遭遇、春のモリーユ3人娘 ~モリーユ・コニカ~
学校帰りにフラリと「菌界」にやって来たオトハは、アミガサタケのキノコの娘、モリーユと出合った。
……ここまでは良い。安定のボーイ・ミーツ・キノコだ。
そして、暖かい春の陽気に誘われるかのように、「ダンスを踊りましょう!」と誘ってきたのはモリーユで、まるでおとぎ話の主人公になったような気持ちで、とっても素敵な感じがする。
が――。
淡く可憐な花びらを散らす桜の木の下で、ぎこちないダンスをしようとしていた二人の前に現れたのは、新たなる「キノコの娘」たちだった。
トガリアミガサタケのキノコの娘――モリーユ・コニカ。
シャグマアミガサタケのキノコの娘――シャグマ・エスクレンタ。
オトハが手に持ったスマホの画面に表示された名前を見て、三人の顔を見比べる。
同じモリーユ族の名を持つ「コニカ」は、モリーユの双子らしい。
瞳の色は黄緑色、赤い光を放っていているのはモリーユと同じだ。
個性的に盛られた髪は、暗褐色で複雑に編み込みながら上方に立ち上げられていて、モリーユの髪よりも先端がすこし尖っているように見えた。
全体的に色の濃い茶褐色の服を着て、首周りにはファーがあしらわれている。
右手につけたアームスリーブは、「モリーユ」が左手に着けていたので、まるで映し鏡のような姿形だ。
もう一人、その横で不敵に笑っているのは「シャグマ・エスクレンタ」。
見た目は二人とはちがうワイルドな感じで、
「ヒャッハー!」なモヒカン世紀末みたいな雰囲気のキノコの娘は、瞳は真紅で強烈な赤い光を放っていた。
ツリ目で睫毛と眉毛がやたら濃く 胸元に有るのはクマの足型の刺青。
手袋もブーツもクマの手足のようなデザインのもので、とにかくワイルドな感じがする。
「やぁ! 妹がお世話になったみたいだね、少年!」
背の高いトンガリ頭のほうが、凛とした声で場を制した。
コニカははっきりと通る声でそう言うと近づき、オトハの肩をぽーんと叩く。
「あ! いや、その……僕もまだモリーユとは知り合ったばかりで」
オドオドと初対面のキノコの娘に対して照れるオトハだが、既に「知り合った」アミガサタケのモリーユの姉と聞いて、程なく表情を緩めた。
背丈はモリーユよりも若干高く、話す調子も姐御を思わせるものだ。似ているのはフランス語のような独特の訛りがあることだろうか。
アミガサタケという名を関している以上、モリーユの言うとおり「三姉妹」なのだろう。
だけど、キノコの姉妹って……どういう意味?
オトハはやっぱり首を捻る。
「上等上等! それならアタシとも友達だよね!? うんっ!」
「え、あ、はい……?」
若干気が早い性格なのか、妹からオトハを奪いとり、ぐっと肩を抱き寄せて明るい笑顔を向けるコニカ。
もうコニカの中ではオトハと「友達」らしい。
モリーユは若干顔を引き攣らせているが、おっとりした性格なのか「折角できた人間の友人」を力ずくで取り返すという事は出来ないようだ。
「んー? 少年、もじもじしてるね? どした」
「あ、あ……あの」
――あ、当たってる! 胸が! キノコなのに、む……胸が!?
ぐいぐいと胸が遠慮なくオトハに押し付けられているが、コニカは気にしている様子は無い。そもそもキノコに何故胸があるのかを考え始めると生物学の枠を越えて哲学的な領域に足を踏み入れそうだったので、オトハは考えないことにした。
兎に角、今は胸の感触に脳幹が支配されそうなのだ。
先日のナメコといい、リアル世界では彼女は愚か友達すら居るか怪しいオトハなのに、この世界では胸に縁があるようだ。……菌類の胸ではあるが、胸は胸だ。ムニムニとした感触にしばし戸惑う。
確かにコニカとモリーユはかなりグラマラスな身体をしている。自然素材の布地で作られたドレスで身を包んでいるだけなので、綺麗なボディラインも露で、胸元もかなり大胆だ。
思わずコニカの胸元に目が行くオトハだったが、驚くべき事実に愕然とする。
――下着、付けてない!?
健全な男子なら鼻血を出してもおかしく無い事態だ。
付け忘れたとか、落としたとか、そんなチャチなものじゃない事を、オトハは本能で感じ取った。
このキノコの娘、少なくともコニカは下着を着けていない! 思い返せば先日のナメコもそうだった……。
ということは……あの淑やかで清純そうなモリーユも!?
オトハは目線を静かにモリーユに向けた。
「……えっち」
モリーユは頬を膨らませていた。さっ、と胸もとを隠す辺りオトハの邪な目線はバレバレのようだ。
「ちっ!? モリーユ違っ! 違うよ!?」
オトハは必死で身をよじり、コニカの抱擁の呪縛から逃れようとした。だが、腕はガッシリとコニカに妻かまれたままだ。
「コニカ、離してよ! オトハは私の友達なの!」
「わ、モリーユ!?」
今度はモリーユが反対側の腕を捕まえる。左右からアミガサタケ姉妹に腕をつかまれて、オトハ捕獲された宇宙人のような格好で悲鳴をあげた。
「モリーユ、独り占めは良くないな! 私達姉妹でしょう?」
「姉妹でも譲れません」
「いてて……!」
トンガリ頭のコニカとモリーユが、赤い視線をぶつけ合う。
ギリギリとキノコの娘に引っ張られるオトハ。女子達の取り合いに巻き込まれるというのは男の夢であり、オトハもさぞ幸せか……と思われたが、そうでもないらしい。
「人間に『知られる事』が私達の目的なんだから、みんなで仲良くしよーよ!」
「オトハは少なくとも興味を持ってくれていますっ!」
コニカの「知られる事」という言葉が脳裏に引っかかるが、オトハは困り果てた。
だが、この瞬間を虎視眈々と狙っていた人物が、そこで声を張り上げた。
「よぉおおおし! よくやったコニカ、モリーユ! しっかり押さえとけよ!」
クマのような印象のキノコの娘、シャグマがついに動いた。
「オレ様の毒で、……唇で、その人間の少年、身も心も奪ってやるよ!」
キシャァ! と双眸がギラリとした真っ赤な光を放つ。
「やめな! シャグマ!」
「だめよ! そんな……」
「コニカもモリーユも、言ってないんだろ? オレたち姉妹が『毒』アリだって事をさ」
ニィ、と凶悪な表情で姉妹を睨みつける。
「シャグマ、あんたね!」
「シャグマ!?」
コニカが眉を吊り上げて怒り、モリーユが悲しげに眉を曲げた。二人は掴んでいたオトハの手を離すと、今度はオトハの盾になるかのように立ち塞がった。
シャグマと二人の姉妹は互いに睨みあい、今にも掴み合いが始まりそうだ。
「な……、なんなのさ!? それに……毒って、毒ってなにさモリーユ! さっき外国では食べられてるって……」
「オトハ……それは」
オトハの声にモリーユは、赤い光を帯びた瞳を僅かに曇らせた。
<つづく>