不思議な女の子
オークとオーガだとオークのほうが有名ですよね。両者の違いというのは何なんでしょうね。
「・・・」
それまでバービー人形とゴジラとレゴブロックで、
「おおう!おうおう!あんぎゃー!しぼぼぼぼぼ!ぼぼーん!!」
と、狂ったような奇声を上げて遊んでいた娘の声が急に聞こえなくなった。
急なことで不思議に思って僕は何かあったのかとそちらを見ると、
「おっと!」
椅子に座っている僕の膝に娘の芙衣乃が両手で掴まっていて、こちらを見ていた。
「何だびっくりした。どうしたの?フー」
「ぱぴー・・・」
芙衣乃はその時、なんだろう・・・僕のズボンを掴みながらとても悲痛な声を上げた。まるでこの世の終わりみたいな。
「どうした?お腹が痛いのか?」
僕は心配になった。
しかし娘は僕のズボンを両手で掴んだままフルフルと首を左右に振った。娘の首の振る勢いに対して娘の髪の毛は遅れて動いて、それで娘の顔に髪が何度もペちんペちんってなっていた。
「じゃあ、どうしたの?」
その日、母親は高校の同窓会とかいうまったく意味の分からないものに行っていた為に不在であった。
まず、どうしてああいうものに行きたがるのか僕には分からない。第一、僕のイメージとしては学生時代の同窓会というのは単なる『不倫の発生の温床』である。
ちなみに妻と僕は同い年だ。しかも同じ同窓生だが、僕は同窓会には行っていない。だって面倒くさいのだ。あいにくと僕には誰かとあの当時を懐かしむような機能が付いていない。それに何を話せばいいのかわからない。あと、このように娘も居るし。
だからそのハガキを見ながら『すごい懐かしい話をしたい感』を出していた妻に気兼ねなく行ってくるように促して、娘は僕が見るという今の形になったわけ。
で、
「パピー、私、ドーナツ食べたい、ミスドの」
娘は僕のズボンに掴まったまま、そのような事を言い出した。
「おおっと、そうかあ~」
僕はパソコンの画面に表示されていた自分の仕事の進捗状況を確認した。
「・・・」
全然進んでねえ。
これはドーナツどころの話じゃない気がする。うかうかしていたら僕がドーナツになるか、その具材になるか、あるいはパイの具材になるか。そんな感じだった。
「フー、あーっとねえ・・・」
「パピー・・・」
みると娘の目は潤んでいた。まずいと思った。その時僕は色々とまずいと思った。まず第一に、フーがココで泣き出したら困ると言うこと。で、もし泣いた為に僕がフーにドーナツを買ってあげたら、今後同じような方法でフーに付け入る隙を与えてしまうと言う事。更に、フーにドーナツを食べさせていいのか僕は知らないと言う事。勿論フー自身はもうドーナツを食べても大丈夫な年齢だ。それはいい。でも僕の奥さんはフーの成長の事をとても考えていて、とても気遣っている。それは・・・何だろう、ちょっと・・・いや、ちょっとどころではない。
かなり神経質だ。
僕の奥さんはもう、そういうののかなり天井に近いろころにいる。
と僕は思う。
あれであとはオーガニックとか言い出したらオーガニック女になる、というすでにその辺りまでは来ている。具体的な事を言うと、奥さんは娘に自分の手作りのものしか食べさせない。あと買い食いとかをしないし、させない。
「何が入っているか分からないじゃない!」
とか言う。
だから我が家では芙衣乃が生まれてからフードコートも道の駅も縁日も外食も無くなった。
だが僕や妻自身はそういう制約がない。
現に奥さんは同窓会に行っている。
妻は芙衣乃に対してだけ、そのような事をとても大変気遣っている。もはやそれは絶対的なルールになっていた。ルールオブライフだった。僕や妻はもう成長しないけど、でも今年五歳になるフーはまだまだ成長の途中、その過程の中でわけのわからないものを入れてフーがどうにかなったらどうするつもりだ!
と、まあそういうことだと思う。
つまり妻は『オーガニック女』ではまだギリギリないんだけど、でも僕から言わせたら既にオーガだった。ニックは遅かれ早かれ付属されるよきっと。
それも娘に対してだけ。
「パピー・・・」
だからもし今日僕がフーにミスドのドーナツを買い与えて、それで彼女の服とかにゴールデンチョコレートとかのあの金の粒とかが付着して、それがもしも、
もしも妻に、
オーガ妻にバレたら・・・、
僕はおそらく殺される。
で、その後風呂場で解体されるとか、ドライアイスで死亡時刻を調整されるとか、自殺に見せかけて車で崖から落とされるとか、
そういうことをされる。
そんなの嫌だ。
何が楽しくて死んだあとにそのような事をされなくてはいけないのか?
「ドーナツ・・・」
しかし・・・普段あまり構ってあげれていない娘の、フーのお願いするその顔、その顔を見ていたら僕はなんだか・・・、
「あー!」
僕はキーボードを鍵盤のように叩いて、叫んだ。
「よし、行こうか!」
僕は立ち上がって言った。
「しゃー!」
膝にくっついていた娘はだっこちゃん人形のように膝にしがみついてそう言った。
いつかこのことがバレて妻に殺されたとしても、それは仕方のないことだ。娘がそれ、その時の光景を見て、それから何かを学んでくれたらそれでいい。僕はそう思うことにした。
・・・でも本当に殺されたらどうしようとも思っていた。
✽
手をつないで二人でミスドがある駅前まで来ると、フーが突然、
「パピー、フーね、菜箸も欲しい」
そう言った。
「え?は?菜箸?」
僕が言うと、フーは繋いでいない方の手である方向を指さした。
「ダイソー」
そこにはダイソーがあった。あそこで菜箸が100円+消費税で買えるということらしい。それは僕もわかるけど、でもどうして菜箸なんだ急に?
