01
「うわー、こりゃまた派手に」
助手席のアルファが食い入るように遠くのマンションを視ている。
駅傍の超高層ビル、その十七階から火の手が上がっていた。
「アルファ、窓は開けるなよ。警察の奴らに写真を撮られるからな」
俺は言いながらダッシュボードから双眼鏡を取り出すと、彼女と一緒にそのマンションを観察する。
「めんどうッスねオメガ先輩、ここからじゃあ何もわかんねーッスわ」
「近寄ったってどうせ何もわからねぇよ」
火の勢いは強烈で、消防士達の努力も虚しく燃え広がっていく。
「どう見ても普通の火じゃないッスね、やっぱギーヴルの奴の仕業っすか?」
「どうだろうな、もしそうだとしても真意が掴めん」
俺は双眼鏡をダッシュボードに戻すと、ハンドルを握る。
「真意なんて、なにも考えずに燃やしただけじゃないッスか?」
「ギーヴルとウィヴルはそこまで愚かな奴等じゃない、こんな事をすればシステムに過剰反応されると予想できるはずだ」
「じゃあ、彼等の仕業じゃないってこと?」
火災現場により近い場所へ車を止める。
「あるいは、それ程のっぴきならない状況だったか」
今度はマンションではなく、現場周囲の人々に視線を向ける。
消防隊員、野次馬、警察、報道のバンを何台か現れ始めた。
「なんなんすか、その『のっぴきならない状況』って」
「放火しちまえば刑事事件だからな、死体は警察の手に渡るだ。そうなると俺達システムは中々手を出せない」
「死体をシステムに渡したくなかった?」
「能力で殺したって一発バレるからな、そうなりゃサブアダルツが消去しにやってくる。――」
「――でも警察が死体を握ってれば、システムは判断しあぐねる」
「そして俺等みたいな『調査班』が送られて、1ターン猶予ができると」
マンションの中から、担架を担いだ消防隊員が現れた。
様子から推測するに、積まれてるのは生存者ではなく死体だ。
「なんつーか、まどろっこしい話ッスね。警察の奴等から死体をぶん取れないんすか?」
「五十年前だったら出来たかもな、でも今のシステムにはどだい無理な話だ」
かつてのシステムは、世界で唯一アダルツ達に対抗できる組織だった。
いや、対抗するだけじゃない。
アダルツ達の力を制御し、利用さえもした。
そしてその力を持って、裏社会を支配し、世界の情報網を影で操る強大な闇の組織だった。
でもそれは、すべて過去の話。
アダルツの出生率減少に伴い、システムもその力を急速に失った。
縮小、解体、そして分裂を繰り返し、いまやシステムの規模は全盛期の十分の一以下に成り果てた。
「で、どうします? オメガ先輩」
「これ以上ここに居ても無意味だな。ギーヴルとウィヴルの家に向かうぞ」
「了解しました!」
――どうせ無駄足だろうがな、という台詞は飲み込んで、俺はハンドルを大きく切った。