生えるよ! 学園キノコ (意外なキノコの娘と出会う編)
【作者よりのお知らせ】
キノコの娘大賞、一次選考を通過させて頂きました!
では、遠慮なく連載を続けさせていただきます♪
◇
昼休みの学食は、雑多な音が溢れていた。
友達を呼ぶ声、弾けるような笑い声、食器のぶつかる音、椅子を引く音――。
岩乃泉高校自慢の学食は、ガラス張りのカフェテラスのような造りで、とても明るく快適だ。
オトハは、そんな眩しさを避けるかのように目を細め、一番端の薄暗い席に座っていた。
元気のいい男子生徒達のグループが目に入らない位置、華やかな女子のトップグループから離れた位置。心地のいいこの場所こそ、青春の輝きと無縁な自分にはお似合いだと思い込んでいるかのようだった。
いや、そう思うことで自分を守る「殻」を作っていたのかもしれない。
けれど――。
キノコという子実体が地面の中でゆっくりと育ってゆくように、オトハの心の奥底で、小さな変化が芽吹きつつあるようだった。
「ここは僕の専用席なんだけど」
「オトハの実効支配なんて、崩すの簡単ね」
樹乃香が悪戯っぽく瞳を輝かせて対面に腰を下ろした。どうやら今日は、いつもつるんでいるクラスの女子が病欠らしい。
手にはホカホカと湯気を立てる昼食のトレイを持っていた。
オトハが専用だと思っていた学食の一番隅の席、その支配はあっけなく崩された。
「……遺憾の意を表明するよ」
黒髪に黒い瞳、愛想のないオトハなりのジョーク。
「あ、それ伝家の宝刀だね?」
くすくすっと樹乃香は鈴のように笑いながら、白飯と味噌汁だけのトレイを置いた。
オトハは興味のない風を装って、自分のスマホに目線を落とした。
画面には「キノコの娘たち」というタイトルと共に、キノコの娘達のシルエットが映しだされていた。
今のところヌルヌルとアニメのように動きしゃべるのは、ナメコとアミガサタケのモリーユ三姉妹、それにヤマドリタケシスターズたちだ。
シイタケやエノキ、市販のキノコを使えば直ぐにも新しい「キノコの娘」に会えるのだが、オトハはもっとレアで珍しい娘達と出会いたいと思い始めていた。
オトハは窓の外に目線を向けた。
――森を探せば……会えるのかな。
窓から見える記念樹の桜はとうに散り、青々とした若葉がきらきらと輝いていた。遥か遠方を望めば、標高の高い山々がなだらかな峰を描き、頂には白い残雪が見える。
学食の窓から見える風景は、山ばかりで高いビルなどは見当たらない。地方の高校はどこも似たような辺鄙な場所に建っていたりする。いわゆる自然豊かな素晴らしい環境――という事になるのだろうが、授業中に窓から校庭を眺めているとタヌキや鹿が横切ることだってあるほどの、深山幽谷とでも言うべき田舎なのだ。
「オトハ、フライ……美味しそうだね」
オトハが学食のテーブルで『今日のお勧めB定食』のフライに、たっぷりとソースを垂らした時だった。飢えた子犬のような目をした樹乃香と目線が合う。
「……あげないよ」
「うぅ……」
小さく整った輪郭に、ぱっちりと丸い鳶色の瞳。肩までの長さの黒髪はさらりと自然に整えられていて、前髪を赤いピンで留めている。
清貧で地味な見た目だが十分可愛い。
そんな樹乃香にうるうると瞳を潤まされては、オトハもたまらない。
「わかったよ。これ、友達のお見舞い分ね」
オトハはボソリと小声で言うと、「ライス大盛り味噌汁セット(150円)」だけの昼食を食べようとしていた樹乃香に、うずらの卵とタマネギ、そして赤ウィンナーが一本の串に刺さった三色フライを分け与えた。
オトハのB定食にはイカと白身魚フライだけが残ったけれど、オカズ的には問題無いらしい。
「く……くれるの!?」
「僕それ、好きじゃないんだ」
大盛りの白いご飯の上に三色フライが乗った事で、樹乃香の昼食は今週で一番豪華になった。
「嬉しい! まるでセレブの昼食だよ!?」
「三色フライを食べる上流階級がいるのかな……」
半眼で悩むオトハに、貧乏少女は精一杯の礼を言う。
「ありがとうオトハ! 今度お礼に山で薬草とってくるからね!」
「い、……いらないよ」
「そう? 腹痛によく効くセンブリだよっ?」
そんな苦い生薬を飲まずとも胃腸薬があるんだけどな、と思いつつも曖昧に笑うとオトハは、モグモグとB定食を食べ始めた。
味噌汁はナメコ(幼菌)が浮かんでいた。どうしたってナメコの顔が思い出される。
と――。
「キミが……キノコ博士くんか?」
オトハたちのテーブルの横に、一人の女子生徒がやってきて声をかけた。
目線を向ける先にいるのは、味噌汁をすする黒髪の少年オトハだ。
「へ?」
「キノコ博士かと聞いている。いや……キノコ狩人か?」
透き通った声でそう問い掛ける女子生徒は、目鼻立ちのハッキリとした美人だった。
均整の取れたスタイルのいい身体を包んでいるのは、紺色のブレザーにチェックのプリーツスカートの制服だ。すらりと伸びた脚に紺色のハイソックス。
制服の胸のリボンの模様から察するに彼女は二年生、つまりオトハたちの上級生だとわかる。
艶やかな髪は腰までの長さの緋色、切れ長の瞳に長いまつげ。ふんわりとした唇。知性と好奇心の混じる理知的な光を湛えた茜色の瞳――。
ふわり、と髪を振り払うと、甘い蜜のような香りがした。
「キノコ、ハンター? いえ……違います、けど」
「その横においてあるスケッチブック……キノコを仔細に分析し、描きとめていると聞いたが……?」
――オトハ……知り合い?
樹乃香が机の対面から身を乗り出して、小声で聞く。
オトハは首を横にふるふると振った。
こんな美人の先輩とは知り合いではないし、オトハが所属していた美術部の先輩でもない。
「私は稲穂香織。2年だ。キノコ探偵くん、実は折り入って頼みがあるんだ」
「稲穂先輩……?」
樹乃香が小首をかしげる。折角の幸せなランチタイムを邪魔されて、すこしだけ悲しいようなそんな目をしていた。
「キノコ探偵とか、妙な二つ名を増やさないでください……僕は、オトハ」
オトハはもぐもぐとB定食を食べながら耳を傾けた。
けれど魅惑的な先輩の唇の動きに目を奪われる。
「実は、私の部室にキノコが生えてな……。見てほしいんだ」
「部室に……」
「キノコ!?」
オトハと樹乃香は思わず顔を見合わせた。
<つづく>