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人類ガバガバ保護記   作者: にっしー
南極編
150/207

終止/Terminate

https://www.youtube.com/watch?v=ux6IDt00lY0

Ys The Oath in Felghana PSP Music/死神の電撃


MD215年 10/31 17:26


<後部にダメージを感知、緊急事態です>


「わかってる!!」


 山坂は地面に這いつくばりながら、自身の背中に乗りかかっている玉虫色の軟体ウーズを引き剥がそうともがいていた。

 だが粘液は山坂の背中に根が生えたかのようにしっかりとくっつき、むしろ彼が暴れる程にその浸食を拡大していく。


<後部に42%の浸食を確認、対処をお願いします>


「わかってるって言ってんだろうが!」


 スーツに搭載されたAI、シトリーが冷静に現状を山坂へ報告するが彼はシトリーに激情を返す。

 山坂は焦る自分を心で律しながら、必死に周囲の情報を、そして自らに纏わりつく軟体について考えた。

 軟体は今、彼の足から腰までを包み込みながら更にゆっくりと上……つまり頭部を目指して進んでいた。

 軟体の中は人間の骨が浮かぶばかりか、何故かは分からないが内臓の様な物や目玉、口などが全身に無作為に出来ていた。


「こいつ……もしかして……! シトリー、この部屋の中で水がある場所を探せ!」


<了承、室内をスキャン中………………発見しました、直近で30メートル先、右斜め上方にスプリンクラー用の貯水タンク、他に──>


「直近のでいい!」


 シトリーの声を遮り、山坂はスーツの飛翔機能を起動させる。

 両足の土踏まずの部分から、そして両手の掌から急速に炎が吹き上がる。


「てけり・り!」


 足から噴き出した炎に一瞬驚いたのか、獣が唸るような低音と女性の声が合わさった音で軟体は鳴いた。


「化け物が……! 思い知らせてやる!」


 噴き出す炎を避けるように、より一層速度を増してスーツをよじ登り始めた軟体を引きずるように山坂は高速で地面に体を擦りながら移動し始めた。

 地面を削るように、人類の英知で作られたラバースーツが滑る。

 火花を散らし、コンテナに激突しようとも逆にそのコンテナに沿って真上へ上昇し始める。

 非常灯が室内を照らし、見通しが良くない中でもその火花と炎は他者からでもしっかりと確認できた。


「てけり・り! てけり・り!」


「ぐおおっ!」


 五メートル、十メートルとコンテナの壁に腹を擦りながら登っている途中、山坂の体はグンっと勢いよく下に引っ張られた。

 バランスを崩しかけ、体が変な方向に曲がり、山坂の体が一瞬悲鳴を上げる。

 足にへばりついた軟体が、コンテナの側面に根のように張り付いていた。

 山坂はジェットの噴射量を多くし、それを引き剥がそうとするが軟体はコンテナの中身にまで自らを突き刺しているのか、微動だにしない。


「くそったれ! コンテナの中に何積んでやがる!」


<コンテナ内に劇物反応、過酸化水素水を検知>


「漂白剤ィ? ……それだ! シトリー、可燃物──」


「右上です!!」


「……アリスか!? 逃げろって言ったろ!」


 コンテナの内部をスキャンした山坂にAIが答えを返し、その中身に山坂はある事に気づく。

 過酸化水素は化学式 H2O2で表される化合物である、しばしば過水と略称される。

 主に水溶液で扱われ、対象により強力な酸化剤にも還元剤にもなり、日常生活では殺菌剤、漂白剤として利用される。

 だがこの液体は、あるものと混合することによりより危険な物となる。

 それが可燃物である。


「聞いてません! 今はそれよりも可燃物ですよね! 右上にガソリンが……きゃぁっ!」


 その位置を探そうとしていた山坂へ助言を投げかけたのは、アリスだった。

 彼女は山坂が居る位置から全てを察し、彼が必要とするものの位置を彼へと教える。

 だが軟体は二人のやり取りを理解しているのか、アリスへ余計なことをするなとでも言うように攻撃を行う。

 軟体の内部から勢い良く頭蓋骨を発射し、それはアリスの腹部へ直撃した。

 何かが破裂し、潰れる様な音が室内に響いた。


「アリス……!! てんめぇぇぇぇぇええええ!!」


 幸か不幸か、軟体がアリスへ攻撃を行ったせいで山坂の動きを抑えていた根が少し緩まった。

 山坂は咄嗟に右腕でホルスターから愛用の銃を引き抜くと、右上のコンテナへ向け引き金を引いた。

 拳銃からは稲妻が断続的に放たれ、山坂はそれを弧を描くように軟体が根を張っているコンテナへ向けた。


「てけり・り?」


 稲妻は断続的に放たれ、コンテナを右上から右下まで大きく引き裂いた。

 軟体は金属が擦れる様な金切り音と、野太い男性の声が入り混じった声で不安げに嘶く。


「過酸化水素水は、強い腐食性を持ち、高濃度のものが皮膚に付着すると痛みをともなう白斑が生じる」


 山坂は銃をホルスターに収めると、右腕から再びジェットを噴射し無理やり高度を上げた。


