死体が消えたら
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Back-Channeling
MD215年 10/31 09:18
足を一歩踏み出すたびに、足元の金網とスーツがぶつかり合い甲高い音が暗闇に響いた。
自分の腰の高さくらいにある手すりは建造から千年以上が経過した今でも錆一つ無く、少なくとも渡っている最中に崩れる等と言う不安から男を解放した。
手すりに右手を擦らせながら、男は先の見えない道を行く。
自らの体が置かれている金網の通路の下は、底の見えない暗闇であり時折下から吹き付ける風の音が耳に木霊した。
「お……ようやく入り口か」
一歩行けば数歩先まで電灯が灯り、また一歩を踏み出す、その繰り返しを何度かした後に男は正面に扉を見つけた。
EXITと書かれた電灯はぼんやりとした緑色の光を放っていた。
「この文明の光、懐かしいねぇ……古い映画館とかによくあったよなー」
金網で出来た橋の先に久しぶりの文明の光を見つけた山坂は、歩調を速める。
その扉を抜けた先に生きた人間が居る訳ではないと分かっている筈だが、それでもやはり彼は興奮を抑え切れなかった。
目覚めて以来の生身で降りる地上。
それも人類文明の名残となれば、それも仕方なかったのかもしれない。
「んんんーーーーー、オーーーープーーーン!」
扉の手前に向かって山坂は軽やかに跳躍をし、両手をYの字に広げながら着地した。
それと同時に扉は少しの間を置いてから開き、千年ぶりに生きた人間にその内部を披露する。
「……オウ」
ハイテンションで扉が開くのを待っていた山坂は、その後に見えた光景に少しばかりの動揺を覚えた。
扉の先、基地内部の通路には山坂が立つ扉まで殺到しようとしたのか……無数に人骨がこちらへ向かって倒れていた。
山坂は一番手近な場所にある骨に向かってしゃがみ込み、それをまじまじと観察した。
扉に向かって最後に手を伸ばしていたのであろう、その少々脆そうな骨を摘み上げると数秒の後、手放した。
地面に勢い良く落下した骨はそのまま指の先端が砕け、散らばる。
「何かから逃げようとしてたのか? 集団恐慌にでもなったか?」
白骨死体が着ていた服を漁ろうと前のめりになった時、ふと山坂の目にある物が止まった。
穴だ。
後頭部目掛けて、小銃が放つ弾丸程の大きさの穴が空いていたのだ。
視線をそのまま死体が着ている服まで動かし、奥の通路へ向ける。
その先には小銃を握ったままの死体があった。
「長引く研究と外界への途絶によって研究員が発狂、ないしは新たに築かれた基地内の秩序に対して反乱したが鎮圧されて……ってところか?」
山坂の眼前に重なり合って倒れている二つの死体と、その奥に倒れている死体を見比べて彼はそう推測した。
手前の死体は血で汚れ大部分が茶色くなった白衣を着ており、その奥に倒れている死体は警備員の服装をしていた。
また白衣の死体、山坂がまだ調べていない方の死体は良く見ると左手付近に小銃が落ちており、それもまた今の推測の正しさを後押しした。
「そんでこいつ等は逃げようとして、手前の奴が拳銃で死んだから後ろの奴が応戦して共倒れになったのか」
何となく状況を察した彼は立ち上がると、そう結論付けた。
千年前の事である、今の彼の目的には彼らが死んだ理由等詳しく知る気もなかった。
山坂は目の前にある邪魔な死体を右足で蹴り上げると、通路の奥へと歩き出した。
通路は弧を描くように続いており、道中幾つかの分岐があった。
分岐先の幾つかの部屋には全てネームプレートが付いており、医務室や個室、あるいは食堂等の生活用の部屋であることが分かった。
「ったく、戦争の後少しは生きてたんだろうに……なんで凡人どもはもう少し仲良くやれないもんかね」
通路を進む度に現れる白骨死体に、山坂は辟易としていた。
緩やかなカーブを進むたびに現れる何かから逃げようとしていたのか、うつ伏せになった死体達。
「ちっ……流石にうんざりだ」
右手に持ったカードのようなものを指先で回しながら、悪態を吐いた所で通路はその終端を見せた。
