ゴージャス色変薔薇嶺(イロガワリバラネ)と、薄幸少女の山鳥眞白(ヤマドリマシロ)
「「……メジャー化、推進協議会?」」
オトハと樹乃香は顔を見合わせて、目をぱちくりと瞬かせた。
『レストラン、山鳥亭』の扉を開けて店内に入ってきたのは、4人のポルチーニの姉妹たち(正確にはイグチ科ヤマドリタケ属の近縁種、つまり『イトコ達』)だった。
「そう、私たちはこうして集まって人間界に進出する為の知恵を絞ってるのよ」
薔薇色裏紅色変のキノコの娘、色変薔薇嶺は、すまし顔でそう言うと静かに席に腰を下ろした。
ふわり、と甘く脳髄を刺激するバラの香りが鼻をくすぐる。
さりげなくオトハの隣の席なので、丁度目線の高さに出現したむっちりと盛り上がった胸に、どうしたって目が行ってしまう。
「ど、どうも……」
真っ赤な光を宿した瞳と目線が絡み合い、ドキリとする。
――赤い光! 毒……毒キノコなんだ。
以前出合ったシャグマアミガサタケのシャグマの光を思い出す。けれどだからといってオトハにとっては恐れるような事ではない。
人間だって心に毒をもって生きていて、他人を簡単に傷つけるような連中は沢山居るのだ。
それに比べればシャグマは純粋に姉妹たちを思っていたし、自分の持つ毒でさえ誇りに思っていた。
「うふふ、はじめまして」
会釈を返すオトハに、色変薔薇嶺は妖艶に微笑んだ。
光は宿していても、吸い込まれるような瞳と色香に惑わされそうだ。
何よりも目を引くのはグラマラスな身体のラインを浮き立たせる真っ赤なドレスだ。
胸元はオレンジ色で下半身に行くに従って真紅に変わり、足元には白バラを意匠した飾りがつけられている。全身にいくつもの真っ赤なバラのコサージュがあしらわれていて、光沢のある赤いマニュキュアと相まって、とにかく見た目がゴージャスで派手な印象だ。
大人の色気に惑わされ、ポケーと口を半開きにしていたオトハの横腹を、樹乃香がツンツンとつついた。
「な、なんだよ?」
「高級……なんだかゴージャスすぎて、目が……目がつらいよ……!」
気が付くと、肩口で切り揃えられた黒髪を揺らしながら樹乃香が目を押さえて苦しんでいた。
胸も身体もフトコロ事情も貧相な少女にとって、全身から豪華なオーラを発する薔薇嶺は目の毒でもあるようだ。
「豪華なものに耐性が無いの……!? 相手はキノコなんだから気を確かにね!」
「うぅ……面目ないです」
人間としてキノコに気圧されるのもどうかと思うが、オトハもキノコの胸から目が離せなかったのだから似たようなものだろう。
「……大丈夫ですか?」
と、苦しむ樹乃香の背中をさすったのは、真っ白なタートルネックの白のワンピースを着た全身白一色のキノコの娘だった。
「あ、ありがとう……! 白い、キノコさん」
「はい。わたしは白山鳥茸 の山鳥眞白、身体が弱い人を見るとほっとけなくて……」
樹乃香の横に腰掛けて、静かに微笑むその姿は、薄幸の美少女という表現がぴったりだとオトハは思った。
すらりとした体つきに控えめな胸、前髪はパッツンと切り揃えられ、白い髪は背中まで素直に伸びている。
なんとなく樹乃香に似ているなとオトハは思った。
黒っぽい色合いの樹乃香に、全身白い眞白。色按配は見事な対比だけれど、なんだか互いに気が合いそうな感じだ。
「わたしは樹乃香。初めてここに来て、ちょっとドキドキしすぎたみたいで……」
「まぁ、そうだったんですか。大丈夫ですよ、みんないい子ばかりで、ほらたとえばその……あっ痛ッ!」
ゴッ! と鈍い音がした。
「ど、どうしたの!?」
見ると山鳥眞白がテーブルの角に腕をぶつけたらしく、腕の一部がすこし欠けて、ポロポロと崩れていた。白い破片がテーブルに零れ落ちている。