「また水に溶けると、分解されるまでは水生生物に対して若干の毒性を持つ。 そして可燃物と混合すると過酸化物を生成、発火させることがある」


「て・け・り・り」


「要するに、お前は許さねぇ」


 スーツの中でにやりと笑うと、瞬間、先ほど稲妻を打ち込んだコンテナの亀裂から光が奔り……。

 程なくして、大きな爆発に山坂は飲み込まれた。


────────────────────────────────────────


「ふん、やっぱりな」


 地面からゆっくりと立ち上がりながら、山坂は眼前に居る軟体から目を逸らさなかった。

 玉虫色の軟体は、自らの体に今も降り注ぐ自ら逃げるようにコンテナの間の道へ体を滑り込ませようとする。


「その玉虫色の姿……人間を模した声……」


 だが……その逃走をこの男は許さない。

 拳銃の銃口を軟体の上にあるコンテナへ向け、今度は銃口を軟体へ向ける。

 するとコンテナもまたそう落ちるのが当然かのように落下し、軟体の逃走経路を塞いだ。


「そして粘液の中に出来た脳や内臓に似た臓器……、そして何より水を恐れるその姿、間違いない」


 背後で燃える炎を背負いながら、山坂はゆっくりと軟体へ近寄っていく。


「原初生命の元になった万能細胞が、まさか施設の中で蠢いているとはな。 一体誰の差し金だ? それとも千年前から逃げ出してずっと中に居たのか? あぁ?」


「て・け・り……り!」


 ゆっくりと近づく山坂に、軟体は再び体の内部から頭蓋骨を発射した。

 高速で射出されたそれは先ほどアリスの肉体に深刻なダメージを与えたように、山坂にもそれを与えるはずだった。

 だが……。


「馬鹿馬鹿しい」


 頭蓋骨は、山坂の数メートル手前で煙となって消えた。

 それに驚いたのか、軟体全体が一瞬波立った。


「ほう……その脳みそは飾りじゃないのか、それとも驚くという事を真似ているのか?」


 山坂はスーツの中で少し驚いたような表情を作りながら、銃口を軟体へ向けた。


「少々興味深いが……お前は消えていい」


「て…け…」


 向けられた銃口から感じる圧力で、より一層軟体が波立った。

 ブクブクと泡立つ音すら聞こえ始めると、軟体は身を縮こまらせコンテナへその体を密着させると……最後の賭けに出た。


「り・り!!」

 

「馬鹿が」


 コンテナを急造した無数の足で蹴り、軟体は弾丸の様に一直線に山坂へ飛んだ。

 彼は吐き捨てるように言うと、引き金を引いた。


「終止/Terminate」


 決着は、一瞬だった。


────────────────────────────────────────


「っ…………あ、あれ……?」


 顔面を叩く、冷たい水滴にアリスは目を覚ました。

 瞼を開けた先には非常灯が点滅し、顔を真横にずらすと人型の影と人間よりも二倍ほどの大きさの黒い塊が戦っていた。

 

「人……? やま、さかさん……? 山坂さん! あぐっ!」


 そのまま顔を少し上げ、上体を起こそうとした時アリスの体に激痛が走った。

 痛みの原因である左脇腹に思わず手を添え、再び顔を苦痛に歪ませた。

 立ち上がらなければという自らの意思に反し、体はまるで鉛の様な重さで動かない。


「だめ……せめて、せめて何処かに逃げなきゃ……あの人の邪魔に、なっちゃう…………」


 ゆっくり、ゆっくりと起き上がっていく最中、雷鳴が一度響いた。

 一度それが響くと、室内は静寂に包まれ真上から降り注ぐ雨音と……彼女へ駆け寄る足音だけが世界の音の全てだった。


「アリス!」


「山坂、さん?」


「……話せるなら生きてはいるか。 少し待ってろ、応急処置をする」


 山坂の表情は見えなかったが、その声色は確かに彼女を心配しているようにアリスには受け取れた。

 自然と、笑みが零れる。


「ありがとう、ござい、ます」


「礼なんていらん、人類を助けるのは俺の仕事なんだよ」


「ふふ……そ、うです、ね」


 山坂は左手の表面でアリスの腹部を触診すると、麻酔を幾つか打ち込んだ。

 一応の救急処置を終え、一息つきながら彼女の顔を見ようと思った時、その表情を見て山坂は驚いた。


「なんで笑ってんだお前」


「さぁ……? ふふっ」


「痛みによるショック症状か、スキャン以上にダメージが深刻だな……シトリー医務室は何処だ」


<ルートを最短距離で表示します>


 アリスを足と肩へ両手を差し入れ、お姫様抱っこの形で持ち上げると山坂は一瞬苦痛の声を漏らした。


「意外と重いな……」


「山坂さんの、バカ」


 頬を赤らめながら、アリスは山坂の胸を軽く叩いた。


「この大天才に馬鹿って言うのはお前が二人目だ」


 何処か、懐かしさを感じさせる表情を誰にも見せることのないまま……二人は医務室へと戻っていった。

 貯蔵庫には暫く、人口の雨音だけが響いていた。



新しいPCを買ったので初投稿です

データの移植が大変だった…



Terminate / 終止 (黒)(赤)

インスタント

クリーチャー1体を対象とし、それを破壊する。それは再生できない

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