪口をちゃぶ台の上に置く。
「にござるなぁ、今この会話を誰かに聞かれていたら拙者達全員首が飛ぶな!」
「でしょうな、とはいえ我等シノビが控えております故ご安心を」
伊織は笑いながら茶化すが、頭領はそれに真面目に答える。
「ハハハ! 相変わらず堅い男よ! ……ではそろそろ打ち合わせに入るとするか」
そして伊織は再び笑い飛ばすと、真面目な顔をしつつお猪口へと酒を注いでいく。
「と言っても打ち合わせるようなことは大して無いとは思うがな、拙者はムツシへ、お前達はその反対側、セイカントンネルと呼ばれていた場所の封鎖と調査へ赴く」
「人壁部隊は護衛に付けなくとも?」
「ハハハ、拙者は一人の方が気楽よ、それに半端な実力の者を連れて行くとどっちが護衛か分からなくなる」
伊織は頭領の質問を笑い飛ばす。
「でしょうな、答えは分かっておりましたが一応聞いておきました」
そして頭領は静かに頷くと、酒の横に置かれている塩へと指を伸ばす。
「では、セイカントンネルに関しては我等イガが人壁部隊を指揮しつつ向かうといたしましょう」
「うむ、異論無し! では酒を飲み干したら行くとするか!」
伊織がそう声を上げると、頭領は指に付けた塩を一舐めすると立ち上がる。
「いえ、申し訳ありませんが我々はこれから編制を行わねばなりませんので……伊織様はお先にご出立ください」
頭領のその言葉に、伊織は悲しげな顔をする。
「むぅ……そうか、では仕方ない、すまんな半蔵、この酒はありがたく全て飲ませてもらうぞ」
伊織はそんな顔をしながら、真向かいにいる頭領……半蔵へと頭を下げる。
そして伊織が頭を上げると半蔵は音も無くその場から消えているのだった。
「真面目な男よな、とはいえそれは拙者もか」
伊織は一人自嘲気味に笑う。
「しかし侵入者を撃滅せよ、か……」
そしてふと、ベルを攫ってくる前に突っかかってきた男の事を思い出す。
燃えるような赤毛の男、力量の差を弁えず挑んできた蛮勇の男。
だが、見込みはあるように見えた。
「そういえばあの男の名前を確か攫ってきた女性が叫んでいた様な……」
伊織は4日前の記憶を引きずり出していく。
「確か、アデルだったか」
そして伊織の顔に笑みが浮かぶ。
果たして、あの男は自分を追ってこの国へと脚を踏み入れているのだろうか。
奴が連れてくるであろう軍隊は自分を楽しませてくれるだろうか。
「うむ! 楽しみになってきた!」
伊織はそう言うと、酒瓶を口へ咥えると一気に飲み干す。
「さぁ、いざ向かうとするか!」
その日、伊織は愛用の刀を二本持ち東京から再び北上を始めるのだった。
その二日後、イガ達も人壁部隊を率いて北上を開始した。
投稿ペースは不定期です
次:進退窮まったら
イースⅧの終わりが見えないので初投稿です、ナイトメア楽しすぎるので皆も買ってどうぞ
虎牙 伊織 緑白③
伝説のクリーチャー:人間、侍
二段攻撃、呪禁 4/4




