ヤマドリタケ姉妹のメジャーになりたい会議?
「私はどうせ食べられないわよ!」
ブチーンとキレた音がして、山鳥毒美 が立ちあがった。
「えっ!? いや、その!?」
――た、食べて欲しいって意味なのかな?
あたふたと慌て、スケッチブックを盾代わりに身を守るオトハ。
テーブルの対面でバン! と、両手をついて立ち上がったキノコの娘を、結構冷静に観察する自分が居た。
レストラン『山鳥亭』に姿を見せた「キノコの娘」は全部で4人。シェフのモリーユを入れれば総勢5人のカラフルなキノコの娘たちが勢ぞろいしたのだ。
妖艶で豪華な赤いドレスの色変薔薇嶺。
虚弱体質で脆い身体をもつ、全身白一色の山鳥眞白。
大人の雰囲気ですまし顔、スラリとした長身の紫色のキノコの娘は山鳥紫。
そして、刺し貫かんばかりの赤い眼光でオトハを睨み付けているのは、山鳥毒美 だ。
毒美 は一見すると地味な色合いのキノコの娘だった。髪の色は山鳥色。つまり黄褐色で、同じような色のビロード生地のワンピースを身につけている。
ワンピースは白から黄のグラデーションで腰がやたらと太く、なんというか……とてもぽっちゃりとボリューム感があった。
見た目だけなら元気と体格のいい「お姉さん」に見えるのだが、瞳には真っ赤な光を宿していた。
――この娘は……毒キノコなんだ……。
オトハは息を呑んだ。
「ったく。人間てのは、私ら山鳥属……『ヤマドリタケ』なら何でも食べられると思ってやがるだろ!?」
怒りの矛先がオトハに向けられているのは分かったが、毒キノコを食べてしまった人間に対して、何をキレているのかオトハにはいまいち理解できなかった。
「そう言われても、僕はあまり詳しくないんだけど……」
「だったら食うなっての!? 私の見た目が美味そうだからって、食べてからやれ腹が痛いだの、死ぬだのなんだの……。もっと判れよ、人間!」
「は、はい?」
太い腰に手を当てて、ズビシ! とオトハを指差す。
言いたい事を言い終えて毒美は満足したように腰を下ろした。
「はわわ……! ぶ、毒美ちゃん、この子たちはゲストなんだよぅ……、毒美ちゃんを食べて死んで、ここに来たわけじゃないんだよぅ!?」
毒美 の右隣に座っていたの山鳥眞白が、目を白黒させながら涙目で訴えた。身体はブルブル震えているが、小刻みに震えるたびに身体の端がポロポロ崩れるので、隣の樹乃香が「もうやめてー!?」と押さえに掛かった。
「う……? わ、悪かったよ……眞白。言い過ぎたみたいだな、ごめんよ、……えと」
「オトハ」
「オトハ、か。すまなね。私を食って死んだって人間に文句を言われた事があってね。売り言葉に買い言葉……。どうもムキになっちまうんだよね。あーあ、私も薔薇嶺みたいに見た目からして『毒』って判れば迷惑かけねーんだけどな」
毒美がヤレヤレといった風に、ボリュームのあるアフロのような髪型の頭の後ろで手を組んだ。
「見た目からして毒で悪かったですわね」
今度は赤い薔薇嶺が噛み付く。
「……褒めたんだよ」
「そうかしら?」
「……あ? なんだ?」
毒美は左隣に座っていた真っ赤なドレスの猛毒キノコ、色変薔薇嶺と顔を真正面から突き合わせて睨み合った。
無言で互いにガンを飛ばしあい、バチバチと赤い火花がリアルで散る。
「ひぇええ!? や、やめてよぅうう!」
横では山鳥眞白が涙を流し、隣では紫色の山鳥紫がその様子を面白そうに眺めていた。
一触即発かと思われた――が。
ぱん!
ぱん!
ぱぱーん! と、上下左右で手のひら同士を打ち合わせると、互いに「ニッ」と笑みを浮かべて、最後は「ガッ!」と手を組んだ。
「「イエーッ!」」
……どうやら毒キノコ同士の挨拶らしかった。米国ドラマのワンシーンか。
「あわわ!? オトハくん何なのキノコの娘たちってー!?」
「僕に聞かないでよ……」
もはやノリについていけない様子の樹乃香だが、オトハも若干呆れ顔だ。
そもそも、一向に始まらない『メジャー化、推進協議会』とはなんなのか?
