二人で一緒に菌界へ! ~ヤマドリ・B・ポルチーニ~
「ヤマドリタケの『ポルチーニ』……と、あった!」
アプリを操作してヤマドリタケの名前を検索すると、簡単にキノコの情報が見つかった。
名前と写真、そして簡単な解説付きだ。
――秋にトウヒなどの高山性針葉樹下に発生するキノコ。日本の低地で見られる物のほとんどが近縁なヤマドリタケモドキである。 傘は橙褐色で周辺ほど淡く傘の周囲に白い縁取りが有るのが特徴(中略)、様々な国で高級食材とされる美味な食菌。
イタリアでの呼び名「ポルチーニ」が有名で、国内でも乾燥品を購入可能。 様々な料理に使える万能茸であり――
「オトハくん……何してるの?」
「あ、うん。いま食べたパスタに入っていたキノコ、『ポルチーニ』を調べてるんだ。キノコの娘に会えないかなって思ってね」
「会う……? キノコの娘? ……そういえば私が持ってきたアミガサタケにも『会った』って言ってたよね」
テーブルの対面席で、キノコ入りパスタを綺麗に平らげた貧乏少女、樹乃香が不思議そうに訊ねた。
黒目がちの瞳を瞬かせて、オトハの中学生のような顔と手にしたスマホを交互に興味深そうに眺めている。
二人とも同じ高校一年ではあるのだが、背は樹乃香のほうが大きく、どこか大人びて見える。同級生というよりは姉弟といっても通じそうだ。
食事も満足に取っていないとは言いつつも、とりあえず身なりが小奇麗なのは、女の子としての譲れない一線なのだろう。
「実はこのアプリでキノコを撮ったりして調べると……キノコの世界に行けるんだ。そこには人間になった『キノコの娘』たちが居てね……って信じる?」
オトハは途中までは真顔で言った。
冗談ではなく本当のことだからだ。もちろん信じて貰える等とは思っていない。一笑に伏されて終わりなら、冗談だよと言えばいいだけさ、と自分の中で逃げ道を造ってからのカミングアウトだ。
ナメコやモリーユ達から聞いた話を総合するに、この「キノコの娘アプリ」は菌界の神様が、自分達を広く人間に知らしめて「存在の力」を強固にする為に作り出した『人間召還アプリ』なのだという。
指先一つで目の前に可愛いキノコの娘が現れる! ……というのなら普通に楽しいラノベのような展開が望めるのに、利用した人間が逆にキノコの世界に飛ばされるというのは酷い仕様だと、オトハは神様とやらに一言言いたい気持ちだった。
けれど、向こうの世界では、ちょっとした冒険気分が味わえて楽しいのも事実だ。
「行けるって……本当に?」
樹乃香が目を丸くする。
「信じられないよね、けど……本当なんだ」
「も、もう! ……いくらなんでも私も騙されません」
ぷくっ、と少しほほを膨らませて難しい顔をする。冗談よね? という顔でオトハの顔をキノカは覗き込んだ。
いつものオトハなら、ここであっさりと「はい、嘘です」と言って終わりなのだが、今日はなんだか少し気分が良かった。
学校では嫌なこともあったけれど、帰り道に出会ったアミガサタケのモリーユたちとの会話で元気をもらい、そして同級生の女子とも、こうして話をしているのだ。
あと少し、楽しい時間を共有できたら――。
オトハは心の底で小さく願い、悪戯心と勇気を混ぜこぜにしてキノカを見つめ返した。
「……ていうか、今の最新機種はこういうの、普通だよ」
「そ……そうなの!?」
もちろん嘘である。けれどキノカは目を丸くする。
「まさか、知らなかった?」
「しし、知ってます! えぇ……そ、それぐらい」
キノカはしろどもどろと笑みを作りながら、スプーンについたソースを舐める。誤魔化すにしても他にリアクションが無いのかと、オトハは少し残念な気持ちになった。
けれど、家が貧しくスマホを持っていないキノカにとって「未知の機械」であることを逆手にとり、納得させることには成功したようだ。
「でも、このアプリ、キノコの娘たちに会えるのって、きっと持ち主だけだよね……」
オトハは独り言のように呟いて機能を確認する。キノカを連れて行って見せてあげたいけれど、一人しか行けないのならしょうがない。
指先でチュートリアルをなぞってゆくと、こんな一文が目に留まった。
>当アプリでご友人やご兄妹、3名まで菌界にご招待♪
「優待券並みの気安さだね!?」
とんでもなく異世界大バーゲンである。
そして5分後――。
オトハとキノカは菌界へと足を踏み入れていた。
◇
「うっわ!? どこここ!? 信じられない、どんな機能なのこれ!?」
キノカは半ばパニック状態だ。回ってみたり、身体をくの字にしてみたり、ジャンプしてみたりといちいちリアクションが謎なのだが。
オトハはそんなキノカの様子に苦笑しつつ、歩き出した。
あたりは一面の森。
針葉樹林のようで、真っ直ぐな幹の青々とした尖った葉が陽光を遮っている。
暗い地面の上には黄緑色のコケがビッシリと絨毯のように生えそろい、足を踏み出すたびに柔らかく沈み込む。その感触におもわず二人で歓声をあげた。
「わ! オトハくん! すごい、緑の絨毯……きゃ!」
「と、とと!」
バランスを崩したキノカが咄嗟にオトハの腕を掴んだ。
「ご、ごめん」
「い、いいよ! あ、歩きにくいもんね!?」
――女子に……触られた!
