ソウマ編 勇者のチカラ
ソウマは駆け降りるように山の中の道を進んでいた。
進みなから確認すると、マップに表示された敵性マーカーはやはり東詰所で留まっている。
ちょっと間に一気に小粒の敵マーカーが増えた。
しかし、程なくして消え去る。
ソウマが最初に感じた大きな敵性マーカーは、以前として残ったままだ。
あの戦場で何が起きているかは解らないが、大きな局面を迎えようとしていた事だけは解る。
ようやく【戦弓眼】の範囲へと入った。
skill越しで見たのは、血を流し倒れ付しているトンプソン将軍の兵士達と、攻撃を捌ききれずに盾にした槍を手放すアーシュ。
状況は悪そうだ。
(しかしあんな変種のゴブリンなぞ見たことがない。ゲームにもいたか?)
最短距離で悪路を行くソウマは、なるべく早く現場に到着するように走る速度を一層上げた。
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血だまりの戦場に、背には蝙蝠のような大きな翼が生えた大角の巨体のゴブリンと、黒い剣を持ち、ボロボロになりながらも白く光輝くレイナートが死闘を繰り広げていた。
巨体ゴブリンの背には4対の翼が半ば断ち切られている。
しかし、凶悪に歪んだ表情からはダメージや疼痛を感じているようには思えない。
戦闘は巨体ゴブリンに苛烈な攻撃を加えていくレイナートが一見有利に見える。
しかし、ボロボロとなっているレイナートの方が余裕もなく鬼気迫る表情だ。
「白く輝く浄化の光よ…我が剣に集え【白雷剣波】」
普段のレイナートとは思えないほど速い剣撃は、黒剣に集約された浄化の光が波動となって巨体ゴブリンを狙う。
『見飽きたゾ、勇者。そろそろ遊ぶのもオワリだ』
そう言い放つと巨体ゴブリンの身体が膨張し、新たに4対の翼が生えてきた。
今まで与えた大小の傷さえも、その一瞬で塞がり元通りになっている。
そして両手にはいつの間にか禍禍しい紋様のついた大きな斧が出現していた。
明らかに重い大斧をブンッと一振りすると、レイナートが放った清らかな波動に混ざりあって打ち消した。
「馬鹿…な。傷の回復不可を司る武技をはね除け、勇者の武技すらも打ち消すなんて」
こらまで信頼していた武技が打ち破られ、信じられないといった表情のレイナート。
『イヤ勇者よ、確かに我はコレハ回復した訳ではナイのダヨ。
我の持つ高貴な魔力にて再生したのだ。そこのゴミ共の魂を使ってなぁ』
レイナートのチカラを使って浄化されたはずのブラッドクレイゴーレムは100体近い。
その全てがバフォメットの再生に使える…再生に関して何体の魂が消費されたのか解らないが、相手は無傷で自分はボロボロ。
絶望が心に宿る。
『クハハ、その絶望の表情は良いぞ!ようやく興が乗ってキタワ』
先程まで爪を活かした拳や蹴りなどの格闘攻撃だった。
血色の旋風が大斧に嵌め込まれた宝玉から巻き起こり、レイナートを襲う。
「……グ、ハァハァ。逃げ…てレ、イナートお願い……」
アーシュは気を失いそうになりながらも、何とか意識を保っていた。
体は重度のダメージが残り、指1本でさえも動かせば激痛が走る。
体内魔力は当に底を付いて魔力欠乏に陥っていた。
回復魔法で補助も出来ず…目の前で殺されるのを黙って見届けるだけなのかと、悔し涙で心が折れ欠けていた。
しかし、初めて好きなった男であるレイナートだけは、ここから逃げて欲しかった。
「だれ、か、助け………て」
継続戦闘不能となったアーシュは涙を溢しながら意識を失った。
味方もなく最早動けるのはレイナートただ1人。そんな状態で戦闘は続く。
『そらそらそらそら、ククク、逃げるのは上手いではないか勇者よ』
レイナートに襲いかかる血色の旋風を何とかかわす事に成功するが、長時間戦闘を続けボロボロになった体では、何度も回避出来るだけの体力も使い果たした。
(黒剣の魂、ボクに答えくれ!!)
慟哭の如く、強く黒剣を握りしめた。
鍛治士ドゥルクの手により、希少な素材を扱いレア級の高みまで到達した黒剣は名を変える。
レア級まで到達したことで《黒剣》が《黒晶剣》へ。
剣の核として使われている黒血珠が怪しく光り、新たに発現した能力は《晶化》。
霧のような特殊な晶は黒晶剣の切れ味を更に高め、使い手すら纏いて防御力を上げる攻防一体の珍しい能力だ。
上段から真下へと血色の旋風を切り裂いた。旋風の余波も晶化していた為最小限ですむ。
『この状況下で尚あがなおうというのか。
絶望が勇者を成長させる糧ならば丁度良い。
更なる絶望をくれてやろう』
そう言うと、禍つ大斧から先程までとは比べ物にならない量の旋風が集まり血色の竜巻になった。
『コレを貴様の動かないゴミ共にくれてやろう! 有り難く頂いておけ』
そう言うと動けないアーシュと兵士達へと向かう。
五体満足でも危ういのに、全員が危険な状態であの竜巻を喰らっては、ひとたまりもない。
『さぁ、どうする? 勇者ならばこの程度の攻撃なぞ造作もないであろう?』
わざとゆっくり血色の竜巻をアーシュ達の元へと放つ。
巨体ゴブリン姿のバフォメットは、その竜巻を身を持って止めようとするレイナートの前へと立ちはだかり、遮り、嘲笑する。
弄ぶようにバフォメットは焦るレイナートと戦い、刻一刻と蓄積される負の感情に愉悦を覚えていた。
叫び、嘆き、怒り…レイナートは今持てる全てを出しきって……されども届かない。
血色の竜巻が仲間達へと到着するまでにバフォメットを突破出来ない。
間に合わないと…強制的に理解してしまう。
「ボクは何のために勇者になった…この絶望から、理不尽な悪から皆を守る為に勇者になったんだろう!!」
魔力が足りないのなら生命を、命でも足りないならこの身を燃やせばいい!