「ごめんなさいね……姉達が騒がしくて」
そこでようやく紫色のキノコの娘が口を開いた。うふふ、と口に細く白い指をあてがう。
「あ……いえ」
「は……はい、大丈夫です」
それは、思わず聞き入ってしまうような穏やかでやさしい声だった。
気品を漂わせた佇まい、スラリとした長身を高級感溢れる紫色のドレスで包みこみ、髪も靴も暗い紫色で統一されている。
無造作に伸ばされた紫色の髪は内側が白く、キノコの傘がそういう色合いなのだろうか、とオトハは理解した。
肌は眞白程ではないがドキリとするほどに白く、透けるような美しさがあった。
――ムラサキヤマドリタケ (紫山鳥茸)の、山鳥紫
瞳の色は淡い赤紫色だが「赤い光」は無く、毒は持っていないようだ。
一見すると毒々しい色だというのに、食べられる種類のキノコの娘らしかった。
「私達は、結局いつもこんな風にドタバタ集まって……結局何も決まらないの」
うふふ、と紫小さく微笑む。
「そうなんですか……。でも、メジャーになりたいって、ナメコやマツタケみたいになりたいんですか?」
オトハはこれまでの経緯を思い出しながら尋ねた。
「それはどうかしら。私達はあまり数も多くないし、丈夫ではないの」
少しだけ寂しそうに言う。
「たしかに山鳥茸……って、僕たちの住むところじゃ見かけないかも」
「私達は夏から秋にかけて、高いお山の……亜高山帯の、針葉樹林でしか生きられないの」
「亜高山……、日本でも山深い一部の地域だけ……だよね?」
「え? あ、うん。確か……私達の村はちょっと違うかな」
地理が専攻ではないが、確かそうだったはずだ。
「私達ヤマドリタケ属は、暖かい場所は苦手で、あ……私は少し平気ですけど、眞白や毒美はここ以外では暮らせないの。それに、ナメコさんやシイタケさんみたいに増えることも出来ないし」
それは、おそらく山鳥茸という彼女たちは、人里と離れた深い山の中でしか出会えないキノコという事なのだろう。
「あ、でも私、オトハのお家でご馳走になったパスタで、始めてポルチーニさんを食べたんです」
樹乃香が元気付けるように言う。
「まぁ! それは……嬉しいわ。だから、ここに来れたのね?」
「はい。そうなんだと思います」
オトハの家のレストランで食べたポルチーニとは、タイミングよく厨房の奥からパタパタと湯気の立つ皿を抱えてやってきたヤマドリ・B・ポルチーニのことだ。
「さぁ! できましたよー! 美味しいお料理でも食べながら、ゆっくり話しましょ!」
厨房の奥からコック姿のポルチーニが姿を見せた。ヨタヨタとした足取りだが、それもそのはず。片手にはとても大きなフライパン、もう片方の手には皿を人数分抱えていた。
「よっ……と、と」
皿を置こうとしてよろめいた瞬間、オトハはさっと立ち上がって皿を受け取っていた。
「手伝います」
「え!? いいよ、キミはお客さまですよ」
「うち、レストランやってるんで。……こういうの慣れてるし」
オトハはそう言うと、照れたたように小さく笑って、皿を全員の前に手早く並べ、スプーンとフォーク、そしてナプキンをテキパキと定位置に綺麗に並べていった。
「おぉ……?」
その様子は流石になれた感じで、樹乃香も尊敬の眼差しを向ける。
「あ……ありがとう! オトハくん」
ポルチーニが赤褐色の瞳を輝かせて、ぽっと頬を赤くした。
その手に持った特大のフライパンで湯気を立てているのは自慢のキノコのパスタだ。それを全員の皿に取り分けてゆく。
「わぁ……! 美味しそう!」
「樹乃香……さん、ヨダレ……」
眞白にツッこまれハッとする樹乃香。
「えっ? あれ? さっき食べたばかりの気がするけど……、なんでこんなにお腹がすいてるんだろう?」
「実は……僕も」
二人は顔を見合わせた。
「菌界」では空間と時間が「人間界」と違っているという事なのだ。
ナメコと出会ったのは深い森の沢の近く。
アミガサタケのモリーユとの出会いは、桜吹雪の舞う日当たりのいい野原。
ヤマドリタケの姉妹との出会いは……レストランの食材としてだ。
けれど、飛んできたのは針葉樹の生い茂る森、涼しげなコケが地面に生えるような亜高山帯だった。
つまり、オトハ達をこの世界に連れてきてくれる「キノコアプリ」は、「生えていたキノコ」そのものを写真にとってもいいし、食材として(たとえば味噌汁やパスタの具として)使われていたキノコでもいいことになる。
キノコの娘が快適に暮らせる場所と時間に、オトハ達は「跳躍」させられているのだ。
「……なんだかよく判らないけど、いろんなキノコの娘に出会えるチャンスがある、ってことなんだね?」
樹乃香は瞳を輝かせ、オトハの顔を覗き込んだ。
「ま、そういう事になるのかな」
庭先で見つけたキノコでもいいし、食材として売っているキノコでもいい。となれば今以上に沢山の「キノコの娘」に出会えるチャンスがあるということになる。
そんなことを考えつつも、オトハは目の前に並んで座るカラフルな5人のヤマドリタケ姉妹に視線を向けつつ、既に脳内でラフイラストを仕立てはじめていた。
脳内に広がる無限のキャンパスの上では、超高速で描画演算が行われ、愛らしい二次元の「キノコの娘」が描き出されつつあった。
――フフ。スケッチブック、足りるかな。
「ふ……ふふ」
「オトハくん!?」
一人不気味な笑いを漏らすオトハを、樹乃香はギョッとした顔で眺めた。
「じゃぁ食べましょ! きっといいアイデアがうかびますよ!」
「なぁ……、これおまえしか入って無いじゃん?」
ポルチーニに、毒美が半眼で言う。
「私も……はいっていないのですね?」
猛毒の薔薇嶺が悲しげに言う。
「今日はオトハくんたちが居ますからね!? 毒美ちゃんも薔薇嶺ちゃんも入れませんよ!?」
自分がパスタに入っていないと訴える猛毒の毒美に薔薇嶺。ポルチーニがそれをフォローしたりと、テーブルがますます賑やかになる。
かくして食事会が始まった。
どうにも単なる女子会のような雰囲気だが、これで「メジャー」とやらになれるのだろうか……?
オトハはとても美味しいパスタを口に運びながら考えていた。
<つづく>