ソウマ編 虚悪との戦闘
H30年9月24日、脱字のご報告ありましたので修正致しました。
〈ゾラ〉
「あーあ、いっちまいやがっか」→「あーあ、いっちまいやがったか」
レイナードに滅された巨体のゴブリンは、目の前で完全再生を果たした。
尊大な様子でソウマを見つめている。
『ほう、たった1人新しいゴミの分際で大言を吐くとは生意気愚か愚か愚か……。
勇者ですら敵わないこの我に対してこの言い様。
この偉大なる悪神様の眷属たるバフォメット様が愚か者に教育を施してやろう』
背の4対の翼を広げ、風切り音を鳴らして巨体が空へと飛び立つ。
空中で禍つ大斧を2つ召喚し、自らの腕に浅く切りつける。
血の滴る斧を地面へと放り投げた。
大斧はソウマを狙った攻撃では無かったようで、ソウマを挟んだ位置で突き刺さった。
軽く地面が揺れて土埃が舞い、斧の先から召喚陣が展開された。
召喚陣から魔力が溢れだし、ソウマの前後に50体もの新たなブラッドクレイゴーレムが産み出された。
『この人形は我の魔力有る限り、無尽蔵に生み出せるオモチャ。
我の血によって先程よりも強さは増してある。
しかし、この状況に表情も動かんとは…まだまだ己の置かれた絶望が足りぬのではないか?
……それブラッドクレイゴーレムども、そこのゴミを逃さぬように囲め』
わらわらと動き出したブラッドクレイゴーレム達は、命令通りソウマの周りを囲むように近寄り、僅かな逃げ道をもなくそうと動いていく。
ソウマは相手の出方を観察する為、微動だに動かない。
『ククク、恐怖で動けもせぬか』
それを恐怖と受け取ったバフォメットは、口内を大きく開き、ソウマを罵った。
ゴブリン・ジェネラルをメインに強化されたゴブ・イクスペリンⅢは、異常なまでの肉体性能で誇り、基の素体であったジェネラルをはるかに凌駕している。
ハイ・インセクトノイドを用いた術式の開発は、クローゼンにとっても思わぬ副次効果をもたらしたのだった。
元々ゴブリンという存在は、強い繁殖力を備えた種族である。
また岩穴や草原、森、川、海など非常に劣悪でない限りは幅広い環境に分布しているのも特徴だ。
殆どのゴブリン低知能で短絡的な考え方ではあるものの、生きようとする事に何より貪欲な姿勢。
だからこそ、クローゼンの術式に適応出来た僅かな個体は、そのハイリターンの恩恵を身に受けた個体になったと思われる。
残念ながら、特有である生体武具の術式を持つには至らなかったが、蜘蛛の糸のように綿密な魔力の奔流は全身ゴムのような筋肉の弾力と、張り巡らした魔力回路で鉄の塊のような硬さを備えていた。
武器など使わなくとも、鉄の塊がぶつかれば人は容易に死ぬ。
素体だけでも破格の性能を持つのに、悪神の眷属が憑かれた状態では驚異の再生能力に魔力の使用など、相手からすれば悪夢のような存在だ。
実際に兵士100名程度ならば、肉体性能だけでも一時間もかからず容易に全滅させられる事が出来ただろう。
ソウマに更なる絶望を味わせたいだけに、ブラッドクレイゴーレムの包囲殲滅陣と自身が上空からの直接攻撃を兼ねた2段重ねの布陣。
精々良い声で泣け叫べ……バフォメットが愉悦の表情を浮かべて空から襲いかかった。
▼
(全包囲からの逃げ道を防がせた攻撃か……しかし、あの新種のゴブリンからは其処まで強いプレッシャーは感じないな)
観察を終了したソウマがようやく動く。
予め準備していた魔法を唱える。
「全強化」
反射神経、反応速度、肉体性能などが軒並み引き上げられた。
