染谷健一
「分からないわ」
君はそういうと、口の中に一切れの含んだ。
綺麗な牙が肉に突き刺さる。
肉汁が鮮血のように染み出す。
ぞふり、と肉が噛み千切られ、ゆっくりと細くせん断されていく。
ばらばらに引き裂かれたその肉は、彼女の白く長い喉を滑り落ちてく。
「ねぇ」
君の言葉で、僕は視線を彼女の瞳に戻した。
「あなたは好きなの?」
僕はその意味を汲み取れ無くて、少し困ったように曖昧に微笑む。
彼女は冷めたため息を一つ吐き出すと、その美しい紫色の瞳で僕を射すくめた。
「……あなたはいつも食事に誘ってくれるのね」
「あぁ、まあ」
アメジストの様に高貴な瞳が、僕を覗き込む。
「どうして?」
「ええと」
僕が言いよどむと、君は薄く笑う。
「ずーっと私を見てるのね、なにも見てないくせに」
君はそう言って、またフォークを手にとって肉を口に運ぶ。咀嚼する。それが猶予であることが僕にはわかっている。
「君が……」
彼女の瞳は、未だ僕に向けられたままだ。
「君がね……」
「うん」
「君が何かを食べているところを見るのが、好きなんだ。僕は」
そう、と君は然程の興味も無さそうに、そうなの、と短く答えた。
「もう少し、何かあるのかと思っていたけれど。やはりその程度なのかしらね、貴方は」
君は美しかった。新雪のような肌。猛禽類のような気品溢れるしなやかさ。そして何よりその瞳。紫金の瞳。人に許される中でもっとも深い紫金。血によって継がれるのだというその紫金は、光の下限で砂金を散りばめたかのような輝きを孕む。
君は僕がこれまで見た中で最も美しく、これからも君よりも美しい生き物を見ることは無いだろう。そんな並外れた美しさだ。
君のような御伽噺の登場人物が、ありふれた現実の世界の、ありふれた現実の大学に居るのだから、残酷な話だった。
群れなす男たちをきにかけること無く、君は悠然と、嵐の中の狼のように存在していた。
僕のような男が、どうして君に話しかけることができたのか。思い出せない。
「ねぇ」
彼女が僕を見つめる。心すらも透して魂まで届くようなまなざしに、僕は俯く。
「先に言っておくけど、私は貴方から何も奪わないわよ」
それから――それから君は、ぞっとするような微笑を浮かべて、僕の指が足りている方の手をとった。