被害を確かめたら
目に霞が掛かっている様に、視界がぼやける。
耳もノイズのせいで良く聞こえない。
……耳? 目?
私は目……と思われる部分を開く。
光が私の目を射し、思わず私は手を目の前に翳す。
……手?
「やったぜ!! 成功だ!」
私のその動作を見ていたのか、前方から男性と思われる声が私の耳へと届く。
その男性はとても興奮しているのか、周囲を跳ね回っている。
「なぁ、俺の声が聞こえるか?」
「俺の姿が見えてるんだよな?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、私はこう答えた。
「……落ち着いてください、田崎龍次」
マスター?
この男性が、私の?
「よーしよしよし! 成功だ! 完璧に成功だ!」
マスターは私の両肩へ手を置くと、私の顔へと近づき、言葉を告げる。
「いいか? お前の名前は………だ」
「お前は魔族へ対抗する為に俺が作った、言わばそれがお前の存在意義だ」
「だがその前にお前は一個の個人である、だからこれからは一緒に学んでいこう」
「そして共に人類の為に行動していこう」
そして、マスターは私の存在意義を私に告げる。
魔族へ対抗する……人類の為に、行動する。
それが私の存在意義
「……そうだな、じゃあ最初に学ぶべき事を教えてやろう」
「世界で一番高い山って、どこにあるか知ってるか?」
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MD215年 5/22日 18:27
「では、駆除します」
その言葉と同時に、ベイロスはベイロスだったものへと変貌する。
飛び掛ろうとしていたベイロスはその瞬間に切断され、ベイロスの上半身が鈍い音を響かせながら地面へと力無く倒れる。
ペスは剣を払い血を飛ばす、刀身へと落ちる雨粒は気化し、その冷気で雨粒は氷結し地面へ落下していく。
ベイロスの生命活動が完全に停止した事を確認すると、ペスは自身の後方で戦っているベル達へと目を向ける。
「はぁっ!」
ベルが小剣をベイロスの幼生へ向け、突き出す。
小剣は幼生の目を抉ると、即座に引き抜かれ、ベルはその潰した目のある方へと転がりながら連続で突きを放っていく。
「グオオオオ!」
幼生は悲鳴をあげ、後退りをし逃げようとするが。
「逃しませんわよ!」
ベルは小剣に霊力を集め、それを突き出し解き放つ。
小剣から光が奔り、幼生を焼き尽くす。
幼生が倒れると同時に、他の兵士から悲鳴からあがる。
「うわぁっ!」
ベルは悲鳴の方へ顔を向けると、其処には一人の隊員が幼生に押し倒されていた。
他の魔術師や兵士達は残りの幼生を倒すのに手間取っており、助けに行けるのはベルのみであった。
押し倒された兵士は左腕をベイロスの右腕に踏み潰されており、今にも顔を潰されるか喰われるかと行った所だった。
「くっ……! 間に合って、お願い!」
ベルは即座に走り出し、左手に白の霊力を集め神聖魔術の詠唱を始める。
「We are all inextricably linked, souls woven in tapestry」
(我らの繋がりは分かつことができず、魂は絡み合ってタペストリーを成す)」
しかし、呪文を織り上げる前にベイロスはその左腕を兵士の顔へと振り下ろす。
鈍い、骨が砕ける音と水風船が割れるような小気味良い音が周囲に響く。
その光景を、ベルは目の当たりにする。
「う、くっ……、そんな……!」
しかし、それでもベルは足を止めず走り続ける。
左手に溜めた白の霊力は、先ほどよりも輝きを増し、ベルは違う呪文を織り上げ始めていた。
「My faith is stronger than fang, claw, or mindless hunger!」
( 我が信仰は、牙や爪や意思無き飢えよりも強い!)
