侍に出会ったら
MD215年 5/27日 18:51
「二天一流、お相手仕る!」
伊織が二本の刀を前面に押し出し、構える。
構えた瞬間、横薙ぎの形で尾が伊織、ベルの両名へと迫る。
尾はアスファルトを摩り下ろしながら迫るが、伊織は尾を右足で蹴り上げる。
「そうら!」
その蹴り上げに、ベイロスは苦悶の声を上げる。
そして浮かび上がった尾が着地するよりも速く、伊織はベイロス本体へと走りかかる。
「一年前は邪魔が入って仕留め損なったが……今回は遠慮なく狩れるっちゅうもんよ!」
「往生せいやぁ!」
地面に転がる建物の残骸をベイロス目掛け蹴り飛ばし、恐るべき速さで走っていく。
その速度は先ほどのベルの二倍程であり、常識的な人間の速度から逸脱していた。
伊織は刀を地面に擦りつけ、火花を散らしながら走る。
「グオオアア!」
ベイロスが咆哮し、再び両手を地面に叩き付ける。
その衝撃で地面は揺れ、ベイロスは宙返りを行う。
「ふん! 相変わらず芸の無い……!」
伊織はベイロスが宙返りを行った際、自らの近くを通った尻尾へ刀を突き刺す。
そして、宙を舞っているベイロスを尾ごと片手で振り回し、地面へ叩きつける。
その衝撃に再び地面が揺れ、経年劣化していたビルが一つ崩れていく。
「……凄い」
ベルは、血に塗れた顔でその光景を眺めていた。
神話の時代の戦いとでも言うような、常軌を逸した男の強さを。
伊織と名乗った男が、ベイロスを地面へ叩きつけたかと思うと今度はベイロスが伊織をビルへと吹き飛ばす。
お互いに互角に見える勝負だが、実際の所は伊織という男にはまだ余裕があるようにベルには見えた。
「ハハハハ! 中々腕前を上げたな、森の主!」
「とはいえ所詮、それは利に適った強さではなく腕力や生まれ持った資質に頼った強さよ!」
「拙者の様に鍛え上げたものでは無い! 然るに! 恐るるに足らず!」
そして、伊織はビルの瓦礫の中から埃を払いながら現れる。
両方の刀には緑色の霊力が揺らめいているのが、ベルには見えた。
「hatred outlives the hateful」
(憎しみは、その対象が死んだ後も残る」
緑の霊力が揺らめくと、次に伊織の頭に小さな光の輪で出来て宝冠が浮かび上がる。
その宝冠は厳かさを感じさせながらも、どこか安らぎと恐怖を覚えさせた。
「夜明けの宝冠/Daybreak Coronet」
その宝冠が輝いた直後、ベイロスは跳んだ。
伊織へではなく、自身が居た後方へと。
ベイロスは直感していた、自らの死を。
「中々良い反応速度でござるな!」
「とはいえ、もう遅い!」
ベイロスが跳んだ直後、伊織は刀を横薙ぎに振るうと走り始める。
横薙ぎに振るわれた刀は衝撃波を飛ばし、ベイロスの近くにあったビルがその衝撃波に沿って真横に切断される。
「"Guess where I'm gonna plant this!" 」
(拙者がこいつを何処に植えるか、当ててみな!)
そしてベイロスは後方へ着地し、その巨体の半分ほどが影に覆われる。
ベイロスが空を見上げ、最後に見た物は。
ビルを持ち上げ、それを自らへ突き刺そうとする伊織の姿だった。
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「ふん、他愛なし」
伊織は刀を背中に納めると、つまらなさそうに呟いた。
そして、未だ倒れているベルへと近づき抱き起こすとビルの壁へともたれかからせる。
「うむ、すまんすまん、少々遊びすぎたわ」
「今怪我を治療してやろう」
そう言うと伊織は膝を突き、ベルの折れている左腕を触る。
「あぐっ……!」
「ぬ、すまんな、だがもう少し痛むぞ、我慢せい」
ベルは痛みに声を上げるが、伊織は構わず折れた骨を継ぎ合わせる。
そして、自らの服を引き裂くと添え木を当て、左腕を固定する。
その後脚に刺さった破片を引き抜き止血すると、伊織は自らの両手に緑の霊力を集め始める。
「すまんな、荒っぽい治療法で」
「緑の治癒もまた痛むが、我慢せいよ」
伊織はそう言うと、手に集めた霊力をベルの傷の部分へと翳していく。
そうすると、再びベルが苦悶の声を上げる。
「はっ……はっ、くぅ!」
ベルは痛みのあまり、右手で地面の土を掴む。
「すまんなぁ、癒し手の様に白の治療術が使えたならこんな痛みは味あわせなくても良かったんだが」
伊織は笑いながら、ベルの傷へと手を翳していく。
伊織が手を翳すと、傷が徐々に閉じ始める。
その治癒の痛みにベルが激しく息を吸っては吐いていたが、次第に呼吸が安定していく。
「はぁ……はぁ、あ、ありがとう、ございます」
ベルは呼吸を落ち着けると、すっかり傷が消えた体で伊織へ礼を言った。
「何の何の、むしろすまんな、緑にはこういう荒っぽい治療法しかないのよ」
伊織は笑いながら、緑のマナを霧散させる。
そしてベルの横へと自らも腰を下ろす。
