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菌界の絵師オトハとキノコの娘たち  作者: たまり
第一茸 家の近くで出会えるキノコの娘たち
9/19

 食料、だから少女はキノコを目指す

 オトハの家は村で唯一のレストランを営んでいる。


 それも「地元の新鮮な食材を使った本格フレンチの店」として、ちょっとは知られているだとか。

 低農薬の取れたて野菜と卵にチキン、そして近くの山で取れた季節のキノコ料理――。それを目当てに常連客だけでなく、SNSや口コミで噂を聞きつけて遠くからわざわざ足を運んで食べに来てくれるお客さんも多いのだという。


 昼間はランチメニューで近所の奥様たちの憩いの場、夕方から本格フレンチ店に変わるという営業スタイルをとっていて、丁度今はディナータイムの前の仕込みの時間でもあった。


 古民家を改装した店の概内を見回しても、ディナーの予約開始時間よりも早い、5時前という事もあり、席についている「お客さん」はオトハと同級生の樹乃香(キノカ)だけだった。


 店の中は香ばしいデミソースの香りが漂い、オトハの空腹感を刺激する。


 オトハにとってここは両親の「仕事場」であり、美味しいとか料理がどうだとか、正直そんな事にはあまり興味が無かった。

 年頃の男子の多くがそうであるように両親とは必要なこと以外話さないし、話したいとも思っていなかった。


 けれど――。今は少しだけ違っていた。


 きっかけは「キノコ」という、地味でおよそ親子の共通の話題には登らないであろう、小さな生き物が与えてくれた。

 アミガサタケの「モリーユ」。

 フランス料理では一般的な食材であり、シェフの父にとっては天の恵みであり、オトハにとってはつい先刻、出会って友達(・・)になったばかりの「キノコの娘」だった。


 そして今、オトハの目の前には人間の少女が座っていた。


 庭先で取れたという「天の恵み」を店に届けてくれた少女――樹乃香(キノカ)


 キノコを通じて出来た小さな出会いがきっかけで、普段は話した事も無い女子と、二人で向かい合いのディナータイム……、という展開になってしまったのだ。


「いっ……いただきます!」


 ぎこちない様子で、夕飯を食べ始めるオトハ。


 その対面に座る黒髪を肩口で切りそろえた地味な少女、樹乃香(キノカ)は、目の前に並んだ料理に目を丸くしていた。

 レストランのランチメニューの余り物といっても、子羊のロースト肉に季節の温野菜、それにコーンープ。おまけにデザートとして春のサクラ色ゼリーまである。完全なコース料理の「余りもの」だ。


「い、いいのかな……その……、こんなに立派な」

「いいんじゃない。母さんも父さんもいいって言ってるんだし、食べれば?」


 オトハはご飯にコロッケを乗せてソースをかけると、一心不乱に食べ始めた。まかない料理で、とりあえず腹に入ればいいというコンセプトだ。


 樹乃香(キノカ)はオトハのそんな様子をみて、すこし安心したように料理を一切れ、口へと運んだ。

 

 その瞬間――。


「う……んまっ!? えっ!? 何これ……美味しいよぉおおっ!?」


 樹乃香(キノカ)が「くわっ!」と目を見開き、この世にこんな美味しいものがあるのかという様子で、かきこみ始めた。

 

 もはや恥じらいとか女子力とか、そんなものはどうでもいいとばかりに目の色を変えて、猛烈な勢いで胃袋に収めてゆく。

 目の端には感動の涙を浮かべ、鼻水も垂れそうだ。


 なんというか……最初の「大人しくて地味」というイメージが崩れてゆく。オトハは唖然としていたが、やがてハッとして、負けじとご飯を胃袋に収めはじめた。


 クラスでは目の前が黒板という席のオトハと、遥か後方、掃除用具入れの前という樹乃香(キノカ)

 二人はいわゆる「窓際後ろから二番目」といったような主人公席(・・・・)とは無縁だった。

 大人しくクラスでも目立たない存在、それはオトハも似たようなものだ。

 目立たず、疎まれず、望まれず。そんな風に学校生活を過ごしてきた。

 

 けれど、何故だかこうして二人、ご飯を食べている。


 ……そのきっかけは、キノコなのだけれど。


「そんなに、美味しい?」

 思わずオトハが漏らす。


「えっ!? ……あ、あげないよ」

「いや、……僕はいらないけど……さ。アハハ」

 がっと皿を渡すまいとする樹乃香(キノカ)

 それが本気なのかギャグなのか、オトハは計りかねたが、こういうときはとりあえず「笑えばいい」というぐらいの処世術は身に着けていた。


「ご、ごめんね……その、オ、オトハくん……。わたし、今日初めてのゴハンで、つい」


「えっ!?」

「うち……貧乏だから」

「いや……うん、そうなの?」

「うん」


 もぐもぐと咀嚼しながらオトハと樹乃香(キノカ)の間に微妙な空気が流れる。なんとも重い告白だった。


 何か話さなきゃ、何か……と。オトハは頭を回転させる。もともと共通の話題など無い上に、女の子とこうして面と向かって食事することなど、正直初めての経験なのだ。

 

