初めて生身で地球に降りたら
https://www.youtube.com/watch?v=2l5262QHkHA
我が栄光
MD215年 10/31 04:00
轟音を響かせながら、一つの球体が南極に落下した。
球体は雪原を転がりながら抉り続け、氷床の下にある地面を露出させながら三キロほど転がった後に停止する。
大きさは少なく見ても全長八メートルはあり、間違い無く隕石ではない事をその紫色の刺激色が示していた。
「ピー……?」
突然の球体の落下に、南極に住むペンギンの群れが不思議そうにその球体を見つめていた。
その群れの中から、好奇心が強い固体が居たのかよちよち歩きをしながら一匹のペンギンが球体へ近づいていく。
南極にあっても異様に見える紫色の球体にペンギンが触れた瞬間、それは背中から肉体が紐へと変化し、紐が解けるようにばらばらになった。
「ピ……ピー!」
それを見たペンギン達は、即座に仲間を助けるのではなく自らの身を守る為に氷上を滑って逃げ出していく。
……ペンギン達が去り、暫くの間南極には紫色の巨大な球体が鎮座するのみだった。
だが彼らが去った後、一時間も経った頃に球体から外部へ向けて声が上がった。
「おえーーーーっ!!」
南極に、吐瀉物が撒き散らす音と声が響き渡った。
十分ほど吹雪の音でも掻き消せない嘔吐の音が続いた後、それは収まりを見せた。
「あーくそ……久しぶりの地球だがこんなに重力強かったか? やっぱ「生身」で来るのはやばかったか?」
球体の内部で、山坂はそう呟きながら白衣の裾で口元を拭う。
口内には朝に食べたカレーと胃液がミックスされた酸味が残っており、それが彼を不機嫌にさせた。
彼は苛立ちを募らせながら、荒々しい動作で旧体内部にあるコックピットに備え付けられたコンソールを叩いた。
茶色がかった汚れを拭き取りながら、ウィンドウに浮かんだデータと五分ほど睨み合いをし……唸る。
「う~む、予定着陸地点から大分遠ざかったな」
ウィンドウに映し出されているのは南極大陸の地図だった。
南極は世界を横切るように形成された大陸の上に、氷床と呼ばれる雪や氷が積もり上がった地面を持つ広大な大陸である。
山坂はその大地の中心地点への着陸を予定していたのだが……。
「田崎の奴……余計な事を」
そう言って頬を掻くと、山坂はコックピットの周囲を見渡した。
360度の全方位モニターはビックリマークと黄色い文字で警告を示していた。
<警告! 管理者会議によって認められていない独断の出撃!>
「やれやれだな」
「──その台詞は恐らく田崎様と永村様のお言葉かと存じます、山坂様」
「あ~、見つかったか……捕捉まで何秒だった?」
「今回は148秒です、山坂様が第三調整室を出てから幾つかセキュリティを破壊しましたので遅れが出ました」
「俺のクラッキングもまだまだ捨てたもんじゃないな、ペス?」
突如耳に入ってきた機械音声に、山坂はコンソールを叩きながら虚空へ向かい軽口を叩いた。
声の主はエクィローの管理AIであるペスだった。
「その手腕は遺憾なく発揮されています、出来れば身内への被害でそれを確かめたくはありませんでしたが」
「……驚いたな、何時から嫌味を言えるようになった? 田崎の調教の成果か?」
「皆様の会話を参考にしました」
「あぁそう、「俺」等のせいってことね」
自嘲気味に山坂は笑うと、最後にエンターキーをコックピット内に小気味良く響くように押した。
「だが親の教育が悪かったから自分はこんななんだと開き直られても困る、子供なら親の背中を見てぶっ刺す位じゃないとな」
「善処します」
「まじで後ろから刺されても困るがな、所で永村の仕事はいいのか?」
「山坂様をエクィローへ連れ戻す事が現在の最優先事項となっております、また永村様からの依頼も現在実行中です」
「真面目なこったな」
空中に浮かぶウィンドウを眺めながら、山坂は運転席にもたれ掛かった。
ウィンドウの中ではロード画面が映されており、それは何秒か毎にゆっくりとそのパーセンテージを増していく。
「私は皆様方が安全かつ最速で目的を成し遂げられる様にサポートする為に設計されました、故に──」
「はいはい、長ったらしい講釈は御免被る。 俺は用事が終わるまではエクィローには戻らんぞ」
「……理解出来ません」
「あ?」
