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菌界の絵師オトハとキノコの娘たち  作者: たまり
第一茸 家の近くで出会えるキノコの娘たち
5/19

 遭遇、春のモリーユ3人娘 ~モリーユ・エスクレンタ~

「私のことを誰も知らない……、言葉通りの意味ですよ?」


 どこかフランス語を思わせる耳障りのよい不思議なイントネーション。


 アミガサタケの妖精、モリーユ・エスクレンタは静かに微笑むと、オトハの頭を優しく撫でた。


 髪を()いてゆく細い指先にドキリとし、おまけに膝枕(ひざまくら)はマシュマロのように柔らかく、思わず顔を反転させてスリスリとしたい衝動に駆られる。流石にそれは自重するが、あまりの心地よさに、オトハはこのまま寝ていようかと思い始めていた。


 けれどアミガサタケの妖精――キノコ娘のモリーユ――に興味が湧いたのも同時だった。


「なら、今から知ればいいよね? 教えてよ君の事、いろいろ知りたいんだ」

「まぁ! ……嬉しいわ」


 オトハは身を起こし、辺りを見回した。


 そこは見通しのよい広場のような場所だった。大きな桜の木が近くに生えていて、散り始めた桜が風に淡い花びらを散らしている。空は霞のかかったような春先の青。


 寝ていた場所は芝生のような短い草に覆われている。ここは日当たりもよくて、昼寝をするにはとても良さそうだ。


 先日出逢ったナメコの妖精「滑木舐子(ヌメリギナメコ)」の湿った森とは少し様子が違っていた。

 

 ――これって、キノコが生える場所が違うってことなんだよね?


 オトハはなんとなくそう理解する。

 

