交渉が決裂したら
MD215年 5/5日 AM13:42
ドシュ、ドシュという音を立てて二本脚のゴーレム…ソーレンが広大な平野を走る。
だが走るというのは表現的に少しおかしい、そのゴーレムの足の先端は円錐の形をしており地面にその円錐を突き刺して前に進んでいるのだ。
ともあれ走る、眼前の敵目掛けて。
相手の数はおよそ3000人と言った所だろうか、人間4魔族6の割合である。
戦闘を行っている魔族には多種多様な種族が居た、先陣を切るのは人間の半分ほどの大きさで赤や緑の肌をした所謂ファンタジー世界に出てくるゴブリンという種族だ。
手には何かの骨や牙を持ち、大多数がソーレンへと我先にと飛び掛っていく。
「ヨシ!手柄は俺たちが戴きだ! イクゾ!!」
「ヘイ大将!」
「ところで、どうやって相手を倒すんで?」
飛び掛ったゴブリン達は、ソーレンの捩れた腕による迎撃で地面へ叩きつけられていく。
ソーレンはゴブリンを迎撃した後、立ち止まらずに直進していく。
第二陣は蟻に乗った人間や魔族による騎乗兵だった、皆各々の得物を手にしてソーレン達を待ち構えている。
他にも3メートルは有りそうな象やサイの魔族も控えている。
それらに向かい突撃するソーレン達に頭上から石と矢が入り混じった雨が降り注ぎ人間大の石がソーレン達を押しつぶしていく。
「敵の急所は頭部ではなく胸の球体だ! 各員其処を狙え!」
「では……第一陣! 突撃!!」
パオーンという象の嘶きが聞こえたかと思うと指揮官らしきリザードマンの声が上がり、人間と魔族が武器を空に掲げ、鬨を上げる。
蟻に騎乗した兵士達が平野を駆けソーレン達へ向かっていく。
ソーレン達へ向かって走り、すれ違いざまに各々の武器を振るいソーレンの胸部にある球体を確実に破壊していく。
この攻撃によって当初巨大戦車から現れた100体程のソーレンは壊滅状態となる。
「オリョ? 何だこれで終わりか? それじゃあ手柄は先陣切った俺たちのもんだな!」
とゴブリンが言い、ゴブリン達がいっせいに笑い出すとザザザという不快な音が響く。
ザザザザ──という音が響いたと同時に眩い閃光が周囲に走り、声が響く。
「ソーレンの機能停止を確認、敵生命体の戦力分析完了──」
「転移門、起動」
「無人機、射出します」
閃光が収まった時には突出していた騎乗部隊、そしてゴブリン達を包囲する形でソーレンが上空から着地する。
その数……およそ2000体。
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サツホロ南区入り口で戦いを繰り広げている頃、市街地にも複数のソーレンが降り立っていた。
ソーレンがその足を地面に突き刺しながら街中を闊歩する。
そんな中にアレーラ・クシスは子供を抱えながら商店の一室に身を潜めていた。
(見つからないで……!お願い……!)
その内ドシュ、ドシュという足音が徐々に遠ざかっていくのを聞きアレーラは部屋の小窓から外を覗き誰も居ない事を確認するとへなへなと杖を落とし座り込む。
「はぁー……た、助かった……?」
「姉ちゃん、大丈夫?」
と心配そうに、アレーラの顔を覗き込む少年。
「う、うん! 大丈夫! さ、お姉ちゃんと一緒にお母さんの居る避難所まで逃げよう!」
アレーラはそう言って、木製の杖を拾いなおし立ち上がると子供の手を引き商店から出て行く。
少年とアレーラは開戦直前に出会った、アデルから部屋からは出るなと言われていたアレーラだが村を襲った犯人達の姿が見られるかもしれないと思い部屋から飛び出していたのだ。
「でもお姉ちゃんびっくりしちゃった、あんな建物に一人で居るなんて怖くなかったの?」
その後南区にある5階建てのビルへ上り、巨大戦車と巫女の交渉を見ていたところ開戦してしまい、どうしようかと思っていたところに少年が話しかけてきたのだった。
自分の母親を知らないかと。
アレーラは知らないと答えるが避難所の存在をアデルから聞いていた事を思い出し、其処へ少年を案内しようとしてソーレンと遭遇したのだった。
「まあこの建物自体は結構出入りしてるし……姉ちゃんこそ大丈夫なの?」
「さっきは怖がってたみたいだけどさ」
少年の手を引き先導しながら、アレーラは階段を下りていく。
「だ、大丈夫! 大丈夫だから! さっきのはちょっとびっくりしただけ!」
「それにお姉ちゃん魔法……じゃなかった魔術? 使えるんだから!」
見習いレベルだけど……と小声で付けたし、少年を元気付けるように言う。
その言葉を聴いた少年は、訝しげな顔をしながら共に階段を下りていく。
「ところで姉ちゃん、ヒナンジョってのはどの区にあるの?」
「え? えーっと確か中央区の市庁舎近くって聞いてたけど……どうして?」
「いやどうしてって……まさか大通りをそのまま歩いていく気じゃないよね? そんなんじゃさっきのゴーレムに見つかって殺されちゃうのがオチじゃないか」
少年に言われてアレーラはハッとした顔をする。
「……姉ちゃん何にも考えてなかったな?」
「あははは……その、ごめんなさい。」
