ディバイド
「『網から外れた』ねぇ……観察者は殺されたんだろうか」
良く引き締まった筋肉質の体でありながら、やけに色白な肌をした「オメガ」は、ハイエースの運転席でそうぼやいた。
その特徴的な名前から予想できるように、彼は普通の人間ではない。
かつては彼もごく平凡な若者で、ありふれた名を持つ人間であった。が、「システム」と呼ばれる組織が彼を「サブアダルツ」と分類される化け物に変えた。
オメガは胸ポケットからタバコを取り出すと、それに火をつけ乱雑に吸い始める。
「クソが、まさか実戦になりゃしねぇよな」
彼はそうぼやくと、濃縮された真っ白な煙を吐き出した。
「俺単体じゃなくて、ディバイドとして要請が来たってことは……杞憂だと良いんだが」
オメガがそう言い終えた所で、コンコンと助手席のドアがノックされた。
「先輩……オメガ先輩!」
見ると分厚い毛皮のコートを着た小柄の女性が、コンビニのビニール袋を片手に、嬉しそうにドアを叩いている。
「開いてるぞ、さっそと入れ『アルファ』」
アルファと呼ばれたその女性は、バツが悪そうにヘラヘラと笑いながら助手席に乗り込んでくる。
「あ、タバコ吸いましたねオメガ先輩。車内は禁煙って言ったじゃないッスか」
「うるせーよ、それより飯買ってきたんだろうな」
オメガはそう言うと、彼女から乱暴にビニール袋を奪い取る。
「あ、ブリトーは私のッスよ、食べないでくださいね」
「なんだよブリトーって」
男は袋の中からおにぎりを二つ取り出し、残りを彼女に突っ返した。
「アルファてめー、飲み物が無いじゃねぇか」
「え? ちゃんと買ってあるじゃないッスか」
アルファは困惑した様子でそう言うと、袋の中からペットボトルを二本取り出して見せる。
「それ炭酸だろ、握り飯と炭酸は合わねぇだろうが」
「え? そうなんスか?」
オメガは不愉快そうに彼女から視線を外すと、お握りを包むラップを素早く剥き、意地汚く貪り始めた。
「……どうしたんスか? 先輩なんか今日機嫌悪いッスね」
ブリトーの包装を破きながら、アルファは心配そうにオメガの顔を覗き込んだ?
「不機嫌? 俺が?」
「不機嫌ッスね、そんなに今回の仕事ってヤバいんスか?」
「あぁ、そぅだな――」
オメガはそう言うと、海苔を口の中でバリバリと噛み締める。
わざとらしい磯臭さが鼻を抜け、それが彼の食欲を削った。
「――『ウィヴル』と『ギーブル』、相手は二人で、しかも人喰いだ」
嫌でも気が立つんだよ、オメガはそう言って口内のおにぎりを飲み込む。
「でもッスよ、あの二人って確か能力の発現にめっちゃキツい条件付けがされてたッスよね?」
「まぁな、だが観察者が消されたかもしれん。気を立てといて損は無いだろ」
「ふーん、成る程ね」
アルファは納得しような返事をすると、座席のシートにだらしなくもたれ掛かる。
「でもあれッスよ先輩、不機嫌な先輩の相手をする私の身にもなって欲しいっすね」
彼女は隣のオメガに聞こえないように、ブリトーを咀嚼しながら呟いた。