そして弓を構え……フッ…と一息。
弓に触れた瞬間SPを吸いとり、恐るべき膂力で引き絞られた2弦。
目に捉えられず、速射で放たれた強力な魔力矢は、計8射。
包囲を狭めてきたブラッドクレイゴーレム達の核を撃ち貫き、一瞬で20体以上が蹴散らされた。
休む間もなく次々と射ち抜く様は、ブラッドクレイゴーレムを物の数と見なしていなかった。瞬く間に殲滅される。
次いでソウマはフィアラルの外套に宿る武技【霊翼】を発動させた。
外套から半透明に輝き美しい翼が出現する。
これで霊属性効果を一時的に付与され、攻撃力の増加と霊属性耐性を得た。
フォースダガーを片手に戦技【天音切り】を発動させて縦に一振りする。
すると天空から無数の聖属性を帯びた斬撃が舞い降りて、上空待機しているバフォメットの背へと攻撃を浴びせた。
突然バックアタックの斬撃に対して予想外だったこともあり、ろくに防御体勢も取れないまま、あっさり全身を切られた。
あのレイナードの武技による攻撃すらいなした防御性能は役に立たなかった。
アストラルに直接魔力攻撃を可能とした霊属性による攻撃。
そして本体が別にあるバフォメットにとって聖属性よりも弱点だった事も一因だ。
『バカな…ゴミが我に痛みを与えるなぞ何たる不敬』
仮初の身体に憑いた魂の分体が動かしているに過ぎない故に、本来痛みを感じる事など皆無だったはず。
しかし、霊属性が付与された攻撃は接続された分体から本体へと繋がる。
何百年振りに感じた痛みに対し不快な感情と純粋な驚きを抱きながら、墜落していくバフォメット。
「巨体と違って、案外と脆い」
追加攻撃のため竜顎弓の2つの弦を引き絞り、速射した。
セフィラの効力で弓に対するダメージが倍となってる為、半端なく威力が大きい。
矢の弾幕がバフォメットを揺さぶり続けて防御体勢を解かせない。
ソウマは若干気だるいが魔力を吸い続けて矢を生成しても、進化によって急激に増加したSPにはまだまだ余裕がある。
【戦弓眼】で速射を調整しながらバフォメットを誘導し、メインの【飛竜】を如何に強ダメージで当てるかを即座に計算する。
矢の弾幕で空飛ぶ巨体の防御体勢が僅かに崩れた。
その一瞬の隙に対空効果のある戦技【飛竜】を使う。
高速を超えて迫る旋風矢は竜の顎の如く2つに割れて襲い掛かった。
そうして戦えば戦う程研ぎ澄まされる感性と経験。
生物の急所である眼、喉、口、両肩、関節部等と一瞬で正確無比な照準で狙いながら、程よく全身の筋肉がしならせ、秒速単位で4本指を器用に扱い、射る。
魔力矢による集中攻撃は、易々と頑強な筋肉繊維を突き破り、被弾した箇所をえぐっていく。
『フッ…ハッ』
鋼鉄よりも硬い皮膚と膨張した筋肉の塊たるバフォメットもなすすべがない。
先程から一方的な攻撃を行っているソウマが優勢なままだが、バフォメットは決して弱い相手ではない。
神に近しき存在と戦って得た称号 亜神討伐者 は、神系統の敵に対して更に補正がかかる稀少称号も持っている。
それ故、ステータス補正の高さや種族進化による所も大きいが、悪神の眷属としてのバフォメットとの戦いにおける相性も良い事が挙げられた。
只の冒険者や兵士の武器では傷1つつかないバフォメットの肉体。
属性魔法攻撃や魔力付与された武器でようやく少量のダメージが与えられるが簡単に再生、回復させられてしまうため、無駄になってしまう。
レイナード級の一流の実力者と武器があればまともに何とか戦える相手で、下手をすれば1体で町すら落とせる化け物だった。