少年に指摘され、しょぼんとした顔をするアレーラ。
そうすると少年は、アレーラの手を強く握り返し逆にアレーラを先導するように前に出る。
「ったくしょーがねーな! このユータ様が駄目な姉ちゃんに代わって裏道でヒナンジョまで連れて行ってやるよ!」
「ついてきな!」
と少年は駆け出し、アレーラはそれに引っ張られる形で着いていく。
ビルの1階に到着すると、最初に入ってきた正面の入り口ではなくその逆方向、緑のランプが光っている場所へ少年は駆け出していく。
「へへ……此処が秘密の抜け穴なんだ」
「さ、姉ちゃんここ抜けて行くよ」
「え、でも此処……」
少年が抜けると言った道は、瓦礫で潰されておりかろうじて子供が通れるような穴しか見えなかった。
「何だよ姉ちゃん、此処通れないのか? 結構細く見えるけど結構デブなの?」
「で、で、デブじゃないわよ! むしろ最近三日間くらい野宿しかしなくてご飯あんまり食べられなかったり、こっち来てからもアデルさんが貧乏であんまりご飯食べられてないからデブじゃない!」
「お、おう……、何かごめん。」
デブと言う単語に、アレーラは反応し思わず少年が引いてしまう。
「あ、ご、ごめんね……急に怒鳴っちゃって」
「でもあんまり女の人にデブとか言っちゃ駄目よ? 嫌われちゃうから」
「ふーん……そんなもんか」
「まあいいや、とりあえず表に出ない道はここだけだから姉ちゃん頑張って通って。」
「何なら後ろから押すからさ」
少年は少し考える素振りをした後、アレーラへ穴を通るように促す。
「えぇー……ほんとにここ通るの? うーん……と、通れるかな……?」
アレーラはそう呟くと、四つんばいになりその瓦礫の小さな穴を通っていく。
「姉ちゃん地味なパンツだなー……。」
「こ、こら! そう言う事もしないの!! っていうか見ないの!」
「よいしょ……よいしょ……け、結構狭い……あ、やだ服が引っかかりそう…!」
「あ、後少し……むぐぐぐぐ……頑張って私の腰……! 後お尻……!」
ユータにパンツを覗かれ、途中引っかかりながらも瓦礫を通り抜けると路地裏へと這い出る。
アレーラの後からユータが這い出てきて、膝をパンパンと払うとアレーラの手を再び握り、駆け出していく。
「よーし、後はここの道を通っていけば……!」
裏路地を走りぬけ、大通りへと繋がる道から光が差し込んでくる。
その道を抜けると……其処にはソーレンが2体居た。
ソーレンは即座にこちらを把握したのか、顔の無い頭部が二つ一斉にこちらを向き走り出す。
「ゲッ! しまった……!」
「下がって! ユータ君!」
アレーラは左手でユータを後ろに下がらせると、右手に持った木製の杖を掲げ、呪文を織り上げ始める。
「Lightning tethers souls to the world. (雷光は魂と世界をつなぎあわせるものだ。)」
杖に込められた赤い霊力が、杖に電気を纏わせ始める。
アレーラが杖の先端を一体のソーレンに向ける。
「衝撃/Shock!!」
単語を言うと同時に雷光がソーレンへ放たれ、放たれたソーレンは即座に感電し前のめりに倒れる。
「や、やった!」
アレーラが喜ぶのも束の間、残っていたもう一体のソーレンが走りかかりアレーラの頭部を右手で、杖を左腕で押さえ込む。
「きゃっ!」
「姉ちゃん!!」
ソーレンはアレーラを掴むと、そのままビルの壁面へアレーラを押し付ける。
「……脳波スキャン開始、市長に該当する人物の記憶をサーチ……。」
アレーラの頭部を押さえる手から光波が走ると、その光波は何かを読み取るように上下に移動する。
襲われるアレーラを見て、ユータが辺りに散乱していた石でソーレンへ殴りかかる。
「こ、この野郎! 姉ちゃんを離しやがれ! 地味なパンツ履いてるような姉ちゃんなんて捕まえてもしょうがないだろ!」
「くそ! 離せってんだよ!」
しかし少年の腕力ではソーレンに傷一つ付ける事は出来ず、ソーレンは微動だにしない。
アレーラは頭部を押さえつけられながらも、少年へ言う。
「に、逃げて……ユータ君、お願い……!」
「そんな……姉ちゃん!」
「お願い……! 他の奴等が集まってくる前に、逃げて!」
「い、嫌だ! 姉ちゃんを置いていくなんて!」
「畜生! 畜生!! こいつ、こいつ!! 離せよ!! 姉ちゃんを離せよぉ!」
ユータはアレーラの言葉に反し、尚も石でソーレンへ攻撃を続ける。
(あぁ……私……この子一人助けられないで死んじゃうのかな……)
(ごめんなさい…アデルさん……言われたとおり大人しくしておくんだったよね、私)
アレーラの頭部をビルへ押し付ける力が徐々に強くなっていき、アレーラの意識が徐々に暗くなっていく。
(弱くて……ごめんなさい。)
(いーや! お主は良く頑張った! 決して弱くは無い!)
(後は儂に任せい!)
と声が響くと同時に、アレーラを抑えていた手が離されアレーラは地面に横たわる。
薄れ行く景色の中で最後に見たのは、巨大な蟻の姿だった。
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