使者を送ったら
MD215年 5/5日 AM12:03
「あー面倒じゃ面倒じゃー、何でこんなに仕事があるんじゃー」
市庁舎ビル最上階の執務室にて、芽衣子は執務に追われていた。
一日に二度増えた衛兵達の斥候業務の予算編成や遺跡潜り達が持ってきた情報の精査、またゴーレム対策の遺物の買取予算の編成。
自分でサツホロの為と行った事に、早くも芽衣子は後悔していた。
「大体仕事が多すぎるんじゃ……、遺跡潜りの連中め」
「金が出ると分かったらとにかくてきとーに遺物や情報を持ってきおって」
芽衣子はそう言うと、自らが座っている椅子を回転させ始めた。
その様子を見た市長護衛筆頭であるエンリコは、本日3度目の溜息を吐いた。
「市長……息抜きも結構ですが仕事をする時間よりも息抜きの時間の方が多いのはどうかと思いますよ。」
「えぇい、うっさいわ! お小言ばーっかり言いおって」
「それより斥候を出すように命令してから、何か変わった事はあったかえ?」
芽衣子は椅子を回転させたまま答え、そのままエンリコへ質問する。
「……いえ、特には何も」
「各方面の衛兵達からは特に何があったとは聞いていません」
「とはいえ事態が解決するまではこのまま情報収集に努めたほうが良いとは思いますが」
「ふむ……特に何も無しか」
「まあ情報収集はするが何れどこかで交戦はすると思うしのー、やっぱ青い魔術師を何処かで雇い入れるしかないかの?」
芽衣子はそう言うと回転させていた椅子を止め、算盤をパチパチと動かし計算を始め……苦い顔をする。
「……一月100イエン硬貨2枚くらいで4人くらい」
「市長流石にそれはその………安すぎるかと」
「対ゴーレム用の魔術師となりますと1月一人100イエン硬貨10枚は下らないかと」
「じゃよなー…、貧乏って辛いのう」
芽衣子はエンリコの答えを聞くと、肩を落とし椅子を半回転させ窓に目を向けた。
窓の先は南口が一望でき、太陽が眩しく市庁舎を照らしていた。
「あーあ、何かこうもっと楽に解決できる手段があればいいのにのー」
「例えば向こうから突然現れて和平交渉してくるとか」
その発言を聞きエンリコが本日4度目の溜息を吐こうとした時、眩い閃光と共に市庁舎を揺らす揺れが起きる。
揺れが収まると同時に芽衣子が叫ぶ。
「エンリコ!全衛兵に戦闘態勢、並びに市民の避難をせい!それと儀式の準備もな!」
「……嘘から出た真とはいうが、まさか本当に来るとはの」
南口を見ている芽衣子の目には、自分が今居るビルと同じ大きさの巨大な金属の鱗と鱗一つ一つに棘を持つ目の無い蛇、ワームが目に映っていた。
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「巨大戦車、出撃」
ペスの声と同時に私の巨大戦車、山坂君曰くワームもどきエンジンと言う名前らしい が地表に転送される。
モニターには巨大戦車を俯瞰した図が映されており、巨大戦車の前方…おおよそ2キロ程先だろうか?
