テオーリア
雨が降りしきる。
全ての音を掻き消すように。
世界を覆い隠すような音色を伴って。
丁度ひと肌程の温もりを持つその滴は、私にとっては些か暖かく、まるで羽衣の様であった。
私は静かに、その繊細な水のヴェールを壊さぬように歩く。
雨によって薄められ、孤立が濃くなった世界。
そんな世界の中心へと、僕は歩み寄って行く。
そこでは、美しい怪物が死んでいた。
割れた額からは夥しい量の血がながれ、それが雨と混ざり合い流れる。
体の節々から突き出した骨が、まるで睡蓮の花弁のように空へと伸びていた。
「結局は、こういう結末にしかたどり着けないのか」
怪物の美しい黒髪に、幾筋もの血線が流れていく。
すべてが静寂の中で、すべてが儚い幻想のような美の内で。
そしてすべてが虚無の中に在った。
「消えてしまうのは簡単だ。でもそれは、あまりにも切ない、私には選べないよ」
私のその言葉も、胸の中の思いも。
この頬を伝う涙と同様に、雨に溶かされ淡く希釈されて行く。
「さよなら、哀しき大蛇よ」
私は怪物に背を向けると、雨のヴェールの中へと霧散して行った。
『テオーリア』
そう呼ばれる者の事を知ってるかい?
それは狂った都市伝説の一つ。
発祥も由来も本質も忘れ去られ、それでも消えることの許されなかった噂話。
すっかり煮詰まって濁り切ったその「灰汁」のような都市伝説は、今も語り継がれている。
テオーリア、それは古い死神の名前。
狩るべき者を狩りつくしてしまった死神。
もはや役目を終え、存在意義を失った者。
それでも彼は亡失を許されず、まるで地縛霊のようにこの世を「眺め」続けている。