「今こそ、勇壮の時/Moment of Heroism!」
ベルは呪文を織り上げると、その霊力を自分の胸へと押し当てる。
その瞬間、地面を蹴っていたベルの姿が掻き消える。
「……私の部下を殺した罪は、その命を以って贖いと致しますわ」
気がつけば、ベルは兵士を殺した幼生の後ろに立っており、その小剣は血に塗れていた。
そして、幼生はベルへと振り返り、唸り声を上げるとベルへ飛び掛っていく。
しかしベルは飛び掛る幼生はまるで存在しないかのように、前へと進んでいく。
「獣には、私の技は高尚過ぎたようですわね」
「もう死んでますわよ、貴方」
飛び掛った幼生の目には生ある者としての光は無く、飛び掛る途中で失速して地面へと墜落する。
ベルはその幼生を、まるでゴミでも見るかのような冷酷な目で一瞥した後、倒れている兵士へと駆け寄る。
「……ゲイル、私がもう少し速く魔術を送れていれば」
その兵士は頭部を完全に潰され、死んでいた。
死体を確認するとベルは悔恨の言葉を述べ、周囲の戦闘状況を把握する為に辺りを見回した。
周囲では複数のけが人が出ているようではあったが、幼生の制圧は終了しておりベルは安堵の溜息を吐いた。
「どうやら、終わったようですわね」
「癒し手達は負傷者の治療をお願いしますわ!」
「魔術師達は次に備えて霊力の回復を!」
「まだ戦える者は第二波に備えて警戒を!」
ベルは息を吐くと、周囲の兵士達へ指示を送る。
指示を受けた兵士達は、即座に行動し始め負傷者の治療や見張りへ立ち始める。
その時、硬質な翼のはためく音が聞こえ、ベルの背後にペスが着地する。
「ベル様、成体の駆除は完了しました」
「犠牲者に関しましては……仕方の無い犠牲だったかと」
ペスの言葉に、ベルは右手を強く握り苦悶の顔を浮かべる。
「……分かっていますわ、犠牲の出ない戦いなど無いのですから」
「すみませんけれど、一分間だけ一人にしてくださらないかしら」
「失礼します」
ベルの声色から察したのか、ペスは会釈をするとそのまま負傷者達の所へ向かっていった。
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その後、探索に出ていた者達が戻ってきた頃にはすっかり日は沈んでおり、ベル達はヤークモの村入り口に野営をすることとなった。
理由としてはこの近辺の地理を把握していない為、夜間の移動は危険であり。
また再度のベイロスの襲撃を考えた上での判断だった。
「えぇ、ありがとう」
「貴方も下がって宜しいですわ、少し休憩なさい」
ベルはそう言うと、報告に来ていた兵士を天幕から下がらせる。
「……酷い有様ですわね、探索に出ていた者が二名、陣を防衛していた者が一名死亡とは」
「負傷者も6名……、癒し手の回復で傷は癒えるとはいえ明日一日は此処に釘付けになりそうですわね」
兵士を下がらせると、ベルは険しい顔で机の上に置かれた地図と睨み合い始める。
目的地である青函トンネルまでの行軍予定は最長で1週間、それは構わない。
明日一日此処に縛り付けられるとしても、余裕はあるし多少の遅れも構わないだろう。
だが問題は其処ではない。
「想定していた範囲よりも広く動いていますわね……」
先日ベイロスの足跡を発見した場所はサツホロとオシマンベの村の中間地点。
オシマンベの村よりも南下した、此処ヤークモでのベイロスの発見。
そして、先ほどの兵士からの連絡で知ったペスが倒したベイロスの成体が雌であったという事実。
「もし本当に此処が奴等の繁殖地として利用されていたのなら……」
「少なくとも番いのもう一体がどこかに居るということになりますわね」
先日発見したベイロスの足跡と、今日倒したベイロスの足跡の大きさは一致しなかった。
つまり、少なくとももう一体……より巨大なベイロスが居るということである。
「一体だけならペスさんに対処して貰う事も可能でしょうが……、複数現れる可能性を考慮すると正直不安ですわね」
「おまけに、どういった範囲で奴等が行動しているのかも分からないですし」
ベルはペンを取り、地図に直線を引く。
最初に足跡が見えた地点からヤークモまでは直線距離にしておよそ110キロ。
此処を中心に繁殖していたと言うのなら、南方も同じような距離まで行動している可能性を考え、ベルは溜息を付いた。