扉だ。
それも、白骨死体が挟まって開閉を続けている。
「ここにも死体かよ……」
延々と開閉を続ける原因を蹴り飛ばし、山坂は奥の部屋へと侵入した。
内部は、彼にとって見慣れた光景だった。
部屋の中央に地球を模した球体が浮かび上がり、その周囲には円形にモニターとキーボードが一体となったパソコンが配置されており……。
その光景は彼が居るエクィローのメインルームと酷似していた。
「おや?」
内部に入った瞬間、山坂は呆気に取られた様な声を上げた。
予想と違った光景が広がっていた為だ。
ここまでの光景を見てきて、恐らく中央部分は有る程度の戦いがあっただろうと彼は考えていた。
だがこの部屋の内部は、死体だけが無かった。
警備員達の白骨死体も、研究員達の白骨死体も、何も無かった。
「…………いかんいかん、目的だけ達成してさっさと撤退しよう」
薄気味が悪くなった山坂は、頭に過ぎる色々な事を振り払うように頭を振った。
そうして、正面に備え付けられたパソコンに触れると右手に持っていたカードを差込口へ差し込んだ。
「さてとりあえず起動まで持っていければいいが……指紋や声紋認証とかは勘弁しろよ」
OSが立ち上がっていく中、彼は手近な椅子を引っつかむとそれに腰を落とした。
キーボードの横には基地内部に居た職員達が使っていたであろうカップや書類が残されたままであり、それが余計にこの部屋の不気味さを際立てていた。
パソコンの起動には時間が掛かりそうであり、その待ち時間の間に彼は少し思考してみることにした。
椅子でぐるりと周囲を見渡し……ふと先ほど蹴り飛ばした死体が目に付いた。
「ん?」
先ほど蹴り上げた死体は、その下半身部分がまるで何かに切り取られたように背骨に美しい断面を残したまま消えていた。
服も同じく切り取られたように、繊維の一本に至るまでが見事に切断されていた。
「…………はは、まさかな」
その断面をじっと見ていた山坂は、ある考えに思い至り、その考えの馬鹿馬鹿しさに思わず天井に向かって苦笑する。
苦笑を終え、視線を先ほどから作業を続けていたPCに向けるとその画面は既に起動を完了していた。
パソコンを操作するため、体をそちらへ向けようとした時、彼はそれに気付いた。
──先ほどまで眺めていた死体が、消えていた。
「オイオイオイ!!! 俺は、ホラー苦手なんだよ!」
腰のホルスターから咄嗟に拳銃を引き抜きながら、山坂は椅子から立ち上がった。
着ているスーツは、即座に戦闘モードへと切り替わる。
熱源探知、音波探知、振動探知を駆使し周囲の状況を確認するが……スーツは何の危険も示さなかった。
「────っ」
自然と呼吸が荒くなった。
千年前、山坂達は管理者に選別され、あらゆる事への訓練が行われた。
だが千年ぶりの生身での実戦になるかもしれないという事と、知覚の外にある存在との邂逅をするかもしれない状況が自然とそうさせたのだ。
ゆっくりと、だが確実に山坂は拳銃を構えたまま先ほどまで死体が転がっていた場所まで近づき、そのまま左右前後のクリアリングを行った。
「何も居ないのか……?」
パソコンがドーナツの様に前後に何列も並ぶ空間で、山坂は少しずつ部屋をクリアリングしていった。
机の下や、天井、壁に備え付けられた掃除用具の入ったロッカーの隅々まで。
だが……。
「やっぱり何もいねぇ!」
部屋の中、全てを捜索してもそこには何の生物的痕跡も見出せなかった。
山坂は額に溜まった汗を拭うように腕を擦りつけると、近場の机に右手を置く。
「……夢でも見てたか?」
次第に、山坂はそう思うようになった。
先ほど自分が蹴り飛ばした骨は幻覚か何かで……この研究所に残っていた何かが自分にそう見せたのだと。
かなり無理があるが、彼は無理やりそう自分を納得させた。
「余計な事は考えず、目的だけを考えるんだ……此処は、何かやばい」
頬を両手で打つと、山坂は先ほど起動させたPCまで移動し椅子へと座りなおす。
画面の中には、その作業者が使っていたであろうデスクトップが表示されていた。