強引に魔力変換し、生命を込めて武技を発動させていく。
大量の血液がレイナートの口から喀血していく。
黒晶剣を正眼に構え、ふらつく気持ち悪さと意識を失いそうな不快さを押し込めて、完成した武技が発動した。
「正義を司る雷神、ボクに今一度の奇跡を! ……武技【光雷武刃】」
バチバチと光の雷を放出しながら繰り出される刃と一体となったレイナート。
雷となってバフォメットの巨体を一瞬で切り裂き、その先の血色の竜巻すら切り伏せた!
光の雷に切り裂かれたバフォメットは巨体ごと閃光となって爆ぜた。
それを見届けたレイナートは静かに、ただゆっくりと、限界を超えた状態でその場に倒れた。
本来ならば、いくら勇者であろうと現在のレイナートの技量や魔力では放つ事が神から認められていない絶技の武技なのだ。
しかし、窮地においても諦めず、身を呈した姿勢が評価され、レイナートの加護の上書きが認められた。
この神に認められし武技を繰り出せたことは、加護を得た勇者として1段階上へと駆け上がったのは間違いない。
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ソウマはもう少し早く介入することも考えていたのだが……レイナートの成長を囁く【第六感強化】の直感に従い、見守っていた。
「よく頑張ったな、後は任せておけ」
気を失っているレイナートに緑に輝く矢が体内へと入って怪我を癒す。
【大いなる実り】は彼の中で芽吹き、状態異常や身体の疲労すら浄化させた。
思念操作で木精弓の発動武技【大いなる実り】で【共鳴矢】の武技を併用して3方向に枝分かれさせる。
セフィラの効果で回復力が高められた癒しの矢が次々と地に倒れる兵士達とアーシュを突き刺し、絶え間なく癒していく。
これで応急手当としても彼等は大丈夫だろう。
そうしている間に、何もない空間から4対の翼と大角の巨大ゴブリンが再生する。
本の数瞬で肉体を再構築させたバフォメットは、満足そうに感触を確かめていた。
「さーて新種のゴブリンくん、君の相手は俺が引き受ける。
温厚な俺でも今回は結構腹が立っててね…安心して死んでくれ、まぁ何度でも殺してやるから」
普段より酷薄な笑顔を向けたソウマが宣言し、新たな戦闘が始まった。
<アマゾネスの傭兵マリガン、アンゴラ>
鍛え上げられた屈強な女性のみで構成された女傑集団アマゾネス。
その集落の中でも大剣のアンゴラ、槍使いのマリガンは期待された一員だった。
彼女らは10代前半の若い時から傭兵として団長と共に戦場を渡り歩いた精鋭。
20歳を越える頃には強さを認められたアマゾネスの集落のトップに、優秀な子種を外部から取り入れるために2人で組まされて外へと向かうように告げられたのだ。
これは誰もが通る1人前と見なされた儀式でもある。
本来ならば旅の傭兵団として5人組以上で纏まって動かせるのだが……例外的な処置として認められた彼女らは勇名を馳せていく。
そして、とある緊急依頼絡みでソウマと呼ばれる稀人と出会う事になる。
純粋に自分達の敵わない相手として認識したのはソウマが初めてだったマリガンは、急速に興味を持ち始める。
それが恋と呼ばれる感情に気が付かないまま……。
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最初に襲撃してきたゴブリン達を迎え撃つ為に、何組かのグループで構成された彼女達のチームは立ち向かう。
武装を整えたゴブリン達は手強い相手だったが、何人かの犠牲はあったが殲滅に成功した。
しかし、それが陽動だと解ったのは彼女達が帰ってきた後の報告で知る。
本格的にゴブリンの大群が進軍を加速させた為に砦に残っていた兵士達、傭兵、冒険者は急ぎ現場へと向かった。
しかし、その最中に全滅したとの報告。
彼女達は同格と認めたあの腕利きの冒険者チームであった【鉄腕】率いるマルス、エビラン、ガソックすら壊滅したのだ。
流石にこの異常自体に砦にいる全員の不安がストレスとなり、ピリピリとした状況を産んでいた。
B級冒険者レイナート達のチームと砦の兵士達が、先見隊を壊滅させた翼の生えた正体不明の巨体なゴブリンの討伐に向かったとの報告を最後に、以降の連絡が途絶えていた。
このまま救援に向かうのは危険と判断したトンプソン将軍の副官ナルサスは戦力の分散の愚を恐れ、新たな情報が解るまで彼女達を砦の待機としたのであった。
アンゴラは初めて陥る不安という感情に苛まれた。
これまで相棒のマリガンとならばどんな困難にも立ち向かい、乗り越えてきた…にも関わらずだ。
こんなに不安になったからこそ、アンゴラには1人の男の姿が浮かんだ。
彼の事を考えると不思議と、胸に巣食う不安が消えていくような気がした。
やれやれ、アタイらしくねぇや。
すっかり緊張が解けたアンゴラは、どこか無表情のマリガンを連れて訓練所へと手合わせに向かった。
あの男がこの状況を変えてくれると信じて。