 ナメコは山の沢沿いの朽木の上で暮らしていると言ってた。となればアミガサタケのモリーユはこんな開けた明るい場所に居る、という事なのだろう。


 次にオトハは介抱してくれたモリーユと名乗る少女に目を向ける。まず目に付くのはその頭、というか髪型だ。

 髪は黄土色で複雑にからみ合った網目状になっていて、中世ヨーロッパの貴婦人が高く結い上げた髪型にも似ていた。


「あまり見られると恥ずかしいですわ。他の()とは違いますものね?」


 モリーユが照れたように目を細める。


「あ? いや、ゴメン。他の()っての、あまり知らないんだけど……、頭がぬるぬるした粘液の()は知ってるよ」

「ぬる……あぁ! ナメコさんですね? 人間界(ミドゥ・ヘイム)では広く知られているみたいで何処にでも行けるんですよね、羨ましいですわ」


「何処にでも……行ける?」

「ご存知無いのですか? 私達、キノコの娘は、人間界(ミドゥ・ヘイム)の方々に、より多く認識される事で、世界を自由に動けるようになるのです」


「え!? そ、そうなんだ?」


 オトハはモリーユの言葉に初めて「世界を行き来する理由(ワケ)」を知った気がした。


 キノコという普段ならあまり目もくれないようなちっぽけな存在に、多くの人間たちが興味を持ち目を向けることで、開けてゆく世界もある……という事なのだろうか。


 神様がそういった目的の為に、「菌界(シェイニ・ヘイム)」と「人間界(ミドゥ・ヘイム)」を自在に往来できる不思議な『アプリ』を創ったというのなら、少し納得もいく。


 と――。


「貴方の名前、聞いておりませんでしたね」


 ぼんやりと世界の仕組みに思いを馳せるオトハの目線を追うように、モリーユが身を屈めて顔を覗き込んだ。


「僕はオトハ。公園で君を見つけて写真を撮ったんだ、それでここに来たんだよ」

「まぁ、嬉しい! 私のことキモチワルイって、蹴飛ばす人間も多いのですよ?」

「ひどいなぁ」

「でも、知られないということは、そういうコトなのです」


 少し悲しそうにモリーユは小首をかしげた。


 確かに、キノコはボコボコと穴だらけで、あまり気味の良い物では無かった。けれどこうして「キノコの娘」として目の前に現れれば、印象はまるで変わってくる。


 オトハは改めて目の前のモリーユを眺めた。


 背丈はそんなに大きくは見えないが、159センチのオトハよりは背は高そうだ。

 服装は白い左右非対称の複雑な構造のドレスを着ていて、外国の映画に出てくる女優さんのような印象だ。

 左肩は露出していて左腕にはゆったりしたアームスリーブを着けている。


 そして、なんと足下は素足だった。

 なんというか、やはりこの娘もかなり個性的なようだ。


「う、うん。見た目が個性的だと、どうしても……距離を置かれちゃうもんね」


 言葉を選ぶようにオトハが言うが、それは自分自身にもいえることだった。オトハの場合は髪型や服装ではなく、「絵」の事だが。


「けれど、私だって……、とても美味しいのですよ!」

「え? 君、モリーユは食べられるの?」


 オトハが驚く。

 それもそのはずだ。公園で見た穴ボコだらけの茶色の傘は正直「毒」があるものだとばかり思っていたからだ。


「はい! 海の向こうの人間の国……えと、たしかフランス? では、皆に食べてもらえているんですよ」

「そうなんだ!」


 確かにモリーユの言うとおり、フランス料理では「モリーユ」と呼ばれ親しまれており、国民的な食菌と認識されている。オトハの暮らす日本では、気持ちの悪い見た目から食べられる事は少ないが、バターを用いた料理にすると絶品なのだ。


 モリーユが胸の前で指を絡めて、ニコリと微笑む。そして、芝生の上で、素足のまま軽やかにステップを踏む。


 オトハは俄然興味が湧いてきた。この娘も自分のスケッチブックに収めたい。そんな衝動が湧き上がる。


「そうだオトハ、私と、踊りません?」

「え、ぇ?」


 モリーユがステップを踏みながら、オトハの手を取った。それはまるで春の妖精が踊りましょうと誘うかのように。

 思わぬ申し出に戸惑うが、その時オトハは僅かに息を飲んだ


 瞳は桜色で綺麗なのに、奥から小さな赤い光がチラリと見えた気がした。


 ――なんの光だろう?


 赤い光が意味する事をオトハは知る由も無いが、何故か心を不安にするような、言い換えれば邪悪な、見てはいけない光のように思えた。


 そういえば、母に読んでもらった童話の中に、こんな話があった気がする。

 それは遠い子供のころの記憶。森に迷い込んで妖精に魅入られた子供は、やがて帰れなくなる、そんな話を。


「楽しく踊ってくださいな。そして、ずっとここにいましょうよ!」


 明るく笑い手を握る。

 どうにも掴みどころの無い感じで、ナメコとは大分違う。


「え、で、でも……」

「さぁさぁ! あ、それに私、意外と人間界に詳しいのですよ? お家のお庭に生えたりするせいで、『てれび』とか見ていましたし」


 くるくると回りながら、オトハを振り回す。


「なな、例えばどんな?」

「『ウルトラマン』のセブンとか存じていますわ。アンドロイドのゼロ司令! あぁ、また見たいですわ!」

「すごいマニアックな!?」


 庭先に生えたアミガサタケは、窓越しに居間のテレビも見ているのだろうか? オトハは首を捻るが、人間の世界に通じてスマホすら知っているキノコ達の知識ならばうなづける。


 と、その時。

 

 桜の木の向こうから走りこんでくる影が二つ見えた。


 どちらも色は茶色く、どこかモリーユに似ている「キノコの娘」。彼女たちはあっという間にオトハたちを挟むように駆け寄ってきた。

 

 ズザザザッ! と土煙を上げて止まる。


「こ、こんどはなに!?」


「モリーユ! ずるい! 一人だけで遊んで!」

 モリーユよりも()がった()の娘が、しっかりとした声で言った。


「ひゃっはー!? こいつぁ、上玉だぜぇえええ!?」

 モリーユよりも全体的に凶暴な雰囲気の、熊のような娘がベロリと舌なめずりをしながら叫ぶ。


「あらあら、いらっしゃい。コニカ、それに、シャグマ」


 突然の乱入者に対しても、モリーユは淑やかな様子を変えずに微笑む。しっかりとオトハの手を握っているあたりが抜け目は無い。


「キ、キノコの娘が……3人!?」

「オトハ、私達は姉妹なの」


 ぴろりん♪

 オトハのポケットでスマホが音を奏でた。取り出してみると、画面には「新登場!」の文字。


「え……まかか?」

 画面を指先でトントンと突くと、キノコの娘アプリに、彼女達の写真と名前が説明付きでポップアップ表示された。


 トガリアミガサタケのキノコの娘――モリーユ・コニカ。

 シャグマアミガサタケのキノコの娘――シャグマ・エスクレンタ。


 それは目の前に現れた新しいキノコの娘たちの名前だった。


「というわけで、よろしくね! 少年!」

「たっぷり楽しませてもらうぜぇええ!」

「何をだよっ!?」


 元気の良いトンガリ頭に、熊のような凶暴キノコ。

 個性的な新手(・・)の登場に、オトハはツッ込みを入れるのが精一杯の様子だ。けれど心の中では、今までにはないワクワク感があふれ出していた。


<つづく>


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