中には業務用のフォルダが幾つかと、恐らく個人的に使用していたであろうフォルダが幾つかあり、山坂はまず業務用フォルダに手を付けた
「意外と質素な画面で俺様がっかりです、仕事用で監視とかもされてただろうしこんなもんなんだろうがよ」
業務用フォルダの内部には幾つかファイルがあり、山坂は手始めに基地の地図情報を調べ始める。
クリックをして数秒すると、画面に大きく基地の概要が示された。
この基地は大きく分けて四層で構成されており、最上層の展望室、第二層の勤務と居住室、第三層の食糧生産室、そして第四層の実験室に分かれていた。
階層の移動は基地の中央に設けられたエレベーター二基のみとなっており、山坂は視線をパソコンから部屋の奥にあるそれに向けた。
「……起動はここのPCからでも出来るのか」
視線を向けたそれは、電源が入っていないのかタッチパネルは何の光も灯してはいなかったが直ぐにそれの起動方法を見つけると山坂は起動を完了させた。
直ぐにそれは緑色の灯りを取り戻し、入り口を開けた。
山坂はエレベーターの起動を確認すると仕事用フォルダを閉じ、カーソルを個人用に移動させた。
逡巡があったが、結局は好奇心からか個人用のフォルダを開いてしまう。
中には南極で最初に出会った白骨死体が書いたであろう日記と思われるデータが残っていた。
「……日付だけが書かれてるな、少し、読んでみる、か」
山坂は生唾を飲み込み、そのフォルダを日付が古い方から開き始めた。
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西暦241■年■■月■■日
凄まじい爆発だった。
突然ラジオから中国に対しての宣戦布告が行われたかと思うや否や、突然地震が起こった。
魔族どもからの攻撃かと思って展望室まで駆け上がったが……見えたのはそんな生易しいものではなかった。
展望室から見えたのは、インドネシア諸島辺りで上がっていた大きなきのこ雲だ。
あれはアメリカ軍が所有していた核爆弾じゃないかとケイトが言っていた。
……どうやら世界の行く末を左右する戦争が始まったらしい。
だがこの基地に居る限りは安全だ、少なくとも食料生産やそれを担う為の機械を維持する為の部品などあらゆる物が此処では基地で生産可能だからだ。
そう、生きていくだけならここは人類にとって最も安全な基地だろう。
では外の連中は?
俺の、俺の息子や妻、父や母、友人達は?
…………無事で居て欲しい。
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西暦241■年■■月■■日
あの爆発から二週間が経った、爆発の余波で一時は電子機器が壊れるかと思ったが前に居た天才がその辺りに関してもきっちりやっといてくれたらしい。
天才様様だ。
んで結局基地はマクダーレン司令の元、仕事を続けるらしい。
その結果を届ける先が消えてるかもしれないってのに、真面目なこった。
俺は早く外に出て妻と息子に会いたい……。
だが皆同じ気持ちなのかもしれない、ただどうしようも無いから、日常を続けていく為に研究を続けるという行為を行っているのだろう。
だとしたら、司令の心遣いには感謝すべきなのかもしれない。
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基地職員の日記を少し読み進め、山坂はこれが書かれた過去に思いを馳せた。
恐らくこれは魔族と人間の最終戦争が起こった当時の日記であり、その時彼は既にエクィローの中で長い眠りに就いていたのだ。
貴重な当時の記録に、少しだけ人間と触れたような気持ちになるとふとある事に気付いた。
「あり?」
先ほど起動させたエレベーターが、勝手に下の階へ移動していた。
それは長い事、3という数字の場所で止まったかと思うと点滅を始めた。
エレベーターを引き上げる錘の動きで、それは上昇して来ているのだと山坂には直ぐに分かった。
何かが、迫っていた。
夏風邪を一週間以上患っていたので初投稿です
死ぬかと思ったわ…