「その用件が重要である事は理解しましたが、何故生身で現状の地球に出る必要があるのでしょうか? 現地の探査であればいつもの様に……」
ペスの質問に、山坂は面倒そうに顔を顰めると天井を見上げながら口を開いた。
「合理性だけを追求するのが人間じゃあない、要するにこの件は……俺にとって大事な事なんだよ」
天井から好けて見える外の景色は、吹雪の中ではあったが一つの星が輝いていた。
「二人に伝えろ、七十二時間だけ外に出ると」
「しかし──」
「復唱しろ、これは命令だ」
「……論理AIに承認されました、復唱、七十二時間の外出を実行」
「いい子だ、何かあればこっちから連絡をする」
「了解しました、それでは三日間お気をつけてお過ごしください」
ペスがそう言い残すと、それ以降声は聞こえなくなった。
広いコックピットの中には外部から吹き付ける雪の音と、椅子を軋ませる音だけが暫くの間静かに反響した。
暫くして、その空間に一つの小気味良い音が響いた。
「おっ、終わったか」
山坂が視線を向けると、ウィンドウには南極の地図と思われるデータと思われるものが映し出されていた。
「ふむ……よし!」
地図には北側に赤い光点が、それから距離を置いた地点に青い光点が示されていた。
それを確認するや否や、山坂は軋ませていた椅子を勢い良く元の位置へと戻すとコンソールの下へ両足を滑り込ませた。
「それじゃあ楽しい楽しい南極探検の始まりだ!」
両足の位置にはペダルが有り、山坂は思いっきりそれを踏みつけた。
外界を映すモニターが一瞬、大量の氷雪で覆い隠された。
それもそうだろう、山坂が乗ってきた球体は現在物凄い勢いで回転を始めたのだ。
それはあたかも拳銃から発射されるのを待つ弾丸の様に。
「発射ーー!」
そして、コンソールに脇に設置されたバイクのハンドルを握り、スロットルを全開にした。
球体は……何かに弾き出されたように猛烈な勢いで南極を走りだす。
氷床に消えない痕を残しながら。
────────────────────────────────────────
現在の時刻は午前五時。
日本の時間では十一時を過ぎた頃だが……南極ではまだまだ夜である。
そんな暗闇の世界に一人と一匹が眠る姿があった。
「すやすや……」
自分ですやすや等と寝言を立てる人間は首元まで深く目だし帽をを被り、衣服は完全防寒の格好をしながら寝袋に包まっている。
南極と言う極寒の土地で眠るのであればこの装備はそれほど大げさではないのかもしれない。
ではこの人物が寝ている場所はどうだろうか。
大きな毛布の様な、巨大な毛の固まりが寝袋を囲んでいた。
その大元は巨大な狼である、白色の巨大な狼がこの人物を守るように囲みながら眠っていた。
「─────」
穏やかに、静かに……。
まるで親子のように、狼は愛おしげにその人物を守っていた。
だがその幸福な空間を邪魔する存在が近づいていた。
それに一番最初に気付いたのは狼だった。
「……ウォン?」
僅かだが。
地面が振動していることに狼は気付いた。
雪崩だろうか?
南極では良くあることだ、特に自分達が居るこの山では。
「グルルル…………!」
だが、それは違った。
雪崩ならこんなに長く、そして遠くからこちらへ近づいてくる様な振動ではないはずだ。
狼は真っ直ぐに近づいて来る何かに警告の唸り声を上げた。
「ん、んん……? どうしたのぉ、スナッチぃ……」
寝ぼけているのか、寝袋の中の人物はたどたどしく声を発する。
「グルル……」
その人物の声に答えるように、狼は唸った。
「だいじょ~ぶだよ~……どうせ雪崩だよ~、ってわけで私寝るね~」
だが寝袋の中の人物は、軽くそう答えると再び眠りの中へと戻っていった。
そして、その声が示した通り振動も消えた。
「ルルル……ウォン?」
杞憂だったのだろうか。
狼は音が消えて少し経った後、再び寝袋を守るようにして丸まった。
この一組と山坂が出会うのは、もう少し先の話。
────────────────────────────────────────
「あいきゃんふらーーーーい! くそ! あのくそ出来そこないの鉄くずが!! 覚えてろよーーー!」
山坂を乗せた球体は、巨大ゴーレムのパンチによって南極の空を舞っていた。
地元でようやくストアチャンピョンシップが復活したので初投稿です
次同じ事やったらお前絶対ゆるさねえからなお前よぉ!