何度目かの攻撃を前に、原型を留めない程ダメージを負って地面へと落ちる。
バフォメットは潰れた完全な肉残骸へと成り果てた。
それと同時にソウマにかなりの経験値が身体に入った事を理解した。
しかし、その無惨な残骸から魔法陣が発生してから数瞬でバフォメットがまた完全再生された。
『………良かろう、只のゴミの認識から雑魚へ格上げしてやる』
バフォメットは翼を大きく広げ、自らの魔力で大斧を生成した。
弓矢による攻撃が余程堪えたのか、接近戦を挑みながら血の旋風を加えた魔力攻撃など繰り出してきた。
その苛烈な攻撃姿勢はレイナード戦の時のように嘲りや油断はない。
ソウマは大抵の攻撃の軌道は【見切り】で読み、危なそうな攻撃は【第6感強化】の感覚を身を任せてかわす。
フィアラルの外套の防御力があれば滅多なことはないと思うが、慢心は怪我や死のもとに繋がる。
戦闘中は常に【全抗魔力】で全身を防御しておく。
万が一でも【生命力増大】もあるから防御突破されても心配は少ない。
って、慢心は良くないと戒めたばかりなのにいかんよ。
それと、折角レイナード達を回復させたのに、余波で飛び火しないよう注意するのも忘れてはいけない。
人質にとられても困るから、そこから戦場を徐々に引き離していくソウマだった。
▼
森を駆け、時折木々をへし折りながら戦闘は続く。
あの黒死鳥フィアラルとは隔絶した差はあるものの、それ以来初めての全力戦闘に心踊る。
試したかった第2段階【巨人の腕】の運用、竜顎弓セカンドの武技【ペネトレイター】の威力とクールタイムの検証、片手剣用の武技使用と弓用の武技との合わせ技など、これまで行えずに考えていたことを試し続けた。
特に以前より格段に使いやすくなった【巨人の腕】は、継続時間や射程範囲もさることながら、圧倒的なパワーに磨きがかかっていた。
宙に浮かぶ2つの 巨人の腕 が、バフォメットを掴まんと迫る。
見慣れぬ巨腕が物凄いスピードで寄ってくる。
底知れない威圧感を感じバフォメットは警戒しつつ、斧から旋風を放つも、ソウマからの魔力矢によって弾かれた。
ソウマに誘導されている事を悟りつつも、今は防御に主軸をおいた体勢を整えた。
しかしそんな抵抗も虚しく…ついに避けきれず 巨人の腕 が触れた。
子供が手の内で蟻をそっと潰す……バフォメットの肉体はそんな光景を思い出すほどの凄惨な光景が残った。
掴まれた半身全ての部分は、残酷に、抉りとられて削られる。
それは即座に追撃が来たことで半壊した肉体は物理的に全て無に還った。
文字通りたった2撃で、バフォメットの肉体全てが消し潰されたのだった。
あぁ、肉がすり潰される音ってこんな音なんだ……と、戦闘中にも関わらず思考し、余りの威力に溜め息がもれた。
その後の戦闘は継続し甦るバフォメット。
時折何かを叫んでいたが、ソウマは気にせず、以降黙々と戦い続ける。
最早言葉はいらない。
だって。
何度倒しても直ぐリポップするbossなんて……経験値的になんて美味しい相手だから。
ソウマにとってバフォメットは手強い敵から、そんな存在へと変わっていた。
『お前はおかしい…何者なのだ。
人間ならばとうに魔力が尽き、体力も尽きる筈なのに何故消耗しない……最早我が持たぬアストラル分…………離せね』
その言葉にゾワッと感覚がソウマを襲い、体が反射的に反応した。
バフォメットの胸……心臓部から嫌な気配が強くなる。
片手剣の戦技のクールタイムが終了していた為、即座に【天音切り】を発動した!