「菜箸を何に使うの?」
僕はしゃがんでフーに言った。
「・・・」
フーは不思議そうな顔で僕を見ていた。一体何を言っているのだこの父という種類の男は?みたいな顔。
「菜箸何に使うの?っていうか菜箸ってよく知っているね?そんな言葉」
僕は言った。そういえばそうだ、菜箸ってなんで知ってるのだろう?僕だって一人暮らしをした期間がなかったらきっと一生知らなかっただろうに。
「長い箸」
フーは言った。
「うん、長い箸だけど、でもその箸を何に使うの?」
巷では色々な子供の遊具の角の尖った部分が丸くなっていると聞く。子供の失明とかを防ぐためらしい。でも菜箸は細長い。それは間違いなく五歳の子供に買い与えるものではない気がした。おそらくこれが奥さんだったらキレまくっているだろう。そしてそれを僕が買い与えたことを知った今度こそ、その時こそ、殺されるだろう。
今度は通り魔に見せかけて道で刺されるかもしれないし、道路に突き飛ばされるかもしれない、あるいは保険金をかけてから食事にヒ素を入れられるかもしれない。
保険金の受取人は勿論妻だ。
僕はそのような想像を巡らせた。おしっこが出そうになった。
「ねえ、フー、ドーナツはまあ、食べたらね、無くなるけど、でも菜箸はね・・・」
だからそんなことを言いながらフーを見ると、
「・・・」
フーの目がレイプ目になっていた。
「・・・」
✽
フーはミスドでドーナツを食べつつ、何か袋をガサガサしていた。僕はその向かいに座ってコーヒーを飲んでいた。ミスドはコーヒーが飲めまくるのがいい。いい。最高だ。今後のことを考えると、僕のコーヒーを飲む手は止まらなかった。妻が、オーガ妻のことを考えるともう・・・、
このコーヒーが最後の食事になるかもしれないと思った。
「パピー開けてー」
気が付くとフーがテーブルの向こうから手を差し出していた。その手には今しがた買ってきたばかりの菜箸が握られている。
「何するの?」
僕は言った。ドキドキしながら言った。
「うん、開けて欲しいの」
フーは一体何をするつもりなのか?
僕はこの際『フーとの楽しい思い出をたくさん作ろう、そんで死んだらまあ成仏できるかもしれない』と、そう考えていたので、菜箸の袋を開けた。
「はい、気をつけて」
そう言ってフーに菜箸を手渡した。
「さんきゅーそーまっち」
フーはそう言うと、僕の手から菜箸を受け取り、そしてお皿に載っていたポンデリングのいちごのやつを掴んで、それを菜箸に刺した。
「・・・何、しているの?」
僕は言った。
「んふふ」
フーは、その菜箸に刺さったポンデリングのいちごを見て、なんか満足そうに笑った。ポンデリングを見て笑ってから、僕を見て笑った。
「これ」
フーはその菜箸に刺さったポンデリングを僕にくれた。
「あ、ありがとう」
僕は菜箸を受け取っては見たものの、やはり意味が分からずにそれを掴んだまま固まっていた。
その後、もう一本の菜箸に同じようなことをしだして、
「フー?これは何?」
「パピー、これ何に見える?」
フーは言った。
「なんだろう・・・」
いや、本当になんだろう?これは子供に対するその優しさの儀式とか、そういうのじゃなくて、普通に、普通にこれはなんだろうか?
「魔法のステッキ」
フーは言った。
「あー」
僕は自分の持っている菜箸とポンデリングを改めて見た。まあ・・・いや、どう見ても菜箸にポンデリングが刺さっているだけなんだけど。
すると、
「TEKUMAKUMAYAKONTEKUMAKUMAYAKON」
待ってましたと言わんばかりにフーはそう歌うように言って、それでその菜箸に刺さったポンデリングを宙に振った。僕の目の前で、ミスドの店内で、店員もいるだろうし、他のお客さんもいるし、駅前だから店の前にも人がたくさん行き来していたし、
そんな中でフーはそれを振った。菜箸に刺さったポンデリングを振った。
「TEKUMAKUMAYAKONTEKUMAKUMAYAKON」
って言いながら、
すると次の瞬間、、
店の前の道路の下からコンクリートを突き破って何かの巨大な怪獣が出現した。
「あんぎゃー」とか言いながら出現した。
僕はそれを見て固まった。
皆も、その怪物を見て固まっていたと思う。
娘だけは違ったかもしれないけど。
「あぎゃー!」
怪物は叫んでいる。
僕はそれまで娘の外食の事とか妻のオーガの事とか仕事の進捗の事とか菜箸の問題性の事とか、様々なことを重要視して心配していたけど、でも、その時、そういう諸々の事が色々とどうでも良くなった。
「うおー」
見ると娘はドーナツを頬張りながらそれを見て興奮していた。
でも、
娘のことを僕は愛している。
あと妻のことも。
絶対にそれだけは嘘じゃない。
本当に。
前作魔法とかぶっている感があります。わかっています。