こんなことで衝撃をうけるオトハ、キョドリ盛りの16歳だ。
先日「キノコの娘」の最初の友人、滑木滑子の胸に手を突っ込んだりしたのはノーカウントらしい。
「ナメコのときは沢沿いの湿った森、アミガサタケのときは日当たりのいい野原、ヤマドリタケは……こういう深い針葉樹林に暮らしてるんだ」
「生態に応じてこれる場所が違うってこと?」
「そうみたいだね」
オトハの制服の袖を掴みながら、キノカは歩いた。時折スカートの裾を気にしながら、ふわふわのコケの道を進む。
すると目の前に『レストラン、山鳥亭』と看板のかかった可愛らしい店が現れた。
それは、まさにおとぎ話に出てくるような、でっぷりと丸いキノコの形をしたレストランだ。
「わ! 超かわいい!」
キノカの女の子らしい反応も上々だ。
気がつくとさっき夕飯を食べてばかりのはずなのにお腹が空いていた。どうやら元の世界とは身体自体が違うのかもしれない、とオトハは頭の片隅で考えた。
ここま出来て入らないという選択肢は無い。ふたりで顔を見合わせてから頷き、ドアを静かに押し開けてみる。
カランコロン、とオトハの家のレストランのようなベルが鳴り、来客を告げた。
「ごめん……くださーい」
最初に目に飛び込んできたのは、樹齢500年はあろうかという年輪の刻まれた大きな木のテーブルだった。直径は3メートル程の大きな木のテーブルの周囲には丸い「切り株の椅子」が並べられていた。床はやはり緑色のコケの絨毯だ。
木をくりぬいた丸い窓からは、柔らかな光が斜めに差し込んでいる。
「かわいい! なにこれ、超かわいいよっ!」
キノカが上下にぴょんぴょん跳ねる。今時な女の子の一面を見せるキノカは興奮するとリアクションが謎になり、発言のボキャブラリが減る子らしい。
「う、うん……」
「――いらっしゃい! おきゃくさま!」
イタリア人を思わせる発音にぎょっとするが、すぐに店の奥から明るい声が響き、ぱたぱたとシェフが走りよってきた。
「こ、こんにちは」
「わ! お店の……人?」
瞳は鳶色で髪は赤褐色。先端にいくほどに色が淡くなっていて、前髪ともみあげが強烈にクルンと丸まっている。なかなかに個性的だが、どう見ても髪はキノコの傘なので「キノコの娘」で間違いなさそうだ。
首元にはトウヒの毬果を模したブローチが付けられていて、調理服とコック帽は褐色から白色のグラデーション、網目模様がなかなかのオシャレさんであることが伺える。
「えへへ、こんにちは! 可愛らしいカップルのおきゃくさま! 私はヤマドリ・B・ポルチーニ。……山鳥茸のキノコの娘、です」
にこっと明るく微笑む。
オトハの横ではキノカが目を輝かせて感動している。
「か、かわいい! このひとがキノコの娘なの!? かわいい!」
「や、あの、カップル……じゃない……んです、けど」
俯いてブツブツいうオトハだが、ポルチーニはお構い無しに二人をテーブル席に案内する。そして、
「じゃ! まずはお二人で塩とコショウを浴びて頂いて、溶き卵のシャワーを浴びてくださいな。そのあとパン粉のベッドにダイブ! 最後は……油のお風呂でよいかしら?」
小首をかしげて微笑んで、シェフのヤマドリ・B・ポルチーニがそら恐ろしいことを言う。
「……えっ?」
「それって……注文の多い……って! 僕らが料理されちゃうアレ!?」
キノカが思考停止状態になり、オトハの顔が青ざめる。
「なーんて、イタリアンジョークなのです!」
てへっ☆と笑うポルチーニ。
またもや一筋縄ではいかなそうな、キノコの娘登場だった。
<つづく>