霊属性を付与された聖なる斬撃は、バフォメットの巨体を抵抗なく切り刻む。
手にしていたフォースダガーを落とし、竜顎弓セカンドに持ち代えて連続の魔力矢を放つ。
今はスピードを優先させ、何もさせぬように狂ったように射続ける。
同時併用で【巨人の両腕】を展開させて、左腕はバフォメットの首から上を盛大に吹き飛ばした。
そして残りの右手でバフォメットの肩から潰しながら心臓部に侵入し、嫌な気配を放つ元を抉り出した。
すると、その肉片の中からウニウニと細長い触手が生えて突き破ろうともがく。
ゾワゾワの感覚が強まった。
握り潰したあと、僅かな肉片が地面へと落ちていく。
完全に地面へと落ちる前に、竜顎弓セカンドから極太ビームのように形成された魔力矢 武技【ペネトレイター】が発射され、全てを呑みこんで跡形もなく消し去った。
すると直後に脳内にアナウンスが聞こえる。
『閃弓士の職業LEVELが30になりました。
スキル 操気術 を獲得しました』
おおっ! 遂に覚えたか。
これで道場の師範か伝承者と呼ばれる者に【強打】を元に、条件さえ満たせば〈気力撃〉を習得できる。
心地よい疲労感が身を包み、少しウキウキ気分になれた。
嫌な気配はもうなく、【第6感強化】による警鐘もない。
それでも暫く周囲を警戒したが、6体目のバフォメットは現れなかった。
第3次職業〈閃弓士〉にクラスチェンジしてから久しぶりの纏まった経験値を得られる相手だった。
少し残念な気分に襲われたが……この詰所での戦闘は終了したのだった。
▼
ゴブリンの大侵攻から戦後の処理が進む。
現在トンプソン将軍の戦勝の宴がもてなされていた。
今回、大規模なゴブリン集団が侵攻を防いだ。
しかし突然発生した1体の人語を話すゴブリンが猛威を振るい、参加した殆どの冒険者が亡くなり、兵士達にも少ない犠牲があった。
あり得ない事にその1体で戦況は大きく不利な状態に傾き、戦闘で戦力も少なくなった。
トンプソン将軍の陣営と僅かに残った冒険者達は決死の覚悟していた。
しかし、その脅威をB級冒険者レイナードが討伐したとの報告がなされ、砦は喜びに沸いた。
その情報をもたらしたソウマと呼ばれる冒険者は、大規模のゴブリン集団を壊滅したとされる功労者の一人であり、その現場にいたグラン隊長も間違いないと、証言している。
沸き立つ宴にレイナード達は歓迎を受け、称賛の嵐を受けていた。
誰もが認める戦功を上げた 若き英雄 。
その腰にある黒い輝きを放つ剣は、今後若き英雄の代名詞となりそうだ。
宴ではトンプソン将軍派閥の貴族からは娘はどうか?と熱心に催促されていた。
それをひきつった笑顔で丁重に断り続け、周りを牽制しているアーシュが印象的だった。
その歓迎の宴の中に、ソウマの姿は無かった。
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バフォメットを倒したのち、グラン達と合流してレイナード達を介抱しながら砦へと戻った。
この場に着いた時には、レイナードが巨大なゴブリンを討伐した直後であったこと。
死体も残さない程の激闘だったこと。
余ったポーションで残りの兵士達も回復させた事を告げた。
確かに兵士達やレイナードは回復して意識を失っており、目覚めさせた兵士やレイナードからも同様の証言を得た。
砦へと帰った後、グラン連隊長と共に将軍へ詳細報告しに行ったが、生憎と取り次ぎの際に将軍は不在であると告げられる。
グランさえ入れば貴殿の報告は不要である……と、ナルサス副官から伝えられる。
ソウマは急用があるため直ぐに立ち去る事を伝えると、了承を得られた為、討伐に参加した褒賞金を頂いて直ぐにお暇した。
グラン連隊長はナルサス副官の不遜な態度に何とも言えない表情だったが……握手と別れの言葉を交わし、その場を立ち去った。
カタリナの推薦状を持つに相応しい人物だったとして、改めて山岳地帯のあの祠へと入る許可と、指輪のマジックアイテムを既にトンプソン将軍から得ていた為、さっさと出掛ける準備を整える。
また詰所で買えるだけ食糧と補充分のポーションを買った。