「ぶ、ぶつけちゃいました、ドジなので……」
てへへ、と苦笑する眞白。
「ちょっ!? 欠けたよ!? これ、平気なの!? オトハくん救急車! 無料でかけられる番号で!」
今度は樹乃香が心配する番だった。
目を白黒させてあたふたと慌てるが、他のキノコの娘達は特段気にする風も無く、席に座って雑談をはじめている。
「ま、まってよ、救急車なんて来れないし、キノコなんだから……」
所詮はキノコ。すこしぐらい欠けても血が出る訳でもなく、命に別状は無いらしい。本人もケロリとしたものだ。
「いつものことなので。痛くありませんし……」
「そ、そうなの?」
「はい」
ニコリ、と小さく微笑む。
どうやら山鳥眞白は虚弱体質で、ぶつかっただけで壊れてしまうほど脆い身体の持ち主のようだ。
「じゃ、せめてこうすればどうかな? 薬が無いとき、こうして手を当てると……痛みが取れるんだよ」
「キノカさん……。あぁ、ほんとに楽です……」
手を取って見つめあう樹乃香眞白。
薬が買えず痛みを手当てだけで我慢する姿を想像すると泣けてくるが、二人の様子を見ていると、なんというか……サナトリウムの窓辺で慰めあう薄幸の少女を見ている気分になってくる。
と――。
よく見ると逆光で照らされた山鳥眞白の身体に、細く白いカビのようなものが生えていた。
「カビ……てる?」
オトハは半眼でじっと見つめて、思わずつぶやいた。
「ち、ちち、違いますっ! カビてません! これ……粉です! 粉! カビじゃありませんからね!? ね! 勘違いしないでくださいね!」
それまでとは一転、物凄い勢いで手をぶんぶんと振り全力否定する。どうやらそこは触れてはいけないポイントだったようだ。
「わ、わかったよ! ゴメンね変なこと言って。……あと、何か身体の破片が(・・)が飛び散ってたけど」
「ひ、ひえっ!?」
「わー!? あまり動かないで眞白ちゃん!」
オトハはそんな二人を見てムズムズと「絵」を描きたくなってくる。
けれど今は料理を待つ初対面の挨拶の最中でもあるのだ。「鎮まれ……僕の右手……!」とテーブルの下で暴れる腕を押さえ、スケッチブックを頭の中で何度も想像し、なんとか我慢する。
――で、あとの二人は……どんな娘なんだろ?
オトハは意識を、対面の椅子に腰掛けた残る二人のキノコの娘に向けた。
テーブルに置いたスマホのアプリに目線を向ける。するとポップアップで彼女たちの素性が表示されていた。
『ドクヤマドリ (毒山鳥)の、山鳥 毒美 』
『ムラサキヤマドリタケ (紫山鳥茸)の、山鳥紫』
向かって右側、茶色くどっしりと構えた、ふてぶてしい顔つきの娘が毒美。
向かって左側に腰掛けた、たおやかで清楚な感じのする紫ドレスの娘が山鳥紫、なのだろう。
見ると茶色い髪の毒美の目は、赤く鋭い光を放っている、ということは有毒なのだ。
一方、紫髪の山鳥紫は、アメジスト色の綺麗な瞳。つまり普通の色だからだから……食用?
紫色なのに……食べれるんだ……ごくり。
「キミィ、なーにエロい目つきで、お姉さんを見てるのかな?」
毒山鳥のキノコの娘、山鳥 毒美 が腕組みをしたままオトハをジロリと睨み付け、ドスの聞いた声で言った。
「い、いやその……、食べられるのかな……って思って」
「な……なんだとコラァ!? 私はどうせ食べられないわよ! 文句ある!?」
ブチーンとキレた音がして、毒美 が立ちあがった。
「えっ!? いや、その!」
女の子を見て「食べられる?」などと言う事は地雷だということに、人生経験の少ないオトハは気が付いていないようだった。
<つづく>