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嘆きのテオーリア  作者: 黒部雅美
第一話 心の中で私と
5/11

01

「『まだ死んでないよ』って?」

 私はその真っ黒な男に尋ねた。

 ボロボロのグズグズに崩れた黒い外套。

 赤錆で脆くなって、今にも壊れそうないくつかの装飾品。

 彼の顔の上半分は包帯でグルグル巻きに覆われていて、わずかに覗く瞳と口元からしか表情を伺えない。

「言葉通りの意味だ、人はいつか死ぬ。でも君が死ぬのは今では無かったようだね」

 彼はそう言って私に向かって手を伸ばした。

 私はめっちゃ緊張しながらその手を取ると、彼はクンっと私の手を引き、クロスバイクの上から起こしてくれた。

「貴方は――」

 立ち上がった私は、思わず一歩彼から離れる。

「――テオーリアですか?」

 都市伝説上の存在、亡失された死神、本当にそうなの?

 こんな異様な外見をした人間……人間?

「そうだ」

 短い返事。

「そうだ――って、え? 一体これって?」

 まだまだ混乱している私の脳味噌は、適当な質問を搾り出してくれない。

 都市伝説が、突然目の前に、そして私の命を助けてくれた?

「『答え』というのは大抵の物事には存在する、当たり前のように明確で簡単な答えがね。そんな当たり前な『答え』よりも、それを導くための『問い』の方が重要だと、そう思わないか?」

 死神はシニカルな微笑みを口元に浮かべると、私にそんな質問を投げてきた。

「え?」

「君の今の混乱も、僕に的確な『問い』を投げかけられれば解決する。そういう意味さ」

 難しいものだよな、言葉は不便で――半ば独り言のような口調で彼は最後にそう付け加えた。

「私に……気を使ってくれてるの?」

 彼の発言の意味は全然理解できてなかったけど。口ぶりからなんとなく、そんな気がした。

「そうだね、私は君を巻き込んでしまったようだし」

「巻き込むって?」

「これから始まる、酷い出来事にだよ」

 酷い出来事、そんな恐ろしい単語とは裏腹に、彼の口調は陽気だ。

 まるで、美術館の絵画を鑑賞してるみたいな、感動と興奮と暢気な気配が漂う口調だった。

「私は……どうなるの?」

 この時点で、もう私の中には1ミリだって現実感が残ってなくて。

 ただただこの非現実的な現象に浮かされて、浮き過ぎて、逆に冷静さを取り戻しつつあった。

 ありえない事ばかりで、心の堤防が崩れたみたいな?

「どうにもならないよ、君は君のままだ、僕は君の事を巻き込みたくは無いんだけどね。君は君であるから、これからの出来事に巻き込まれてしまう、私を触媒にしてね」

「私が、自分から、巻き込まれて行くの?」

「君はそれを望む、私にはそれを止める義務……いや、権利がない」

 テオーリアは夜空を見上げながら、嘆くようにそんな言葉を落とす。

「一体なんなの? その酷い出来事って」

「それが――」」

 テオーリアは私の方を見ない。

「――それが、本当に君の求める『答え』を導く『問い』だと思うのかい?」

「え? 違うって言うの?」

「どうだろうね。答えから遠ざかってしまう問いもある、それは君も知ってるだろう?」

「それって、どういう……」

「君が命を絶とうとしたのも、そして君のかつての友達が命を絶ったのも、そういう話だったとは思わないか?」

 その言葉で、私は思わず更に二歩後ろに下がってしまう。

 命を絶とうと?

 どうしてその事を?

 どうして、私の過去を?

「なんで……」

「今此処で全てに答えを出すのは簡単だ。何が起きてるのか、これから何が始まるのか、これまでに何があったのか、君はこれからどうなるのか、私はどこから来たのか。その全ての答えを私は提示する事ができる――」

 テオーリアは空に向けて言葉を投げかけ続ける。

「――でも、それは君の求める『答え』なのか? 君は本当にそれを知るべきなのかな?」

 彼はそこで視線を落とし、私を視る。

 まるで夜空をたっぷりと吸い取ったかのような深い紺の目玉が、私を覗き込んでいた。

「全ての物事が一つに収斂するというのは、人間の傲慢な思い込みだ。この世界は人間の感覚程度では扱えない出来事に満ちている、それを知れば知るほど個の世界は拡散し、個の存在は希薄になっていく」

 君も良く知っているだろう――彼はそう言って優しく微笑みかける。

 私はその問いかけに、何も返す事ができなかった。

 ただただ自分の右胸に手を当て、バクバクと早鐘を打つ心臓を、必死に押さえつけてるだけだった。

「怖がらなくても良い」

 テオーリアはそう言うと、突然身を翻して私に背を向けた。

「ま、待って……」

「『問い』については、次に会う時までの課題としておこう。安心すると良い、時間は幾らでもあるからね」

 ふわり、とまるで風に乗るように彼の体が浮かび上がる。

「待って、待ってください。課題って? 私は貴方の言ってる事の意味が一つだって理解できてないのに、そんな一方的にいろいろ言われても――」

 私は空に漂うその男に、追いすがるように言葉をぶつける。

「私の事を理解する必要はない、君が理解するべき事は、君自身についてだ」

 そう言うと彼は、崖の上から飛び出し、闇夜の宙を悠々と歩き出した。

「待って、待ってよテオーリアさん!」

 彼はもう私の言葉には答えなかった。

 ふわりふわりと中空を渡り、見る見るうちに遠ざかって行く。

「貴方は、何なの? 私の幻覚? これは夢? なんだって今更私はこんな幻を見なくちゃいけないの? 私はもう正常に戻ったのよ! もうあんな……でも、これは……」

 気がつくと、私の瞳からは涙が一筋流れ、それが頬を暖めた。

 私はそれを拭う。

 煮詰まった感情が濃縮されたような、血のような涙を。

 

 

 テオーリアの姿は、もうどこにも見えなかった。





 

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