開けた平野の先に街が見える。
街というよりは私達が住んでいた時代の残骸…という気持ちの方が強いが。
「ふーん…此処が今の札幌か、千年経つとやっぱ結構建物ってぼろくなるんだねー」
メインモニターの前でコントローラーを握りながら振り返り、背後で遊びながら見ている二人へと声を掛ける。
「そりゃそうだろ、むしろ千年経っても風化しない建物ってどういう素材使うんだ?」
「お、2のペアできた!あがりぃ!」
田崎君がそう答えると、山坂君のカードを一枚抜く。
「ぐおー!ジョーカーしか残ってねぇー! 運要素で僕が負けるなどとー!」
山坂君は負けたらしく私の言葉に反応する様子は無かった、二人とも元気だなぁと思いつつ僕は画面へ振り返った。
画面を見ると状況は少しずつ変わっていた、徐々に小さな点…恐らく人間や魔族が平野に続々と終結していた。
空にも幾つか小さな点が浮かんでおりそれを拡大してみると羽蟻の上に跨った魔族が編隊を組んでいた。
「さーて…この間見つけた死体から得たデータで言語情報は得たけど…ほんとに通じるのかなこれ」
私はコントローラーのボタンを押し、メインモニターから出てきたマイクに向かって声を出してみた。
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「いいな!お前は此処で待ってるんだ!」
俺はアレーラにそう言い残すと、訓練用ではなく本物の、戦闘用の剣と盾を取り部屋から出た。
眩い閃光と揺れの後、ギト士長から緊急招集が掛けられ俺たち南区の衛兵達は町の入り口の防衛へ駆りだされることになった。
衛兵宿舎から大通りへ出ると街は結構な騒ぎになっていた。
面白い物が見られると建物の屋上に上がり町の外を眺めるものやこの騒ぎに乗じて犯罪を行う物、泣き喚く子供等…。
「あー、くそ!助けてやりたいが……今は命令が優先か!」
俺はそういったことを無視して、南区の入り口へ向け走った。
入り口を抜けた先に見えた物はとても巨大な、正に化け物と言う他無い存在だった。
「アデル二等兵! 遅いぞ! 何をやっていた!!」
俺がその化け物を見上げていると、蟻に乗ったギト士長の怒鳴る声が聞こえた。
士長は愛用の斧を腰に、弓矢を背中に括り付けいつでも戦える状態だった。
「お前は私と一緒にこの入り口の防衛だ! 命令があるまでは攻撃するな!」
「それとお前は初陣だ、もし戦闘になっても決して無茶はせず私の傍を離れるな!」
「りょ、了解です!」
俺はそう答え、両手を強く握り締めた。
その時キーンという音と共に何かの声が聞こえてきた。
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「あー、テスト、テスト、マイクのテスト中です」
「現地生命体…あーっと、魔族か、魔族の皆さん聞こえてますかー?」
という気の抜けた男の声が南区の方…、恐らくはあのワームから発せられているのであろう声 が聞こえてきた。
「聞こえていたらどなたか返事をしていただきたいのですがー、もしくはこの街の一番偉い人物と話し合いがしたくー……」
と言うような声が聞こえてくる、何処と無く拙く聞こえる言葉使いで。
儂はその言葉を聴き考える、一番偉い人と話し合い?何の為に?
連中は突然現れ武力を見せ付けてきた…とすると圧倒的力量差を見せつけ降伏させる為?
それとも騙まし討ちで街の統率者を仕留める事で戦いに優位に立つため?とすると罠?それならそもそも最初から武力を見せ付けては来ぬか…。
何れにせよ……これは意思疎通のチャンスではある。
「エンリコ!使者を出せい!」
窓を見ていた芽衣子は各方面と連絡を取り合っていたエンリコへと振り向き、声の主と交渉を行うと伝える。
するとエンリコは驚き。
「正気ですか!? 相手は突然現れた上に武力を見せびらかしてくるような輩ですよ!?」
「まともな交渉が出来るとはとても……!」
「ではこのまま開戦するか? 街の皆の避難も始めぬ内から開戦などをすれば被害が広がるだけよ」
「少なくとも相手は会話を望んでおる、交渉することで多少なりとも時間が得られるのならばそれだけこちらが有利よ」
「分かったらさっさと使者を出せい!」
「……了解しました。」
そう言うと芽衣子は再び窓へと向き直り、エンリコは使者を出す為に指示を飛ばし始める。
「さぁて……一体どういう人物かの? 出来れば短気ではなく且つ頭が程よく悪い感じだといいのう……」
「最悪儀式の準備が終わるまでの時間を交渉で稼げると良いんじゃが……」
芽衣子はそう言いながら扇子を手に取り、化粧を始めるのだった。
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次:交渉が始まったら投稿します。