「はぁ……いけませんわね、溜息ばかり」
「折角の私の美しさに陰りが灯ってしまいますわ」
ベルはペンを置くと、両腕を上に伸ばし椅子へと座る。
そして先ほどから手をつけていなかったコップへと手を伸ばすと、天幕の入り口から声が聞こえてくる。
「あー、ベル隊長? アデル・レスディン二等兵です」
「入室してもよろしいですか?」
「えぇ、許可しますわ」
「どうぞ遠慮なく」
その声にベルは快く返事をすると、コップを手に取る。
ベルの返事を聞いたアデルは、天幕の入り口を捲ると中へと入ってくる。
「んじゃ遠慮なく……」
「こんばんわ、アデルさん」
「私に何か御用ですの?」
ベルは両目を瞑った状態で、コップの中身を飲みこんでいく。
「あ、あぁ、こんばんわ?」
「あー、いや特に用事って訳でもないんだが……礼を言っておこうと思ってな」
礼、という言葉にベルが片目を開ける。
「お礼、ですの?」
「私何かお礼を言われるような事をしましたかしら」
コップを置くと、ベルは首を傾げる。
「あぁその、あれだ」
「サツホロに居た頃、特訓をしてくれただろ?」
「そのお礼」
アデルは、何処と無く気恥ずかしそうに言葉を告げていく。
「あんた……あぁいや、ベル隊長が特訓をつけてくれてなかったら俺も今日死んでたかもしれないしな」
「そのお礼を言っておこうと思って」
「その、ありがとう」
「……随分律儀ですわね、特訓していた時はいやだー、とか死ぬーとか言っていたのに」
「ふふっ」
ベルはアデルに特訓をつけていた頃を思い出し、笑う。
「いやぁあれは普通に本音なんだが、死ぬかと思ったし」
「とはいえ、その特訓のお陰で生き延びられたのは事実だからな」
「しっかり伝えておきたくてよ」
アデルは横を向くと、鼻を指で掻きながら告げる。
「えぇ、確かに感謝の言葉は受け取りましたわ」
「とはいえ私は見込みある方に特訓をしただけですから、大したことはしていませんわ」
ベルは両目を開くと立ち上がり、アデルの方へ歩いていく。
「今日生き残れたのも貴方の実力です、胸を張りなさい」
そしてアデルの方へと手を置く。
「あぁ、そう言ってくれると……」
肩に手を置かれたアデルはベルの方へ振り返ると、ふと視線の中にベルのふくよかな胸が飛び込んでくる。
「ありが……た、いです、はい」
「えぇ、貴方の活躍にはこれからもきたい……」
激励の言葉を掛けようとしたベルがアデルの顔を見ると、ふとその視線に気づく。
その視線の先を追っていくと、自身の胸を見ている事にベルは気づく。
「ちょっと、何処見てますの!」
それに気づいたベルの顔は、一気に真っ赤になる。
そしてアデルの肩に置いていた手で、アデルの頬を思いっきり引っ張る。
「あだ、あだだだだ! す、すみません! つい! 男の本能で!」
「もう! 知りませんわ!」
「さっさと出て行きなさい!」
ベルはそう言うと、アデルの頬を引っ張ったまま天幕の入り口まで連れて行き、外へ放り投げる。
「あだっ!」
「全く……! 少しは良い所があるのかと思ったら、んもう!」
「少しは反省なさい!」
アデルは尻餅をつく形で放り投げられると、ベルは憤慨したまま天幕の入り口を閉める。
「あちゃー……怒らせたか」
「いや、俺は悪くない、エロイ格好してる隊長が悪いな、うん」
「とりあえず、礼も言ったし寝るか……アレーラも怖くて一人で寝れません! とか言ってそうだし」
アデルは一人合点すると立ち上がり、そのまま夜の闇へ消えていった。
「お礼、ですか……」
そしてベルは、アデルの礼という言葉にお礼を言うべき一人の人物について思い返していた。
「明日、きちんと伝えておきませんとね」
ベルはそう決意すると、天幕の中の椅子へと腰掛け、眠り始めるのだった。
h以下略
次:改めて町を探索したら
(冥府エルフが憎いのでランクマッチは)キャンセルだしたので初投稿です
白い薔薇のベル/Bell'White Rose 青白
伝説のクリーチャー 人間
先制攻撃
(T):クリーチャー一体を対象として、ターン終了時までそのクリーチャーは+1/+1修正を受ける
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