戦功者として知られていた為、係りの兵士がかなり割引して貰えたのは嬉しい誤算だ。
あの祠で出会ったヤクモ達はきっとケルビムのイベントと同じだ。
期間限定の匂いがしており、逃す手はない。
ソウマも全てのイベントを知っている訳でないから、検討も付かないが時間は無駄に出来ない。
それになるべく早く参加する必要性を感じていた。
あの台座の下には竜狩の一族やトンプソン家の限られた人間しか知らない何かがある。
推測するに竜狩りの一族の長たるヤクモ……恐らくは竜関係のナニカと相対する可能性が高い。
もし竜と戦う事があれば、きっと命懸けの戦いとなるだろう。
総じて竜が弱い存在だと聞いたことも無いのだから。
そんな存在相手にヤクモ達がどのように戦うのか非常に興味があった。
竜の存在は未知で溢れている。
ユウトが所属しているユピテルの街のギルド〈蒼銀騎士団〉のアイラさんも、防具に【巨地龍の軽鎧】や【白翼竜の手甲】を装備にしているほど竜は優秀な素材。
戦闘から素材まで非常に楽しみだ。
さて、そろそろ時間だ。
外から宴の音が聞こえてきた。
元々目立つ行為は苦手だし、社交性がない自分を良く解っている。
宴の場から逆走するソウマをマリガンやアンゴラが見付けた。
「ソウマ、次会うときはお前の種を絶対に貰い受けるよ」
「……と、アンゴラも言っている。私にも頂戴」
「あのなぁ……そんな約束は出来ない。せめて俺から一本とれるようになってから……頼むよ」
つい断るためにそう言ったが、アンゴラとマリガンの目が光った。
……ちょっと早計だったかも知んない。
そう別れを告げている最中、ゾラが慌てて駆け付けてくれたのが何だか嬉しかった。
「ソウマ、お前のお陰で家の兵士達も最小限の被害ですんだ。
最初は疑ってたが……流石はカタリナ様の推薦状を持っているだけはある。
今回冒険者達には気の毒だったが、参加して亡くなった冒険者達の遺族にはなるべく金を渡すつもりだ。
それにグラン連隊長も命も助けて貰ったのに兄貴のあの態度……すまねぇ」
ゾラの話ではグラン連隊長と共に報告しにきたナルサスは、戦功者たるソウマに対して誰に断りなく勝手に対応したことで父トンプソンが激昂したそうな。
渡した褒美金も従来の戦功者分では足りなかったらしい。
足りない分はカタリナに渡しておいて欲しいとゾラに頼み込んだ。
了承のち、ゾラから別にトンプソン家の家紋が入った身分証を渡された。
トンプソン家の家紋が入ってるのはその身分の保証人であるという事だけで、トンプソン家に対して何の配慮しなくとも良い。
だけど犯罪だけは勘弁な………と、笑いながら釘をさされた。
元よりそんな気はありません。
この世界での身分証は、簡単に入手するには冒険者ギルドが発行するプレートが上げられる。
しかしそれには冒険者としての登録が必要となる。
自由に旅と冒険を満喫する予定のソウマは、時に緊急依頼などで拘束される場合や冒険者ギルドにしか素材を売ってはいけない規約等と、諸々と少し制約のある冒険者には余り興味が無かったので、町へ入る度に傭兵と偽り、その都度お金を払っていた。
今回のゴブリンの件も冒険者に登録しなくとも緊急依頼は任意で受けられるし、強制されない。
今後この国に滞在するに辺り、保証してくれる身分証を貰えたので町などに入る際は払わなくてもすむし、身分証がないと入れない箇所や土地にも入れるようになったのだ。
ゾラからの心ばかりの好意を素直に受け取った。
さてゾラから本題の話題として、関係者全員から責められたナルサスが泣き泣きの表情でとりなしを求め……宴にも参加して欲しいと懇願があったようだが。
……知ーらない。
聞かなかった事にしとくよ。
ゾラ達とまたの再会を誓い、宴の沸き立つ音楽を背に歩き出した。
〈ゾラ〉
「あーあ、いっちまいやがったか」
歩いていく男の後ろ姿に寂寥感を感じながら……出会ったときから奇妙な男だったと思う。
何せ国の最高騎士の1人たるカタリナ・ブラッドレイが推薦する弓使いの傭兵。
ここにいる全員の男から、最初はあの絶世の美女でダークエルフのカタリナ様のお気に入りの男として、嫉妬の対象だけだったのだが。
