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嘆きのテオーリア  作者: 黒部雅美
第一話 心の中で私と
6/11

02



 

「――で?」

「それでお終いよ。その後幾ら待っても何も無かったから、半壊のクロスバイクを漕いで帰ったよ……」

 月曜日の昼休み、文芸部の部室で私はサルサルと向き合うようにして、昼ごはんを食べていた。

「へぇー、テオーリアねぇ。随分懐かしい都市伝説だ」

 サルサル、こと「猿渡沙耶」はそう言うと私に向けて、疑いと嘲笑の入り混じった微笑みを浮かべて見せた。

「なにその目。嘘じゃないからね、私本当に見たんだから」

 必死に抗議をすると、彼女はまるで女優さんみたいに肩を竦めてみせた。

「はいはい、信じますよ。楓は真実『死神』を見た、信じてあげましょう――」

 そう言って手をパンパンと叩き、狐のような糸目を楽しそうに吊り上げる。

「――んで、楓はどうしたいの?」

 サルサルの問いかけに、私は思わず額を手で覆う。

「正直、私もわからない」

「一応言っとくけどさ、ひょっとしてまだあの事引きずってる?」

 あの事、そんなぼんやりした言い回しでも、私はそれがすぐに「猿渡美香」の自殺の事だって察した。

 美香は私の友人で、そしてテオーリアの言っていた「命を絶った友人」でもある。

 彼女はサルサルの妹で、中学時代の私の友達だった。

 でも、自殺した。

 5年前の夏休み、校舎の屋上から飛び降りた。

 遺書は無い。

 自殺の理由を私は知らない。

 サルサルも、サルサルの家族だって知らない。

 美香はただ一人で、何も言わず、自分で自分の体をぺちゃんこにしてこの世から消えた。

「楓、ねぇ楓ちゃん!」

 サルサルの呼びかけで、私は意識を現実に戻す。

「そういうのも、あるかも知れない」

「……楓さ、何時までもあのバカに振り回される気?」

「そんな、言い方――」

「私嫌なのよね、バカな妹のせいで楓みたいなお人よしが苦労するの」

 彼女が私を気遣ってわざと悪く言ってるのか、それとも本心から妹を憎んでるのか。

 私には判断がつかない。

「待ってよサルサル。確かにあの事を思い出したりはしたけどさ、それが全部じゃないから――」

 サルサルは少しだけ眉間の皺を緩めて、探るような視線私に送る。

「――理由はそれだけじゃないよ、いろんな理由があって、私はテオーリアにまた会いたいの」

「いろんな理由って、どんなよ?」

 理由。

 私はぱっぱと頭を動かして、サルサルが一番喜びそうな理由を選び出す。

「それは、『面白そう』だから」

 そう言葉にした瞬間、サルサルはプッと笑ってしまう。

「面白そうって、楓、なに言ってんのよ」

「サルサルはそう思わないの?」

「面白そうって、いや……」

 もごもごと口ごもる彼女に、私はここぞとばかりに一気に畳み掛ける。

「なんで? サルサル大好きでしょ? こういう都市伝説」

「いや、まぁそうだけどさ……」

「私から言わせればね、そうやって素直に関心を持てないサルサルの方こそ、ミカの件を引き摺ってるんじゃない?」

 うわヤバイ、キツイ事いっちゃったかも。なんて一瞬不安になるけど、直ぐにそんな気負いを振り払う。

 サルサルは、この程度の言葉で人を嫌ったりはしないはず。

「……はいはい私の負けですよ」

 しばらくの沈黙の後、彼女はそう言って再び手をパンパンと鳴らした。

 それはサルサルの癖だ、話題を切り替えたい時にいつもやる。

「――で、楓は私にどうして欲しいのか。テオーリアについて詳しく教えて欲しいの? それともテオーリアと再び会う方法が知りたいの?」

 彼女の糸目がうっすらと開かれ、私を値踏みする様な真剣な色になる。

「『会う方法』を知ってるの?」

 私は思わず喰い気味に聞き返してしまう。

「元『ミステリー研究部』名誉部長の私を甘く見ちゃいけないよぉ――と、格好着けたい所だけど、流石にテオーリアはなぁ……」

 彼女は悩ましげな様子で言葉を濁す。

「どういう意味?」

「テオーリアは特別なんだよね、『狂った都市伝説』なんて呼ばれるくらいに」

 サルサルの言葉の意味がさっぱり汲み取れない。

 私は黙って彼女に注視して、話の続きを促す。

「そもそも『死神』に関する都市伝説ってね、かなーり歴史があって、それこそ七十年ぐらい昔からあるのよ」

 サルサルはそう言うと、お弁当の中から卵焼きを一つ取り出してみせる。