 けれど、一つ閃いた。


「お腹が空いているなら、またキノコを取ってウチに持ってくれば、ごはんがもらえるよ、うん……」

「いえ! でも……そんな!」


 樹乃香(キノカ)。が顔を赤くして手のひらをぶんぶんと振る。

 流石にそこまで厚かましくはなれないのだろうか。


「確かウチのレストランさ、確かいろんなキノコ料理出してるんだけど、地元のキノコってなかなか市場には出なくて困ってる、って父さんが言ってたよ」


 季節のキノコは食材としては魅力的だが、その供給は地元の「キノコ採り名人」などに頼るしかない。

 しかもそういう人物は換金が目当てであり、しかもプライドが高く、最上級の獲物(・・)でないと店に持ってこない、と父がぼやいていたことを思い出したのだ。

 

 最上級の獲物とはつまり、マツタケや本シメジ、舞茸など。名の知れた超一流(・・・)のものだ。

 かれら名人は、樹乃香(キノカ)が持ってきてくれたような、アミガサタケのモリーユのような、言わばマイナーなキノコには目もくれず、採集の対象にすらならないのだ。


「ふ……ふうん? そ、そうなんだ」

「だからさ、また珍しいキノコを採ってきて……売っちゃえば?」


 オトハが悪戯っぽい笑みを浮かべて小声で言う。


「売る……、でも、そんな」


 戸惑いの表情を浮かべるが、考えてはいるようだった。お金にならなくてもこうして夕飯を食べれれば、樹乃香(キノカ)にとってはいい事のような気もするし……と、オトハは思った。

 と、そこへパタパタとメイド服姿の母が小皿を二つ持ってやってきた。


「はいはいー! これは……二人への私からのおごり! きのこのパスタよ! 少しだけど味見してみて」


 それはキノコの入ったパスタ料理だった。ガーリックペッパーとバターの香りが香ばしい白い色のパスタの上には茶色いキノコが幾つか散りばめられていた。


「え!? これ……僕らに?」

「い、いえいえ! そんな!」


 樹乃香(キノカ)があわあわと目を白黒させるが、食べた事の無いような西洋料理を目の前に目が釘付けでヨダレを垂らさんばかりだ。


 普段どんな食生活なのか気になるが、おごりというのだから食べて欲しい。


「もちろんよー! オトきゅんにお友達が……しかも女の子が! 遊びに来てくれたお祝いだもの」

「うぉい!?」


 顔を真っ赤にして叫ぶオトハだったが、母の中ではそういう事になっているらしい。

 樹乃香(キノカ)も同じような反応で耳まで赤くなっている。

 

「さあさぁ、食べて頂戴ね。地元のキノコじゃないけれど、オトきゅんなら……これ、何のキノコかわかるかしら」


 挑戦的な母の口調。


 思わずむっ……として、パスタの上のキノコに目を向けるが……残念ながらオトハ自身、キノコにそんなに詳しいわけではない。

 

 スマホにインストールされている「キノコの娘」アプリの力で、知識を得ているに過ぎないのだ。しかもこれは調理済み。


 料理前のキノコでもあれば写真をとって、画像照合機能で種類が判るだろうけど。


「う……うぬぅ……」

「ヤマドリタケ (山鳥茸)、ですね。ポルチーニって、イタリアで呼ばれている」


「詳しッ!?」


 オトハが愕然とする。

 フレンチ店でイタリアンパスタという点にはツッコミを入れたいところだが、まぁ西洋料理の括りの中では似たようなものなのだろう。


「おー!? 樹乃香(キノカ)ちゃん詳しい! すごい、そのとーり。ポルチーニ。残念ながらこれは輸入物の水煮(・・)だけど……。日本でも採れるのかしら?」

「……秋になると高山性針葉樹の森に生えますね」


 樹乃香(キノカ)がキリッと眉を吊り上げて言う。

 オトハもオトハの母も同時に、「おー!?」と、同じような顔つきで拍手をした。そこは流石は母子といったタイミングだ。


「すごいわねぇ樹乃香(キノカ)ちゃん、女の子なのに……どうしてそんなに詳しいの?」


「はい、だって……。食べられるものなら、何でも食べますからウチ」

「そ……、そう」


 悲しい貧乏少女、樹乃香(キノカ)


 おそらく生きるために、食べられるキノコや木の実を取って食べているのだろう。そうなれば必然的に知識も溜まる。

 

 とんでもない逸材が、近くに居たものである。


「とにかく冷めないうちに食べてね!」


 母はそう言うと、そろそろやってくるはずの予約客の名前の書かれたホワイトボードを確認し始めた。


 オトハはパスタを口にする。具材はシンプルにヤマドリタケのみ。色は少し茶色く肉は白い。歯ごたえがあり塩味と焦がしバターの風味が付いていてとても美味しい。


 ――そうだ……! こんどはこのキノコで。


 オトハは残りのパスタを平らげながら、スマホをポケットから取り出した。


「それ、オトハくんの?」

「うん。キノカ……さん、もしかして」


 思わず名を呼んでしまい「さん」付けして誤魔化すが、キノカは気にしていない風だ。


「うち、黒い固定電話しかないよ。契約していないけど」

「…………そう」


 会話はそこで止まる。恐るべし会話ストッパー、キノカ。


 オトハも無言でスマホの画面をタップする。

 今食べているキノコの写真はないけれど、「ヤマドリタケ (山鳥茸)」で検索して、向こうの世界に「跳べ」ないか試してみようと思ったのだ。


 ポルチーニと呼ばれる。ヤマドリタケのキノコの娘、一体どんな娘なんだろう?


 オトハの胸は再び高鳴りを覚えていた。


<つづく>

 

【さくしゃより】

 はい、次回はついにヤマドリタケのキノコの娘、登場です♪


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