そんな誤解は彼と同じ時間を過ごし、戦場を共にする事で払拭された。
ソウマはあのカタリナ様と肩を並べる第3次職業持ち。
想像を絶する程の戦いを潜り抜け、ほんの一握りの存在……超1流の領域に立つ人間だった。
グラン連隊長はトンプソン家の直臣で、親父を除く全兵団の中では唯一の第2次職業持ちである。
一般人には生まれてから生涯に渡るまで、levelが100にならない者すらいる。
levelが5前後で亡くなる者は珍しくもない。
我が家の兵士達の平均levelは20未満。
鍛え続けて退役するまでにlevel30を超える兵は稀だ。
これは地道な訓練や領地周辺に生息するフォレストウルフ、キラーバットなどを定期的に掃討してもそれくらいだ。
その壁を超えて上の第2次職業に付くためには、levelの上限を解放する必要がある。
因みにグランは第1次職業の【剣歩兵】に転職してから、戦場で死ぬような無茶を行いながら叩き上げ、平時の訓練と積極的な魔物狩りで20年かけて第2次職業の【剣戦兵】にクラスチェンジした。
トンプソン家の普通兵士が相手なら5人以上でも対等に渡り合える猛者だ。
しかしそんなグランでさえ【剣戦兵】のlevelは途中30で止まってしまい、これ以上成長出来なくなったのだ。
勿論、levelが上がらなくとも戦技を練ったり剣技の技術を磨いたりと、鍛練は必要だ。
その為、第1次職業の壁level100の超えて一流の壁である第2次職業まで進めた者達は、全員から畏敬と尊敬の眼で見られる。
グラン連隊長でさえ、こうなのだ。
だからソウマはどんな強大な敵と戦い、苦しみ、鍛練してきたのだろうか想像を絶する。
親父殿も最初は軽く見ていたようだが、ソウマの本質に気付いたのか共にいた時間は短くとも丁重な姿勢へと変わっていった。
強くもあり、かと言って威張る訳でもなくその強さに傲っている様子も見えない……何というか普通の男性の印象を受ける奇妙な男だった。
ナルサスの兄貴は最初から最後まで曇った眼で見つめ、ソウマを軽く扱い過ぎていた。
まぁ、初恋の相手であったカタリナ様のお気に入りとありゃあ嫉妬するのも無理無いけど、貴族としてはその対応では駄目だ。
心で唾を吐くくらいで丁度良い塩梅。
兎角、この家から出てく俺が言うこっちゃないけどな!!
親父殿が跡取りとして再教育すると息巻いてたから大丈夫だろ。
戦勝の宴を楽しみつつ、折角だから程ほどで抜け出して短槍の訓練でもしよう。
訓練所に向かうと先客がいた。
ソウマを通じて知り合ったアンゴラとマリガンって言う優秀な女戦士達だ。
アンゴラは第1次職業〈剣士〉level72で、マリガンも第1次職業〈槍戦士〉levelが80と2人とも高く、並の兵士の実力を軽く超えている。
自分より弱い者や魔物と戦っても経験値は然程貯まらないという。
強くなりたいのであれば自分達と同格か少し格上の魔物などに挑み続けるしかない。
それには常に死が付きまとう事を覚悟しなきゃいけない。
俺は……そんな世界に飛び込む。
とはいっても第1次職業〈騎士〉で現在levelは21。
鍛えてきたつもりだったけど、あの戦いの後だから多少の不安は残る。
戦技は〈騎士の守り〉が使える。level20で覚えた。
体内魔力を使って防御力を少し上げてくれる優秀な戦技だ。
同じ騎士の職業で同じlevelでも覚えられない奴もいる。
これは俺の密かな自慢だ。
魔力量が余りないからポンポン使えないが、魔法が使えない分切り札の1つだ。
折角なので彼女らに頼み込んで1ヶ月訓練をつけて貰える事になった。
衣食住を提供する他に装備品の手入れ。
後は今回のゴブリン討伐で入手した戦利品を少し融通するだけで優秀な家庭教師を雇えるなんざ、安いもんだろ??
でもって、稽古が終わればいよいよ出発だ。
最初は取り敢えず、ここいらで大きな町のアデル辺りにでも行ってみっかな。
様々な流通品が通り、様々な人種、様々な職業、様々なギルドが集う町。
人の数ほど魅力と不安が集まる町。
まずはそれを見学しながら考えるのも面白そうだ。