「説明するとね、例えばこの卵焼きを死神都市伝説とすると――」

 言いながら卵焼きを半分に分割する。

「――この右半分が一番最初の死神伝説、名前もテオーリアじゃなかった。ほとんど情報の残ってない『忘れ去られた死神』で――」

 左半分の卵焼きを箸でつつく。

「こっちが二代目の死神伝説、名前は『ペシミスト』、魂の蒐集者なんてあだ名もある」

 今度は左半分の卵焼きを箸でつついた。

「そんで最後のが――」

 サルサルは言いながら、半分に分割する際にでてしまった『ちっちゃい欠片』の卵焼きを持ち上げる。

「――三代目の死神伝説、ご存知『テオーリア』です」

「ちっちゃ!」

「うん。そもそも死神伝説の『死神』っていうのは『美しい魂を狩る者』ってポジションなのよ――」

 そう言って彼女は三つの卵焼きを綺麗に並べてみせる。

「――初代の死神は『飛び切り美しい魂』の対として現れたとか、で――」

 二つ目の卵焼きを指す。

「――二代目の『ペシミスト』は貪食な死神だった、何故なら彼には対となる『飛び切り美しい魂』が無かったから。彼は貪欲に魂を狩り続け、ついには地上から一切の美しい魂がなくなってしまったの。それで――」

 サルサルが小さな欠片を器用に挟んで持ち上げ、私の前に翳してみせる。

「――狩るべき魂の消えた世界に生まれた、死神伝説の残りカス。それが『テオーリア』よ」

 そう言って彼女は卵焼きを口に放り込んだ。

「残りカス?」

「そうカス、役目の無い死神。だから本来テオーリアはこの世界に顕在しないはずなの。だってこの世に美しい魂は、一つも残ってないからね」

 完全な初代、不完全な二代目、そして価値のない三代目。

「その……さっきから言ってる『美しい魂』ってなんなの?」

「さぁ……知らない、もうずっと昔に無くなった物って事しか――」

 パンパン、彼女が再び手を鳴らす。

「――つまりだよ、もし楓が昨日見た『空飛ぶ変人』がほんとうに『死神』だとしても、彼の目的は皆目検討がつかないんだよ」

 なぜ彼は顕在したのか?

 なぜ楓の前に現れたのか?

 これから彼は何を始めるのか?

 それとも何かをやり遂げたのか?

「ふむぅ」

 私は思わず変な声で唸ってしまう。

 なんだその都市伝説は。

 ちょっとさすがに意味不明過ぎる。

 そりゃ私だって、簡単にさくっとテオーリア会える、なんて甘い見通しを立ててたわけじゃない。

 けど、だ。

 都市伝説っていうのは、大抵はなんていうか……「面白い説明」がつき物だ。

 思わず納得しちゃうような、唸ってしまうような、どこか真実っぽさと嘘くささの混ざった不思議な噂話、大抵の都市伝説は普通そういったフォーマットに則っている。

 でも、サルサルが話す「テオーリア」には、嘘くささしかない。

 都市伝説として、明らかに破綻してる。

「あはは、そんな顔しないでよヒカル――」

 サルサルはそう言うと、私の肩をパシパシと軽く叩いてみせる。

「――大丈夫、手は無いわけじゃないから。一肌脱いであげるよ」

 そんな宣言をするとクルリと私に背を向け後方を、文芸部室の奥、テレビが設置されている隅へと目をやった。

 そこでは男性部員数名が、黙々とスマブラの対戦をしている。

 私が部室に入ってきた時からずっとその様子で、私達の会話には一切興味を示していなかった、けど。

「ヘイ! ボーイズ!」

 サルサルの呼びかけに、男達が一斉にこっちを向く。

 その動きはまるで軍隊みたいにピシッと揃った動きで、めちゃくちゃ怖かった。

「ボーイズ、今の話聞いてたよね」

 彼女の問いかけに、男達は「へい」とか「はい」とか、もごもごと答える。

「じゃあ、情報を集めてきて。ご褒美にそうね……耳かきをしてあげましょう」

 男達は彼女の言葉に、生気の無いような弱い頷きを返すと、ゾロゾロと部室から出て行く。

「え、ちょっとサルサル。良くないよこんな事」

 今サルサルが顎で使った男達には、彼女よりも上の学年の人も居た。

 っていうか、サルサルはここ「文芸部」に今年入ったばかりの、新入部員だったはず。

「良いって事よ、私の好意を遠慮するだなんて百年早いわよ」

 私はそういう意味で言ったんじゃなくて……と、思ったけど。

 言っても無駄そうなので飲みこむ事にした。




 

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