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嘆きのテオーリア  作者: 黒部雅美
第一話 心の中で私と
8/11

04

「さてさて、じゃあ『テオーリア捜索大作戦』の進捗発表と洒落込みましょうか」

 サルサルは男子部員に膝枕耳かきをしながら、そう言い放った。

 ちなみにその男子は、ボーイズと呼ばれていた文芸部員の一人だ。

 彼は頭をサルサルのミニワンピの上へ、僅かにふくらんだお腹に顔を埋める様にしてる。

 表情は伺えない、伺いたくも無い。

「まず楓の方から。なにか進展はあった?」

「いや、何も……」

「まぁ普通そうだろうね、普通。普通の大学生には都市伝説なんて無理難題だよねぇ――」

 サルサルは得意げにそんな事を言いながら、耳かきをわさわさ動かす。

 するとその男子が時折「あぁッ」とか「うッ」とか喘ぐので、私は大変気分が悪いのだった。

「……それで、サルサルはどうだったの?」

「ふふん、まぁまぁそう焦らずに、楓ちゃん」

 彼女はそう言うと、胸ポケットからUSBを一本取り出し、それをいきなり投げて寄越した。。

 私はそれを慌ててキャッチする。

 なんのUSBだコレ? うわ、容量大きい。生協では売ってないクラスの容量じゃん。

「え? 何これ?」

「楓、よく聞いてね、いい? 都市伝説の死神が顕在化するのは、原則『美しい魂を狩る為』なのよ。つまりテオーリアも、誰かの魂を狩りに現れたと考えるのが自然なの」

 サルサルの捲くし立てるみたいな説明が突然始まって、私は思わず遮ってしまう。

「え? いや待って、このUSBは何?」

「いいから黙って聞いてなさい――とにかく、死神にはターゲットが居た、そしてそのターゲットは多分楓以外の誰か、そして楓はそれに『巻き込まれる』らしい――」

 そうですか、私の質問は完全に無視ですか。

 ムスッと不貞腐れたくなりながらも、私はがんばって彼女の説明に意識を集中させる。

「――テオーリアが出現したこの小山には、私達の通うこの大学と、頂上の延蒲邸歴史公園ぐらいしかまともな施設がない。つまり――」

「死神のターゲットは、この大学の生徒の可能性が高い?」

「イグザァクトリィィ!」

 ボーイズが「あァん」って喘ぐ。

 気持ち悪すぎて私の鳥肌がブルってなる。

「あの時の死神は『楓に会いにきた』わけじゃない、むしろ『楓が死神の元へ行った』そういうシチュエーションだったんだよね?」

 うーんと。

 まぁそうかな?

 私が崖の上の死神を見つけて、それから……

「死神はそこで何をしていたんだと思う?」

「え?」

「楓が男くさいクロスバイクで駆けつけるその前、死神はそんな所でなにをしてたのかな?」

 パパっと思考を走らせて、サルサルの期待してる解答を導き出す。

「誰か――この大学に通う誰かを、狩ろうとしていた……ってこと?」

「イェースザッツライ!」

 サルサルはそう言って、ボーイズの耳から巨大な垢を引きずり出す。

 彼女のすぐ横に立っていた別のボーイズが、すぐにその垢をテッシュで包み。

 そしてさらに別のボーイズが耳かきを彼女から受け取って、高そうなエッセンシャルオイルで丁寧に拭く。

 キモい。

「もちろん確証なんて無いよ。実は死神は延蒲邸歴史公園に毎晩マラソンしに来るジジイを狙ってるのかもしれないし、小山の麓にあるベトナム料理屋のグエンさんを狙ってるのかもしれない。楓が駆けつけた時だって、軽く夜風に当たって酔い覚ましをしてただけかもしれない……でも、一番『妥当そう』な推論は、『この大学の誰かを狩ろうとしてた』だよね」

 サルサルはとびきりチャーミングな笑みを浮かべ、私に同意を求める。

「――うん、たしかに。夜中の延蒲邸に人はほとんどいないし。それにテオーリアはあの時、この大学を見下ろしてた気がする」

 私の言葉にサルサルは満足そうに頷く。

「テオーリアはこの大学内の誰かを狙っている。そしてそのターゲットはあの晩、大学構内に居た可能性が極めて高い」

 彼女はボーイズの耳からピッと耳かきを引き抜くと、それで私の手の中のUSBを指し示す。

「そしてそのUSBには、あの日大学構内に居た学生の全データが入ってるわよ」

「はい!?」

 私は思わず変な声を上げてしまう。

「ウチの大学って八時以降に大学構内の施設へ入出もしくは退出をする時、ドア横のカードリーダに学生証を刺す必要があるじゃん」

「え? まさかそのデータを?」

「そう、学内サーバに侵入してコピーしたってわけよ」

 彼女はなんでもない事のように、サラっとそんな恐ろしい事を言うのだから私はドン引きしてしまう。

「このボーイは中々努力家でねぇ、サーバルームを水浸しにしたんだっけ? 無茶するよねぇ」

 サルサルは再び耳かきを男子の耳穴に戻し、彼への労いを再開する。

「そんな、それって犯罪じゃ……」

「綺麗な手段だけで、都市伝説に迫れるとでも?」

「いや、でも、だとしても――」

「楓ちゃん、今貴女が私に言うべき台詞は『犯罪なんてしないでよ、迷惑よ』だと思う? それとも『犯罪に手を染めてまで助けてくれてありがとう』か。どっちだと思う?」

 そう問う彼女の表情は柔和だが、眼光は針のように鋭い。

 怒ってるんだ、今更尻込みしてる私に対して――

「ご、ごめんサルサル……ありがとう」

「わかればよろしい、徹底的に死神を追い詰めるわよ」

 そう言う彼女は実に楽しそうだ。

 唇の端を持ち上げて、怪しげな微笑を浮かべている。

「それで、私はこのUSBで何をすればいいの?」

「その中にはあの時大学構内に居た十八人の学生の情報が入ってるから、楓はそこからテオーリアのターゲットを見つけ出しなさい」

「見つけ出すって……」

「もちろん、ターゲットが教授や職員の可能性もあるけど、そっちは私達に任せて」

「待ってよサルサル、探すだなんて、そんなのどうやって」

「それは楓が自分で考えなさい」

 気分が悪いときのパパみたいな、突き放すような口調で言われてしまう。

「考えなさいって、いや全然わかんないよ!」

 心細くなってしまった私は思わず泣きついてしまう。

「わかんないって……とりあえず片っ端から会ってみれば」

「会う?」

「突撃取材してみなさいよ」

「そんな無茶だよ!」

 私がびっくりして大声を出すと、彼女はあきれたような鼻息を漏らした。

 「あのねぇ、その程度で『無茶』とか言わないでよ。このボーイのやった事に比べればなんでも無いでしょ」

 ボーイはもぞもぞと嬉しそうに動き、顔をサルサルの太ももにこすり付けている。

「そうだよね……ごめんなさい」

 もうなるようになっちゃえ、とかそんな無責任な事を考えながら、私は悩ましげに目を瞑った。


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