登場! 山鳥茸(ヤマドリタケ)シスターズ
「こ、ここってキノコのお料理を出すレストラン……なんですか?」
ヤマドリタケのキノコの娘、ポルチーニの放ったイタリアンジョーク(?)に、樹乃香は気圧されつつも訊ねた。
「はいっ、そうなのです! ちょうど今日は貸切りなのですが、なんと! 人間界から来てくれた先着カップル一組さまには、お料理をお出しする日なんですよっ!」
ぽんっ! と胸の前で両手を合わせて、シェフ姿のキノコの娘、ヤマドリ・B・ポルチーニが瞳を輝かせた。
なんだか都合が良すぎて怪しい気もするが、そこでキノカがナイス切り返しをする。
「でも私、お金もってません……」
即効でお金の心配をする貧乏少女・樹乃香は、救いを求めるような目線をオトハに向けた。
別にオトハは保護者でもないし、お金を出す金回りのいい恋人でもないのだが、他に頼る人も居ないのだから仕方ない。
「お金なんて要りませんよ? 遠慮なさらずにどうぞお座りくださいな」
「水……お冷も無料ですか!?」
高級レストランの場合、水も無料ではないのだが、既に樹乃香は混乱気味だ。
「先ほども申し上げたとおり、人間さんたちの『お金』なんて要りません。ここは『美味いかどうか』のお気持ちが、御代になる仕組みのお店なんですから」
「なんだかますます不安だなぁ……」
オトハは余裕めいた様子で苦笑する。
ここは『菌界』と呼ばれる異世界だ。住んでいるキノコの娘達の考えや、行動原理や価値観が自分達の世界と違うという事は、先刻経験済みだ。
「不安なんてナイよー? イイ店、いい味アルね!」
「あ、怪し過ぎるよ!?」
「これはジョークじゃないですよ」
「じゃなきゃ困るよ」
どうもポルチーニにペースを握られっぱなしのオトハ。
ポルチーニは優しく樹乃香の背中に手を添えて、椅子に座るように促した。
「あの、僕たち別にカップルじゃな……」
と、オトハはそこまで言いかけて言葉を止めた。
ここは二度もキノコの娘と遭遇した経験値がものを言う場面だ。そして冷静に状況を分析する。
キノコが季節や環境に応じた場所に生えるように、この世界の「キノコの娘」たちも環境や性質に応じた場所で暮らしているようだ。
ヤマドリタケのポルチーニは、針葉樹林や高山地帯に生息するのはここに来る前に調べたとおりだが、自分で料理を作って人間に出だすのは、どういうことなのだろうか?
それは共食いと言うわけではなく「キノコ」と「キノコの娘」は似て非なるものだからなのだろう。
滑木滑子は自分の仲間(?)であるナメコが人間の味噌汁になる事を知っていたし、アニガサタケのモリーユだって西洋料理の具になることを誇らしくさえ思っていた。
寧ろ食べてもらう事で、喜びを得ている……そんな印象だ。
となれば、このヤマドリタケのポルチーニの「無料で料理を」というのも不思議な話ではないだろう。
オトハはクールを装ったすました顔を作り、そしてヤマドリ・B・ポルチーニの姿をそっと眺める。
これは友達が居ない割には人間観察が好きなオトハの編み出した技だ。
ポルチーニはオトハとキノカの返事を待っているようで、鳶色のくりんとした大きな瞳で、ニコニコと見つめている。
髪……というかキノコの傘のような頭は赤褐色。先端にいくほどに色が淡くグラデーションがかかり、前髪ともみあげが個性的に丸まっている。
――この子も……可愛い。
オトハは背負っていた通学用のカバンをおろした。中にスケッチブックとペンがある事を確かめると、気持ちが安らいでゆくのを感じた。これは大切な相棒なのだ。
「絵を、描きたいな」
ボソリと零した言葉は、けれど誰にも聞かれなかった。
「え?」
「あ! いや、お料理二人分、おまかせでお願いします」
オトハが慌てて言うとポリチーニが微笑んだ。
「はいっ! かしこまり、えと……」
名前を聞きたいのだと気づいたのは樹乃香だった。
「私は樹乃香、こちらは……その、オトハくん、です」
すこし照れた様子で弱弱しく消える語尾で、小さく微笑む。
「キノカさんに、オトハさんですね! お料理は……他の子たちが来た時に一緒に出しますので、すこしだけお待ちくださいね」
「他の子?」
「はい、実は今日は貸切で、私の姉妹たちがくるのです」
「すごい、他にもキノコの娘さんが来るんですか?」
「はい! 人間さんとお話しすればきっと……喜びますし」
コップを二人の前に置きながらポルチーニは含みのある言葉を残して、厨房の奥へと戻っていった。
オトハと樹乃香は、大きな丸い木のテーブルを囲んでぐるりと置かれた「切り株の椅子」に腰掛けたまま、可愛らしい店内を見回した。
足元は緑色のコケの絨毯で、外の針葉樹の森の地面と同じでフワフワと柔らかい。
「なんだか凄いことになってきたね」
「うん、緊張してきちゃった」
二人はこれから何が起こるのかと不安と期待の入り混じった顔でしばし待つ。
店の中は香ばしいバターやニンニク、ワイン煮込みのような甘い香りが漂ってきた。オトハの実家のレストランの匂いに近い、けれど少し違う香りだ。
と――。
カラコロンとドアベルが音を奏でた。
「あ、来たみたいだね」
「すごい、……綺麗!」
オトハ達は振り返ると、思わず息を呑んだ。
そこには、4人の個性豊かな色とりどりのキノコの娘達が立っていたからだ。
手に持ったスマホの画面に、現れた4人の情報が次々と表示されてゆく。
「おやおや? 今日は貸切じゃなかったのかい?」
背の高いグラマラスな身体を薔薇色のドレスに身を包み、猛毒を意味する「真っ赤な眼光」をギラギラと光らせたキノコの娘、
――バライロウラベニイロガワリ (薔薇色裏紅色変)の、色変薔薇嶺。
「まぁ! 可愛らしいゲストがいらっしゃるのね」
細い身体を真っ白なドレスで包み込んだ、全身白一色のキノコの娘、
――シロヤマドリタケ (白山鳥茸) の、山鳥眞白。
「あたし達と同席で大丈夫なのから?」
全体的に黄褐色で統一されたビロード生地の衣服を身に纏い、少し高飛車な印象の、瞳に真っ赤な光を宿す娘さん、
――ドクヤマドリ (毒山鳥)の、山鳥 毒美 。
「失礼いたします。ごめんなさいね……姉達が騒がしくて」
最後に現れたのは、気品漂う長身の娘さんだ。高級感に溢れる紫色のドレスに身を包み、髪靴もも全体的に暗紫色で統一感がある。瞳に赤い光は無く、無毒だと判るキノコの娘、
――ムラサキヤマドリタケ (紫山鳥茸)の、山鳥紫
「いらっしゃい! 今日は特別ゲストがお待ちかねよ」
厨房の奥から明るいポルチーニの声がして、そして湯気を立てる料理を手に再び姿を見せた。
「さぁ、はじめましょうか! ……わたしたち、ヤマドリシスターズの『メジャー化推進協議会』をっ!」
「「……メジャー化、推進協議会?」」
オトハと樹乃香は顔を見合わせて、目をぱちくりと瞬かせた。
<つづく>