「しかし女子の身にしてはえらく勇敢でござるなぁお主、単身ベイロスへ挑むなどうちの連中もやりはせんぞ」
「えぇ……まあ、色々と事情がありましてね」
「それにしても、本当に助かりましたわ……重ね重ねではありますけれど、ありがとうございます」
ベルは深深とお辞儀をしようとするが、それを伊織は両手を前に突き出し断る。
「いやぁ何の何の、拙者は所用で此処へ送られてきただけに過ぎん」
「それもお主のお陰で達成できそうでござるし、それなりに強い奴とも戦えたし今日はいい日にござるなぁ」
「これで暫くは安泰そうよ」
伊織はそう呟くと、遠い目で月を見上げた。
「……?」
ベルはその様子が少し気になったが、疲労感からかそれを気にしない事にした。
すると、伊織が立ち上がり、尻の埃を払う。
「よし、では拙者は用事があるので帰るとしよう」
「では行くぞ、女子」
「あら、もう行ってしまうんですの?」
「なら道中お気をつけ──え?」
ベルが聞き返すと同時に、伊織はベルの片手で担ぎ上げる。
「え、ちょ、ちょっと!? な、ななななんですの!?」
急に担ぎ上げられ、ベルが暴れる。
「お、おお……元気な女子でござるなぁ」
「あんまり暴れると繋ぎ終わったばかりの骨がまた折れるぞ?」
「だ、だったら離していただけませんこと!?」
ベルが叫ぶ。
「はっはっは、いやぁすまぬなぁ、拙者もこれが仕事故」
「し、仕事!?」
「うむ、実は拙者、さるお方から美しい女子を攫って来い……もとい連れて来いと言われておってなぁ」
「まあ身の安全と豪華な暮らしは保障するぞ?」
「貞操の安全については残念ながら保障できぬが」
伊織はそう言って、頬を書くと歩き始める。
ベルは肩に担がれながら、伊織の背中を右手で叩くが当然びくともしない。
「丁度その辺りが最近こっておったから丁度良いマッサージよ! はははは!」
「いやぁー!誰かー!」
「待ちやがれ!」
ベルが半泣きの状態で叫ぶと、伊織の背後から声が響く。
伊織が振り向くと、そこには燃えるような赤毛の青年が立っていた。
「あ、アデルさん!?」
「派手にやってたドンパチが終わったから、様子を見に来たら……隊長、あんた何やってんだ?」
「い、色々ありましたのよ!」
「いえ、それよりも速く助け……あぁやっぱり助けなくていいですわ!」
ベルがアデルへ助けを求めようとするが、先ほどの伊織とベイロスの戦闘を思い出すと訂正する。
「なんだそりゃ……助けて欲しいのか助けて欲しくないのかどっちなんだ」
そんなやり取りを見ていた伊織は、高らかに笑う。
「はっはっは、面白いやりとりじゃのう小僧!」
伊織の笑い声に、アデルは剣を引き抜き、盾を構える。
「あんたが誰とか何がどうとかは知らねえが……うちの隊長を返してもらおうか」
「小僧、威勢が良いのは良いが相手の力量も見抜けぬようでは無駄死にするだけだぞ?」
アデルの動作を見た伊織の顔が、笑顔から戦鬼の顔へと変わる。
そして、その顔にアデルは圧倒される、動けなくなる。
「はっはっは、拙者の顔を見て怯える程度には力があるか」
「うむ、そのまま大人しくしておけい」
「死にたくはなかろう?」
伊織はそう言うと、悠然と歩を進め、アデルの横をすり抜けていく。
「……んじゃねえよ」
「舐めんじゃ! ねええええええええ!」
アデルは拳を振るわせると、剣を強く握り締め、自らの後ろを歩いていく伊織へと走りかかる。
「アデルさん! おやめなさい!」
ベルの言葉が響くと同時に、アデルは伊織へ袈裟切りを放つ。
伊織をそのまま両断するかに思われた剣は、しかしぴたりと止まり動く事は無かった。
「なにぃ……!?」
「やれやれ……大人しくしておけと言うたろうに」
「一度抜いた剣の仕舞い所も分からぬ奴は早死にするぞ?」
アデルが振り下ろした剣は、アデルへと振り返った伊織の左手の人差し指一本が押しとどめていた。
「では、大人しくしておれい」
伊織が人差し指を少し動かすと、アデルの右腕は大きく払いのけられ、体勢を崩す。
そして、伊織が頭へデコピンを放つと地面を転がる空き缶のように、アデルは地面を転がっていく。
「アデルさん……! アデルさん!?」
吹き飛んでいった後、身動き一つしないアデルを見てベルが叫ぶ。
「大丈夫じゃ、殺してはおらん」
「想定より弱い場合は知らんでござるが」
「ま、すまぬがこれも任務故……上には逆らわぬのがトウキョウの男というものよ」
「離して! 離してください!」
「アデルさん! アデルさーーん!!」
その日、函館に響いた最後の声はベルの叫び声だけだった。
次:久しぶりに主人公達の出番が来たら
更新遅かったんとちゃう? まま、ええわ(自分に優しく他人に厳しい)
すみません!昨日思い付きで書き始めた小説に夢中になってましたすみません!許してください!
何にもしませんから!
異世界転移物も書き始めたので初投稿です




